七~約束の刻、結末は殴り倒す~
レイナードは、最もクローゼの強さを知る男である。付加された強さでは無く、クローゼの強さをであった。
「化け物」とクローゼを彼はそう言ったが、自身を殴り付けた相手もその領域だと体感していた。
ただ、「どうなるか」分かった上で、彼はその場を後にする。
最終的に彼は、口から血を吐きながらブラッドに抱えられて、セレスタの元にやって来た。
モリスの亡骸を預けるまではその素振りすら見せなかったが、唐突にその瞬間はやってきた。
「抱えてたな」
ブラッドが「だ、大丈夫ですか?」の声に、腹部を抑えてそう口にしていた。鮮血と共にである。
……行く気に合わせたつもりが、紙一重に「抱えていた」を怒りで忘れていたのだった。
レイナードは、驚きを見せるセレスタに魔力を通されながら、衝撃の始まりからを見ている。
そして、不安を目の前に魔力を通す事で、紛らわせているセレスタに彼は声を出していた。
「あれだ、『俺は俺のやるべき事をする』だと」
「あっ、誰が、クローゼ?」
「ああ。伝えろと言われた気がする」
唐突な言葉にセレスタは、一瞬考える仕草をしてブラッドに確認を向けていた。
「本当に?」
「はい、確かにそんな事を」
答えから、視線を落としてセレスタは軽く頷きを自身に向けて、ブラッドに指示を出していく。
「前にいるキーナ代行に伝えて、『クローゼ・ベルグは攻勢を望む』と、貴方は、槍撃騎兵……を」
「再編ですか。大丈夫です折れてません、槍騎兵もです。第二は言った通りですが……」
「槍撃騎兵は貴方がまとめて。第二大隊は私が入ります。それも伝えてください。後はキーナ代行なら分かるはず」
意図がそうであるか分からないが、確信的にセレスタはそう言っていた。
ブラッドが走り出した辺りで、レイナードの「もう大丈夫だ」にセレスタは魔力を通していた事を思い出した。
「ごめんなさい」
「器用だな」
余裕なレイナードの雰囲気とは別に、空気を裂く衝撃音の連続は当たり前に続いている。
切り替わった感じに、セレスタは落ち着きをみせてレイナードに核心を問いかけた。
「勝てる?」
「俺がか?……怒るな冗談だ。相手も相当な化け物だな。ただ、クローゼはもっとだ。『命懸け』でやるなら俺は相手の奴は選ぶ」
「答えに……」と口に出した所でセレスタは、レイナードの視線に気が付いて、その先のウルジェラを見ることになった。
「心配するな、負けはせぬ」
その二人の当たり前の雰囲気が、セレスタには意味あり気に見えた。しかし、それよりも現実の光景が彼女には気になっていた。
その視線の先のクローゼは勿論、彼の意図する事の為に、彼女は広がる北側を注意深く見ていく。
「点在」の表現が正しい、赤い具足の魔族達をだった……
……階層か深層の隔てを越えた様な、衝撃の交錯が徐々に刻みを深くして行く。その光景を、ヴォルグと同格の筈のヒルデは驚愕の表情で見ていた。
アリッサに、治癒の力を受けながら、その瞳を光景から離す事は出来ない。そんな雰囲気だった。
「アリッサ、助かる」
「大丈夫です。お気に為さらぬ様に」
至って冷静なアリッサに、ヒルデは僅かに怪訝を見せる。この光景が私闘であるのを彼女は一応に、理解はしていた。
「ヴォルグは勝てるのか?」
「分かりません。ヴォルグ様は『負けない』と仰いました。ただ、黒の六楯様もお強いので」
アリッサの様子もであるが、ヒルデは、あの男と認識出来る黒装束の男が魔王と戦ったのを見ていた。
そして、彼女の脳裏に「この先の領域……」の言葉が過っている。
正にその光景だった。ヴォルグは、彼女の隣にあるシズナの言葉と見たままであの光景に届く。
そして、黒装束の男はそれを凌駕している様に見えていた。
――あの先が本当にあるとは……口には出せないが、私は勝てない。先程の男も尋常では無かった……が、この男は……。
伏せ目がちになる自身をヒルデが感じた辺りで、アッシュの声がした。
「あっ、当たる」
それなりの距離を取ったが、この距離ならアッシュの目にも鮮明に映っていた。それにヒルデは引きずられる様に顔を上げた。
鮮明を見るなら、僅かなずれがクローゼとヴォルグの交錯の最中に唐突をみせる。それをヴォルグがこじ開ける様に、右の拳を顔面目掛けて打ち込む瞬間だった。
決定的な瞬間に見えた。
しかし、動揺も何もなくクローゼは拳に踏み込んでいた。相対が加速して衝突がみえる。
起こり行く衝突の隙間をクローゼは、発動する魔方陣で遮っていく。
カン高い衝突の音。湾曲させない盾魔方陣を中心に、衝撃は両側に弾けていった。
衝撃波で砕ける仮面と戻される拳。
その瞬間、クローゼの高揚した顔が露になり、鮮血の飛沫を映していた。
しかし、クローゼは飛沫の色合いを意に返さず、踏み込んだ勢いで斬撃をヴォルグの首筋に走らせていった。
奮われた高速な領域の剣は、「切り離し、宙を舞う視線」を演出するかの様相だった。
それにヴォルグは顎を引いて、開く口の鋭い牙を当て、身をよじり後ろに飛んでいく。カン高い音の最中に、クローゼが回転する勢いで距離をとるのを視界に入れていた。
相応に相対の距離が開き、連続の衝撃音の波が姿を消していた。……戦場には続く静観か流れている。
一瞬の静寂に、クローゼは頬を拭い、半端に残る仮面を取り去り投げ捨てる。その表情は彼らしく半笑いだった。……『全力で』この瞬間のクローゼの選択は「全力で殴り倒す」だった。
「今のは流石に……それより、ミクストじゃなくて吸血餓狼だろ」
「意味が、で、分からんぞ」
クローゼは冷静だが、高揚感を隠せないでいる。
勇者に魔王と準魔王らの体感から、ヴォルグもそれに迫るを感じていた。
ただ、それでも選択は単身で殴り倒すになる。
約束がある。端から見てどんなに下らない事でも、アリッサが見ている。彼女が魔族なら尚更だった。
その上で相手がヴォルグなら、どの領域にあろうが、自身が魔術師擬きだろうが、選択肢は「上から明確に決定的な差で『力』見せつける」になる……
――ただ、レイナードと二人で、ミールレスを倒したのでも分かる様にクローゼは「前面に出て」のタイプではない。
基本的に「守りたい気持ち」が始まりである。
何度か見せた流れからも、戦闘をコントロールして、共に戦う者の攻勢や攻撃を最大限に生かす側になる。
勇者が現れる以前では、魔王を倒す前提は「王国最強の剣士と騎士の二刀流」であった。
ただ、それでもクローゼ自身は、自らの剣を捨てた訳では無かった――
……見せつける、いや、そう思っていた。そして、その上に呟く様な思考が乗った。――強さは数値だけじゃない。……久し振りの漏れる思いになった。
漏れた言葉は意図せず、ヴォルグに届いていく。
言葉の意味をヴォルグは分からないが、クローゼの空気感が変わるのを彼の鼻は捉えていた。
――気配が消えるクローゼの雰囲気と様相――
クローゼの領域の剣は、勇傑なりの刹那に迫る目でなされていた。
軋む肢体を感じながら具現化した高速の剣域になる。
また、ヴォルグの打撃は、純粋な吸血鬼の幻影の速さには及ばないが、「純然たる強さ」に迫る速さがあった。
それらがぶつかり合い、衝撃を演出していた。
ただ、クローゼが見切っていたのに対して、ヴォルグは魔体流動を鼻が捉え動きを見極めていた、となる。
そして、クローゼはその域を越える。行く気を消して、行く気を読むその剣域にだった……
――レイナードの「教えてやる」からの体感の末に、抑止状態で彼の剣を叩き落とした剣である。
僅か一勝。ただ、クローゼにとっては絶大な自信に繋がった一太刀だった。
「素ではまだだけどな」
笑顔を見せるクローゼに、レイナードの感じた物が「命懸け」にヴォルグを選択させていた――
……絶え間無く続いていた交錯は、なりを潜め緊迫の空気がその間を埋めていた。
本能的に察したであろうヴォルグは、その空気を掴みかねている。単純に警鐘が頭の中で鳴っていた。その様子になる。
二人を見る戦場全体が、空気感を見て息を飲む感じが見えた。ただ、明確に意図を持ち空気を揺らす事無く、動きをする側があった。
他方がそれに意識を向ける前に、クローゼは自然体で、構えた双剣を僅かに揺らす。
「どうする。来ないのか? なら――」
「殺るぞ」
クローゼの周りを無意識に回っていたヴォルグは、その声で我に返った。格付けの意識なのか、ヴォルグの強烈な飛び出しを呼び込む。
クローゼは、微かに余裕に見える笑いを棄てて、迎撃に集中していく。踏み出す一歩が思考を呼んでいた。
――斬っても駄目なら、その意識ごと立ちきる!
瞬間的な距離の相殺で、零距離の応酬が先程までの速さの領域では無い演武を作り上げる。
連打を捌くクローゼの無駄の無い動きに続く、繰り出される剣撃は、確実にヴォルグの身体に鮮血を具現化していく。
剣撃と回復の連鎖に、捌きで地形変わる光景が明確な差が魅せていた。
クローゼの剣は勢いを増し、時折混ぜる「行く気」で誘いヴォルグの動きを操っていた。
翻弄され、刻まれるヴォルグの咆哮が響きわたる。恐らく苛立ちを込めた叫びだった。
それを境にヴォルグは、距離を取るように飛び退く。そして、その瞬間で流動を合わせ、強化魔法で五感を飛躍させて行く。
一瞬で変わる感覚で、ヴォルグは再びクローゼに迫っていった。
初撃の体感で、クローゼはヴォルグが変わったのを理解していく。続けざまに繰り出される連打に、息を止めてクローゼは剣を合わせていた。
――マジか、くそっ。……刹那の思考だった。
思考に続く四と五を辛うじて、六撃目でクローゼの体制が崩れる。そこに、ヴォルグの渾身の拳が合わさってきた。
「で、死ね――」
双剣の捌きを抜けた、ヴォルグの叫びが拳に乗ってくる。発揮される魔法陣を突き破る様な、魔王さながらの一撃はクローゼの横腹を捉えていた。
衝撃の音にクローゼの呻きが飛んでいた。そのまま、金銀の破片を撒き散らしてクローゼは吹き飛ばされて行く。
空中を舞い、意識が飛びそうになるのを、食い縛る気持ちでクローゼは保っていた。そして、追撃がある筈に思考を回していく。
――まだだ、次のに合わせろ俺、 無様は晒せない、格好つけたいんだろ俺。
……約束の刻のヴォルグである。それだけでは無く、ここ、この場だけは引く訳にはいかなかった。
「泣かせるかよ――」
強い気持ちで、クローゼは着地点を瞬発で消し、弾ける土煙を背に迎撃の体制を作った。迫りくるヴォルグの動きをクローゼは刹那で捉える。
――速い、が、いける!
咆哮が合わさるヴォルグの拳が迫る。殺す気で殺した筈のそれが、何事無く立ち向かっている。ヴォルグの激情は沸点を越えていた。……そして、何かが弾けた。
クローゼと認識出来てはいない。ただ、戦わなければならないとヴォルグは感じていた。その為だけに、踏み越えた筈だった。
「クローゼ――」
「遅いわ!」
交わされる言葉が明確に、約束を刻んでいた。何が遅いのかは分からない。ただ、クローゼが走らせる領域を越える刃が、ヴォルグの拳と衝撃を併せていた。
混ざり合う衝撃を、クローゼは自身の側に弾けさせた。
右手で走らせた剣。重なり混ざった衝突の反発力を軋む身体で回転に変え、左手の一太刀に乗せていった。
瞬間の勢いで、裾を翻してクローゼの双剣の左が走る。その勢いが堪えるヴォルグを捉えていった。
――切り裂かれるヴォルグの胸板。剥き出しになる血肉と割けた息吹きの核――
吹き出る鮮血が、クローゼに色を着けて行く。裂かれた胸にヴォルグの視線が落ちていた。ただ、クローゼの狙いはヴォルグの首。元から右手の剣であった。
紛うことなき剣と拳。特異と超越の重ね掛け、その反発の軌道は、確実にヴォルグの首筋を捉えていた。
その刹那、クローゼの目はヴォルグの瞳を捉えていた。……僅かに伏せるその動きに、剣の刃先が青い血の筋を着けた瞬間――
――クローゼの身体が、横からすがる様に抱きつかれ飛んでいた。
剣刃は離れ、ヴォルグの崩れ落ちる光景をクローゼは視界に入れていく。落とす視線には、アリッサの顔が……紫の瞳を向けていた。
「お願い止めて!」
着地とも取れる踏み足で、体制を建て直しクローゼはアリッサをそのまま支える様にしていた。
その状態で、彼は若干の不測と不審を持った。しかし、発揮しなかった事に一応の納得を向けていく。
「アリッサ?」
「クローゼ、ごめんなさい。もう良いよね」
クローゼは、不審が不満に変わるのを 自身で感じていく。それで、軽い笑顔をアリッサに向け、剣先で自陣を指して声を落とした。
「駄目だ。それに俺と彼奴の覚悟の話だ。君の事だけど、もう、それだけじゃない」
「クローゼ……」
「アリッサの事は俺が……あっ、くそっ」
クローゼが掛けた言葉の最中に、ヴォルグは立ち上がった。それを見たクローゼが言葉を変える。
その様子に、アリッサが立ち上がったヴォルグに安堵の表情を見せていた。
「アリッサ、で、俺の負けだ。……もう……」
「ヴォルグ?」
塞がる筈の傷口が、その存在を見せたままなのにアリッサはクローゼから離れようとした。ただ、クローゼの腕に力が入るのが分かった。
見上げる感じに、彼女はクローゼを見てその声を聞いた。
「そんなに奴が良いなら、行けば良い。気持ちが無いのに――」
「違うの、彼に子供が出来たの。だから、出来るならその子が……」
全身で否定を見せるアリッサの言葉に、クローゼは困惑の表情して、出す言葉を探していた。……既に、アリッサがアリッサらしくなったのに疑念すらない。そんな中の思考である。
――なっ、えっ、おかしいだろ。アリッサが、じゃなかったのか。まさか、アリッサ?
混乱の思考の最中に、アリッサの「貴方が好き、貴方の事だけ考えてた。誤解しないで、そんな事じゃないの……」の言葉らしきをクローゼは聞いていた。
そして、 次に出した彼の言葉は、ある意味彼らしいが、命懸けの結末に出す感じではなかった。
「子供が出来たのか?」……真顔で、吸血鬼になってしまったアリッサに向けて、そう言っていた。
それに、アリッサもアリッサらしく、真剣に「そうよ、彼には子供が出来たの」と答えていた。
どうにもならない様なすれ違いの雰囲気に、崩れ落ちそうなヴォルグが声を掛けていた。
「身体が戻る、で、感じがねぇ。で、もう無理だ」
「フリーダ様なら、何とかしてくれるはず」
「もう、で、間に合わねぇ」
「私なら、全力で戻れば間に合うかも。いいえ、間に合わせる。それに、ビアンカが待ってるから」
続いていた会話に、クローゼが混乱を増した辺りで、擬態を解いたアッシュが覚悟の瞳でその場に現れる。
それと同時に、クローゼの後方には魔方陣の展開する光が出ていた。
若干の振り返りに、残光の中に立つのは黒と青の黒の六楯に紅紫色の全身鎧の姿だった。……突然の様に剣は鞘から出ている。
黒のレイナードの臨戦態勢の勢いが、アッシュの剥き出しの牙に向けられていく。
触発の間際に、クローゼの「停戦中だ!」の声で一応の収拾を見る。……クローゼにしてみれば、既に事態が分からない上に、なし崩しの乱戦は避けたかった、その辺りになる。
ビアンカの言葉を聞いて、理解と認識が追い付いて出せた言葉だった……。
ヴォルグが明らかに弱り行く中で、儀礼的な雰囲気を交わし、その場に集まった者にアリッサの説明が出ていた。
クローゼにしてみれば、セレスタがいるので思考停止気味になっいる。その状況で、当然の反論が出ていた。
「そんな話通らんだろ」
「私も、心情を抜きにしても、良いとは言えない」
「ですが、クローゼ様は、私があれば『人狼とそれに従う人魔』は寛大と安堵を約束して下さってます。それに、ユーベンにいる人々をこれまで、保護してきたのは、彼です。ですから」
アリッサの言葉に、レイナードが不満を見せる。
「アリッサ、さっきと感じが違うが本物か? 大体、この国の事は関係ないだろ。それに、そんな奴が元に戻ったら厄介だろ。ほっときゃ死ぬんだったらそれでいい」
「着けてるいるから、本物だ。操られてる可能も無い。フリーダがウルジェラ以上なら分からないがアレックスは天才だ。……おかしいのは時々で追々戻るらしい。あ、後、確かに約束したな」
レイナードの懸念にクローゼは、アリッサが首飾りを着けているから大丈夫だと告げていた。同じ物を着けたセレスタが、結果的に体感していた。
そんな事をクローゼは口にして、思案の仕草の上に自身に頷きを出した。
「分かった。左手と右足だな 」……そうクローゼはその場に声を出して、続く話の流れでその場を収める事になる。
簡単に言えば、「送ってやるから左手と右足を置いて行け」になる。……各々の見解と懸念が出たが、結果的セレスタの龍極剣の切れ味で、彼女が守護者に相応しを示していた……。
「普通に強いんだな」の呟きに幾ばくかの間を置いて、焦るアリッサらとクローゼは体制を整えて魔方陣を展開する事になる。
その去り際に「俺の名で停戦だ。いなくなったら終わりだ……わかるな」の言葉を出して、セレスタ頷きとアッシュの「なっ!」を引き出していた。
「取り敢えず、行くか」
そうクローゼは簡単に言って、息も絶え絶えのヴォルグを見ていた。
――約束の刻は、クローゼの正面から殴り倒すで、決着を見た事になる。……そんな一幕だっただろう、である。
2019/09/08
黒衣⇒黒装束に変更等、調整改稿




