六~紡ぐ想い約束の刻の始まり~
予感なりを呼び込んだ超越者、吸血餓狼黒銀のヴォルグの登場で戦場は壮絶になった。
その戦場の小高い所でセレスタが指し示す先に、魔方陣が光を放ち展開する。
クローゼはそこに、レイナードとウルジェラを連れて現れ、視界に入る戦場の様子に声を上げていた。
「何がどうなってるんだ?」
「あっちとそっちに強い魔族が、皆が、ブラッドがモリス殿と、皆が、だめ、助けて……」
突然、混乱を見せたセレスタに、一番驚いたのはキーナだった。
驚いた彼女は、伝令により右翼の指揮権を丸投げされていた。……その意味合いで、モリスとダドリーの動きになる。
意図と状況を理解し感情をのみ込んで、援護と撤退の平行で指示しつつ、それ以上打つ手が無いのに唇をかんでいた。
ただ、クローゼがくる瞬間まで、凛として状況を見ていたセレスタの突然の変わり様である。
確かに、黒装槍騎兵が討ち減らされるを見て、心中穏やかでは無かったのは彼女もそうであった。
そんな彼女らを置いて、真っ先に反応したのは、「寝ていない」と固くなに主張していたレイナードだった。
「任せろ」
「俺は真ん中に。ウルジェラ、セレスタは任せる」
クローゼが指差した先に答えて、レイナードは転位を仕掛けていた。そこは、セレスタの言葉の場所でもある。
王国最強剣士の行く先は、黒装槍騎兵と漆黒の兵団が斬り合う場所。
そこは、高速で走り回るヴルム槍撃大隊の槍撃を援護に連携し、数の差をものともしないで、第三大隊が鬼魔族と壮絶に斬り合う場面だった。
その中でブラッドが、六刃を戻した魔解六刃将、漆黒のヒルデと打ち合い押される様子があった。
それをダドリーが、増援――横撃の勢いのままに割って行った、付近になる。
一方のクローゼの行く先は、勿論、ヴォルグの所になる。敗走した中央の軍は、何とか体裁を持ち構築した陣地に後退を始めていた。
立役者である黒槍槍騎兵が、高速の突入を魅せて、ヴォルグに周りから槍撃を合わせ動きを阻害した。そして、第二大隊が果敢に斬撃を仕掛けた結果になる。
斬撃は壮絶で惨劇にも見えた。
「唯一の結果」を演出が出来たのは、ヴォルグが面に対して魔力発動が出来無かった事にある。
勿論、「勇猛果敢で理性的に統制の取れた」分隊規模で、縦横無尽に駆けた黒装槍騎兵のなしたものだった。
――武将としてのモリスの非凡が見せたものだとも言える。瞬時にそれを見抜き、躊躇無しに実行させた事。そして、人智の外も知る彼らが答えた結果だった――
そして、引き際にモリス・カークラントは、自身の全てを掛ける。
颶風のスキロ=デュシスとミラナ・クライフがその中に姿を見せて、エルフの一矢が竜硬弾に混じるのを彼は「機」と見た。
武人としてのモリスが、どれ程と言えども「ヴォルグ」に勝てる見込みは無い。
ただ、屍を積み上げる現在に決着をつける為に、言葉を出した。
「スキロ殿援護願う。全隊、各個に全力散開離脱。ヴァンダリアの名にかけてやってみせろ――」
将たるに必要な戦場を切り裂く通る声に、隊ごとが明確な反応の連鎖を見せる。
スキロ=デュシスも、ミラナの駆る馬の背で「承知――」の声を出していた。
モリスは全体の流れを感じて、選択は最善だったか?と僅かに自問する。
彼の目に第二の大隊長が、ヴォルグに切り抜けるでは無く、斬り結ぶを仕掛けていた。
数人が馬ごと吹き飛ぶ光景に、「最善だったか」と呟き――後から行く。……と思っていた。
――竜硬弾は、半獣人の様相に進化をみせるヴォルグには通らなかった。無論、普通の刃も通る筈も無い。ただ、四方八方から連続で、阻害は出来ている。その一点からも、彼らの心折れなかった――
選択は……を確信に変え、モリスはヴォルグに向かって馬を駆った。――今ので、三か四止めれば最低限で収まる。……その心づもりだった。
モリスは、自身の側廻りを置き去りにするつもりで馬を走らせたが、当然に彼らも追従を見せていく。そこに不要な会話は出る筈も無い。
僅かに、結果の先にある「数」が彼の選択が最善だったのを共有する、の言葉が出ていた。
モリスがその勢いで迫り、弾ける光景の末に……自身を貫くヴォルグの腕を見る事になる。
数えが五と六に至った辺りで、別の局面では、彼の副将がブラッドに託す言葉預けていた。
ヴァンダリアにとって、一代の終わる瞬間だった。だが、それは終わりでは……ない。
刹那の重なりが瞬間を掻き消す様に現れる。
猛烈な勢いで飛び込んで来たクローゼの姿。その双剣の斬撃が、余裕の笑みを出していたヴォルグを捉えていく。
双剣の重ねを横凪ぎで、衝撃を乗せた全力の領域だった。
衝撃音が戦場に響き、抜き放つ様にモリスを置き去り、ヴォルグは相応な距離を飛んで行く。
着地点は、爆発かの土煙を上げていた。
クローゼは、勢いを踏みしめた足で向きを変える。そのまま、赤い一軍の後方に竜硬弾を撃ち込み、地形を変える場景を作っていった。
一連を一息で振り切ったクローゼが、モルスの倒れるのを見て――振り絞る。
「モリス……モリス……」
「ハンネス……様 ……宜しい……か」
薄れ行く意識の中で、現れた様相の違うクローゼをモリス・カークラントはそう呼んだ。
――彼の主君はハンネスだった。ハンネス・ベルグが、最も信頼した男がモリスだった。
二人はその関係であり、モリスをクローゼに付けたのは、父親の愛情だけでなく彼だからになる。
先見であるかは別にモリスのおかげで、結果、クローゼはこの特殊な環境を得ていた。
勿論、ヴァンダリアがそれに追従出来たのは、彼の支えによる所が大きい――
出した言葉にモリスは、安堵の表情を見せる。
――私は、ご期待に添えたでしょうか。……これで先にいった者とも話が出来る……少し早いが、許してくれるだろう……見るからに手の施し様がないのを自覚した。そんな様子だった。
断言出来るのは、この戦場で成した事についてになる。払った代償を差し引いても、彼のなした事は大きい。
打算的に語るならば、そう言う事になる。
心情的には別なのだろう。……息吹きを閉じる彼を見て、クローゼは頷きを彼と自身に向けていた。
そして、飛ばした魔族に意識向ける。相応の距離で開いた傷跡が戻り行く、半獣人の姿があった。
竜硬弾の衝撃音で止まっていた戦場には、振り絞る黒装槍騎兵の戻り行く姿のみが見える。
そこに、クローゼの大声が響き渡る。
「ふざけんな――」
初撃のヴォルグを思わせる衝撃が、声に乗り魔力の波を戦場にぶつけていた。
全体が止まり、黒と赤の乱戦も一時的に静寂をもたらしていた……
――ダドリーを切り捨てたヒルデを、レイナードの高速の連撃が出血強いて、ブラッドが割って入ったジニスを斬り伏せた辺りの事になる――
……ゆっくりと歩み寄る二者の距離が詰まる。ヴォルグは既に傷跡すらなかった。
「お前は、で、黒の六楯か?」
「知るか、お前が誰だ。どうでもいいが只で死ねると思うなよ」
両者の首が僅かに動き、双方の認識はずれていた。それに、ヴォルグが自身を名乗り困惑が浮かび上がった。
「黒銀のヴォルグだ。で、お前なんだ」
「はぁ? お前ヴォルグなのか、その格好……まあ、どうでもいい。結局お前も只の魔族なんだな」
「魔族? 俺はそれを越えた、で、吸血餓狼だ。あの方とあいつが、で、いった」
様子が可笑しいのは、クローゼにも分かった。ただ、何れはやる相手である。何であれ、会話する意味すら無い。そう考えいた。
「アリッサが居ないのは丁度良い。面倒にならなくてすむからな――」
「俺の女だ、で、呼び捨てるな」
ヴォルグの言葉に、感情を逆撫でされるのをクローゼは感じた。
怒りの沸点が低くなっている自覚がある彼は、無言で剣をヴォルグにむける。
彼は、振り戻しを考慮して、領域の剣だけでと思っていた。しかし、その言葉に考えを変えていく。
「死ね――」
「双方、お引きなさい!」
クローゼを遮る声が聞こえ、一瞬、彼の意識が削がれていった。
それは、大型の魔獣の上から、「強制力があるかの」アリッサの声が直接全体に向けられていた。
ヴォルグの視線にクローゼもその声を追った。そこには、紫色の鎧を着けたアリッサの姿が見えている。
唐突に現れた感じのまま、速度を落とす事無く魔獣に乗り中心に近づくその姿が鮮明になってきた。
その認識をクローゼとヴォルグは共有して、顔を再び合わせていた。
「あいつが、で、引けと言ってる」
「お前誰だ?」
事態と状況が、クローゼには理解出来なかったが、魔族の側は引く気を見せていた。
それは直接斬り合っていた。場でも起こっている。……ブラッドは、ジニスに槍先と足を置いて止まっていた。
横にあるレイナードは、相当数を相手にして斬り捨て、その上でヒルデに一撃を入れ距離をとり牽制しあっていた。
その場景で、ブラッドの怪訝が出てくる。
「アリッサですか?」
「そうだな」
「引けと言ってますが」
ジルクドヴルムの者の会話に、ヒルデが声を出してくる。当然、何んだ? の雰囲気でそれを二人は聞く事になる。
「貴様達は、アリッサを知ってるのか?」
「なんだ? 行きなり」
「知ってるも何も、我らの領主の夫人になる女性だ。お前達こそ……?」
怪訝が困惑に変わり、状況が行き場を無くした辺りでクローゼの一際大きな声がした。
「クローゼ・ベルグの名において、一時停戦する。双方共に引け――」
双方の同意で上げたその声が、中央から波及し認識が全体を包む頃合いで、クローゼの周りに集まる一団が出来ていた。
クローゼに「逃げるなよ」と言われたヴォルグと、アリッサの姿があった。
彼女の後ろには、ヒルデとアッシュが見えて、モリスの身体を抱えて、ヴォルグを「殺すか」の勢いで見るレイナードをブラッド押さえていた。
「モリスを頼む。……すまない、間に合わなかった。二人は下がれ。後、俺は俺のやるべき事をする」
「仕方ないと言いたいが、俺も目の前でダドリーさんを殺られてる。……クローゼ、茶番は程々にしとけ。ユーリには言えんが俺達がここまでする必要があるか? それとアリッサ、お前も我が儘言い過ぎだ、大概にしとけ――」
話の中にアリッサの言葉が出て、ヴォルグの瞬撃がレイナードに魔方陣の盾の煌めき映し、抑えていブラッドと二人まとめて後ろ飛ばしていた。
一瞬、クローゼの懸念が通ったが、レイナードは当たり前にそれを利用して後ろに飛んでいた。
それに呼応して、クローゼはヒルデとの距離を瞬発で消して衝撃の拳を叩き込んでいた。
時間差をつけて、アリッサの目の前て双方が動いたとなる。呻きと共に吹き飛ぶヒルデにヴォルグが視線を向けて、晒したクローゼのあの表情を見る。
「停戦だ、意味分かるか? 半端な犬野郎。何でもありなのが自分だけだと思うなよ」
「てめえ――」
「お止めなさい。そちらも、お止めください」
クローゼのアリッサに向ける視線は、「おかしい?」処では無いの雰囲気だった。
一応に、レイナードらに戻る様に告げて、「手加減はした」とアリッサ答えていく。そのまま、視線を彼女の後ろのアッシュに移していった。
「アッシュ!……どうなってる?」
「はい!」
向けられた怒気と覇気が混じった声に、強者のアッシュも答えを返さずにはいられなかった。
――アッシュの話を纏めると、フリーダの魔力を糧としている二人の人格に、一時的だが、重なりが起こっていると言う事だった。
フリーダは、現状、魔王の魔力を糧としているのでそれが影響している。その前提だった。
それを踏まえて彼女は時がたてば、恐らく、以前のアリッサに戻る。ヴォルグは、前例が無いので分からない――
カルーラの見解をアッシュが理解しただけの話で「時々変わります」の言葉もついていた。
そして、この状況に至るまで、クローゼは噛み合わない会話をしていたとなる。
「取り敢えず、君は、俺が分からないんだな」
「いえ、わかります。魔族の私を想い求めて下さる御方です。ですが、ヴォルグ様からも……」
「そうだ俺の女に、で、手をだすな」
「うるさい黙れ、犬野郎」
「てめえ――」
「お止めなさい!」
この流れに、クローゼが振り切れて、今は「初めから魔族」と思っていてもいい。取り敢えず、連れて帰るの認識に至った。
「もう、どうでもいい。吸血餓狼だか知らないが……明確に敵だ。全力で殺す」
クローゼはヴォルグに一応に言葉を投げて、自分の気持ちにモリスの最後を刻んでいく。
そして、「てめえ!」の反応を無視して、アリッサに向けて声を出していく。
「アリッサ。俺が君の『何か』を思い出させる。終わるまで待っててくれ。アッシュ、アリッサを連れて下がれ。分かるかだろう。気に掛ける余裕は無い、出来るだけ遠くだ」
クローゼは、アッシュにとって主ではない。ただ、絶対的強者ではあった。
……当然アリッサの受け入れがあって、その場を後にしたのだが、クローゼの言いたい事は理解できていた。
「分かるだろう」のクローゼ自身は、魔王を強襲する時にヴォルグとの事を想定していた。
なし崩しな感があるが、別の意味で感情を捨てる事が出来たと思っていた。
目の前で牙を研ぎ澄まし、引いた弓の様なヴォルグの様子。
刹那で事が始まるであろうこの瞬間、クローゼは只の魔族として見れていた。
――ヴォルグは特別だった筈。でも、今は只のヤバそうな魔族か。好き勝手やってくれた分はきっちり殺してやる。
……だた、クローゼも普通か?と言えばそうではない。
――今のクローゼは、正義を振りかざす者ではない。また、王道を行く者でもない。
言ってしまえば、自己中心的で利己的な者になる。自身のそれなりな感覚で、命をかけさせた事の現実を見た結果。
……アリッサの現状にダーレンとモリスの死。また、ダドリーを始め多くの現実。それらを引き起こした、自責を払拭する為に立っていた――
極光が登り行く最中、アリッサの気配は遠くなり、クローゼの視界で認識出来る範囲ギリギリにいるのが確認が出来ていた。
約束の空間には、特異なる者と超越した者。その現実に、彼が着け直した仮面の内で、表情が僅かに高揚していく。
クローゼに、呼吸を整える仕草が見えて、両手が掛かる腰に意識を向けて抜き放ち呟きを出していく。
「さあ、何でもあり――」
「だ」の声を遮られる程、瞬間で詰められる相対的な距離。そのまま、ヴォルグの拳に煌めきの発揮をさせられる。
その拳の一撃は止まる事無く、魔装甲楯鱗の領域に届いていた。――くっ、本気か?……僅かな驚きになる。
――肉薄する拳と楯鱗――
発揮の魔力で打撃の力は防いだが、発揮の反発では押し返す事が出来ず、クローゼは後ろに飛ばされ、追い足での追撃をその目に捉える。
彼の目が刹那を越えて、空間防護を軌道に水平で多重展開し、瞬発――盾魔法陣の反発力を能動的に――でそれを置き去りにして、クローゼは軌道をかわしていた。
行きなりで、ヴォルグに出血の線が複数現れて、身体を締める動きでそれを破壊して、砕ける輝きをみせていた。
踏みしめて、体を返すヴォルグにクローゼは領域の視線を落とし僅かに思考を走らせる。
――それをやるのか。なら、これで。
迫りくる打撃をクローゼは、魔装甲楯鱗に全開の魔力を通し、領域を越える速度を出して剣を合わせていた。
金属音の連続に、衝撃が逸れて地形が変わっていった。対個体で全力をぶつけ合う光景がそこに出来ている。
人狼の枠を超越したヴォルグの単一目標に向ける力は、先程までとは比べられぬ程に飛躍していく。
それをクローゼは、積み重ね乗り越えて手にした力で、追従……いや、凌駕するをみせる。
鋭く動く重なりにクローゼは口角を上げてみせた。
「魔王級だな――」
「越えて。で、やる」
「やってみろ、ヴォルグ」
本能で約束の刻を理解するかのヴォルグの声に、クローゼは、始めて魔族の力に触れた男がヴォルグであったのを再認識する。
――全力で行く。後先なんて考えられない……限界を越えるかの打撃と剣撃の重なりの中で、クローゼは冷静ではあるが、持てる全てを使うつもりになった……
……それを見るたくさんの目には、立ち入る事の出来ない。終わりの見えない強烈な光景だった。
本能と激情が、ヴォルグの勢いを加速させる中、クローゼの受ける動きが変わっていく。
それを理解出来るものは、恐らく一人だけだろう。セレスタの隣に立ち、彼女の魔力を受ける男だけだった。
恐らくは、その筈である。




