表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
15/204

十四~クローゼとセレスタ~

 ・から見るクローゼは、それなりに『クローゼである彼』と『クローゼの彼』と『クローゼ』が繋がりを見せてきた。


 ようやくに、クローゼ・ベルグとして、生きる『点』に至った様に見える。





 城塞都市ヴァリアントの内側の城壁が、窓から見えるテーブルで、夕食をとっていた。目の前には、セレスタが座っている。


 注文を口にして以来、一言も言葉を発していない彼女から、視線を逸していく。


 城壁と並走して通る、道の両脇を魔導器の街灯が、黒に向かうを照らしていた。暗くなる場景を見つめ、あの出来事を思い返していた……。




 一瞬の出来事を見られて、彼女は、矢継ぎ早に言葉を繰り返して釈明していた。そこまでされると、流石に俺の方も、悪い事をした様で困った。


 ――まあ、してないとは言えない。


 ただ、至極動揺している時に、彼女はこうなる。彼女とのこれまでの会話の中で、何度か見た様子だった……。


「クローゼに襲われましたか?」


 彼女は、義姉上の言葉に「えっ」となって固まった。そんな事を言う、その顔は、先ほど見たままだった。


 ――当主も大変なんだなと思う。


 と馬鹿げた事を思ったが、そのまま何も言わないと、俺が困る事になるので、取り合えず弁明しておいた。


 ――当然、意図的な感じだったのは、きちんと説明して。


「失礼した。メイヴリック卿」

「こちらも 不注意でした。申し訳ありません……」


 屋敷の廊下。当主以下、多数の視線がある中で、公私の区別が出来なかった。それで、無難な選択肢をする。

 形式的な会話にも取れる、やり取りをして、二人で義姉上に向かい一礼してその場を納めた。


 それで義姉上が、セレスタに真面目な顔する。


「メイヴリック卿。疲れている様子ですが、大事有りませんか」

「お気遣いありがとうございます。問題はありません」

「それなら、宜しいです」


 二人の会話が続き「恐縮で……」と答え、続けようとするセレスタに、義姉上が片手を軽く上げた。


「この際ですから」


と、少し凛とした感じを見せていた。


「セレスタ殿。正式な通達は後日にしますが、軍務に関する職務と権限については、メイヴリック家からカークラント家に移管します。モリス殿と合わせて、引き継ぎをするように」


 セレスタの顔が一瞬、強張るのが分かる。それを見た義姉上は、穏やかな顔になり、そのままを彼女に向けていた。


「決して貴女の力に、疑念を抱いた訳ではありませんよ」


 義姉上の『優しい眼差し』で、包み込む様な言葉に、セレスタが「御意」とだけ答えて、複雑な表情になる。

 義姉上は、彼女に一度頷いて見せて、今度はその眼差しを俺に向けてきた。


「クローゼ殿。御父上の御意向もありますが、ヴァンダリアの為に宜しく願います」


 ――成る程『独り立ち』しろって事ですか。


 カークラント家は俺付きだから、そう言ったのだろう。


 アリッサやレイナード、ジルクドヴルムにいる他の者は、俺が家名を持ったので家臣になる。

 しかし、カークラントの家名は、俺の代だけで俺個人の家来になる。だから、そういう事なのだと思う。


 何故そうなったと言えば、庶子だった俺にというか「彼」に、父がくれた優しさといった所だろう。

 まあ、残りは全て兄に引き継がれのだから、釣り合い取れていたはずだ。――たぶん。


 モリスは優秀だ。でも、彼が特別だった訳ではない。セレスタやオリヴィアの父親も、勿論(もちろん)そうだった。モリスには、俺も随分助けられたと思う。


 その気持ちを確めたところで、義姉上の言葉に答えていく。


「仰せのままに」


 そんな感じに声を出して、胸に右手の拳をあて、恭しく礼をした。取り敢えず、そんな気持ちになった。


「クローゼ、貴方も十七歳になりました。立派な成人として、今後はより努力して、ヴァンダリアの為に尽力しなさい」


 彼女は、顔を上げた俺に向かってそう言った。それで、俺の横で話を聞くセレスタに、あの感じをみせる。


「セレスタ殿。そうは言いましたが、クローゼは可愛い弟。姉としては心配なのです」


 雰囲気の変わった、義姉上の顔を見て、セレスタが困惑した表情をする。


 ――多分、これはある種の才能だと思う。


「セレスタ・メイヴリック士爵。ヴァンダリア侯爵家当主として、メイヴリック家にはこれよりクローゼ・ベルク・ヴァンダリア男爵付きを命じます。セレスタ殿。お互い一番辛い時期に、ヴァンダリアを。そして、私と幼いあの子を支えてくれた事、感謝します。これまで御苦労でした」


 義姉上が言うと同時に、セレスタが片膝付きで跪き視線を落としている。その肩は、僅かに揺れていた。


「御意」


 小さく彼女が答えるのを、上着の裾を掴むフローラの小さな肩に手を乗せて聞いていた……。



 周りに人が居なくなり、広く感じる屋敷の廊下で『微妙な距離感』が彼女との間にはあった。

 向かい合う距離ではなく、そのまま、それが彼女との距離だった。


 どう、声をかけていいか分からずに、取り敢えず、「夕食を共に」と呟く。少なくない間があって、彼女の声が聞こえてきた。


「主命なら、仰せのままに」……と。




 そこまで思い返して、目の前のセレスタに、視線を戻していく。

 そこには、先程のまでの軍装ではない、男装ではあるがフワリとした服装で、僅かに化粧がされた彼女の顔があった。


 それが、やけに美しく見える……そんな気がした。


 不純なとも、自責してしまいそうな視線に気が付いたのか、彼女は、淡々料理を口に運んでいた手を止めていた。


「昼食をとらなかったので」


 少し間を開けて、唐突に彼女が発した言葉。その意味が分からない。ただ、話しかける切っ掛けにはなった。


「セレスタ」

「はい」

「怒ってるのか?」

「いいえ」

「どうして黙ってる?」

「食事をしてますので」


 セレスタの名前を呼んだ時、彼女の喉が少し動いて彼女声が聞けた。

 続けて話し掛けたが、素っ気ない返事しか帰って来ない。たまらず、 話してし掛けるのを諦めて、少し考える。


 ――彼女の食事が終わるまで待って、改めて言おう。


 そう思った……。少し長く感じる刻の流れをおいて、兎に角言葉に出していく。


「姉さん。と呼んだ方がいいのか?」


 言葉に、セレスタのコップに伸ばした手が止まり、驚いた彼女の顔があらわれる。


「ロンドベルグでは、そう呼んでいた筈だけど」

「それは、その、そうではなくて、いえ、そうですが……」


 分かりやすく動揺する、彼女の言葉を遮り、被せる様に言葉をのせる。若干の感情。その自覚はあった。


「その時の事は、俺は知らないのだが」


 少し語尾に掛かる俺の言葉に、彼女は下を向いて黙り混む。その仕草に、言葉を続ける事ができなくなった。仕方ない、自分でも何がしたいのか分からなくなっていた。


「もう良いよ」と言いかけた瞬間に、彼女が声を見せてくる。


「一つ、質問させて頂いても宜しいですか?」


 それに「ああ」と答えた後に、セレスタは意を決したように言葉を繋げていた。


「貴方は誰ですか?」


 ――この瞬間にこれか?


 予想外の質問に、今度は俺が動揺する事になった。それて、少し頭が回らなくなる。思考が停止する……その感じが自分でも分かった。


「クローゼ・ベルク・ヴァンダリア」


「それは分かります。分からないのは貴方です!」


 素直に呟いた言葉と、彼女の声が被る。ただ、声の主は我に返ったように「申し訳ありません」と口にしていた。


 そう俺の名前は、見た目は、立場は……クローゼ・ベルク・ヴァンダリアその人だ……が。


 そう彼の名前は、見た目は、立場は……クローゼ・ベルク・ヴァンダリア男爵その人なのに……。


 ――そう、彼なのに……

 彼が、男爵になり、「ヴァンダリアの男爵になったよ。ベルクの名も名乗れる。兄さんと同じだ」と悲しそうな目で、私に言ってきた。


 内気で、人との距離感に悩み、一途に、真面目で真っ直ぐな彼が、私にとってのクローゼだった。


 目の前にいるは、私の知る彼ではない。少ない刻で、周りとの関係を築き、無くなったものを取り戻した様に見えて、まるで別の人に感じてしまう――



「義姉上って……」


「拗ねているのか?」

「違います!」


 思わず声にでてしまった言葉に。彼女が呟やく様に出した言葉に。その声に、彼女との距離と気持ちが、見えた気がして。その声に、自分の本心を見透かされた様な気がして……。



 ――刻が止まり、言葉が交わされる――



 自分と彼女と二人の間が、どれだけか分からないが……止まっていた。そんな感じがする。


 そんな流れで、始めに話し出したのは、セレスタだった。非礼を詫びる言葉から始まったのは、クローゼという人物の事だった。


 ――勿論、自分の事だ。


 初めて机並べた時から、彼らの歩いた時間だった。屋敷での数年、王宮のあるロンドベルクでの二年間、そしてあの出来事。それからの四年。


 初めて、自分が誰なのか語ってくれた時の様に、ゆっくりと時間をかけて、優しい口調でだった。


「ありがとう」

 

 それを聞いてそのままそう思った。


 彼女の言葉は、自分の知らないクローゼの人生そのものだった。クローゼの日記と俺が呼んでいるそれにも、彼の人生が記されていたが、彼女と歩んだ彼は、確かに生きていた……。


 口からこぼれた感謝の言葉に、セレスタが僅かに答えてきた。言葉自体を捉える事はできなかったが、さして問題ではない。そう、感じているの自分かいた。


 彼女の話を聞き、今度は今の自分の事を話した。


 クローゼの日記、手帳・集められた本。教えられた事、出来る事。勿論、彼のセレスタへの気持ちを隠さず、自分が誰なのか、知りうる全て彼女に話した。


 ――俺もゆっくりと時間をかけて。


 話し終えた俺は、軽く息を整える。彼女から、意識が外れて周りに目がいった。


 店内には客の気配無くなっており、二人の周りにはいつの間にか置かれた衝立で、然り気無く目隠しされていた。


「これが、私が誰なのか? の答えです」


 時折、頷きや驚きに微笑みと、色々な表情をしながら、首に掛かるそれに指で触れて聞く彼女に、答を預けた。


 そして、彼女が返事をする前に、続けてこう告げた。


「記憶を無くした自分は、彼に残して貰ったものでしか出来ていない。貴女が、俺の事をわからなくても、僕はクローゼなんだ」


 一旦言葉切って、セレスタを見直した。


「だから、これからもクローゼ・ベルク・ヴァンダリアとして生きるしかない。そうするには、貴女が必要なんだ」


 向けた言葉に、確かな瞳が返ってくる。


「俺が、初めて出会ったのは、セレスタ、君だ。そして今日、今の自分を全部話した。セレスタ・メイヴリック、君はきっと、『俺』がこの世界で手に入れる事ができた、初めて証だと思う」


 自分でも、言葉に熱が入るのが分かる。


「だから君がほしい。では無くて、君に助けてほしい。彼ではない、これからの俺が生きるのを……」


 話し掛けていたセレスタが、顔を真っ赤にするのが見えて、言葉に詰まる。何故そうなるのかは、理解出来ない。


 ――何か、可笑しな事を言っているのだろうか?


「主命と思って貰って良い。メイヴリック家は、俺付きになったのだから、だから助けてほしい。……手伝ってほしいか。頼む……いや、命じる。俺を助けてほしい。君は僕の物だ……違う君は物ではないが……俺のでもないか。そうではないが……」


 元々、意図してこの流れになった訳ではない。何と無く、勢いで話している。――だから、支離滅裂な感じなのだろうか?


 それでも今の全部は出した。裏も表もない、自分を、クローゼを助けてほしいと思うそれだけだ。


「貴方は貴方でしたね」


 セレスタの声がして、笑顔が見える。真っ直ぐ俺を見る、彼女の初めてだと思う笑顔は、最高に素敵だった。


「主命ならば、仰せのままに」


 何故か心地よい、彼女声が耳に入ってきた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ