十四~クローゼとセレスタ~
・から見るクローゼは、それなりに『クローゼである彼』と『クローゼの彼』と『クローゼ』が繋がりを見せてきた。
ようやくに、クローゼ・ベルグとして、生きる『点』に至った様に見える。
城塞都市ヴァリアントの内側の城壁が、窓から見えるテーブルで、夕食をとっていた。目の前には、セレスタが座っている。
注文を口にして以来、一言も言葉を発していない彼女から、視線を逸していく。
城壁と並走して通る、道の両脇を魔導器の街灯が、黒に向かうを照らしていた。暗くなる場景を見つめ、あの出来事を思い返していた……。
一瞬の出来事を見られて、彼女は、矢継ぎ早に言葉を繰り返して釈明していた。そこまでされると、流石に俺の方も、悪い事をした様で困った。
――まあ、してないとは言えない。
ただ、至極動揺している時に、彼女はこうなる。彼女とのこれまでの会話の中で、何度か見た様子だった……。
「クローゼに襲われましたか?」
彼女は、義姉上の言葉に「えっ」となって固まった。そんな事を言う、その顔は、先ほど見たままだった。
――当主も大変なんだなと思う。
と馬鹿げた事を思ったが、そのまま何も言わないと、俺が困る事になるので、取り合えず弁明しておいた。
――当然、意図的な感じだったのは、きちんと説明して。
「失礼した。メイヴリック卿」
「こちらも 不注意でした。申し訳ありません……」
屋敷の廊下。当主以下、多数の視線がある中で、公私の区別が出来なかった。それで、無難な選択肢をする。
形式的な会話にも取れる、やり取りをして、二人で義姉上に向かい一礼してその場を納めた。
それで義姉上が、セレスタに真面目な顔する。
「メイヴリック卿。疲れている様子ですが、大事有りませんか」
「お気遣いありがとうございます。問題はありません」
「それなら、宜しいです」
二人の会話が続き「恐縮で……」と答え、続けようとするセレスタに、義姉上が片手を軽く上げた。
「この際ですから」
と、少し凛とした感じを見せていた。
「セレスタ殿。正式な通達は後日にしますが、軍務に関する職務と権限については、メイヴリック家からカークラント家に移管します。モリス殿と合わせて、引き継ぎをするように」
セレスタの顔が一瞬、強張るのが分かる。それを見た義姉上は、穏やかな顔になり、そのままを彼女に向けていた。
「決して貴女の力に、疑念を抱いた訳ではありませんよ」
義姉上の『優しい眼差し』で、包み込む様な言葉に、セレスタが「御意」とだけ答えて、複雑な表情になる。
義姉上は、彼女に一度頷いて見せて、今度はその眼差しを俺に向けてきた。
「クローゼ殿。御父上の御意向もありますが、ヴァンダリアの為に宜しく願います」
――成る程『独り立ち』しろって事ですか。
カークラント家は俺付きだから、そう言ったのだろう。
アリッサやレイナード、ジルクドヴルムにいる他の者は、俺が家名を持ったので家臣になる。
しかし、カークラントの家名は、俺の代だけで俺個人の家来になる。だから、そういう事なのだと思う。
何故そうなったと言えば、庶子だった俺にというか「彼」に、父がくれた優しさといった所だろう。
まあ、残りは全て兄に引き継がれのだから、釣り合い取れていたはずだ。――たぶん。
モリスは優秀だ。でも、彼が特別だった訳ではない。セレスタやオリヴィアの父親も、勿論そうだった。モリスには、俺も随分助けられたと思う。
その気持ちを確めたところで、義姉上の言葉に答えていく。
「仰せのままに」
そんな感じに声を出して、胸に右手の拳をあて、恭しく礼をした。取り敢えず、そんな気持ちになった。
「クローゼ、貴方も十七歳になりました。立派な成人として、今後はより努力して、ヴァンダリアの為に尽力しなさい」
彼女は、顔を上げた俺に向かってそう言った。それで、俺の横で話を聞くセレスタに、あの感じをみせる。
「セレスタ殿。そうは言いましたが、クローゼは可愛い弟。姉としては心配なのです」
雰囲気の変わった、義姉上の顔を見て、セレスタが困惑した表情をする。
――多分、これはある種の才能だと思う。
「セレスタ・メイヴリック士爵。ヴァンダリア侯爵家当主として、メイヴリック家にはこれよりクローゼ・ベルク・ヴァンダリア男爵付きを命じます。セレスタ殿。お互い一番辛い時期に、ヴァンダリアを。そして、私と幼いあの子を支えてくれた事、感謝します。これまで御苦労でした」
義姉上が言うと同時に、セレスタが片膝付きで跪き視線を落としている。その肩は、僅かに揺れていた。
「御意」
小さく彼女が答えるのを、上着の裾を掴むフローラの小さな肩に手を乗せて聞いていた……。
周りに人が居なくなり、広く感じる屋敷の廊下で『微妙な距離感』が彼女との間にはあった。
向かい合う距離ではなく、そのまま、それが彼女との距離だった。
どう、声をかけていいか分からずに、取り敢えず、「夕食を共に」と呟く。少なくない間があって、彼女の声が聞こえてきた。
「主命なら、仰せのままに」……と。
そこまで思い返して、目の前のセレスタに、視線を戻していく。
そこには、先程のまでの軍装ではない、男装ではあるがフワリとした服装で、僅かに化粧がされた彼女の顔があった。
それが、やけに美しく見える……そんな気がした。
不純なとも、自責してしまいそうな視線に気が付いたのか、彼女は、淡々料理を口に運んでいた手を止めていた。
「昼食をとらなかったので」
少し間を開けて、唐突に彼女が発した言葉。その意味が分からない。ただ、話しかける切っ掛けにはなった。
「セレスタ」
「はい」
「怒ってるのか?」
「いいえ」
「どうして黙ってる?」
「食事をしてますので」
セレスタの名前を呼んだ時、彼女の喉が少し動いて彼女声が聞けた。
続けて話し掛けたが、素っ気ない返事しか帰って来ない。たまらず、 話してし掛けるのを諦めて、少し考える。
――彼女の食事が終わるまで待って、改めて言おう。
そう思った……。少し長く感じる刻の流れをおいて、兎に角言葉に出していく。
「姉さん。と呼んだ方がいいのか?」
言葉に、セレスタのコップに伸ばした手が止まり、驚いた彼女の顔があらわれる。
「ロンドベルグでは、そう呼んでいた筈だけど」
「それは、その、そうではなくて、いえ、そうですが……」
分かりやすく動揺する、彼女の言葉を遮り、被せる様に言葉をのせる。若干の感情。その自覚はあった。
「その時の事は、俺は知らないのだが」
少し語尾に掛かる俺の言葉に、彼女は下を向いて黙り混む。その仕草に、言葉を続ける事ができなくなった。仕方ない、自分でも何がしたいのか分からなくなっていた。
「もう良いよ」と言いかけた瞬間に、彼女が声を見せてくる。
「一つ、質問させて頂いても宜しいですか?」
それに「ああ」と答えた後に、セレスタは意を決したように言葉を繋げていた。
「貴方は誰ですか?」
――この瞬間にこれか?
予想外の質問に、今度は俺が動揺する事になった。それて、少し頭が回らなくなる。思考が停止する……その感じが自分でも分かった。
「クローゼ・ベルク・ヴァンダリア」
「それは分かります。分からないのは貴方です!」
素直に呟いた言葉と、彼女の声が被る。ただ、声の主は我に返ったように「申し訳ありません」と口にしていた。
そう俺の名前は、見た目は、立場は……クローゼ・ベルク・ヴァンダリアその人だ……が。
そう彼の名前は、見た目は、立場は……クローゼ・ベルク・ヴァンダリア男爵その人なのに……。
――そう、彼なのに……
彼が、男爵になり、「ヴァンダリアの男爵になったよ。ベルクの名も名乗れる。兄さんと同じだ」と悲しそうな目で、私に言ってきた。
内気で、人との距離感に悩み、一途に、真面目で真っ直ぐな彼が、私にとってのクローゼだった。
目の前にいるは、私の知る彼ではない。少ない刻で、周りとの関係を築き、無くなったものを取り戻した様に見えて、まるで別の人に感じてしまう――
「義姉上って……」
「拗ねているのか?」
「違います!」
思わず声にでてしまった言葉に。彼女が呟やく様に出した言葉に。その声に、彼女との距離と気持ちが、見えた気がして。その声に、自分の本心を見透かされた様な気がして……。
――刻が止まり、言葉が交わされる――
自分と彼女と二人の間が、どれだけか分からないが……止まっていた。そんな感じがする。
そんな流れで、始めに話し出したのは、セレスタだった。非礼を詫びる言葉から始まったのは、クローゼという人物の事だった。
――勿論、自分の事だ。
初めて机並べた時から、彼らの歩いた時間だった。屋敷での数年、王宮のあるロンドベルクでの二年間、そしてあの出来事。それからの四年。
初めて、自分が誰なのか語ってくれた時の様に、ゆっくりと時間をかけて、優しい口調でだった。
「ありがとう」
それを聞いてそのままそう思った。
彼女の言葉は、自分の知らないクローゼの人生そのものだった。クローゼの日記と俺が呼んでいるそれにも、彼の人生が記されていたが、彼女と歩んだ彼は、確かに生きていた……。
口からこぼれた感謝の言葉に、セレスタが僅かに答えてきた。言葉自体を捉える事はできなかったが、さして問題ではない。そう、感じているの自分かいた。
彼女の話を聞き、今度は今の自分の事を話した。
クローゼの日記、手帳・集められた本。教えられた事、出来る事。勿論、彼のセレスタへの気持ちを隠さず、自分が誰なのか、知りうる全て彼女に話した。
――俺もゆっくりと時間をかけて。
話し終えた俺は、軽く息を整える。彼女から、意識が外れて周りに目がいった。
店内には客の気配無くなっており、二人の周りにはいつの間にか置かれた衝立で、然り気無く目隠しされていた。
「これが、私が誰なのか? の答えです」
時折、頷きや驚きに微笑みと、色々な表情をしながら、首に掛かるそれに指で触れて聞く彼女に、答を預けた。
そして、彼女が返事をする前に、続けてこう告げた。
「記憶を無くした自分は、彼に残して貰ったものでしか出来ていない。貴女が、俺の事をわからなくても、僕はクローゼなんだ」
一旦言葉切って、セレスタを見直した。
「だから、これからもクローゼ・ベルク・ヴァンダリアとして生きるしかない。そうするには、貴女が必要なんだ」
向けた言葉に、確かな瞳が返ってくる。
「俺が、初めて出会ったのは、セレスタ、君だ。そして今日、今の自分を全部話した。セレスタ・メイヴリック、君はきっと、『俺』がこの世界で手に入れる事ができた、初めて証だと思う」
自分でも、言葉に熱が入るのが分かる。
「だから君がほしい。では無くて、君に助けてほしい。彼ではない、これからの俺が生きるのを……」
話し掛けていたセレスタが、顔を真っ赤にするのが見えて、言葉に詰まる。何故そうなるのかは、理解出来ない。
――何か、可笑しな事を言っているのだろうか?
「主命と思って貰って良い。メイヴリック家は、俺付きになったのだから、だから助けてほしい。……手伝ってほしいか。頼む……いや、命じる。俺を助けてほしい。君は僕の物だ……違う君は物ではないが……俺のでもないか。そうではないが……」
元々、意図してこの流れになった訳ではない。何と無く、勢いで話している。――だから、支離滅裂な感じなのだろうか?
それでも今の全部は出した。裏も表もない、自分を、クローゼを助けてほしいと思うそれだけだ。
「貴方は貴方でしたね」
セレスタの声がして、笑顔が見える。真っ直ぐ俺を見る、彼女の初めてだと思う笑顔は、最高に素敵だった。
「主命ならば、仰せのままに」
何故か心地よい、彼女声が耳に入ってきた。