二十~人智、周到な流れの表と裏
物語が綴られる頁の重なりは、ミールレスがランヘルに騒然を起こして、竜水晶を残る手で握るに至り。ミールレスの体で移動していた一団が混乱を経てランヘルに再びの移動を始めていた。
また、魔都ユーベンでは魔王不在が囁かれ、カルーラの力量如何ではなく日常には不安が漂っていた。そして、フリーダも公に姿を見せる事無く、ヴォルグとノーガンの名で、魔解と人智の均衡が僅かに見えている様であった。
魔族なり魔解なりの括りでは、考えられぬ程、人智の側のごときの苦悩に見える。
「勝手にするから良い」と言い出した魔解の王達をヒルデが彼ら――マリス=マグナとデースペア――と対峙する形で協議する事になる。
その上で、魔王軍の軍師の立場な暗黒のサバルに、インパルスの状況を伝える使いを出し、フラルゴの勢力の取り扱いについて、その対応を依頼していたとなる。
慌ただしく流れる刻みで、魔王に近い魔族達の屋敷では、魔族なり人なりが消える事例が起こったが、事態の急に騒がれる事はなかった。
一応に、早急な話として魔解の王らは、パルデギアード領域に向かう事になった。……彼等の強い主張があったのは、言うべき事になる。
魔王の側の流れに併せて、クローゼ・ベルグを見るなら、この刻、人智側の物語の本流は彼のあるジルクドヴルムだった。
当たり前にクローゼは戻り、本題の為にロンドベルグから戻っていたセレスタに、レイナードごと「無茶しないで」と「貴方がついていながら」と叱られて……潤んだ瞳を向けられていた。
そんな一幕を挟んで、あの転位型魔動堡塁が並ぶ場所を見渡せる旧の城壁の上に、クローゼとそれに近い者達と共に居並ぶそうそうたる顔ぶれが揃っている。
アーヴェント=ローベルグ王。それに並んで、ノーズンリージュ公爵であるオーウェン太公の姿がある。どちらも以前よりも姿を変えた、街の様子を眺めていた。
彼等の傍らに控える、真紅乃剱と銀白乃剱が精悍な二人に色を添えている。そんな景色もあった。
それに付き従って、出征中の軍団長も含めた「軍事」に関する者達が多数集まっていた。
また、タイランを除く魔導師の彼ら五人に、アレックスをはじめトラストやドリーンらのジルクドヴルムの魔装や生産に関わる者も見え、バルサスとガルサスのドワーフ達も顔を揃えている。
ジルクドヴルムの状況を見るならそうであった。
一応に、転位型魔動堡塁の公開の為、この場が設けられたのは言うまでもない。既に、大半は試運転が済んでおり、二十を越える「移動する砦」の様子を披露していたと言う事になる。
当然、多身式回転連続竜擊筒――箱型弾倉式のガトリング砲――と魔動大筒――榴弾砲――に魔動中筒――迫撃砲――の試し撃ちの披露も兼ねて、その有用性と懸念に対する回答の提示も含めていた。
本来なら、形式的には「王都で」となる事象である。諸事情――ランヘル攻略の時期と実働部隊の訓練など――と「ならば私が行こう」と簡単に言ってのけたアーヴェントの言動によって、この地になった。
それに伴い、王国軍の共通認識を得る為、王国主導による「魔衝撃や竜擊筒の軍事装備」の開示も行われていた、と言う事であった。
一通りの予定を消化して、驚きを伴う絵面に微妙で複雑な雰囲気がおきて、空気が冷たくなった。
城壁の高さが南方の所謂「春には暫しの間」のある晴天の中でになる。
「古の王国と帝国が、覇権を求めたのも分かる。理解は出来きんがな……」
静寂に至って、誰もが思案し言葉を選ぶ中で、アーヴェントの声がそれを初めに破っていた。それに、彼の後ろに控える男が声を出してくる。彼は、近習で側近のヴィナール・ブロードベント子爵だった。
「陛下、畏れながら発言の許可を頂きたく……」
アーヴェントの促しで、彼は明らかに居並ぶ状況を理解した上で、続くそれを出して来た。
「現実的な問題として、これは既に地方領主の武力の域を越えております。如何に『魔王降臨』の世と言えども、事後報告の体でここまで勝手を為さるのは、例え竜伯爵が救国の英雄としても『二心なき』とは手放しに信じる事は出来ません――」
「だそうだ、クローゼ。私の信頼する側近が、卿の忠誠心に懸念があると言っているが、どうだ?」
「委細については後程。……私の忠誠心に付いてはどう証明すれば、子爵の懸念を払拭出来るか分かりませんね。『我が王』はイグラルードの王座に座る御方ただ一人。王の盾たるに連なる者として『王国の盾』の名にかけ貴殿に問われる『弐心』などあろうはずがない。ふ――がっ」
言葉の勢いがます感じに「パン」と音がした? と見える光景で、セレスタが伸びをしクローゼの頭の後ろに手のひらを当てていた。
「がっ」と声を出して振り返るクローゼに、セレスタが「あ」の声をあわせていた。それに、クローゼが「あ」を返して暫しの空白を生んでいく……
――二心あるか? に付いては、アーヴェント了承の上に、明確には「ある」が正しい。
ただ、裏切る心持ちであるかと言えば、そうではない。それなりに「格好良く」生きてみたい彼は、根本的な部分で形式に拘る。
それが言動に出るのだが、社畜と迄は行かないが「指示待ちの社員」な部分が、どこか彼の中にあって「やりたい事をしている様で」誰かの承諾を得ている事が……結果的に多い。
それが、彼の面倒な部分でもあるが「アーヴェントが良い」と言っている竜伯爵と竜伯の立場について、ヴィナールがこの場を使って、追求の言葉にしたと感じたのだろう。
彼らは、当たり前に面識はある。そして、互いに心証は良いと言えない。初対面の場は、今の様にアーヴェントを概して対面していた。
クローゼがアーヴェントとの初見での事。そう、ヴィナードは彼を見ている。「取り巻きなしで」の言葉の前後の光景で、地面を見つめるクローゼ・ベルグをだった。
彼の視線の大半は別の所を見ていたが……。
そして、今はこの刻に至るまで彼自身その男の眼中に無かったのだろうとの自覚があった。
セレスタ・メイヴリックの突発的な行動が、その場の雰囲気をかえて、周囲は、一瞬状況を把握出来ずに空気が固った様になっていた。
クローゼの「二心……いや、三つの心」のそれで言えば、王国軍内でセレスタ・メイヴリック、彼女は竜伯爵夫人になる女性であると認識されていた。
方や社交界では、レニエ・フロム・ヴァンリーフがその認識だった。
アーヴェントとオーウェンの認識は前者になる。クローゼがシオンにそう語った上で、彼が彼らに聞かれてそう答えていた。
逆に、皇帝ライムント・ファングは、いや、ゴルダルード帝国の貴族や社交の中では、レニエが、ヨルグ領伯夫人になる筈であり、竜伯たるクローゼの傍らには当然、彼女があると思われていた。
そして、クローゼの公言があって、アレックスやロレッタに、ヴルム男爵領の領主代行のキーナなどジルクドヴルムの者の大半は既に、アリッサは男爵夫人の認識になる。その為、ユーベンからの繋ぎと共にくる、アリッサの要望は最優先に処理されていた。
その認識の上に、この場でクローゼの隣に当然の様にいるセレスタが、明らかに話の途中で彼の頭を叩きそれを遮っていたのだ。
ここぞとばかりに、諫言の体で言った私心に向けられていたであろう言葉が止まり、ブロードベント子爵も呆然としていた。そんな彼の泳ぐ視線が、セレスタに向けられている。その様子を彼女は、一応視界に入れていた。
僅かに、アーヴェントの笑いが漏れて、場に失笑が見えていた。それに釣られてクローゼの声が出てくる。
「痛い、セレスタ」
「陛下、申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました、非礼は御容赦願います。竜伯爵は陛下の御裁可がある思うと子供の様に『何を言っても良いと』勘違いする所がありますので……思わず」
クローゼの雰囲気を他所において、あの感じではないセレスタが、アーヴェントに綺麗な所作で一礼してそう言葉にしていた。
それに、アーヴェントの片手が上がり、彼は隣のオーウェンに視線を送っていく。……無論この場を預ける為であった。
時折ある「的確な」子爵の諫言に挟まるクローゼ・ベルグの名前に、別の意味でアーヴェントはクローゼの存在を忘れることはなかった。
確執的な言動が、その時だけはみられるヴィナール。アーヴェントの記憶に「あの視線」があるかは別に、あの時いた取り巻きの中で残る、数少ない側近の一人である。
この場で無かったら、別の選択をしただろうアーヴェントが「引くことの出来る側」に結果を投げた。
期待したのは、クローゼ得意の全力片膝跪きだったが、結果セレスタの唐突に助けられた形だった。――見誤ったか? ……アーヴェントの微かな揺れになるのだろうか?
その様子を察したのか、見たままに笑いを見せるオーウェンは、クローゼのやり場のない感じに声を出して見せた。
「救国の英雄も形無しだな。私も、貴女の様な女性を娶りたいものだ。それに、ブロードベント子爵。卿の言に付いては私も思う所はある。その上で、卿の様な男は陛下にとって有益だ、今後も頼む。だだ……」
こちらも、当たり前にオーウェンの隣に立つシオンの視線を気にして、オーウェンは言葉を一度切る感じを見せて改めて声だしていた。
「動く砦は初見だが、その他の物は派生に過ぎない。卿も原型は見ている筈だ。その点では竜伯爵は勝手をしている訳ではない。それは私も保証する。子爵も、その辺で異存はないと思うが……竜伯爵もそれでいいな」
ある意味でとりなしになるそれで、アーヴェントの頷きと促しで、クローゼが突然叩かれたらしいその雰囲気は収まっていった。
本格的な話は、準備された場所でと決められており、それが整ったと領主代行の彼女が伝えに来た事で、改めて具体的な内容が協議されて行く事になる。
その道すがら、アーヴェントは代行の彼女と秘匿な話を軽く交わして、一応に納得の顔を見せて別の意味合いで、武骨な雰囲気の大半をその気にさせていた。……単純に、クローゼの事に付いての話ではあるのだか。
改めた場所で話合いが続いて、対魔王軍として考えるなら、多身式回転連続竜擊筒と魔動大筒に魔動中筒は、集中的威力制圧に使用するのが是であると大方の見解の一致をみせる。
転位型魔動堡塁 に付いては、移動出来る構築陣地として使うのが無難であるとの見解が最終的な物となった。前者の選択肢を踏まえてその結論にいたった。
当然発案者のクローゼは、彼なりの運用方法を思い描いていたが……
「敵陣の裏に目印をいきなりおいて転位させたり。城壁の中忍び混んで、突然転位させるとか、予め目印付けた所に敵を引きずり込むとか、あとは、突撃してくる騎……」
「却下。となるな竜伯爵。言いたい事は分かるが、移動出来る構築陣地基盤と言うだけでも、十分斬新だ。無理に奇策の部類に足を踏み入れる必要はないと思うが。卿も、私の何とか言う呼び名の様に『稀代の天才軍師』などと名が欲しい訳でもあるまい。大体、奇策で勝てるなら苦労はしない」
「まあ、そうですね」
ケイヒル伯爵が、アーヴェントの促しでクローゼの見解をそう言っていた。本人もその名を好しとしない感じが伺える。大体の所、勇者や魔王……クローゼでもない限り、行動や命令一つで戦局が変わる等あり得ない……そう彼は思っていた。
絶え間無く動く生き物の様な戦場で、入念な準備も計画も無しに「この作戦」「この方法」で勝てるなら苦労はなく、それが通るなら、それこそ誰でも天才軍師である。
「今回は、勇者殿もご同行して頂ける様だ。それに卿らも参加してくれるなら、クルン子爵のあれは使わずに済ませそうだな……」
城塞都市ランヘルの攻略から以降全般で、クローゼが、その場にセレスタとユーリが居ることを踏まえて意見を出したのは、奇抜な発案での会話が主であった。
武装と機動を説いて、転位型魔動堡塁の圧倒的優位性について考えを話し、「初見殺し」以上の同意が得られなかったのだが……。
逆に、質問を嬉々として出したのは、魔導師ベイカーが管轄する「飛行する魔術師」の一団だった。
「大体、出した布告に剣士とか戦士しか来ないと思うのが間違いだ。魔術を舐めて貰っては困る」
協議中に食い付きを見せて、終わった後に個人的にクローゼがベイカーから聞いた言葉であった。
――浮遊する術式は存在した。それをベイカーらは、飛行に移行したと言う事になる。
更に、何人かの魔導師が居ることをクローゼは認識として出して、疑問を向け彼の言葉を引き出す事になる。
「エルフの領域に行ったのと、その間に君の術式に携わったのが切っ掛けだな。全部魔力でする必要が無いのに気がついたのだよ」
空間の魔力に干渉して、「浮遊からの飛行」には魔導師級の魔力が必要になる。……クローゼ自身は一度タイランのそれを見ているが、それでも「飛行」とまでは言えない感じだった。
当然、クローゼがそれをジャンやアレックスに言わない訳も無い。
「『自由自在に空を飛ぶ』には魔装具や魔動器だけでは無理だ。やるなら魔動機でも自分で作れ」
既にこの場には居ないジャンに、逆に言われて諦めている。単純に難しい事を小隊規模だが、ベイカーは形にしていた。
魔衝撃の杖を持ち衣装甲を着て、飛行する――空飛ぶ魔術師の――一団になる。
クローゼの魔動術式から抜き取った自動防護術式を使い、槍擊騎兵よりも強力な魔衝撃を放つ集団だった。
要するに、場の全体が『その一団』に持って行かれと言う事になる。……それにクローゼもあの時の感じに話を向けていた。
「流石、『戦闘型魔導師』ベイカー殿。でも、これは駄目でしょう」
「大丈夫だ。対策はしてある。それに誰でもなれる訳でもないのだよ。まあ、半分は君の成した故の事だな」
そして、ここからクローゼは本題に入る。
「で、その術式を私の――」
「無理だ、面倒くさい……いや、無理だ」
その流れのままに、食い下がるクローゼの雰囲気に、セレスタの表情が厳しくなる。
「また、その事で陛下に泣き付くのは駄目てすから、皆さんお忙しいのに、陛下の御裁可を取り付けて自分の事をお願いするから『勝手な事』をしていると思われるのです」
「あっ、いや、……そうだけど。イグシード飛べるしな……まあ、仕方ないか……」
「私は無理だからね。そっち系は……やれと言われた仕方ないけど、色んな事滞るから皆に起こられるわよ」
チラ見されたジーアが即答で拒否する。また、エルマもユーインも苦い顔していた。
「ところで、勇者殿は何処なんだい、余り話した事が無いから少し話をしたかった所なんだけど、君と一緒の筈だと思ったけど、始めから居ないよね。あの竜人の感じが気に……」
「野暮用です。まあ、あれですから」
クローゼがユーインに「あれ」と告げたのは、一旦ジルクドヴルムに来た、ライラの事になる。
ライラが現状を考えて、悩んだ挙げ句、自らが知る「魔解に繋がる穴」から魔解に戻る事を選択し、クローゼがその手配していた。
彼女が魔族である事でジーアが選択肢から外れた。その為、馬車と働魔二体――クローゼも借りたもの――を貸すと言う普通の手助けだった。
それに「行ける所まで送る」とイグシードが見送りに行っていた、と言う事になる。
六本腕をあの場のあの時間に合わせる為に、イグシードが適当に飛び回った何ヵ所かを経由して「この辺りで」と彼らは互いにその認識で別れる場所を決める事になった。
「済まない、助かった。服や鎧まで直して貰って」
「いいさ、あいつ金持ちだし、あの女うるさいけどなんか、ライ……君に優しかったし」
無機質な働魔があるだけで、一応は二人と言う状況で、ライラが腰ある自らの六刃の剣に手を掛けて、イグシードに謝意を現していた。
ここの所容姿が、半身竜人に落ち着いたイグシードが、多少要領悪い感じて彼女を見ていた。……言葉なく、空気だけが間に流れていく。イグシードが僅かに視線を上げてから、もう一度彼女表情を見直していた。
「どうしても行くのか? ……言いにくいけど、魔王を倒したら穴は塞がるらしい。だから、魔解に行ったらもう、あれだろ、あ!」
「ライラでいい。イグシードには感謝している。それに、もし残るなら私は魔族の側。そういう事だ」
話の途中をライラの仕草が遮っていた。返す言葉はそういう事だに繋がって、イグシードの首を鳴らす音が出て来ていた。
「じゃあ、これ持って行けよ。綴って来た魔族とかがあるんだろ、戻ったらやる事ないとあれだし、手ぶらだとあれだろ。そう、後、あれだ」
束ねた魔刃の残り五本――六本腕からイグシードが奪ったそれ――を差し出すイグシードに困惑の表情でライラはそれを見返していた。
「『あれ』では分からないな」
「愛してる」
「馬鹿かお前は!」
「違う、……通信器だった。なんかこうすると話が出来るらしい」
幾ばくかの刻を経て、侮蔑ではない鼻から抜けると微かに動く口角で、ライラは魔方陣の残光が消えるのを見送り、自身が分かるその場所に向けて、働魔に指示をしていた。
そして、揺られる馬車に刻の流れを任せて、思い返しをする。凡その流れで、イグシードが強引にその刃の所有を主張するのをライラは見ていた、その事を……
「始めから、そのつもりだったのか」
渡された「通信機」をはめた腕に視線を落として、難しい顔をして話をしていたイグシードの顔を、ライラは相応の刻の合間に思い出していた……。
……その前方に突然流浪の扉が現れる。唐突に、馬車を止める指示し、ライラは怪訝から応戦の構えに移っていく。
彼女の目の前には、欲然なる烈獄と思われる黒緑のフードのそれが出て来ていた。
「百眼を追うのに、ウルジェラを誤魔化すのは大変だったが、予想通り……あの勇者、お前に渡したな」
「突然、なんだ?……まかさ!」
「そうだ、それは我の者だ。渡して貰おうか?」
イジェスタの声に、ライラは一瞬自身の腕を見て唇を噛む仕草をしていた。
そして獄属の強欲の表情を……見る事になった。
土日投稿分です。次回は週明けの中までに。




