十五~特異なる者、それは屁理屈なり~
こんな時間に失礼します。
魔都ユーベンでの激情を知るよしもなく、イグラルード王国西方域の辺境区で獄の刻が過ぎる中、火の揺らぎを囲んで、クローゼの帰りを待つ者達がいた。
ただ、究極の牙が一番普通と言う「如何にも」な状況ではあった。――勇者に獄属が三名と牙に魔族の女となる。
サフェロスとイジェスタがクローゼの「待ってろ」に従っているのは、勇者イグシードの存在があるからに他ならない。
その勇者は草原の上に、ライラを横にさせてイライラを募らせる雰囲気を出して歩き回っていた。
「あいつ、おせーよ。何やってるんだ」
「うろうろするな、その女は山を越えた。回復までは刻が必要だがこの場でとうなるでもない」
「それはそれだ。……ただ、遅いだろ」
「それほどでも無いと思いますが」
フリートヘルムの冷静な顔付きに続く会話に、威獄と烈獄の顔が向けられていた。潰す刻の流れで、説明と交渉を挟んでいたその場では、獄属らしからぬ感じを出していた。
勇者の行動原理に向ける若干の「呆れ」もあるが、永劫の中で、初めての懸念の発現である。その時世に、勇者と魔王に比類する怪異な者の存在の困惑が大きかったようである。
勇者の動きの先に併せて、クローゼを見る感じがしていたと言える。そんな視線に気が付いたイグシードが、視線に向かって声を投げていく。
「おい、お前。約束はちゃんと守るんだろうな」
「そんなに、それが気に入ったのか? 無論だ、六本腕を始末してくれるならな」
「大体、奴隷ってなんだ。こんな……か弱そうな人を、あれだ、なんだその……」
「奴隷ではない、隷属だ。……それが望んだ力の対価だ。それに、魔解六刃将の一人だ『か弱く』などはない。六本腕が強過るのだ」
「まだ、何もしていないから安心しろ」と続けたサフェロスの言葉に、イグシードの向けた「はぁ?」が出ていた。
「隷属」と聞いたイグシードの意向で、ライラとの契約を破棄する対価として、勇者に六本腕を彼が処理すると言う話になっていた。
これは、淫靡なる夢獄が「後は任せた」とクローゼに言われ、自身の境遇を他の二人に煽られた流れで交渉した結果になる。
当たり障りの無い内容で、彼女はクローゼの怪異を誇張してフリートヘルムの件もイジェスタにねじ込んでいた。結果的に、イジェスタの秘匿な力――強奪の魔掌――の行使を約束させたと言う事だった。
その話を踏まえて、彼らの雰囲気に繋がっていた。単純に竜装甲を纏ったウルジェラを殴り倒したと聞いて、一応の懸念を持っていたとなる。実際に倒されたのは別の要因であったのだが……。
その状況で、彼らの視界に魔方陣の輝きが現れる。
「あいつ、帰ってきゃがったな。おせーよ」
「色々あるのだろ。逢瀬だからな」
簡単な会話が、残光が消え去ったのに行き着く。だだ、クローゼが来ない事にその場が怪訝を見せていく。明らかに、ここにこの方法で来るなら、クローゼしかいない筈である。
「何かあったのでは……」
「全く、なにやってんだ」
暗闇の中に存在を示す小さな炎を囲む場所に、たどたどしい歩みを向ける黒装束の身体が、火の灯りに照らされて浮かび上がってきた。
「おせ……」
「竜伯?」
「どうした? クローゼ……」
三者の言葉がそれぞれに止まっていた。それはボロボロの格好のクローゼの今にも倒れそうな様子によってになる。
「フリートヘルム、悪い……魔力通してくれ。気を抜いたら、突然……来た」
「俺の時よりボロボロじゃないか」
「魔王とでもやりおうたのか?」
早足で歩み寄るフリートヘルムの後ろからが、二人の声がしている。
肩を貸すように、フリートヘルムが支えたクローゼのマントの様に着たコートは恐らくコートだったと思える状態で酷い物だった。
また、胴衣装甲の部分は勿論衣装甲まで、裂けて欠けて切れて弾けていた。
当然の血の後が残り、中途半端に流れさえ見せている。魔力を通されながら、火の側で座らされるクローゼが、ようやく二人の声に反応を見せていた。
「まあ、見たままだ。相手が魔王だったからな」
淡々として返事をするクローゼの「魔王」のそれに、場の獄属らは一瞬掛ける言葉が見当たらない様子になる。
治癒の力を施す帝国の騎士は、勇者とのそれを見ていた。現状は帝国貴族たる彼の預かりであり、ある意味本当のクローゼを知る一人になる。――人は短期間でこれ程になれるのか……彼の平静な表情の中はこの辺りだった。
微妙な空気感が漂って、全員が沈黙に向かったあたりで、イグシードの当たり前が出てきた。
「それで、倒したのか?」
「……捕まえるまではいった。……全力でだったから結構長かったな……」
「までってなんだ。結局どうなった?」
「まあ、虚勢はって大言吐いて軽く虚偽をまぜて。結局、大事な人を置いて逃げた、だ」
軽く顎を上げて、覗き込むイグシードにクローゼはそう返していた。それに複雑な顔をイグシードは見せて、軽くため息をつく感じを見せている。
ため息に吐く息遣いがクローゼに見えて、「色々あるんだ、聞くな」の声がもれている。そんなクローゼが拒否したその話のあの場面は、彼の記憶を探るならこんな場景になる……
……双翼の輝きが放った魔力は、クローゼ瞳が捉えたオルゼクスを包み拘束していた。勇者すら、あの試合った時に捕まえたそれであった。
魔力魔量の少ない者なら、石化然として命尽きるまで動く事が出来ないであろうその力が、オルゼクスの肢体の動きの止めていた。無論、心臓の動きが止まったと言うわけではなかったが……
「なんだ?」
突然の事に、そう声をあげた固まりを見せるオルゼクスに向けた剣先でクローゼは牽制を出していた。雰囲気的には圧倒的優位が見えている。しかし、実際は然程でもなかった。
――いつまで止まる? あの感じでイグシードがあれくらいなら、全力だし三分……いや、四、五分位はいけるのか……兎に角、アリッサを連れて飛んだほうがいいか?
一瞬の思考から、クローゼが見た魔王の表情は絶望でも何でもなく「高揚感と期待」だった。
「成る程、期待以上だ。この力でもあの時の様に拘束されるとは。……さあ、我を倒すチャンスだぞ」
ため息が漏れそうなになりながら、クローゼはその言葉と表情を見ていた。不確定な時間と切った「切り札」のリスクに、自身の状況を加味して呆れるほど淡々と頭を回転させていた。
クローゼ自身の現状から、彼の思考を追えば――動きは止めたが……オルゼクス自体はそのままである。「倒す」前提なら、このままスリープに至るまでの「足掻き」を見せれば、或いはであった。
しかし、その後、魔王が討たれ統制を無くすであろう観客の輪からは……その名だたる強者から逃れるのは無理だろう。今なら何とかなる……レベルの話が現状である。
当然、偶発的な遭遇から、なし崩しな強制である。完全な一対一なら。また、カレンなりミラナなりの「魔王の首を落とせる者」が居れは違ったのだろう。その他に、想定と準備と覚悟があったなら、クローゼにも迷いは無かったかもしれない。
そして、刹那な思考の躊躇は、アリッサの現状にあった。「逃げたらあの女は殺す」……である。
無理矢理にでも連れだそうとすれば、ヴォルグが黙っている筈もない。やるやらないではなく、クローゼには、不確定な時間との戦いもあった。
現在は、表面上オルゼクスが認める通り「絶対的優位」である。ただ、張った気持ちが身体のダメージを封殺しているだけで、この先は命がけであった。
その状態で、クローゼは彼らしくオルゼクスに向かっていった。
「魔王、この辺りにしておこうか。この状態からでも残り全力がいる。切り札も切るし奥の手も必要だ……それでお前を倒して、周りの奴らに殺られるのは馬鹿らしいからな」
「この状況でふざけているのか、倒せるならやればいいぞ。ヴァンダリア、お前はそのつもりなのだろう。違うのか」
「魔王はついでに会って倒せる相手じゃない。……それに、お前は「この先にある自身の力」を見てみたくはないのか」
オルゼクスの顔に「何を言ってる」の雰囲気が出ていた。それはそのまま発した言葉になった。
「分かるだろう。俺は魔王がまだ完全じゃないのが分かる。……オルゼクス、お前も俺がそうなのが分かる筈だ」
クローゼ自身は、その――魔王の魔力との連動の様な――事は守護者に聞いており、感覚的にも分かる。また、ウルジェラが明かしたように、彼の魔力はオルゼクスの魔力のそれと同様なのだから、である。
しかし、オルゼクスには、クローゼの言葉が世迷い言に聞こえていた。ただ、先ほどまでの……あの時の感覚は特別であり、自身も自覚する「更なる力」を投げられそれを意識の端に入れていく。
オルゼクスの僅かな考えるかの仕草をクローゼは捉えて、更に勢いを奮い立たせていく。……身体が悲鳴をあげるだろうとの感覚を取り戻しながらであった。
「まあ良い。このままでとりあえず俺は戻る。そこで一つ問題がある……俺の女だ。連れて帰るつもりだが、駄目だと。置いて帰れば『殺す』と言われてこの状況だ。やる気は見せた、無理強されてこの現状で俺の力は示した。その上、魔王を抑えながらヴォルグとやり合うのはどうか、だ。それで――」
「何が言いたい」
オルゼクスの感情に不明瞭な刻の流れ、それをクローゼは自身の状況と併せて、最早「屁理屈」の域にその言動を昇華させていく。
「この場を正妃様に預ける。それで一旦終いに」
「ふざけた事を――」
「――見たくはないか、さっきの俺が霞んで見える程の領域が……こんな出会い頭で死ぬのはお互い本意じゃないだろう。追い込んでやる。魔王オルゼクス、次はその余裕の顔すら見せれぬ程の全力を出させてやる。まだ、この先の領域が互いにある筈だ、それは間違いない」
適当な事をここまで、明言して彼は熱弁していた。自身の先に今以上の領域など存在するのか、クローゼ自体が分かってはいない。ただ、自分の言葉で、自身をもその気にさせて「屁理屈」をこねていた。
その言動に、オルゼクスの反論の言葉に至るのに、大きめな間が出来て、フリーダの「明言する」の言動の上の言葉が魔王に向けられていく。そして、刻の経過で双翼神乃楯の効果を魔王の力が上回った。ただ、直ぐにオルゼクスは動かなかったのだが……
……結局、その流れのままクローゼの「聞くな」の呟きの場面に至る。
――単純に、簡単に死ねない。また、死にたくない事に気が付いた。と言うのが彼の本音……だった――
それが、自責なのか後悔なのか分からないが、長く吐く息をイグシードに見せていたとなる。
自責の面で言えば、置き去りについてだろう。だた、理性的に考えれは、アリッサの現状はフリーダの言葉が正しいとも彼は思っていた。
それが、本音でなければ、いの一番にウルジェラに対処――人に戻す事――の確認をしていたのだろうが、それをしない処かアリッサについても触れもしていない。……あのクローゼがである。
クローゼ自身の自責の時間は、身体の痛みが引いていくと同じに長くなったが、そんな様子にもお構いなしで勇者は当たり前を口にしてくる。
「今から、行くか?」
「勘違いするなよ、相討ち覚悟なら行けたかもしれない。ただ、死にたくなかっただけだ。『行ったら来た』でやるしかなかった……その時は勇者にまかせるさ」
「だから、今から行くか? って言ってるだろ」
「あのな、今は話付けたからいいんだよ」
「何の話だよ」
「次は、お前が魔王を『ボコボコ』にするから待ってろ。だ」
話の内容はあからさまに違うが、勇者にはそれは分からない。まあ、言った本人も並べた屁理屈を理解していたかは怪しい所ではあった。
一応に費やした時間は「行って来る」の範囲を越えており、この後の選択肢は帰還以外にはない。
問題は、獄属の二人と魔族のそれに、六本腕の動向である。
「結局どうなった?」
「我が話をつけた。大方は……」
ウルジェラの語る、大体の経緯にクローゼは頷きを――少し心ここに在らずも――見せていた。
「まあ、イグシードが良いならそれで。『正式』の有り様はわからないが、違えたら相応に報いるからな。まあ、勇者相手に逃げれるとは思ってないだろからあれだが」
「問題が別だ。極なり獄なりの問題ではない『至極の憂い』だ。違える気などない」
「サフェロスだったか、獄なのにまともだな。違うか契約か……」
クローゼに取って獄属で言えば、 傲然たる豪獄は完全に敵なのだが、目の前の二人は「眼中にない」が一番当てはまる。
そして、ウルジェラの思い出した様なヴァニタスの所在――ユーベンにある――の言葉で、クローゼはユーベンでの紫竜水晶をその場では見せて、ヴァニタスではの見解を三者から引き出していた。
「……それはそれで。もう遅いから戻るぞ。流石に六本腕がそれを目掛けて来るにしても……」
その言葉から、クローゼはあの湖畔の砦にイグシードとライラに獄属の二人を置くことにして、対応は後日とした。――自身の所領であり、相応の距離が刻を作るの判断だった。
ユーベンから戻り、終始雰囲気が違がったクローゼに、ウルジェラの向ける視線は思案する様子を含んでいた。ただ、従属者らしくそれ以上の事はしなかったのではあるが……。
そんなウルジェラの様子に、クローゼが気が付く感じもなく、彼は決めた事を淡々とこなしていく。彼らしく無く至って事務的にだった。
時折挟んでくる半身竜人仕様の言動にも、それなりの対応になっていった。……そんな感じが彼にはあったが、自覚があるかは怪しいところになる。
フリートヘルムの予備の魔量充填も使い、獄天――深夜零時頃――も見えた辺りで、出発点のジルクドヴルムにクローゼは帰り着く。当然、いつもの場所であった。
そんな時間にも関わらず、領主代行のキーナが相応に出迎えの為にそこにあったが……クローゼの様相にとりあえずの言葉のみで、屋敷までの手配をすませていった。
彼女から見ても、雰囲気が違うのがわかった様で、それなりに準備していた言動も見せる事なく、的確かつ事務的に対応していく。……同席した近しい者達も不測の様子にとらわれていた。
最終的に、クローゼは馬車に揺られて自身の屋敷で、レニエに当然の様に出迎えを受けていた。そして、彼女の笑顔を受け取っていた。……ウルジェラからキーナを経由して、僅か先に状況が伝わっていた。その上の事になる。
「すまない。遅くなった」
普通な対応を心掛けているであろう、レニエにクローゼが向けた言葉はそれだけだった。
見るからにボロボロの黒の六楯を彼女が丁寧に外している。無論、普段は自身でするのだが、そのままベッドにを止められてレニエのそれを受け入れいた。
治癒の力を受けてはいたが、外され見える彼の身体には、残る傷跡も少なからずあった。そして、日々怠る事のない積み重ねが、レイナード程ではないが彼にも見えている。
当たり前にさらされた半身を、レニエも当然の様に暖かく濡れたタオルで拭いていた。……何枚も赤黒く後の着くのをかえている。そんな状況でにクローゼが、呟きをだした。
「最悪だ……」
それをレニエは聞き逃す事なく、大きめなタオル後ろから掛けたと同じに身体寄せて「私のクローゼ、何かあったのなら聞かせてください」と声を掛けていた。
それを合図に、クローゼは堰を切ったように一連の出来事を言葉にして並べていく。――紫の瞳に紫竜水晶。魔王と自身の心の弱さに自責と後悔にと……止めどなく脈絡もなく。
つい先ほどの出来事だったと言ってい。魔王と全力て戦い。屁理屈と自責と後悔の上に何とか生還した。この瞬間までは平然としていたが、言葉の響きと抱き締められた事で……保っていた物が無くなった様である。
「今日は俺になって最悪の日だ。魔王を倒すとか何とか格好良い事言ってても、結局、死ぬのが怖くなって逃げてきた。それも、あんな事になった彼女を置いてだぞ」
「でも、アリッサはまだいます。例えどの様であれ、彼女は彼女です。……方法は私も調べます。……だから……」
「口先だけで適当な事言って、逃げたんだぞ俺は……」
「でも、帰っても来てくれて私は嬉しいのです。本当……によかった。……私のクローゼは十分やれています、父上も誉めておりました貴方の功績は大きいと。もう、勇者様もいます。それに他の者方々も……だから無理をしないで」
微か伝う美しさに気付き「無理をしないで」と言われて、クローゼは答える前に考える仕草していた。――無理してたのか……俺?
そのまま献身的な刻の流れに、自身を委ねてクローゼはそれを甘受していた。一瞬か永遠かの感覚を経てレニエの「もう遅いです。お休み下さい」の言葉と動きを彼は感じていく。
交差するそれに重なる気持ち、揺れる心が情景として綴られて……一人でいる事の「無理」が言葉でもれて、ぬくもりが彼を包んで心地好い眠りへと誘っていた。
――魔王との二度目の遭遇は、折れる心も見せたが彼はそれを「自分自身の力のみ」で実現した。その一幕をどう見るかはそれぞれである。
あからさまなチート?なのか、恐らくは人智最強の彼、 特異なる者クローゼの一つの転機かもしれない。
そんな物語の一頁だったのだろうか……である。




