十三~何時もと違う時間の終わり~
クローゼが、彼であるとなった起点。あの魔獣討伐は、ヴァンダリアが『王国の盾』たる所以になる。
また『魔獣』とは、人の地で動く物――動物――が天獄の界である魔の解――魔界――に影響を受けて、解けて、解けて出来たものであった、と言える。
それに対して『魔物』とは、対をなす人の地にある人や亜人とは違う、魔解側にある物であった。
それが、何らかの手段によって人の地にやって来た物になる。
対面に座る義姉上に、机の端の入り口の側に姿勢を正して立つ、セレスタの横顔が見えている。一応にその声らしきが聞こえていた。
聞こえてはいたが、それだけしか光景に入っていない。――そんな感じだった。
「魔物が出たと言いましたか」
「はい、領内及び近隣にはないのですが、南東部ではかなりの目撃情報が入っています」
――義姉上とセレスタが話しているが、会話の内容が入ってこない。今日はいつになく刺激的だった。まだ終わってないけれど。
「南東部の諸侯は、どの様な対応を?」
「現状では、領内で手一杯と言う事になります」
――色々と有りすぎて頭が回らない。今朝は確か、レイナードに十二連敗目を喫した筈だ。そう言えば、ウォーベック商会に来週行かないとな。いつにしとこうか。
「南部諸侯には、事前に連絡はしております。魔獣の件で尽力しておりますので、ある程度は……」
――多分、導師のところで凄いものをみた辺りから、ちょっとおかしくなった気がする。
まあ、あれはあれで、楽しみだ。そう言えば、アリッサは楽しんでいるだろうか?
「ゴブリンが……」
――義姉上が、こっちを見ている気がする。と言うか、あんなことする人なんだな。びっくりだよ。
まあ、義姉上認定したからには、意地でも呼んでやる。
「……かなり」
――セレスタ、疲れてないか? ちょっとやつれた気がする。日記の内容たくさん喋ったから、書いて有るのを少し思いだしたな。まあ、前は前、今は今だから……。
「クローゼ殿、聞いていますか?」
「はい?」
何と無く会話を聞きながら、色々と考えていたみたいだ。そう、「上の空」な自分的な。そこに義姉上の声が向けられて、戻される。
それと、何故かフローラの指が、頬に刺さっている気がする。
「兄様……ねてたの?」
と、フローラの顔が目の前にある。
――いや寝てはいないと思う。意識はあったし。
そんな、フローラの頭越しに、セレスタが二の腕辺りを片方の手で押さえて、残念そうに見ているの分かる。
――無意識なんだろうな。女性らしい部分が強調されている。……意外と大きいんだな。
下衆な考えを、頬の痛みが消していく。
それで、義姉上に「大丈夫です」と答えて、頬を両手で「つねる」に移っていた、フローラを持ち上げて立ち上がる。
「フローラ痛いよ」
それを聞いたフローラが、慌てて手を離し赤くなっていた。そのまま、赤くなった頬を優しく撫でてくれた。
それを済ませて彼女を下ろし、目の前の美しい二人の女性に向く。
「大丈夫です、聞いていました。魔物が確認された。ゴブリン等の小型の魔物が人里、街道筋や街の近くで目撃されている。という事で?」
「そうです」
セレスタに確認の為、そう問いかける様に言葉をかかけた。
――取り敢えずは、聞いていたみたいだな俺。
「甚大な被害は今の処無い。だだ、諸侯は警戒と監視に手一杯で、あるだろう、大規模な巣穴の捜索まで出来ていない。という辺りで良いですか?」
今度は「聞いていたのですね」な感じの二人を、視界おさめてそう確認する。
――影響力ある南部諸侯はいざ知らず、その先までの話しとなると違う気がする。
「南部全域とさらに南東部の一部まで、監視と伝達をの肩代わりをしている現状で、根本的な解決策がないかと、私に訊ねられたと」
「そうですね。その話しをしていました」
――義姉上、内容があっているなら、その感じ止めて貰いたい所です。ちゃんと聞いていました。その目は、止めて貰いたい……です。
刺さる感じの視線に、当たり前に思った事を口にしてみた。
「それなら、国王陛下にお願いすべきでは?」
そんな、単純な疑問を言ってみる。
――国王が国を守らないなら、『何が王』だと思うのだが、返ってきた義姉上の言葉は少し違った。
「事はそう単純ではないのです。王から拝領した領地の維持も領主の義務です。だから簡単に、泣き付く様な事はできないのです。無能と判断されれば、家名断絶もありえるのですから」
無能でも継げる様な家名なら、ヴァンダリアでは残っていけない、まあここは特殊なんだろう。
――そんな奴らの為に、セレスタは苦労してるのかと。
そんな事を思ってしまったので、出てくる言葉が刺々しくなるのを感じてしまった。
「それで……。ヴァンダリアが、たかられると……」
「対価はきちんとしております」
セレスタに嫌味を言った訳ではないから、微妙に怒らないでほしい。――怒った顔も悪くないけど。
そんな惚けた事を思っていると、義姉上はもっと怒っていた。
「クローゼ、自重しなさい」
凛とした顔から、強い感じの叱咤が届いてくる。その雰囲気が、当たり前の感じで場に通っていた。
向けられる視線、当主たる義姉上の侯爵夫人な感じに、文句無しな美形の怒った顔……。
――それは駄目だ、抵抗出来ない。破壊力が有りすぎる。距離感が掴めない。目上に怒られるのは意外と心地良い。……変な意味ではなく。
「義姉上、申し訳けありません。軽率な言でした」
確かに、国王の怠慢を喩やしてると思われても仕方ないと思いそのまま謝罪する。単純に、領内に自分よりも上位者は、フェネ=ローラ様しかいない。
師匠や導師と女史がいるが、本当の意味でという点では違う。それに加えて、王だと言われても記憶にないから、扱いがそんな感じになる。
「問題を解決する方法があれば、意見しなさい」
そのやり取りは、あの影の男以外の場の全員を硬直させたと思う。セレスタは茫然としていたし。フローラの近習も、何か違うと感じている様だ。
先ほどまで側にいたフローラは、オリヴィアに何かを耳打ちされて、何となく納得しているようだった。
まあ、少し前までとは距離感は違うし、自分でも不思議だから、それは気にしても仕方ない。と、取り敢えず前向きに言ってみる。
「ウォーベック商会から、内々に打診がありました。その件で対応が……」
そんな切り出しで、昼間のレイナードの話しを解つまんで説明をする。
――どうせ義姉上にも説明する必要があるから、この際まとめて説明させよう。
「詳しくは商会の方に説明させます。こちらも精細を詰めなければならないと思われますので、担当可能な者の召集をお願い致します。今なら、私邸の方にモルスがおりますので、商会の方の対応は、彼をさせようと思います」
「ですので……」と続けた所で、フェネ=ローラ様の感じが変わる。それで「宜しいです。早急な対応が……」と義姉上が途中で言葉を返してきた。
――切り替えの早さは流石にだった。
日時は明日として、モルスの元には屋敷の者をやって、対応させると決められた。別の件でそうする予定だったそうだ。思いがけない話しも有ったが、何時もの時間が終わりを告げる。
「当主様。私は現状対応の手筈を整えますので、ここで下がらせて頂きます」
セレスタが一礼して部屋を出ていく。後ろ姿を目で追っているのが自分で分かる。
――複雑な気持ちだ、色々と知っていると。
「宜しいですよ。クローゼ殿」
義姉上が俺の方にそう言って、扉の方に目線を送っていた。何かを察したのか,顔が少し優しい気がする。 そんな気持ちと,思ったそれをそのまま受け取った。
「ありがとうございます。失礼致します」
声を出して軽く一礼する。そのまま、フローラの元に行き、手のひらを差し出してみた。
――そんなに振りかぶると、痛いと思うよ。
「パチーン」と音がして、少し痛そうなフローラに軽く手を振って部屋を後にした。
――勿論、俺も痛いよ。
行きなりの歩みで、開けられた扉を通りら部屋を出るとセレスタの後ろ姿があった。
廊下で待たせてい、何人かに指示を出している。そんな様子にだった。
彼女を見て『意図してない』とは言わないが、背中に少し近付く。その姿は、ここ最近と同じで、少し疲れている様に感じた。
そんな印象を見ていると、話しを終えた彼女が、うつむき加減に振り向いて、こちらに歩きだした。
近付き過ぎていた俺の顎先に彼女の頭が迫る。仰け反る様に、顔を上げた俺の胸元に、彼女は飛び込む形でぶつかった。
その拍子に、後ろに倒れそうになる彼女の腰を、右手で抱える様に抱き寄せてしまった。
――肩口に、彼女の顔が埋まる――
一瞬の出来事で、暫く音が消えた様になる。見上げる彼女の視線を反らす様に、彼女の頭越しを見ると……思わず。
――こんなに小さかっただろうか?
と、互いに言葉のないその瞬間を、どうする事も出来ないで、見つめ合っていた……。
「フローラも、ぎゅーっ」
後ろから駆けてきたフローラが、言葉と共に俺の腰の辺りに抱き付いてきた。その衝撃で、俺とセレスタの時間が動きだし、そこから引き戻される。
我に返ったセレスタは、押し退ける様に両手を突っ張り、体を押し離してくる。反動で、フローラに腰を抑えられていた俺は、仰け反る様に体を返す事になった。
フローラを軸に、体を返し向けた先には、義姉上の「まあ」という顔が見える。そして、目を大きく見開いて、口を抑えるオリヴィアと、いつもの様に、俺に向けられた沢山の視線があった。
――それは、流石にもう馴れた。……だった。




