十三~遭遇する者。それは刃と焔~
時の刻みと頁の相違はあっても、流れるそれには差異は無かった。頁の最初には、城塞都市ランヘルのあの小屋を一応に警戒をして、視線を向ける者達かあった。
暗闇に反射の残光が、微かな明るさを見せている。その中で、視線の先からは漏れる光が小屋の存在を証明していた。
「誰か居るんだな」
「炎の光でしょうから……その様です。後は、あの獄属か? と言う所ですが……」
「さて、どうする? クローゼ・ベルグ殿。貴殿なら、何か手だては考えてあるのだろうからな」
クローゼが、正面に向けて出した言葉に両側の騎士が声を併せていた。彼はそれに交互に見て、「どうする?」の聖導騎士に向いていく。
「ウルジェラの事は、もう『ばれてる』って言うからそれは使えないし……二人とも何故か『白系の見るからに騎士』って。俺が一番普通なのもな……」
「別に悩む事はないと思うぞ。私が言うのもなのだが、この三人で、その白の騎士殿が一番弱いと言うのなら、不測など考える必要もない」
「確かに、言っても不可侵領域から移行した時にロックしたし、この状態ならそうだろうな。……てか、やりにくいぞお前」
木々の境界から覗く三人を、ウルジェラは少し後ろからその会話を聞いて感情を見せていた。ある意味感情の起伏を学んだのだろう。クローゼの困惑に、笑い押さえる仕草をしていた。
「くくっ。……お前達は、魔王とやり合う訳でも無いのだろ。そのまま歩いて行けばよいではないか」
振り返るクローゼは、ウルジェラの表情がいつもと変わらないのに「そうだな」を出していた。
向き直る感じでイグシードとフリートヘルムにそのまま行くと伝えて、簡単に「ギリギリまで秘匿で相手は拘束する」とまとめていた。
「じゃあ、二人もヤバくなったら距離を取ってこれで。ウルジェラは誰か余裕のある者が……まあ、全員自力で何とか出来るだろけどな。一応言っとく」
「我も行くのか?」
「当たり前だろ。誰が特定するんだよ」
転位型魔装具を指して説明するクローゼが、呟きの返しでウルジェラから「そうか」の顔を出させていた。
当たり前に、クローゼの「行くぞ」に続いて彼らは動き出した。そのまま――引戸を手前に引こうとして癇癪を起こした――イグシードが半身竜人化して蹴破り突入する場面を挟んで、ウルジェラの「外れだな」に続いていった。
派手に空間が揺れた小屋の中には、二つの気配があった。突然に動じる事もなく、冷静な感じの黒色のフードが腰を下ろす様子。それと、剣士らしきの立ち姿の様相が見えて、火の光を挟みクローゼら四人と対峙する場面を作っていく。
そして、微かにフードが揺れて、その場景をそれが把握したように見えた。
「騒がしいな、今は怒りたくない失せろ。……いや、まて、ウルジェラか? ……何しに来た」
「激然なる威獄、お前こそ何をしているのだ」
「聞いているのは此方の方だが……『何を』と言うなら欲然なる烈獄の尻拭いだ」
その態度で、半身竜人の容姿になったイグシードが、僅かに前に出る感じにやる気を見せる。一応の大きさのあるその小屋も、流石に相対的な距離感は近い。それを更に近くした感じになる。
「外れなら、取り敢えず倒しとくか?」
「『倒しとくか』って適当だな、いきなり蹴るし」
「そいつらは、お前のか?」
目の前で話す二人を越えて、更に黒い色のフードの言葉がウルジェラに向けられる。その声に、彼女は三人の僅か後ろまで前に出て来た。
その彼女の「外れだな」と特定を拘束する目的の流れから、対峙の場面が出来ていたとなる。
サフェロスにしても、百眼で捉えた方に意識がいっており、その場自体には興味はなかった、と言える。
僅かでも余裕が無いのは、恐らくフリートヘルムだけだろう。自身の事で、この状況に至っているからだ。そして、その彼が一番冷静なのだから、立場の隔てを越えて交わされるこの空間も、不思議な事ではなかった。
「どちらかと言えば、我が奴の女だな」
「相変わらず下らぬ冗談だ。……そうか、起因の者か『お前はもう駄目だ』は、本当なのだな」
コートの揺れから時折見える胸の薔薇で、サフェロスは納得を見せていた。
一時期のクローゼなら、ついでに暴れていたのだろうが、結果的に勇者の相手をさせられて逆に落ち着いていた。そんな雰囲気だった。
「ウルジェラ。取り敢えず、どうするんだよ」
「はっ! 我に聞くな。……痕跡は見たゆえ、もうここには用はないぞ」
「じゃあ、虚無なる無獄は何処なんだ?」
「今から見る。暫くかかるぞ」
二人の会話に、黒色のフード側の剣士の手が微かに動き、それを牽制する様にフリートヘルムも呼吸を併せていた。
長く薄い息の流れが相互に合わさり、火の光でその魔族の剣士の表情が「まとめて斬り捨てるか」の言葉と共に現れる。
――身体を覆う鎧の線が、仮面の後ろから流れ揺れる長髪に重なり「らしさ」を見せていた――
その容姿は、焔魔族で魔解六刃将の一振り。――名をライラと言う。そして、激然なる威獄の紫苑色の竜水晶を宿していた。
「竜伯、いつでも」
「なっ、女か? いや、男なのか?」
「お前っ、そこか? ってやるか?」
冷静から、動揺の連続に併せて下がったウルジェラに、サフェロスは、制する動きを挟んで言葉を向けていく。
「ウルジェラ止めさせろ、今はそれどころではない。六本腕が来ているのだ。予想外で早々に見つけられた……暇なら手伝え」
「アスラが……。まあ、我に決定権はないゆえ、そいつに聞けばいい」
「お前っ、『そいつ』って俺はお前の――」
「手伝え、タダとは言わぬ」
「突然なんだ、何が手伝えだよ。ボコるぞ」
指されるそれと唐突な話の流れに、怒気を出したクローゼをイグシードが軽く嗜める感じを見せる。平静な感じのサフェロスから、意識の向け先を勇者に代えたクローゼは彼の言葉を聞いていた。
「ちょっとまて。凄い速さでなんか来るぞ」
「はぁっ、て何の事だよ」
「ライラ来たぞ。いいか」
「当たり前だ。一族の仇は取らせて貰う。その為にお前の話に乗ったのだ、必ず倒す」
勝手に進むその場の雰囲気に、クローゼは視線を走らせていく。他の二人は反対側の者らの視線の先へ、構える感じなっている。
ウルジェラに至っては明らかに扉を開いていた。その状況に、クローゼは更なる確認を求めて声を出そうとしていた。
その瞬間、「何なん」――の言葉を掻き消す「砕ける音」に、小屋自体が、突き抜け吹き飛ぶ場景が起こる。続く連続の魔方陣の煌めきと魔力防壁の光が暗闇に舞う残骸の中で見えていた。
かろうじて屋根が残る、突き抜けた小屋。そこに舞い上がる光景が降り掛かるに移って行く。その場の暗さと状況に出す声は、クローゼだった。
「なんなっ、て、みんな大丈夫か?」
手のひらを振り、掛かる残骸の舞いを払うクローゼ。そのまま、彼は状況の確認の為に瞳を走らせる。しかし、その「移り」には大きな人影らしき固まりがあるだけだった。
当然の様にの飛び退いたイグシード。間髪を魔力の壁でかわして距離を取ったフリートヘルム。当然の様に、クローゼの視線に獄属の二人の姿は入っていなかった。
二人の同行者から、クローゼに生存の確認が入る。
返す言葉と声の間で、残光の反射の暗さにクローゼの目がなれていった。そして、消えかかりくすぶっていた炎が再び光を発する。それで、場景が僅かだが認識として浮かび上がって行く。
それは、あの歩み出た魔族の剣士ライラが、複数の腕と剣を持つ者に刃を通され、鮮血を撒きながら、掴まれ持ち上げられている光景だった。
「なんだ、お前!」……状況が分からず、クローゼはその場景に問いかけを向けていく。その声に、振り返りもせず視線を持った声が出てきた。
「……人智の者か」
帰って来た言葉で瞬間的に切り替わり、抜き放つ双剣が鋭い流れで詰まる距離を越えていく。無論、クローゼは呟きで、自身の身体を金銀の反射で煌めきを魅せていた。
相対を詰めて、クローゼが放つ領域の斬擊。その連続の剣勢をその場を動く事無く六本腕の名の通り、それが残る剣を併せていた。――火花散る連続の金属音がその場に響いていく。
反撃の刃が、クローゼの発揮される魔方陣の盾を切り裂く感じに肉薄する。その様をクローゼは冷静な自身に、意識を落としながら見ていた。感覚的には――何だこいつ。である。
彼の見たままの印象は、三面六臂――三つの顔に六つの腕――で造形された銅像の感じになる。続く彼の思考なら――阿修羅かよ、であった。
思考の流れから、足裏に魔方陣を展開して踏み抜く勢いを見せる。それでクローゼは、後ろに飛びながら「イグシード」の声を出した。
「言われるまでもない」
クローゼが跳んだ瞬間には、既にイグシードの具現化した魔力の剣がアスラの腕を切り落とさんとしていた。――しかし、ほぼ同時に「ライラ」を彼に投げつける感じで、それも飛び退きを見せている。
交錯するかの両者の間で、ライラの力なき身体が移り行く。刹那的な切り替えでイグシードはそれを受け止め反転するように距離を魅せていた。
その瞬間的視線の先は、ライラの持っていた神具の刃を奪ったアスラが、跳んだ距離を殺し地に足が着く光景だった。
体制を――のアスラに向かい、鋭利な氷塊がその着地を襲っていた。それは、無詠唱から放たれたフリートヘルムの魔力発動であった。
クローゼの魔力の盾を切り裂くかに見えたそれで、フリートヘルムはその選択した。ただ、直後の結果に彼も驚きを出さなかった。
それは、当然の様にそれを切り裂く六刃の光景だった。平然と氷塊を砕き斬ったアスラ。彼がライラを捉えた場所に、棄て刺さる剣が彼らの相対的距離を明確に演出していた。
砕け散る光景と音が僅かな間を作り、それが空気の流れを感じさせた。……クローゼの若干の配慮が躊躇を呼んでいた剣先は、今は平然と立つ六本腕に向けて示されている。
後は全力で合わせるだけと、クローゼはそれを放そうとした僅か手前でイグシードの声がした。
「クローゼ。ヤバい何とかしてくれ」
「何だ? 状況を見ろよ」
「こいつ、死にそうだ。何とかしてくれ」
「さっきの見たら無理だろ」
「いや、こいつ、ど真ん中なんだ」
相当な緊張感を持っていたクローゼも、会話の「ど真ん中」の言葉には「はあっ?」の声と共に振り返った。彼が半身を返して見た光景は、膝を着いたイグシードが、いたわる様に抱えるライラの様子だった。
衝撃でずれ落ちた仮面。さらけ出されたその容姿をイグシードはそう言っていた。――今それか。と若干の思考も、真剣な目でクローゼを見るイグシードのそれで、ため息の雰囲気にクローゼは落ちて……背を向けていく。
「フリートヘルム、何とか出来るか?」
「治癒の力は使えますが、恐らく私では無理でしょう……」
状況を静観するアスラの首が、変わる様に動くのをクローゼとフリートヘルムは見ていた。その状況でクローゼは大きな声を出した。
「ウルジェラ、イグシードと代わって何とかしろ。目の前奴がそれなりだ。二人だと面倒くさい」
大きな声に反応して、遠くに身を置いていたウルジェラが動き声を出そうとした時、アスラの捨て台詞らしきかの「取り込みの様だ」が聞こえてきた。そして……残された言葉はそれだけだった。
……跳ぶ様に退くのを見送った形のクローゼは、この状況になっても事情が理解出来ていなかった。
単純に何も分からず、イグシードが放そうとしないライラの蒼い髪が微かに揺れるのに、ウルジェラが魔力を流しているのを取り敢えず見ていた。
時折、ライラがうなされながら、「剣を取り返して……皆の仇を……」の言葉にイグシードが「わかった、任せろ」と返しているのが耳に入っている。
同様の光景を見ているフリートヘルムが、状況に対して懸念をその場に出していた。
「派手に音と光が出たので、城壁の中に気付かれたのでは。面倒にならない内に移動すべきだと」
「そうだな……とりあえず、辺境区まで引こうか」
意を決めたクローゼの視線の先には、激然なる威獄が入っていた。身を潜めていたサフェロスも、必然の感じでクローゼに視線を送っている。
「兎に角来て貰おうか……断れると思うなよ。事情が分からんのは気に入らないからな」
「此方も、話す価値はありそうだ……」
見解の一致を彼らは得て、その場を後にする事になる。往々にして相入れない相手であったが、クローゼにはその基準が曖昧だった。
その状況で、彼はイグシードが抱える光景に目を落として、僅かに表情を揺らしていく。価値観は分からないが、その行動には理解を向ける事がクローゼには出来ていた。
――理解出来るのはと彼は考えて……展開する魔方陣の光に、自身の想いの先の女性を映している。そんな雰囲気を見せていた……
……不完全燃焼な状況を、残光に残し飛びさったその一幕を遡る刻に、クローゼの想い先を隠れ見る一団があった。
「そろそろ出てくると思われます」
「馬車が出て来たら襲え。聞いた通りならあの女は必ず出てくる。そこを俺が叩き斬る」
「わかりました」
物陰に潜み、ヒルデの屋敷を伺うオブラスとその配下である。報復の手筈は暇潰しだった。単純に、ミールレスに靡かぬ者の排除の意味合いも含んでいたと言える。
僅かな会話があった潜む静寂に、暇潰しの元凶によって扉が開き――建ち並ぶ建物の陰に音もなく、それは現れる。
決して気取られる事のない、虚空の感じがその一団を監視するかの目を向けていた。その虚無なる無獄の目に映るオブラスは、欠片の力で覇気を見せている様子であった。
ただ、騙し討ちを是とするそれを手筈したヴァニタスは、感情の部分を除いても嘲笑であるのを理解していた。それをそのまま呟きにみせる。
「所詮、その程度の者だな」――何れにしろ、仕損じたら自ら手を下すだけ……か。
「さて、手を出すなと言われた様だがこの場の不測は……我が直接魔王に聞いた訳では無いゆえな。それよりも、アスラの件はどうするか……これが終われば一度戻るか 激然なる威獄に掛け合うのは面倒なのだがな」
視線を置いたままで、誰に言うでも無くヴァニタスは言葉並べていた。この瞬間に、起こっていた事など彼は思いもしないでである。
そして、得意である暗躍が万能でないのも、この刻の綴りでは理解していない。軽く出した激然なる威獄のそれが、あの薔薇の者と共に有るのを知る由も無かった……
……逆説的に、クローゼもユーベンで起こるであろう不測の事態など知る由もない。当然、目の前現状でそこに至る筈もなかった。
それは、彼の目の前に獄属なる神の眷属が三者も顔を揃えて居たからになる。
「何でも良いけど、思い通りに行かないとムカつくんだけどな」
クローゼの言動には、悪態までは行かないが苛立ちは十分に出ていた。一応に、アスラの件についてサフェロスから説明を受けた上であったのだが。
六本腕について簡単に言えば、アスラが宿した神具の欠片――竜胆色の竜水晶――が心を持ち……目的を持ったと言う事になる。
要するに、天なる・の懸念「竜装神具の暴走」であった。
六刃の剣は、獄神正義を御す烙刃の・が使った剣から伸びた六つ刃である。その本体は以前として不明であるが、六つ刃は魔解に具現で存在し、剣として継がれていた。
それを欲した六本の腕を持つ魔族の者に、欲然なる烈獄が授けた竜胆色の竜水晶が「神具の剣心」なりに目覚めてその魔族を乗っ取った、と言う事になる。
そして、神具の欠片――具現する刃――を現状「六片」持つのが六本腕であった……
……不満顔で、クローゼは続けてサフェロスに言葉を投げていく。彼の後ろには、「後はその女次第だ」とウルジェラに言われたライラの身体を抱えるイグシードが座っていた。
「要するに、暇潰しが暴走して手に負えなくなったって事か?」
「『竜装神具の暴走』は、我らの存在の根幹に関わる事だ。ただ、永劫の刻でその影すら無かったのだが、何故かそれらしきが起こった。先ほどの事でわかったと思うが、奴は神具の核等では無く、その物になりつつある……」
「それで遅れてきたお前はどうするつもりだ?」
痕跡をたどりこの場に至った欲然なる烈獄にクローゼは、更に不服な表情を隠すでも無くそのまま言葉を向けていた。
現状で言えば、欲然なる烈獄と激然なる威獄は、奪われていない魔解六刃将を抱き込み、神具の刃を囮にしてアスラを倒そうとしていた。それが、行き成りこの状況であった。
欲然なる烈獄に至っては、間に合わなかったばかりか、剣のみを手にしていた。……結果的にクローゼは名も知らぬその六刃の将は、イジェスタの手にかかったと言う始末である。
「……取り敢えず、此れを深層階の何処かに隠す。それで暫くは、揃いはしないだろう」
「起因の者よ、カーイムナス様を退けた力を我らに貸せ。……無論相応に――」
「行きなりで手は貸しただろ。タダじゃないなら、先ずはそれからだ。それに無しに、いや、有ってもその先まで知るか! 大体、どうして、獄属の暇潰しの尻拭いを俺がやらないといけないんだ?」
「その剣持ってたら、さっきの奴と会えるのか?」
成り行きでの事を現金な感じで、クローゼは敢えて言葉にしていた。その後ろから、そんな会話をお構い無しでイグシードが声を出してくる。
彼を勇者と認識するウルジェラが「そうだ」と答えて、残る獄属の意識がそれに向いていく。
その視線すらお構い無しにイグシードは「俺によこせ。魔王のついでにヤってやる。……こいつと約束したからな」と若干斜めな発言をしていた。
それには、当然クローゼは言葉を投げる。ただ、「お前なぁ」と出した辺りで、唐突に彼の腕の共鳴竜結晶が深い赤色の光を発していた。
詰まる言葉から、眉間によるしわがクローゼの心情を見せていたようだった。そして、遅れて出た呟き……。
「アリッサ?」……である。




