十一~日常、戻り来ると迫る暗雲~
こんな時間に、色々と失礼します。
オブラスにあてがわれた彼の屋敷の一室で、囁きにより「ある種の狙い」を向ける虚無なる無獄の擬態「獄魔の容姿」があった。彼もある意味狙われていたのだが、それを知らぬ状況では彼が刈り取る側になる。
彼自身の視線には、酒を煽り「憤り」を隠さないオブラスが見えている。そして、彼の百眼は別に調べる対象も捉えていた。
ヒルデによって、通す様に加減された喉元の傷は相応にふさがり、それがオブラスの感情を益々の域にさせていた。
「龍装神具の欠片と言えばお分かりかと」
「俺を誰だと思っている。あの剣を使っていたのだぞ。……それで、ミールレスの手の者が欠片を見せてなんとする」
ミールレスがその身に入れる欠片に比べれば、百で割る程の大きさのそれを、ヴァニタスは提示していた。
「これを宿せば、あのアスラから『六刃の一振り』を取り戻せるやも……それでなくとも、あの女にも相応の報いを向けられると思われますが」
「宿す?」
「はい、取り込むとも言えますが。……力有ればあの光景も黙認。オブラス様が切り捨て様とてそれは相応。よもやであれは、我が主が後ろ立てにと申しております」
「そんな不確な物に頼らぬとも、報いは何れ……」
ヴァニタスの表情が、オブラスの言動に僅かに曇る。それ自体はオブラスは気付いてはいない。その雰囲気のまま囁きが続いていく。
「有り体に言えば、オブラス様のお力添えを求めよ
と我が主に。その対価としてこの欠片のご提案を、と言う事になります」
「じり貧のミールレスに着けと? 中々都合のよい事だな。あの程度の事で安く見られた物だ」
「いえ、お力に微塵も疑い無く」――面倒な男だ。妙な矜持を持つのだな。魔族風情の分際で、黙って騙されろ。まあ、受け入れてもアスラに勝てる訳ないのだがな……
瞬間的なヴァニタスの間を持った思考に、オブラスの雰囲気が怪訝を纏っていく。
「魔解六刃将などと冠をつけられて、六本腕に神具の刃を奪われた。その力を疑わぬとは、奴も馬鹿にしているのだな」
「その様な事はありません。魔王はあの扱いでしたが、ミールレス様が私を使わしたのが何よりの証になりますゆえ……」
注ぐ酒の量がまして、浴びるように飲むオブラスのそれをヴァニタスは僅かに冷ややかな様子で見ていた。
――暫く刻が入り用か……まあ、彼方も早々とは行かぬようだ。まあ、ゆっくりやるか……。
その状況を甘受して、併せ重ねる口当たりの良い言葉をヴァニタスは続けていく。自身に振りかかる事態が、一時的に先伸ばしになったのを知るよしもなくである。
そうして、獄の刻は深まっていった……。
……当たり前に獄に回り――夜は更けて――、当然の様に極に入る――あさは来る――のである。そして、旭光の光が人智を照らして行く。……何れにあってもその理が対となっている、その一幕を見る。
それは、ロンドベルグの竜伯爵の屋敷にも訪れていた。至る前の獄――夜遅く――の刻には、掛ける言葉に反省と気付きに安堵があったのだが……
往々に刻が過ぎる辺りで、クローゼの安堵の要因である多数の来客が集まって来ていた。……所謂、約束の話しになる。
勿論、あの場にユーリがいて、クローゼが「忘れていた」と言う事はない。行く気だったのは、行くだけのつもりだった事になる。流石に、現状この部屋に居る者を見て、彼の副官が伝えていない訳がない。
六剣が三人、内一人は聖騎士であり、カレンを除く二人がいる。当然の様な顔をして竜人化のイグシードもあり、わだかまりも無いようにクリフとネビルの二人と何やら会話をしていた。
一応にクローゼと彼に連なる者も顔を揃えて、本題の来客を待つ雰囲気がそこにあった。
来客を知らせるかの窓越しの光を挟んで、相応の流れがあった。そして、不文律な足音を含む何人かが部屋に来る感じが、歓談とも取れるその部屋に伝わってきた。
……開かれた扉の脇に寄る執事の伝える言動に続いて、聞きなれた声がしてくる。
「セレスタ、お疲れ。レニエさんもお疲れ」
「持って来てあげたわよ。大型のやつ『くらくら』するから駄目ね。ユーインに調整させなさいよ」
行きなりな魔導師の男女。見たままなら女性が二人になる。その後ろに、運び込む荷物の分別指示を出すロレッタと、それを見る少しお洒落な服をきたクアナの姿かあった。
そこに見えた場景で、イグシードが六剱の二人へあの感じを出して、「貴様は手当たり次第か? それでも聖導騎士か!」のシオンの帯剣に掛かる感じを引き出していく。それに、慌てる青い顔のクライドがシオンを制する様子がついていた。
「クライド止めるな。そいつは全力で斬っていい。……大体、お前、一番先に指差したの男だぞ」
その雰囲気に掛けるクローゼの視線と声が、呆れた顔のレイナードを入れてイグシードに向かい「なっ!」と言う声がそこに重なっていた。
レイナードの眼差しが、扉に向かうのをクローゼは気が付いた。その瞬間に雰囲気が様々な感じにその部屋で色を見せていく。その光景から、眼差しをなぞったクローゼの視線を眼前の男が……釘付けにした。
「ダーレン……」
呟きの様なそれに、あの場を知る者はいい意味での驚きを見せる。そこには、五体を戻したダーレン・マクフォール士爵の姿があった。
「取り敢えず、動ける様にはなった。……こんな感じで働魔というのかあれのようだがな」
左手の袖を捲り、それ――所謂義手――を見せていた。続いて握り開く動作を彼は見せて、精巧に作り込まれた「手」で有ることの認識をその場に向ける。
さらけ出したその肘が球体で異質に見えて、ダーレンの言葉をその部屋に共有させていた。……そして、ミスリル製のそれは意味を持ち黒色をしていた、となる。
何時もなら、クローゼのあの顔が出て興味が先行する筈の場面。しかし、今回ばかりは彼らしくなく冷静な雰囲気だった。
「戻り……そうか」
「まあ、慣れだ。それよりも問題は別だな……あと、そうだな、レイナード。お前の槍はブラッドに預けた。いいな」
流れるダーレンの感じに、頷きが二つ向けられている。そこに、イグシードのあれな感じが当てられていく。
「何だそれ、防具か?」
「お前、空気読めよ!」
「『なおせるか』と聞いたのはその男の事か?」
「お前もか」と一瞬クローゼは勇者からウルジェラに意識を移した。しかし、言葉自体もまともな問いだなとの思考が続き、目線が若干行き場を失っていた。
それで、微妙の空気の漂いが起こり、ウルジェラがダーレンに向けた感じで流れが戻っていった。
「残念だが刻が経ちすぎだな。恐らく――」
「まあ、仕方ない。死ななかっただけましだ。……それで、この女は誰だ?」
「ウルジェラさんだよね。取り敢えず、先に用事済ませたいよね。ここヤバイから」
「でしょ、あの辺なんかもう凄いから」
魔体流動が「見える」魔導師の何気な会話に、この場の異様さが見えていた。――突き抜ける勇者に怪異なクローゼがあり、そこに獄の眷属のウルジェラが顔を見せる。
当然の様に、アレックスが会うたびに変わるレイナードの底知れない感じに、居並ぶ六剱の騎士と帝国の牙の姿もあった。
レニエもそれなりで、セレスタは別の意味で特種な感じになる。そして、ダーレンとシオンの随員のクライドも相当であった。
「少し前なら、魔王級なのは一人だったけどね。まあ、今の魔王は知らないけど」……そんなアレックスの言葉に、イグシードの「なっ」に戻った視線が刺さっていた。
「男なのか?」の表情に、唐突な言葉が扉の側から入ってくる。
「……此方で御座いますの? 全く大変な目に遇いましたわ。転位魔術と言うのですけれど、あれはあれで中々大変ですのよ。まあ、ですけれど、一応一通り出来ますの私も。その上で、魔装裁術の道に至りましたの。……ちょっと貴女、聞いてらっしゃる?……えっ、ああ、皆様ご機嫌好うでございます。ところで……」
ドリーン・カッターが、気分が悪いと寄り道の形で後から現れた。案内に回ったメイドがたじたじの感じになるほど彼女は口が動いていた。
ふくよかな雰囲気に、どぎつい感じには見えない化粧で衣裳は彼女の感性で洗練されていた。
「何であの人……」とクローゼの呟きが消える様にドリーンの口が動いて、その場の空気を彼女が全て使っている様だった。セレスタもレニエもそれなりに面識があり、先ず初めの標的にされている。
彼女達の押される雰囲気に、面識の無い面々がたじろぎを見せていた。流れ行く彼女の喋りが二人を巻き込みなから、彼女の感性がイグシードを捉えたようだった。
見たままの半竜人の様相に、彼女が衣裳を見る感覚で、浴びせられる質問と見解がイグシードの思考を止めていた。助けを求める顔をクローゼは認識したが、ロレッタから「荷物の確認を」の促し受け……顔を背けていた。
「取り敢えず、言われた分は持って来たからね」
アレックスの言葉から、目的の物が並べられた場所がクローゼの視界に入ってくる。
そこに並べられた物は、武器や武具に衣装なりとヴァリアントとジルクドヴルムにクローゼが頼んでいたものになる。
基本的には、帝国貴族として黒の六楯相当の装備を皇帝の牙に当てる為、彼らの服を送っていた。それに併せて作成を依頼していた物になる。
勿論、王国製の――ユーインらの――物は流石に提供出来ない。よって竜伯として、彼が対応したと言う事だった。
当然、王国で作る汎用の量産型ではない。量産型の防具については、正式にルーカス・ヴーグ ・アウルム……ドワーフの王にも依頼してある。王国、帝国共にであった。
その為、特別な意味合いを含めて六剱の立ち会いを受けていた。ただ、名目的な部分もあって同時に持ち込まれたのが、ヴァリアントの近郊のドワーフの村の物であったと言えば分かるだろう。
単純で純粋。名工バルサスらの全力の逸品だった。
魔衝撃の構造などの不純を入れない、世に出せるとバルサスが認めた彼らの物になる。……ただし、通信で連絡は受けていたが、本来は用件にそれはなかった。
ジーアが、フローラ達とガルサスを送り届けた折りに、あの坑道での出来事の流れからガルサスが自身の父親に言った事による。
ヴァンダリアに向けて、バルサス達は剣や槍を作る事が多い。無論、防具もであるが、その過程でガルサスの様に自身の力量を計る為に、時折業物を作る事がある。
ありのままを言えば、ヘルミーネが竜鱗を斬った。それがガルサスの一振りであり、それを彼が自慢した結果になる。そして、バルサスの一族のまだ名も無きドワーフの鍛冶達のそれが並んでいた、となる。
「素晴らしい……」
クローゼのどや顔にクライドの感嘆が漏れていた。勿論、シオンにしてもクリフやネビルにしてもその雰囲気だった。
「一応、全部買い取ったから『これ』って言うのがあったら使ってくれれば。……早い者勝ちで」
「これ程の物がこれだけ出てくるとは……」
「あれだね。ドワーフの技術は凄いって聞いてだけど、王国でもそう出て来ないな、流石にこれは」
「普通にならべてあるが、商会にあるなら手が出ないぞ……」
手に取り眺めて、「これ程の……」と言ったシオンにしても、王より賜った自身のそれと遜色ない……いや、凌ぐ程にも感じられる物すら並んでいる。そんな感覚を他の者と共有していた。
「好きなのを選んで貰っていいです。もちろん、陛下には御裁可頂いているので、正式なのは後ですがそう言う事ですので」
クローゼの促しが見える場所から、その場景には先や側でも様々な様子があった。
イグシードがドリーンに詰め寄られ、ウルジェラのあの感じの笑いを引き出し、ジーアがユーリに紙の束を渡している。
その横で、アレックスがレニエとセレスタにジルクドヴルムの屋敷の件――現状でも時折行う社交的な案件――の伝言を伝えていた。
また、ロレッタがヘルミーネに衣装甲の体に当てて、レイナードが着方を説明……しようとしてダーレンとロレッタに遮られていた、となる。
現王から、魔王討伐に向けて六剱の騎士らに新たな刃をの様が進み、ドリーンの意識がヘルミーネの様子に向ていた。勿論、別室に移ってになる。
彼女はその為――手直し的な――だけに来たのではなく、ヘルミーネのそれを含めて対抗意識を具現化した黒の六楯のそれを持って来ていた。
「伯爵様。洗い替えにでもお使いいただければと存じます。これは……」
ヘルミーネが帝国仕様のそれを着て、疲れた顔で平時軍装を併せた様相で彼女達と戻った辺りで、ドリーンの目がクローゼに向く。
それに、イグシードの打ちのめされ座る様子を見たクローゼは、続くそれを遮り彼女をタイランの屋敷に……追いやった。ロレッタを伴わせてレイナードを護衛にとアレックスの助言を受けてである。
これは、白の騎士の採寸の為なのだが、クローゼはそれに思いが至った事に安堵する感じだった……
「取り敢えず、何であの人来たんだよ」
「あれよ、ユーインのせいみたいよ。この前の倍位渡したでしょ。半分は『新しいの』の仕様書きだからって、それでも足らないそうよ」
「バルサスさんから預かったのは、ユーリ君で良いんだよね、武器のだけど。まあ、ドリーンさんの見ると無くてもいい感じだけどね。……それより、通信機アリッサに渡してくれたんだよね?」
忙しい雰囲気がその部屋から抜けて、クローゼの言葉に彼女を同行してきた魔導師説明と確認が続けて出て来ていた。……アレックスの言葉の終わりにクローゼは、煮え切らない感じを見せて行く。
「まだ渡せてない。……でも、あいつを連れて行く予定はあるからその時にでも。と言うか本当は行きなり来るのは暫く不味いって言われてる」
唐突な言葉に、当事者な彼女達も驚きを見せていた。それとユーリの表情が僅かに崩れるのが見えている。……簡単に説明するクローゼの言葉を表すなら、晩餐会がらみで、ユーベンの情勢が不測を伴うであった。
勿論、アレックスを含めて現状が特種なのを理解していたが、彼がクローゼの言葉で携帯出来る「通信機」といった魔動器を形にしたのは、私的な部分も多い。
そして、彼は一番の友達であるアリッサと久しく会っていない。
「本当に? みんなは顔見れたから良いけど、僕は会ってないからね。……まあ、仕方ないけどね」
アレックスの残念そうな顔で、クローゼを含めて彼女に近い者は、アリッサのある魔都ユーベンに思いを向けている様であった……
……その思いの先、人智に在りし魔解の都市ユーベンにも旭光は訪れ流れでいた。それは当然にして当たり前の光景になる。
伯爵となったヴォルグの屋敷に、訪れる来客の足が途切れて休息の刻が来ていた。もたらされる不調和の是正を求める声を聞いていた、アリッサの息を付く姿がそこに平常な感じを見せていた。
「これで、極天までの予定は終わりました。後はヴォルグ様次第ですが、恐らくは今日は無いかと」
「いつもより少ないですね」
「何故か、ノーガン様も巡回に協力頂いているので、晩餐会の件もありますが……大方、大人しくなるのではと思います」
「それは意外ですね。でも、なんでです?」
アリッサの意外なと言う顔に、ビアンカは僅かに困った顔をした。単純に、暇だからの感じに「男と男の……」か加味されていたようである。
「さあ、分かりません。ノーガン様があんな感じだとは思っていませんでしたから」
「そうですか。でも、負担が減るのは良いことかも。取り敢えず、食事の刻に当主様に確認して、その後、私はカミラ様の御屋敷に行きますね」
ビアンカの頷きに不測の懸念の言葉が続いて、「宜しく願います」のアリッサの声が出ていた。
そのまま、アリッサは食事の準備を促す指示をビアンカに任せて、執事の一人を呼んで……繋ぎの指示を彼女自身がしていた。
ビアンカ自体は、何と無くそれを認識していたが、積極的に何かするでもなく心にしまっていた……。
その後、ヴォルグが食事の為戻るまで暫くの間、彼女達の会話が起こっている。
二人以外には、四人の中で一番冷静で大人し目なアッシュが息を潜めているだけになる。そんな空間で、アリッサの直線的な言葉がビアンカに向けられていく。
「ビアンカ、ちょっと聞いていい?」
「なんでしょうか」
「あのね、もしかして好きな人。……いえ、好きな人狼の方が、いる……の?」
「えっ、あの、突然ですね。どうされたんですか」
その言葉にビアンカの表情が動揺の色を見せて、アッシュの眉が僅かに動いた。普段からこの街にいる時は配慮の上で、彼らは擬態のままだった。その為、人のそれと重なって見えた。
アッシュが、アリッサの言葉の「何処」に眉を動かしたかは分からない。一応それにはアリッサも気がついていたが、そのまま言葉を返していく。
「いえ、そう言う話も出来たらなって思ったから。別に聞いただけだから気にしないで」
魔族の分類でそういった話がでるのかと言えば、そうではない。単純に力関係で決まる部分が多いからになる。よし悪しの問題ではなく……
ビアンカは人として自身を隠して暮らしていた部分があるので、アリッサの感覚は理解出来る。ただ、アッシュには分からない事だった。雄雌の感覚でなのか「ほしいなら相手の感情は関係無い」……「他の奴の物なら奪えばいい」であった。
魔王を探す為に、アッシュも含めてヴォルグ達は人智を動き回った。当然、その過程で過激な事もした。……そして、今は「ぬるい」のだった。
アリッサが思う結末がどうであれ、一応に人智の範囲の刻が流れている。そう、アリッサは思っていた。彼女にとって決して勘違いではなく、当たり前の日常になっていた。
ただ、魔王や魔族とはそういう物だと、頭では分かっていても、今はその事を考え無い様にしている、そんな感じ見える。
……それが現実逃避であってもなのかもしれない。そんな彼女に迫る暗雲の存在は、日常を照らす晴天のこの刻には分かる筈もなかった。




