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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第五章 王国の盾と魔解の王
134/204

九~切っ掛けは、魔王と魔解の大公~

遅くなりました。失礼します。

 迎賓館の様相の場で行われている晩餐会も、相応に刻を費やしていた。そして、魔王オルゼクスの前に立つ魔族の男と魔王それの対比が、別空間な際立つ雰囲気を作っている。


 その場の一段高い場所に座るオルゼクスの前に立つのは、魔解大公を称するミールレスである。


 それは、人智の人と対をなす獄魔族の容姿で、美麗な雰囲気を持つ青年の様相に見える。その彼の視線先には、魔力魔量の回復に伴い身体的強さが肉体美として戻り、止まっていた灰色の髪が僅かに伸びた魔王オルゼクスがいた。


 その胸元に見えるあの傷の流れが、獄魔族の様相に似た彼の青白い胸板に色を着けている。その感じとは裏腹に、ミールレスから見ると覇気では無く虚脱感が見えていた。


「些か、退屈そうに見えますが」

「そう見えるか」


 魔解の王らの続きで、当たり障りのない言葉から彼らの対面は始まっていた。そこに自身の思いを含めて「退屈か?」を大公なる彼は見せていく。


「見たままに」

「まあ、確かに思う所はある」

「それほどの力があるなら、媚びる必要などないと思いますが」

(われ)が媚びていると」


 事の流れで、フリーダが死黒のテーブルに着いた為、その会話を遮る者はいない。


「私の知る貴方は、この様な無益を甘受するなど考えられませんので」


「そうか」


 今なら、魔王を殺せるのではと彼が思ってしまうほどの雰囲気だった。微かに殺気が乗るのがミールレス自身で自覚した様に見える。


「その気なら代わってやってもいいぞ。ガルレスの子であるお前達がこの年刻を経て我の前にあるのは、そう言う事だ。あの刻、我が死んでいればお前が魔王だったかもしれんな」


「御冗談を。ただ、示せと言われるならその様に」


「お前ならあの高揚感が得られるやもしれんな。あれらでは無駄だった。僅かに交わすそれで、みなぎるほどの力が見えるのは中々の物だ」


(いず)れの事を? ……もしや薔薇の者の事で」


「ヴァンダリアと名乗ったな。お前の話しで分かった。初めに見た場では、我に大言を吐いて他所に気をやっていたがな。……詳しくは知らんだろう、黒銀に聞くといい」


 オルゼクスの視線が、そのテーブルに動くのがミールレスには感じられた。釣られる感じに彼の振り返る様子が続いていく。魔王と彼の距離は相応で、背中を晒すまでには至っていない。


 合わさる視線には、ヴォルグの頭を掻く仕草が見えていた。それは、フリーダの向けられた姿勢によってになる。


「あれも人狼にしては相当だ。差が開くと思ったが面白い」


「そうは見えませんが」――然程でもない。まあ、魔王が気を向けるならそれなりか。薔薇といいそれほどか? それよりも……


 内向きの感じに、彼はオルゼクスの視線を感じて向き直していく。斜に構えた魔王の眼差しと動く口角が彼に見えていた。


「何か言いたげだな」

「いえ、なにも」


 見た感じでは分からないが、ミールレスは表情全部を向けてはいない。「何か」に言葉を合わせるなら、魔王の側近の中に人智の女が居ることだったのだろう。


「敢えて言うなら、些かの疑問が……」

「何だ?」


 簡単な返しに、ミールレスは瞬間的に間を使う事になる。自身でヴァニタスに「調べろ」と言っておいて、魔王にそれを問うのはどうなのかと言った所になる。


 会話すら彼には茶番劇の心持ちがある。使える駒として、若干の認識を持ってのヴァニタスへの言葉の筈だった。――使えるのか……その辺りも問えば簡単か? 証明しろと言われれば赤い血を見せればいいだけだ。


「ならば、あのテーブルに人智の女がいるのは何故か? と言う辺りで」――緩いのだ、オルゼクス。


「在れは餌だ」


「餌?……」即答にミールレスの固まる言葉と仕草が見えていた。


「そうだ、結果は既に明白。例え勇者が来ようとも『刻』を費やせば事はなる。其ほどに、力の戻りが以前の比では無いと(われ)は実感した」


 動かした口で、オルゼクスの感じが変わっていた。言うなれば、動かぬ目の前「ガルレスの息子」が、在れに気付いたのに興味が出たと言う感じになる。


「解らぬか。理を越えたのだ。そのままならお前が今回の魔王なのだろう。だが、(われ)が二度目のそれを為している。その上で費やす刻を楽しむ為の一事。勇者だけでは足らぬのだ」


「左様な事を……」


「大言を吐いたヴァンダリアの男が、在れを自分の女だと。経緯はどうでも良いが、在れがこの地にあるなら魔王の前に立つと言っているのだ……」


 ……人智の強者でも、魔解の王らでもあの男が我を奮わせたそれに達しなかった。過程での比較などではないがな、と。そんな言葉でオルゼクスは話を区切っていた。


「その者との対峙を望まれると」

「そうだ。我魔力が欲している」


「何故それほどに」――結果が見えた上で遊ぶとでも言うのか?


(われ)が異質な魔王だと言う事だろう。既に、今でも以前の自身を超えている。故に人智は無くなるのだ、その過程を楽しもうと思っても良いだろう」


 明確な言葉に、場の音が僅かだが混ざり初めてくる。それで、彼らの距離感が際立ちを潜めていった。


「だが、ヴォルグを乗り越えれねばそれまでだがな。まあ、越えるだろう。……何れにせよ楽しみとしておく」


「それほどなら勇者なのでは」


「あの刻に奴が勇者なら、今、我はお前と話をしていないだろう。だが、奴も相応に力があるようだ。お前の配下を蹂躙したのだから、そうだろう」


 最後のオルゼクスの言葉。それは、侮蔑ではない感じだった。認識の問題なら、ミールレスもそれを理解しなければならない。そう感じていた。


「私があの場にいなかったのは、魔王にとっては幸いでしたでしょう」


「そうか」


 背もたれに預ける重さをオルゼクスはまして、後ろに立つ女性に意識をやった。それに、ミールレスは居たのかの雰囲気を微かに見せる。


「カルーラ。酒を」

「畏まりました」


 恭しく一礼をして、彼女は下がる様にその場を後にする。それをオルゼクスは感じてミールレスの表情を見る感じになった。


「ミールレス、餌には手を出すな。それと余計な事も言うな。……何れの場合でも在れの命が全力を引き出す。それほど価値があるとは思えんが、奴らの力を引き上げるのだ」


「餌と言う意味でですか?」


「アマビリスを目の前で殺せば、お前もそうなるだろう。それと同じだ」

「もしも、そうなら如何に魔王でも――」

「例えだ!」


 一段あがる魔王の声に、場の音が止み視線が集まってくる。それに、上がる手がその場に通っていた。


「何でもない。続けよ」


 その声に、暫くの沈黙の後に場の平静が戻って行った。当然あのテーブルもである。その雰囲気にミールレスも難しい顔していた。


「不満か?」

「寛容になられたのかと」


「我は魔王だ。一事の気の迷いもあったが、本質は変わらん。……それに、あの槍に貫かれて長い年刻を経て、更に『死』と言うものも見た。あれに比べればこれなど「どうでも」ない。ミールレス、お前も魔王となれば解るだろう」


「魔王とは何ですか」


 自身を真の魔王と称する彼は、その存在を理解出来ていない様な気がしていた。それが漏れ出た言葉になっているようみえる。


 彼の覇気が無くなったわけではない。力を基準にすれば、やってみなければわからない程度の差であるとミールレスは思っていた。しかし……である。


 その様子にオルゼクスの表情は、意味ありげを見せていた。


「良いぞ。いつどこでとんな形でも好きな様に……掛かって来るがいい。馴れ合いは余興だ。結束など不要で全ては力のなす事。魔王とはそれだけで全部を成す者だ……あの瞬間に、この力があったなら、お前の父も死なずにずんだ」


 ――そう言ってオルゼクスは、一旦言葉をのみ込んで……「喋りすぎた、戯れ言だ忘れろ」とミールレスに片手で示していく。

 そして、差し出されていたグラスを受け取り、「在れの話は他言するな」とその場に示して視線を伏していた。


 型式的に一礼をあわせたミールレスは、参集の体で魔王の元に来てから、これ程会話をした記憶がない。きびすを返して、歩き出し彼はそんな思いが頭を過っていた。


 ――何だ? 掴み所がない。良いようにあしらわれただけなのか……俺は。


 振り返る事すらせずに、彼はその場の端に置いた自身の置き場に歩を進めていた。自身の父の事が出た事は帰りみていた様ではある。……その歩みに意識を向ける者がいるには気付いていたのかは不明だったが……


 ……歩き去る様子に、自身の魔力の流れを合わせていた彼女は……後から同席した妖艶で気高さを伴った視線に我にかえっていた。

 恐らくは、自身の後ろに立った人狼の女性も同様にそうしていたであろう、その認識を持ってになる。


「アリッサ、どうした深刻な顔をしてあるが」

「いえ、大事ありません」


 彼女は、一瞬後ろに気をやってフリーダの怪訝な顔にそう向けていた。魔王の大きな声にさえ、無反応を決め込んでいた正妃なる女性は、隣に座ったその表情には気が付いたようである。


 そのフリーダは合わせる様に、その後ろに立つビアンカの平静が微かに揺れる顔も見ていく。


「ビアンカ、お前も何かおかしいの……何かあるのか?」

「斯様な事は御座いません」


 立ち位置を替える期を逃し、ビアンカはその場にあった。魔王と「真の魔王」を自称するミールレスの対面で、雰囲気の変わったアリッサに併せて彼女も強化の呪文で耳をたてていた。


 普段から、ビアンカは専属な対象者の動向に気を使い彼女の動きを見ている。その流れと言えた。


「正確な判断には、状況の把握は不可欠です」


 また、色々な意味合いで、アリッサはビアンカを信用していた。そして、先々の事も含めて託す部分もあり日頃から彼女はそう言葉にしていた。


 言ってしまえば、彼女がクローゼ付きから副官の任をこなす上で「彼の動向」を把握するために得意なそれを使う癖がついていた。と言う感じで、ビアンカはそれを認識していたのだった。


 勿論、今回は確実にクローゼの為になる情報の捕捉に努めて……アリッサは魔王のそれを聞いた事になる。聞いたで言えば、唯一それを知るビアンカもであった。


「別に、無愛想な感じは変わって無いと思うが。可愛い顔してるのに勿体無いぞ」


「何を言ってある? 何ゆえ、この二人がお前に愛想を振り撒かねばならぬのだ」


「そう言う意味じゃねぇ……です」


 唐突に出した言葉に被せられたノーガンは、フリーダにそう語尾を訂正していた。一応に、同格の筈のフリーダが彼には、「魔王の女」――明確なオルゼクスの言動で補てんされたそれ――の認識でその時期から変わっていた。


 向けられた側の認識では……「むず痒い」になる。単に、感覚があるかは別にして、そう彼女は思っていた。


「そう話す機会も久しく無かったが、鉄黒のノーガンも変わった様だ。……ヒルデもそう思わぬか」


 苦笑いの見えるヒルデと引き出したノーガンの様子に、怪訝な顔は消えてその話題に移り変わっていった。


「一応魔王の女……いや、正妃、さ、様だからな」

「一応? ……女? 。お前達、ノーガンの妾に対する言はどうである?」


「女の子の敵。そんなんだからモテないんだよ」

「言が不埒だな、まあ、鉄黒らしいのでは」


 そこまで言うか? の「おまっ」と漏れる声とノーガンの顔に僅かな高揚が見えていた。それを見るフリーダも、彼の認識だけには相応の様子になる。


 ただ、カミラとヒルデの言葉には、ヴォルグも何故か反射的にアリッサを見て首を振っていた。要するに、「俺は違うからな」の意味合いの様だった。


 ノーガン自体も丸くなった訳ではないが、仲間意識と同格と認める部分で分別がついていたようで、それなりになっていた……。


 話題がずれて、晩餐会の体が終息に向かう中、アリッサはテーブルに指先を当てて音を奏でていた。それが意図したかは別に、ビアンカにも伝わっていた。


 それに意図したビアンカは、会話の流れを遮らない様に気配をあわせて、アリッサの耳元に呟きで触れていく。


「お聞きになられましたか?」


 暗黙の仕草に触れた彼女はさりげなく、自身の体裁に戻っていった。触れられたアリッサは、自身の境遇を理解して、思考を回している。そんな様子だった。


 ――私自身が特種なのは分かってた事。魔王がそう思っているなら、やり方を変えないと駄目かも。どれくらいあるかわからないけど、少し冷静に……


 単純な気の迷いの上に、表面上の共存がなされている。その確信が、オルゼクスの言葉によってなされた。ただ、その事実が分かった、と言う事なのだろう。


 アリッサにとって、接したものは同等に大切に思えてしまう部分もある。自身が本来の道に僅かだったが触れて、最終的な結末への流れの中に自分がいること突き付けられた感じがしていた。


 ――兎に角、彼に預けよう。きっと彼なら何とかしてくれる。……みんなが幸せには欲張りなのかな。


 魔王がその場を後にする旨が、カルーラから告げられて、フリーダを伴ってオルゼクスが姿を消した。そのまま、各々に動き出す様子が見え始めていく。


 帰り支度なアリッサが見渡す視線の中に、早々に歩み出るミールレスの後ろ姿が入っていた。彼女にとって……いや、クローゼにとっては有意義な場では無かったろうか。


 勿論、フリーダの配慮で「同伴」必須になりヴォルグの参加にアリッサが伴うのは当然との認識が、魔族には……いや、魔王でさえあった。


 そして、それはクローゼがフリーダに告げた、「淫靡なる夢獄(ウルジェラ)を捕まえた」によってになる。暗躍を止めた事ともたらされる物、その対価の交換……


 ただ、フリーダは魔王のそれを認識し、それ以外の価値を低く見ていたとも言えた。……また一応に、クローゼの言動もウルジェラの「好きにしろ」によってなされていた。


 そう言った意味では、ある種の茶番である。ミールレスの軍に対して大暴れしたのが、クローゼあるのを認識した上で何も言わないのがその意味なのだろう。



 そんな茶番のあてにされた淫靡なる夢獄(ウルジェラ)は、クローゼと離れて王都ロンドベルグにあった。


 ヴァリアントから、マーリア・ジュエラ準男爵が来たのにあわせて、その場に助けの為にいたという事になる。その場所はタイラン・ベデス伯爵の屋敷だった。


 特筆する点があるなら、大魔導師の弟子以外の王国認定の魔導師達も何人かそこにいたという事かもしれない。……一応に魔導師の称号を持つ彼等は、相応に魔力魔量を有するが、学術的な見地に立つ者と言った感じになる。


 年齢からも老人の域である彼等の知見を除けば、クロセのクローゼで言う「魔法使い」はアレックスを入れた彼らだけども言えた。


「マーリア。この者達を何とかしろ」

「無理かと思いますよ。ウルジェラ殿は知識欲を刺激する方ですから」


 王命を含む案件の議論が小休止したそこで、容姿が老人な四人の魔導師達にウルジェラは囲まれていた。彼等の持論や論説の検証を尋ね語る言動に、都度都度その事態になっていた。


 苦笑いが、あのタイランにすら見えていた。そんな光景を何度も続けていたという事になる。囲む彼等は、「道を開け」のアーヴェントの言葉でタイランに助言する為に集まっていた、その流れになる。


 囲まれたウルジェラに助けを求められたマーリアは、自身の父の遺産の一部であるベイカーの所蔵本の兼ね合いで、滞在期間この屋敷に留まっていた。


「そんな論、我は知らん。……マーリア、全部相手にしていたら切りがないぞ。奴はお前を手伝えと言っただけだ。何とかしろ」


「学術的には、貴女の知見は知識の宝庫ですから、致し方ないと思います。ですが、……皆様も程々になさってください」


「獄もそれなりに深まりました。ここまでにしましょう。方々宜しいか?」


 重ねられる言葉に、囲む彼等は渋々の表情が出ていた。しかし、屋敷の当主の言葉には理解以外の選択肢はなかった……


 一応に平穏がその部屋に見えて、ため息混じりのウルジェラの様子があった。


「奴は帰って来ているのだろう。臨時の代行は何処にいった。……学術などを語るなら北のあれに聞けば良い。我はもう話さんぞ」


 脈絡のない彼女の言葉が続き、扉が微かな音をつけていた。その、開けられた扉からウルジェラに声が向けられてくる。


「ウルジェラ様。お顔が怖いです」


「シエラか……これで怖いなら素顔はもっと怖かった筈だ……」

「綺麗だと思いましたけど」


 唐突で、色々な意味に落ち着いた感じのシエラの後ろには、白い男が立っていた。その男は、一時的な喪失感が今は無い究極の牙(エントリヒ・ファング)フリートヘルム・ファング・レーヴァンになる。


「自暴自棄では無くなったのだな」

「伯爵令嬢の前で、喪失感など出しては帝国騎士の矜持に関わりますので」


 互いに、魔動で拘束されクローゼに捕らわれた者の会話がそこにでていた。その感じから、二人が初見でないのが分かる。

 

「まあ、手立てがあると知れ安堵していると言った所か。それに臨時の代行が言ってあった、暫く刻が出来ると。奴も帰って来たようだしな。……ゆえに約束の刻が出来たからか」


 机の片付けを指示する二人が、その様子に意識向ける雰囲気がその場に入っていた。それを気にする事も無く、シエラが後れて会話に入っていく。


「白の騎士様は元気になりましたよ」

「……シエラ、どうしたんだい?」


「あっ、お義父様、えっと、お姉ちゃん……じゃなくてお姉様に、お義父様の所に白の騎士様を連れて行く様にと言われました」


 彼女の慣れない感じに「普通で構わないよ」とタイランの別な感じの表情が見えていた。その視線がそのまま彼等の後ろの執事に向けられて……そこからの返答が帰ってきた。


 簡単に言えば、クローゼの来訪についてであった。型式的に、タイランの養女になっていた彼女の達。その――姉の方の――ドーラが出迎えの対応をしている。その旨の話だった……


「こんな遅くに一体……」

「良からぬ事を言い出しそうですね」

「我もそう思うぞ」


 その場の三者の言葉には、クローゼの人となりを表す雰囲気が続いていた。



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