八~晩餐会。魔解と壁と人智~
魔都ユーベン。クローゼも度々訪れるその街の迎賓館な赴きのある場所で、晩餐会とは名ばかりに見える魔族の集まりがあった。形式は、それなりの様式で魔王の正妃の体のフリーダの主催であった。
パルデギアード領内で、暗黒のサバルが「采配」を楽しむ中、余裕なのか行われていた事になる。無論、大穴から多数の魔解に属する者が魔王軍に続いていたのは、言うべき事であった。
会場となった場所には、魔王の臨席を待つそうそうたる顔ぶれがあった。勿論、魔解の王たると大公なるを含む魔族のそれであった。その一角で死黒兵団長達が囲む丸テーブルにも、オルゼクスに取って側近とも言うべき名持ちの魔族が見えていた。
「晩餐会って、ご飯食べるだけの会?」
「違うだろ……良く分からんがな」
「魔王様が来るからって、面倒だけどこの格好で来たのに……他のテーブルの奴ら何あれ」
擬態の感じに夜会服の礼装を身に付けて、テーブルに着く黒紅のカミラが周りを見ながら言葉通りの様子を見せている。それに無理やり礼装の感じをみせる鉄黒のノーガンが、口を挟んだ格好になった。
カミラの言葉通り、給仕をする魔族やフリーダの眷族以外では、このテーブルだけが浮いている、そんな光景であった。当然、その雰囲気は漆黒も黒銀も持っていた。――所謂、何でもありな感じで武具を着ける者すら此処彼処に見えている。
「まあ、私は可愛いけど……同伴のノーガンがそれじゃあんまり言えないけどね。でも、アリッサがいなかったら……いつも通り裸だった?」
「裸じゃねぇ。いつも、それなりに着けてるだろ。大体『竜魔』は礼装なんか着ねぇぞ。お前ら人魔とは違うからな」
「我ら『鬼魔族』も礼装は着る。この格好は初めてになるが……」
ヴォルグと同伴の体で、このテーブルに着いているアリッサ。彼女がフリーダの命令で、カミラとヒルデのドレスとノーガンの背から羽が出た燕尾服を手配していた。付け加えるなら漆黒のヒルデの後ろに立つ、同伴者の筈の鬼魔族の男のそれもになる。
「面倒臭いな……お前らもそうだ。でも、お前は似合ってるから良いじゃねぇか」
「似合ってるのか……」
「応、綺麗だぞ、女に見える。……あっ、いや、悪い意味でなく」
角と髪を揺らす感じに、向けられた殺気の帯びた視線にノーガンはヒルデの表情を見直して、言葉の流れを変えていた。それに、絡む感じで「自称可愛い」の意外と満足げな表情が入ってきた。
「 綺麗ってわかるんだ。見た目の問題? 。でも『竜魔族』は分かりやすいよね、格好いいと可愛いから……」
「まあそうだな。俺はこんな感じに異質だから相手にされないのもあるが、綺麗とかの感性はお前らに近いぞ。だから分かる、それであれだ……」
「無駄に言葉を繋ぐな。見苦しいぞ」
ヒルデに切り捨てられたノーガンはたじろぐ仕草でヴォルグに何かを求めていた。単純に肩を並べて戦った事で、格の部分で彼は同格と認めていた。
腕を組んで、最もらしくしているヴォルグは、そんな求めを他所に唐突な言葉を口にする。
「俺達は伯爵貴族になった。で、当たり前だな」
「何が当たり前なのよ、ヴォルグちゃん?」
「『ちゃん』じゃねぇ、で、やめろ」
一括りの人魔で年齢の基準が同じなら、カミラはヴォルグの一つ下になる。ヴォルグ自体のそれは怪しいが、一応に彼はアリッサの一つ下だと思っていた。そんな雰囲気をカミラは続けて、目の前の位置にそのままを向けていた。
「『ちゃん』は仕方ないけど、女伯爵って言われても。……ねぇ、ヒルデお姉さま」
「その呼び名はよせと言った筈だ」
「お前何でもありだな。仕方ないってなんだ」
妹的な立ち位置で、奔放な感じに呆れた様子が向けられていた。
――三つの頭を持つ魔犬や黒い双頭の魔犬すら使役する黒紅のカミラは、擬態の感じが可憐な黒髪の少女の様でその落差のままの言動だった。
「だって、あの子達街に入れないんだよ。屋敷なんて貰っても寂しいだけだし。また、あっちにいた方が……でも、あのお肉歓んでだけど」
「そこじゃねぇよ。大体、屋敷にも居るだろ」
「なによ」
会話を交わす二人は、同伴必須とフリーダに言われて形を作ってきた。魔獣が家族の彼女と、人面竜魔の様相が同族の女達に敬遠される彼の組み合わせになる。
「そうだ、で、使用人がビビってるだろ」
「サーベルとオーベルは私の家族なの。ちゃんと食べない様に言ってあるし、食べてないでしょ」
「ケルベルスとオルトラスなら、魔解の奴らでもヤバイだろ。良くオルトラスが我慢してるな」
「オーベルは良い子なの。森にいる子達なら食べてるよ。でも、付けて貰ったあの料理人、人のくせにオーベル手懐けてるからあの『お肉』凄いよね」
所謂家畜の肉であるが、その料理人が肝が据わっていると言うわけではない。彼女の警護の為と屋敷にいる人智の使用人達の護衛も兼ねて、ヴォルグとヒルデは配下の者を付けていた。
「私用の料理も意外と美味しいから、何か悔しい」
ヒルデとアリッサの苦笑いの雰囲気が、その会話に普通な様子を見せていた。この場に、魔解大公のミールレスや魔解の王らと名の知れた魔族たちがいる様には感じられない。そんな場景を出していた。
会話の流れがおかしな雰囲気になった頃、カルーラか恭しく儀礼的に「魔王の臨席が遅れる」旨をその場に伝えていた。そして、そのまま料理が出されて食事の促しがされていく……。
「魔王様は、何でこんな面倒くさい事をしてるんだ。あの力があれば、『采配』ごっこ何かさせんでも良いと思うが」
「慎重なのではないか」
運ばれてくる料理に文字通り手を出して、長い爪で口に運ぶ合間の言葉がその場に出た。そのノーガンに向ける、ヒルデの短い憶測が続いていた。
単純な話、彼にとって、如何に城壁が高く分厚くとも、魔王ならそんな事は関係がないと思わせる場景だった。それを踏まえて鉄黒のこぼれた声になる。
「慎重? 『魔王』だぞ」
そう魔王なのである。その言葉がそのテーブルには流れていく。一応に、その後も会話自体は魔王不在の中で続いていた。
怠惰とまではいかないが、魔王の虚空を掴むかの様に刻を費やす姿が彼らには見えていた。それは、懸念な鉄黒とそれを否定する漆黒の流れだった。
「大体、南なんか折角取った街を取り返されて放置だぞ。まあ、穴から魔物が溢れて壁みたいになってるからあれだが」
「半ば放棄だったと思うが」
「どちらにしてもだ……」
「あれだ。で、まだ戻ってないと」
唐突な言葉に、カミラも動かす口と手を止めていた。呟きにも似たヴォルグの一言にである。
「どういう意味だ?」
ノーガンとヒルデの会話に挟まったそれで、顔を上げて彼は即答を向けていた。それに困惑が出した側に見えて、何故かアリッサに向けられていく。
当たり前に、テーブルでアリッサが際立ってきた。彼女の護衛もそれを認め遠目から怪訝の顔で、黒紅の少女が喉を動かし口を開くのを見ていた。
「アリッサ、どういう事?」
「正妃様が、オルゼクス様のお力はまだ途上だと」
本意か不本意かは別に、人狼の立場で当然な様子に答えが出される。その言葉には「はっ」と「なっ」が続いて「え?」の音で閉められていく。
「中々だと思った、魔解の王がカスに思えてきた」
「だから、で、俺も強くなる」
「お前達、声が大きいぞ。聞こえたら面倒になる」
ヒルデが両者を制する感じを見せて、懸念を向けていた。幸いな事にノーガンの言葉は届いてはいなったが、カミラには何かが見えた様で、視線をテーブルの枠の向こうにあわせている。
促しは無かったが、テーブルの意識はその視線をに導かれる様子が起こっていった。その先には二メーグ――二メートル――を越える巻いた角が二本の魔族の男がいた。
それが、「ははっ」と手に持つ酒のビンを漆黒のヒルダに突き出し、高揚を表す感じでにやけた顔を見せている。――その男にヒルデの構える感じの視線が刺さっていた。
「おお、これはこれは『元』魔解六刃将のヒルデ殿ではないか。人智紛いの一団が目に止まったので見に来たらその格好だ。驚いたぞ」
「オブラス、下らぬ言は止めろ。今すぐ消えるなら許してやる」
「邪険にするな、同じ冠名を持った事のある同士ではないか。……それよりも、なかなか『いい女』な媚びた格好をしている。どうだ、俺のテーブルで酌の一つでもしてくれんか?」
ヒルデの嫌悪な表情に、同伴の体の鬼魔族の男がその間に入って、オブラスと呼ばれた魔族の視線を遮っていた。その瞬間にオブラスは、持つ手を振り上げてビンを遮る男の頭に叩きつける。
割れる音と飛び散る飛沫と欠片が、テーブルの横で広がって床辺りを汚している。そして、見据える視線とにらみ返すが交錯していた。
相応に、テーブルの二人の男が椅子を鳴らして立ち上がる。――彼らが声をあげる前に、ヒルデの片手が上がり場を制していた。それがテーブルに緊張を走らせて……ヒルデの口角が開くのが見えた。
「ジニス。下がれ」
低い怒気の混じった声にジニスと呼ばれた男は、額に流れる青い血を気にする事もなく、彼女の前を開けていく。その瞬間に、ヒルデが大剣を振るうかの光景が起こった――
椅子が音を立て倒れ、僅かで嫌悪の間をヒルデがドレスをひらめかせて詰めていく。その勢いで角を掴んでオブラスの喉元に大剣……ではなくテーブルナイフが当てられていた。
首を落としたかの勢いを見せた彼女の動きは、わずかに食い込み鮮血を呼んでいた。それに、ヒルデの顔は高揚して微かに輝きを魅せる。相対的にオブラスが硬直する表情が現れ見えていた。
「喉元一つで赦してやる――」
「――やめよ。魔王様の御前なるぞ」
漆黒の刃が如くに、テーブルナイフがオブラスの喉元に食い込む瞬間――鋭く通る声が抜けていた。その声で僅かな拘束が生まれて、入り口辺りに視線が集まる。そこには、紫黒のフリーダと彼女の後ろにオルゼクスの姿があった。
それに続く刹那は、意思を持って拘束を解いたヒルデがそのまま喉元にナイフを通して、脹ら脛の丈から膝上を露にしオブラスを蹴り飛ばす様子だった。
見下す感じの彼女に、オブラスは膝を着き喉を押さえる手が、支える感じに顔をあげさせていた。
「この程度で済んで、魔王様に感謝するのだな」
声を出せないそれに、ヒルデは侮蔑をあわせて魔王に一礼する。返す感じに「此で同等」と同伴者を示していた。……形式的な魔王の頷きと座に向かう様子に、彼女は汚れたドレスについての意をアリッサに向ける為、振り返える。
そのヒルデの瞳には、連れられるオブラスのそれで殺気の収まった二人の向こう側。そこに、頬に手を当てるアリッサと何かを懐に収めるビアンカの仕草が見えていた。
「アリッサどうした」
「大事ありません」
即答でアリッサは、振り替えるヴォルグのそれを押さえて、ヒルデの形式的な謝意を受けその場を流して行った……
……余興が終息して、晩餐会とは名ばかりの魔族の集まりが、魔王臨席のなか進んでいた。その一角で魔解大公ミールレスは、様相の変わったヴァニタスに一連の流れで受けた耳打ちの――返しをしていた。
「確かに人だな。魔王の側近の中に何故人智が混ざっている?」
「経緯は不確定ですが、人狼を名乗っている様です。些か複雑ゆえ、明確に答えるなら調べる必要がありますが」
先ほどの光景で、アリッサの頬に欠片が傷を着けていた。ビアンカの動きで秘匿的に覆われたそれは、僅かに赤色の線を見せていた。
勿論、彼女自身の治癒の力で既に痕すらないが、その色をミールレスの位置から見えたと言う事になる。大方は興味のない場所で、ヴァニタス言葉から一連の流れであった。
「なら調べろ。……それとあれは使えそうだな。先の事と含めて任せる。まあ、六刃の名ばかりな気もするが」
ヴァニタスの頷きから、後ろに下がる感じが見えた。ミールレスは、隣に座る獄魔の女性に酒を注がせて、無駄な空間との認識にも酔っていた。
魔解の王らの参入で、完全に主戦が魔王軍に移っている。ミールレス自身も「力は数で無い」は理解していた。だが、魔王に成り代わるにしても、「漁夫の利」を晒したまま魔王と対峙するのは、下策なのも良く分かっていた。
――オルゼクスの緩い感じの意図がわからないが、何れにしても、使えぬ王どもが面倒だな。……よもや、最後の選択肢も考えねばならないとは。刻を見て、逆に開き直れるのも考え物だが。
最後の選択肢とは、魔解と人智が相討った後に自身が立つと言う事に他ならない。重ねた失態と拠点にした場所が主戦から外れた事で、その選択肢が彼には有力になった。
勿論、まとめて倒す選択肢が無いわけではない。ミールレスは、自身の力に自信はあるが、聞かされていたオルゼクスの強さが頭の中には常にあった。
「真の魔王か……」
呟きに、酌をする獄魔の女性が僅かに仕草を見せて、その瞳はミールレスの視線の先を追っていく。そこには、魔王オルゼクスの姿があった。
恐らくは、視線を交わしているとその瞳には見えていた。
椅子に座り、肘掛けを支えに身体を傾ける魔王とその場の端で存在感を消して座る魔解大公のそれであった。……その場景で、僅かに上がる口角を瞳は捉えた。
「ミールレス様」
意図して視線を外す為に、分かる様にその獄魔の女性は魔解大公に声を掛けた。ミールレスが、適当に側仕えの者から「必須条件の同伴」に選んだ女性であった。
「なんだ?」
「グラスが……」
「酒か……もういい」
意識が手元に戻ったミールレスは、改めて周りを見ていた。――人智の様相のテーブルでは何も無かった様に魔族らしくない歓談があった。
その他にも、有力な魔族が各々に振る舞う様子が入って来ていた。当然に「魔解の王」三人の適度な距離のテーブルもある。
時折、魔王の元に流れる魔族のそれは単純な顔見せなのだろう。今の視点では、そこに魔解の王の姿があった……
……その視線と意識を逸らす、「城壁など――」とインバルスの魔王に向けた声が響いていた。魔王の前に立ち、会話を交わす光景になる。他者とは違い僅かだが、オルゼクスにも前向きな雰囲気が見えていた。
「城壁」とはまだ越えぬあの場の事である。
それは、パルデギアードの帝都 アルエテルの城壁になる。インバルスが「砕いて見せる宣言」する流れ。その三重に街を囲う高い壁は、大型の魔族や魔物に魔獣すら拒む程の高さと厚さを見せていた。
物理的な強度では無い部分で、目標に定めたその地に、その強さを輝かせる存在がいる事を彼らは知らなかった。
――ノエリア・パルデギアード・デ・テルセーラ。……それがその者の名前である。
接点――失態をもたらした――を持ったミールレスですらその名を知りはしない。只、なぎ倒す前提の人智の人の何れかで、覚える必要など無い。彼らには、そんな存在であったのだろう。
そんな彼女はこの刻を僅かに遡る場景で、帝都の第一城壁の高い指揮所の一つにいた。風に揺れる雰囲気で、帝都 アルエテルを囲む魔王軍を見据えていた。
「落ち着きましたな」
「ああ」
エミディオの言葉に、ノエリアは僅かに声を出した。それに掛かる声が聞こえてきた。
「大型が取り付いた所は、大方退けました」
「ラルフ殿。度重なる助力、感謝しかない。……この場で迎え撃てるのも、貴方のおかげだ」
「なっ、何度も言われると、お、私の方が恐縮してしまう……ので、もう良いです。ノエリア殿」
ラルフ=ガンド・アールヴは、颶風の弓士レアス=アナドとカルデ=エリスの二人に東風の若い戦士達を従えて城壁に立っていた。
「それでもだ。貴方の風には、救われた……」
西方域に後退するノエリアの軍に、彼女自身が尋常でない早さで合流出来たのは、クローゼの配慮と意向もあるが、帝国領域を疾走して彼女を引いた、ラルフの風によってであった。
それによって、帝国領の街の半数を無くして、帝都が最前線になり軍も壊滅的で皇帝以下主要な者の生死も不明――そんな事態は最悪になりながらも、帝都を確保して臣民を後方へ逃がす事が出来ていた。
その上で、西方域のエルフの旅団が助力として帝都領内に入り、彼女自身の直属の騎兵と彼女の軍一部と合流していた。……それを遊撃に使い、帝都の城壁に寄ってノエリアは、魔王の軍に抵抗していた。
敗走し戦線から後退した残存兵も、ノエリアの遊撃軍が各所に拠点とする街で、僅かなながらその戦意を戻していた、と言った所になる。
「竜伯爵が言っていた、月刻は簡単な期間では無い。それでも、希望が無い戦いではないのは、救いだ。申し訳ないが、今暫く、ラルフ殿には助力を願いたい。頼む……」
「あっ、いや、止めて下さい。貴女が頭を下げる事はない。『人智の為の助力』は父王の……いや、エルフの総意。それにクローゼ・ベルグも全力で助力すると言っていたでしょう。ならば我らも全力で」
「ありがとう。感謝する」
凛とした彼女が一瞬やわらかさを見せて、ラルフに瞳をあわせていた。何故かはにかむラルフに、颶風の男女は視線を合わせて笑みを含んでいた……。
城壁を攻略するのに各々の思惑が交錯するのだろうが、例え魔解の王が戦線に復帰しても、見解通りに簡単には行かないと思われる。
叩き壊すなら、魔王の前で力を誇示するインバルスでも足らないだろう。やはり、魔王本人のやる気次第の所になる。
そう、晩餐会の場で、時折空間に視線を合わせて刻を費やす……そんな魔王オルゼクスの心一つと言う事であった。
誤字脱字失礼します。




