表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
13/204

十二~侯爵夫人 フェネ=ローラ~

 ・から見る視点では刹那的でも、クローゼである彼にしてみれば、少なくなかっただろう。


 演じる事と『自身が誰か』の問いを向ける彼は、クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア、また男爵としての自分を見る事に、殆んどを刻んできたのだから……。





 今この瞬間、向かい合い座るテーブル越しから、ヴァンダリアとして、また、男爵の爵位を通してでなく、『俺に』向けらた声と彼女を見みていた。


「以前に比べて柔らかくなりましたね」


 そう、明確に『俺に向け』言葉を続けて、フローラに優しくと話しかける。


「殿方と言うのは、そういうものです。今のは、クローゼ殿が悪いと思いますが、許して差し上げなさい」


「はい、お母様。……男爵、ゆるします」

「フローラ様。感謝致します」


 彼女達の言葉で、膝の上のフローラに、上から軽く頭を下げた。それに「宜しいです」と、フェネ=ローラ様は、フローラと俺にやさしい顔をする。


「始めて会った時は、可愛い弟が出来た様でした」


 そう言って、彼女は少し考える仕草をした。


「あの出来事の後に会った時は、私も余裕がありませんでしたが、貴方も酷くそんな様子でしたね」


 掛けられる言葉に相槌を打ちをして、その視線を受け入れる。


 ――だけど、その事は日記でしか知らない。


「それでも、その子に対して優しく接し頂いて、感謝しています」


 俺の膝の上のフローラを見ながら、彼女は暫く沈黙する。


「貴方が、私に初めて会った時。と言っておきます。記憶を無くしたと聞いていましたが、フローラに対する接し方は、以前と何ら変わらない様に思えました。勿論、あなたが嘘を付く様な人ではないとは、知っていました。それからの貴方を見ても『それ』は分かりました」


 フローラの大切さは、皆に聞かされていた。彼女との関係性もそうだった。


 特にレイナードからは、彼女が母親と同じ位俺の事を信頼しているのだから、お前が誰であれ『彼女を一番に思え、会えば必ず分かる筈たから』と念を押されたくらいだ。


「あれは、フローラ様を悲しませる事をしないようにと、皆に言われましたので。とった行動は、意図したものではありませんでしたが」


「そうですね。その時は驚きましたね。同じ光景を見るとは思っていませんでしたから。ですから、フローラは、今でも貴方の事情を知りませんよ」


 自分の事を話している、大好きな二人の会話が気になり始めたのか、フローラは皿にまだあるお菓子よりも、二人の顔を交互に見始めた。


「結果的に……」


 そう言いかけて、様子に気が付いていたフェネ=ローラ様はフローラを微笑みを見せる。そして、彼女にやさしく言い聞かせ、皆のところへと促していた。


 母親に言われたフローラが、返事をするより早く、フェネ=ローラ様の近くに控えていたセイバインの目配せで、回りの者が動いたのが分かる。


 元気な返事がして、膝の上のからフローラが降りたと同時に、オリヴィアが立ち上がり、自分の椅子を引いていたのが目に入った。


 侍女が持った皿と共に、フローラが隣のテーブルに歩いて行く。そして、目の前に入れたての紅茶が置かれ、フェネ=ローラ様が改めてを口にする。


「結果的に、あの子がヴァンダリアを継ぐ事になりました。父にも聞きましたが、王宮内でも色々あったようです」


 最近、よく彼女と話しをするようになっていた。ただ、それは当主と家臣という、主従のそれだった。『ヴァンダリアの男爵』を演じている自覚がある自分は、そういう会話になる。


 ――でも今は、何かが違う気がする。


「領内の皆も、それについては思うところもあると思いますが、よく助け従ってくれています」


 ――たんたんと話す彼女が、何を意図して話しているのか理解出来ない……。


「貴方も、心の内に含む処もあると思います」


 ――ああ、何だか分かった。距離感が違うんだ。どうしてなのか分からないが……だったら。


「当主様」と言葉の区切に、少し声を張った。それで、セイバインの殺意を一瞬感じる。


 ――恫喝じゃないからやめてくれ。


 フェネ=ローラ様も、そんな感じに受け取ったのか、机から若干距離をとった様な気がする。


 ――向こうのテーブルで楽しそうに話している、フローラには気付かれていない……よし。オリヴィアは……わかったよ、俺の負けだよ。


「男爵……何か?」


 彼女の怪訝な顔を見ながら思う。


 ――確かに呼び掛けた相手が二の句無しで、隣のテーブルをチラ見してたら、「何か?」 になるよな。


 と、座ったまま、服装を正し背筋を伸ばしてみる。


「申し訳ないのですが、心の内に何かを含ませるほど、取り戻せていませんので。他意など持ちようがありません」


 戸惑い気味の彼女と、その後ろを少し無視して「ヴァンダリアとして」と言葉を続ける。


 ――これはある意味ヤバそうな線を越える。思い違いで無いこと祈る。


「いいえ、ヴァンダリアとしてと言うか、フローラの侯爵位襲爵に、異を唱える者など一人もいませんよ。……仮にいたとしても、うちのレイナードが黙っていませんし、少なくともそんな思いの連中も、一個中隊では足りませんから」


 言い終わって。反応が無い事に、若干不安を感じた。やってしまった感が強い。少し軽口を聞いた事を後悔する。

 彼女に名前や爵位で呼ばれなかった事と、あなたと呼ばれ事。話しの流れ。媚びられたか、信頼されたかのどちらかだ、と。


 ――どうしてそう思った? 何を分かった様な気になっていたのか? 本棚にある、英雄譚の物語なら読み通りで、主君の心をしっかり掴む処なんだが………。



「貴方は誰ですか?」


 多分やってしまった、という顔をしていたのだろう。笑顔でと言うよりも半分笑いながら、彼女が問い掛けてきた。


「クローゼ・ベルグです。一応、ヴァンダリアで男爵の爵位もあります」


「フフフ」と声を漏らして、笑顔を作るフェネ=ローラ様の問いに、真顔で答えてみる。


 どうせ、都合良く相手の心情など分かる訳ないのだ。信頼されたと思って、ヴァンダリア男爵を演じるのを止めたみた結果が「誰ですか? 」って……。


 ――黙って頷いておけば良かった。


 そう思って前を向くと、目線の先の彼女は既に笑っていた。まあ、釣られてこっちも笑う事にする。


「知っています。そうですね。ですが、本当に貴方が、あのクローゼ殿とは思えません。まるで別人ですね」


「同感です。正直、自分が誰だか分かりません」


 彼女の意見に、同意する形で応えた。それで、笑いを隠そうともしない、目の前にいる女性が案外普通に見える。それは、初めてみた顔だと思う。ただ、違和感無いのは、フローラの母親だからだろう。


 笑われたといっても、馬鹿にされた訳では無いのはわかる。どちらかと言うと、得意気に話す子供を見る感じに近い。当然、周囲の視線を受けるのは、もう馴れたものだった。


 ――やらかしついでに、行ける処までいこうか。


 愛想笑いを止めて、普通にもどる。()れが普通の自分か分からないけれど。


「分からないついでに、ひとつ宜しいですか」


 空気感が変わったのを察したのだろう。いつもの侯爵夫人に戻る彼女がみえる。それで、「どうぞ」促されて意を決して言葉にする。


「呼び掛けの言葉が少し変わられた。今の私が、信頼を勝ち取ったと思って宜しいですか?」


 彼女の本意は分からない。だから、根本的な疑問だけを口にした。他意などない、信頼して貰えるならそれでいい。この流れで、思い違いならそれまでだ。


 そう考えていると、フェネ=ローラ様が、今度は本当の意味で笑顔を向けてきた。――と思う。


「クローゼ殿。少し失礼しました。笑いに他意はありません。回りくどい言い方をしてしまって申し訳ないですね。ただ、話している時の貴方の顔が、あの子にそっくりだったので、思わずという事です」


「あの子」と言った、フローラを見る彼女の顔がやさしい。元々整った顔が、女性らしさと母性が相まって至極美しく見える。


 それに、似ていたと言われた事については、悪い気はしない。周りも言われるし、普通に顔の作りが似てるのだから。


「今の貴方は、それに足る人だと理解しています。先ほどの質問の答えと受け取ってください。飾らず、今のままの貴方をこれからも頼りにします」

 

「ありがとうございます。これからは、男爵を演じるのは止めておきます。疲れますので」


「では、私そうする事にしますね。貴方の意見がヴァンダリアの総意なら、もう少し肩の荷を下ろすとします。ヴァンダリア屈指の剣士、レイナード殿があの子の為にそうしてくださるなら、あの子の事も安心でしょう」


「それに、ヴァンダリアの当主も疲れますの」


 そう言って他愛のない会話を俺と続けた。セイバインの気配が、消えた気がする。あの男を怒らせるのは止めようと思う。――恐いから。


 後の話しは早かった。俺自身が言葉を選ばなかったのと深く考えて無かったからだろう。「それじゃあ」ではないけど、最後に色々と残してくれた前の俺にプレゼントをしよう。


 ――そう最後に。


「フェネ=ローラ様。ひとつお願いがあります。出会って弟だと思ってくれた、前の私からの願いだと思ってくれればと思います。彼には、たくさんのものを残して貰ったので」


 少し変わった言い回しに、動じる事なく彼女は、俺を見つめていた。


「どうぞ、できる事なら叶えましょう」

「義姉上と呼ばせて頂きたい」


 そう告げて、俺がクローゼの日記と呼ぶものについて話をしていく。


 彼が彼女の事を書くとき『姉上』と記していた事。自分の出生を踏まえての彼の気持ちと。大好きで、無償の愛情をくれた兄への思いと、その横でやさしい眼差しで立つ貴女の事。

 そして、フローラの事。幸せな気持ちが膨らんでいた事。


 そして、あの出来事の事。


「私が彼を取り戻した時に、誇りたいのです。それに、私も素直に貴女の事をそう思えます」


 フローラの楽しげな話し声と、周囲の歓談が続く中、俺は彼女に語った。聞いていたのは彼女と、その影だけだと思う。


「他人事の様に話すのは、許してください」

 

 最後にそう締めくくった俺に、時折頷きなから聞いていた彼女が、声を返してくれた。


「貴方は貴方だったのですね。……わかりました私もそう思う事にします」


 そう言って、セイバインに目の前の皿とカップを下げる様にと指示していた。

 彼がその場を離れると、彼女は椅子から少し身体を浮かせて、俺の方との距離を詰める感じに、僅かに唇を動かした。


「母親と言う選択肢もありますよ」


 ――えっ。


「あの子を娶ってくださればそうなりますね」

「えっ、いやフローラは姪ですしそれに……」


 ――姪だし。「王宮や貴族社会じゃ良くあること」ですか? ……えっ「あの子も喜びますよ」って。「まだ五歳ですから」いや、義姉じゃなくて、母上って……。


 あからさまに動揺する俺から、彼女は距離をとり、椅子を引いて深く座っていった。

 そして、両方の肘をついて手を組み、軽く顎を乗せ、そのまま此方を見つめている。


 その表情は、ちょっと言葉では表せない。でも、何故か嬉しそうだった。


「なら、父親と言う選択肢はどうでしょう?」


 唐突に、俺にしか聴こえ無い声で告げられた一言に、絶句する。


 ――はっ? えっ? うほっ! 駄目だ。頭がついていかない。多分、俺、物凄い顔をしているんだろう。


 動揺の中で、セイバインが定位置戻ろうと歩いて来るのが見えた。それに合わせる感じに、彼女が戻るのも感じられる。


「最後のは冗談ですが、あの子の事はヴァンダリアにとって選択肢のひとつです。心に止めておいでください。……有意義でした。これからも頼りにします。たまには、こんな事も言わないと、ヴァンダリアの当主は疲れますから」


 舌を軽くだす仕草をして、本当にいつもの侯爵夫人に戻った彼女を見て「こんな事をする人なんだ」と呟やいてしまった。

 自覚のある困惑の俺を「当主様」と言うセイバインの声が引き戻していく。


「セレスタ様が、火急の件が御有りになるとの事で御見えになっております」


 それにフェネ=ローラ様は「宜しいです。通しなさい」と言って、セイバインに促しを見せていた。


 ――そして、俺は「セレスタ?」となった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ