弐~特異なるも所詮は人智なり~
様々に流れる物語の中で、その基点と成りうるクローゼが、王を含めて多数の前で御前試合をしているのは何も遊びでは無かった。魔王の動きの停滞。魔解の王なる魔族の率いる三軍の出現の情報を、クローゼがもたらした事によってになる。
その為、現在王国軍の再編成に併せて王国全土に、「腕に覚えのある者」の参集を促す布告が出されて、暁の商会の階級の高い冒険者にはクローゼも声を掛けていた。
当然、ゴルダルード帝国においても、魔解に通じる穴を塞ぐ結界の魔動機器による一連の作業が終われば、同様の対応が取られる事になっていた。
勿論、それによって、竜伯付きのフローリッヒの家名も功績を上げたのは言うまでもない。当然、クローゼに対する反発もあるが、それを差し引いても民衆の称賛は多かった。
――これは、あの立ち話の延長にある事になる。併せて、エルフの国との国交が成立が皇帝の権勢の側面を補完する。そして、新たに名を受けた皇帝の牙騎士達による、国内の情勢不安の解消が 上手く行った事も要因であった。――国交については、単純に精霊の王の権威は別格であったと民衆も理解したようであった。
そして、王国としては、もう一つの大きな隣国であるエルデダール王国にも使者を出していた、となる。
その状況下で、クローゼは六剱の二人との立ち合い。発揮抑制状態の中で魔方陣の煌めきを伴い、彼等の剣を叩き落とすに至っていた。――勇傑なりを御しつつあるクローゼが、その領域の瞬間的行使によってである。
ただ、現状だけをみれば、クローゼより明らかに小さい極獣闘士のクアナに打ち負けていた。……いや、単純に殴るられている光景であった。……極端な対比で言えば、クローゼの半分以下に見えるクアナが、絶え間なく動いてクローゼを殴っていた。
しかし、彼の目の前の俊敏なクアナより、単純な捌きや速さではクリフが勝り、攻撃の鋭さや速度ではネビルが上回っていた。
「おまっ、そこで身体入れ替――ぐふぅ」
「にゃは。痛い痛い? 」
行きなりで仕掛けるクローゼに、クアナは前後に出入りする動きで打撃を与えていた。クローゼの身体に拳が通るのは彼にも理解出来たが、変則的な動きのクアナを捕らえきれていなかった。
初めから、打撃を入れた後クローゼの剣外にすぐ様引く。その躊躇の無さがクアナには見えていた。そして、取った距離で加速して打撃を入れる。単純な繰り返しになる。
距離を取った一瞬の対峙に、クアナは視線でクローゼを誘導し促す様に行き先をチラ見する。目で追える彼は、逆にその場で待ち構えてしまう。その場で出される剣筋から、クアナは瞬時に体制を変則的な動きで変えて加速する剣を誘い――交わしていた。
「まっ、た――だはぁ」
彼が崩した体制をクアナ自身は、一連の流れの様に――クローゼの腰辺りに――地面を蹴った勢いて殴りそのまま後ろに飛んでいた。
そして、目線が合うと繰り返しになる。逆に、予測を入れるとそのままに。待ちに徹すると動く瞬間が分かるのか――高速の剣撃は空を切っていく。そして、硬い所を的確に外した打撃を受けていた。
クローゼの最終防護線の発揮がなく、クアナの拳が何故届くのかは、彼が「ちょっと遊ぼうか」と言ったのに対して、彼女がただ当てるに終始する純粋さを見せたのだろうと彼にはその認識があった……
「とっ、待った――取り敢えず、終わり! 」
「ふぅぅ。――終わり終わり? 」
言葉の前に、良いところに貰ったクローゼは、身体の問題の前に少し折れた感じになった。そのまま膝を付く様子で、手にした剣と両手を地面に併せていく。
「クローゼもっと遊べるよ。クアナ平気平気。……でもクローゼは痛い痛いなのか? 」
「……ちょっと休憩。……でも、何で飛び込んでくる途中で向きが変わるんだ? 」
その状況に、少なくない声が周りから聞こえていた。そこから見た光景は、それまで何人も……六剱すら退けた男が小さな女の子に見据えられている感じになる。
クローゼの言葉に、僅かに視線を上げて彼女は考える仕草をみせていた。相変わらず、見上げるクローゼの視線にそれが映っていた。
「うーん。変えてないない。そのまま。そのまま……だよ。」
――いや、いきなり、身体抱え込んで回転して向き変えただろ。
「クローゼ、クアナは変えてないないだよ。初めからから……思った通りだよ」
クローゼの問いともれた声に、困った表情をクアナがしていた。彼の言葉をクアナが理解する前に、アーヴェントの声が掛かってくる。
「クローゼ。どうだ? ラーガラル最強は? 」
アーヴェントは「あの者は危険です」と、うるさい側近達を上に残して、オーウェンと共にローランドを連れて下に降りてきた。その流れのまま袖の天幕から、六剱の騎士を引き連れてその場まで来ていた。
クローゼはその声で立ち上がり、その場景から向こう側の自身に近い者のいる場所も視界に入れる。そこは、先程のレイナードの時の様な感じではなく冷静な雰囲気だった。
ただ、クアナを連れてきたジーアは別の感じに喜んでおり、ウルジェラはあの女性の表情で微かににやけていた。
――何だよ。どう見てもボコられてたろ。……まあ、最後のは自分が悪いけど、たいしてダメージ無いからな。そう言う事か……でも、あの二人はなんだ。
そう思い、更に上を見るとい並ぶ感じの列にある、魔導師の中でベイカーのにやけた表情が――見えないが、クローゼには分った気がしていた。
――うわぁー。絶対笑ってるあの人……まあ、あれだ、ちょっと冷静になろ。
「見たままです。翻弄されました。飛び込んでくる途中で変わるのは驚きました」
膝を払い姿勢を正して、軽い口調でクローゼはアーヴェントに返していく。何か引っかかったのか、アーヴェントは僅かに首を動かしていた。
「カレン。どういう事だ? 」
「クアナ殿の軌道がいきなり変わった様に、彼には見えていた。と言う事ではと思われます」
「あっ、えっ……」
何故か、クローゼとアーヴェントは顔を見合わせる感じになっていた。カレンは、きょとんとするクアナを見て言葉を続けていく。
「簡単に言うと、彼は『行く気』が見える感じではと思います。あの二人の後で、クアナ殿の動きが彼は『遅く感じた』と見えましたが、それで『行く気』がでて、クアナ殿に読まれたのではないかと」
「端からクアナは、クローゼの動きを見越して試合った。と言う事か? 」
頷きを返すカレンに、クローゼ怪訝の表情で僅かに声を押さえていた。カレンの感覚で言えば、魔体流動の動きがある以上人の動きと魔力はきりはなせない。剣技の動きからも言える事であるのだが、行動を起こせば魔体流動も動く、その事になる。
それをクアナは読んでクローゼの次の行動を予測した……いや、感覚的に見たと言う事であった。
おおよその感じでは、後からその場にきたクローゼに近い者達も加わってその認識が共有される。
「僕らも、あの魔方陣がなければ当てれて……」
「確かにそうやもしれんな」
「まああれだな」
「えっ、クアナちゃんも見えるの」
「閣下は……――ある意味だだ漏れな……――」
「クローゼ。大丈夫です」
「気にしないで。私は見ませんから」
「静かに、陛下の御前です。自重なさい」
一応に、初めから自重しているヘルミーネの顔と周りの声が、クローゼに聞こえ無さそうでそのまま入っていた。勿論、シオンが言うようにアーヴェントの前であるが、彼はあまりその事に拘りが無いようであった。
アーヴェントはオーウェンを手招きして、耳打ちをしてその場で声を出していく。表情も含めて、上機嫌なのは間違いなかった。
「此度はこの辺りにしておこう。今回は、盟約を結ぶラーガラルのクアナ殿の強さが目立ったのは、この時勢では頼もしい事だな」
視線を向けられた、何故か既にジーアの前に移動していたクアナがジーアに囁かれて、アーヴェントに向かい会釈をした。
「国王陛下。……お言葉、頂き、感謝致します……ぅぅ」
辿々しく謝意を向けたクアナは、レニエからセレスタに視線を動かして、見上げる感じにジーアを見て彼女達から微笑みを受け取っていた。
クアナを、ラーガラルから預かった形のクローゼは、「おおっ」と言う感じを見せていた。これで、フローラの三つ上というのが、末恐ろしさを感じさせる。成り行きで参加したあの戦では、帝国兵を直接、手にかけていないのが特筆すべきであった。
「クアナ。こちらが感謝する方だ。『危険だ、危険だ』言っていた者達が唖然としていた。その辺りは助かったな。これでわかったと思うが、怪異な者でも積み重ねで勝る事もやり様もあると言う事だ」
「化け物って、陛下それは……。でも、レイナードどういう事だ」
納得の感じに向かったその場で、「良い良い? 」とクアナの声に重なる様に、クローゼだけは納得出来ていない様な雰囲気をだしていた。問いかけられたレイナードが状況を気にする感じに、アーヴェントが促しを表していた。
「……まあ、あれだ。丸分かりだな。後で詳しく教えてやる」
「なんだよそれ」の出した言葉に、オーウェンがアーヴェントに耳打ちする感じをクローゼは見て、相変わらずのそのままさを出してレニエの眉を動かしていた。
「陛下。何ですか? 」
難しい顔のアーヴェントに、当たり前に出たクローゼの言葉。場景にオーウェンも苦笑いを見せて、シオンの手が「プルプル」しているのにも、彼は同様に向けていた。
「まあ、良いだろ。オーウェン教えてやれ」
「御意に……」
オーウェンは一瞬、レニエを気にする感じで言葉に間を開けていた。
「先ずは、火急だと言う事だ。外務卿がこの場に使いを寄越したのを考慮して聞いてほしい。ヴァンリーフ卿の手に余る案件だ……」
そう前置きをして、オーウェンから出た言葉はエルデダール王国よりの使者の話であった。この件に付いては、時間的にイグラルード側が意図したそれではなかった。ただ、クローゼの指示でレニエが掴んでおり、驚きを伴う物ではなかった。
続いて出てきたのは、クローゼの目当ての人物。中央龍翼神聖霊教会の「龍の巫女」アウロラの名であった。クローゼは、帝国の影の者に彼女の動向を探らせていた。勿論、自身の母親である、クロセサキについての情報を得る為だった。
――彼のいう捨てられ系の召喚者がらみである。
レニエがそれを行う上で、ヴァンリーフを使ったのはエルデダールに彼らを送り込むのに必要であった。その為、グランザはその経緯の上で情報をつかんでいた。勿論、通信用魔動器の普及の遅れている所に、たまたまクローゼが馬車を送り込んだ為になる。
ここまでは、エルデダールの意図を除く動向はグランザの手中にあった。しかし、アウロラが示した言動がグランザを飛び越えたと言う事になる。
「……龍の巫女が、『勇者を導いてきた』と言ったそうだ。取り敢えず、第一区画の迎賓館に留まって貰っているとの事。以後の対処は如何に? というわけだ。クローゼ殿」
「なんで、ここに? 自分とこにいけば良いだろ」
「竜伯爵、陛下の御前だ。――言動に気をつけろ! 」
聖騎士の称号が、王国において特別なのをシオンは実証していた。騎士の彼女が、明らかに爵位が上のクローゼに諫言ではなく叱咤をぶつけて見せたからになる。
当然の様に「いっ」となったクローゼ。……ただ、オーウェンの話の後の「唐突」に向けた物とも言えなくもないが。
「シオン、彼は良い。卿の忠節は受け取っておくが、まあ、余……いや、私もそう思う」
「恐れながら、節度は必要かと……」
言葉を続けようとしたシオンは、クローゼの上げるて手をオーウェンの視線で感じて、見るからに当惑の表情を向けていた。当然、セレスタもレニエもそんな感じになっていた。
「クローゼ・ベルグ? 何を」
「あっ、いや、シオンが『言動』に気を付けろと言ったから、一応、『話したいです』の感じで」
真顔のずれた感じのそれに、流石のシオンも呆然とする。勿論、当惑な感じを向けた残りの二人もであった。若干、独特な空気が流れて雰囲気か微妙になった。
会話自体は、遠巻きにする御前試合の関係者には聞こえないが、雰囲気は伝わる物である。何と無くその場にそれが波及していた。それが、アーヴェントの呆れる感じの笑いで一変する。
「はははは、なかなか理解させて貰えん様だな。クローゼ話すがいい、だが、難しい判断が必要だぞ。この場では彼女の範疇ではないかと思ったが、やる気だな面白い」
立ち直る流れから、レニエの無難な柔らかい返しを受けたアーヴェントは、言葉通りの雰囲気でクローゼを見て行く。当然、勇者と断定された者に、王を害された国である。別の意味でも、難しい事には違いなかった……
あからさまに、クローゼにとっては興味のある話である。自身の王の言葉にもある様にやる気であった。ただし、この場合は何も考えていない訳でなかったといえる。当たり前に手を上げる前から考えていた。
――仮に……いや、あの人が入れるなら全く偽物ってことはない。使者は本物だろうな。なら、龍の巫女もそれなり。そう考えると勇者を名乗れる奴がいるんだろうな、召喚者とか。なら試せばいい、本物なら願ったりだし偽者なら、まあ、あれだな。
……彼の思考はこの辺りになる。単純に端からやる気なのだろう。
「色んな意味で、この場に来て頂けばいいのではないのですか。これだけの者があるのですから、紛れはないかと思います。それに、人智の大事でこの場なので『勇者』と言う者が本物なら、我らの覚悟を見てもらうのに丁度良いですし」
最もらしい言いぐさで、クローゼの懸念と好奇心がそのまま言葉になっていた。期待のそれも当たり前に有りはする。そんな様子になる。
言ってしまえは、召喚者が二人に、王国最強剣士があって六剱の騎士が揃い、皇帝の牙騎士の一人すらある。
加えて、選抜した王国騎士が多数に魔導師が五人。彼女達とクアナを除いても、そこに自身があった。
「言うと思った――あっ。いえ、あの、これはそのそう言う、えっ……申し訳ありません。……陛下」
セレスタの背中にレニエの手が掛かるまで、思わずでたそれが続いていた。それに、多少の驚きをアーヴェントは見せたが片手を軽くセレスタに向けていた。
「クローゼ。やる気の意味が違うぞ。私は難しい判断を積極的に意見するのだな。のつもりだったのだが、お前の言は『端からヤル気満々』だぞ」
「お伝えしたとおり、魔王に準魔王。それに魔解の王とか偽の勇者まで。それに続く眷属神にそこの獄属に行き着くなら何でもありです。正式な物で見抜く事が出来ず、そこにそんな輩が混ざっていてもおかしく無いです。それで、本物なら願ったりですから……」
――大体、前例があるんだし。それに、勇者ならいちいち来なくても、魔王倒しに行けよ。……まさかこれから経験値稼いで強くなるとか? そんなの話にならんけど。
出した言葉の後に続く思考。それをまとめて、クローゼ得意の全力片膝跪きに行き着く。
「『王国の盾』の称号とヴァンダリアの名にかけて、我が王は必ず御守り致します。紛れが有るならいずれでも同じ事。ならば、体裁を持てるこの場で『勇者殿に我らの覚悟を御見せする』その一点、陛下の御裁可を」
グランザの懸念もアーヴェントは理解した上で、クローゼの行動に自身が引いているのを感じていた。――分からぬでもないが……の思いの先で、クローゼに並ぶ二つの「ヤル気満々」の膝を付く姿が王たる彼に見えてきた。それは、ネビルとクリフの二人である。
「陛下。いえ、我が王。もしも、よもやがあるのなら六剱の騎士の名にかけて必ずや……」
「陛下。我らに雪辱の機会を」
「貴方達の言は、既にその前提ではないか。何故、唐突にその方向に飛躍するのだ!」
クローゼに煽られた感じの二人に、シオンは呆れ過ぎた表情を向けていた。ただ、期待すら見えるそれが、シオンにも理解は出来ていたのではある。
「雰囲気」と言う言葉がそこに見えるなら、それは「その場に魔王が来るほどの勢い」と振り仮名がふってあった事だろう。それほどの覚悟があったとも言える。
その偏りに、アーヴェントも自身の後ろにあるオーウェンに振り返っていた。決断出来ないのではなく形だけでもそうすべきだと……いや、「する」と彼が唯一同意を求めて、その頷きが支えに出来る男のそれを見ていた。
確信に続く頷きを得て、アーヴェントはその先に手を上げるウルジェラの姿をとらえていた。王たる彼と従属者となった神の眷属の視線が合わさっている。そんなの一瞬の刻の間であった。
「発言したい場合は、こうすれば良いのか」
その言葉に「ちょ、おまっ」と彼女の支配者の言葉。それを遮る支配者たるクローゼの「我が王」の片手が上がる。王は振り向きもせず、その怪異な男の動きを制した。
「先程は許したな」
王の言動で、彼らの間に首飾りの騎士が入り、真紅乃剱が並んできた。しかし、それすらアーヴェントは制していく。認識は首輪である。当たり前にそれを彼は信じていた。
「話せば良かろう。遠慮はするな、クローゼが駄目だと言っても私が許す。良いな、竜伯爵文句はあるまい」
「王命なれば」
「なるほど。……ならば一つ、そのアウロラと言う龍の巫女だが、神具の欠片を持つ者だ。勿論、使えるではなく持つ者と言う事だぞ」
共通の認識はクローゼの基準であった。彼の学術と魔術の師マーリア・ジュエラは、ロンドベルグに来ていた……。その上で、若干の動揺の中でクローゼが空気を読んだと認識されたかは別に、そのまま声にだしていた。
「どういう事だ? 」
「そう言う事だ」
ウルジェラの答えに、「はぁ?」と顔に書かれた様なクローゼの表情が向けられていた。




