壱~魔解の王。始まりの刻~
イグラルード王国、王都ロンドベルグ。その双翼の闘技場で、王国を中心と成す人々が見守る中。乱舞する二人の黒の六楯があった。
かなりの間――高速の斬擊を捌く、双剣が奏でる金属音と連続する火花が、見るも者の呼吸を忘れさせていた。時折、煌めく魔方陣のそれに「くっそっ」と声が乗るその情景があった。
「うほっ、これで剣技無しなのか――」
既に、全開の見えるレイナードの剣勢の連擊を、瞬間的な速度と高速な剣筋をも見極める目で、クローゼは捌いて見せていた。
感覚の違いで声を出すクローゼに、レイナードは無言の集中力を返していく。僅かに攻めに出れないクローゼは、瞬間的に魔装甲楯鱗を起動して、その構造で、自らの走らせる剣と身体を加速させた。
それで、逸らしていたレイナードの剣を弾き、自らの剣内に踏み込んで――渾身の二連擊を浴びせていく。しかし、立ち会っていたカレンが瞬間的に動き出すより早く、レイナードの切り返しがクローゼの双剣を弾く。その続けざまの一太刀が、クローゼの胴体を捉えかの……その瞬間をクローゼ自身は自らの目で見ていた。
一瞬、見誤まったカレンが、クローゼを逸らそうとした手が掛かる僅か前に、レイナードの止めれない太刀筋が、魔方陣の発揮を抑制するクローゼを捉えて弾き飛ばしていた。
そのまま飛ばされるクローゼが、かなりの距離を飛んで落ち転がる場景が、その場を突き抜けていた。見送る二人の驚愕と周りの絶句から……悲鳴に続く。その一連があった。
駆け寄る光景と掛かる声。それが騒然な様相になる。そして、動揺なのか動けないレイナードを置いて、カレンがクローゼにたどり着いたその時、唐突に、クローゼは立ち上がり起き抜けにレイナードを指差していた。
「今、今の剣技だろ!……あっ、な、カレン。だよな。剣技だな、よし」
「――直撃だったのでは」
「クローゼ――」
駆け寄る何人かを気にすることなく、クローゼは砂にまみれ、土がついた感じのまま、レイナードに何故か「やってやった」の感じをだしていた。それを見るカレンが、安堵からか呆れた顔をそれに向けていた。
「大丈夫。……なのよね」
「ああ、大丈夫だ。よし、使わせてやったぞ」
次にたどり着いたセレスタが、クローゼの身体をいたわる感じに見ているに、彼は、どこか興奮気味にそう返していた。そして、魔力を通していく彼女は、装備の一部が盛り上がっているのを見つける事になる。
「お前も使っただろ」
「お前が強いからだろ。こっちはありだ」
「四十八だからな」
「百までには、素で勝つからな」
「ああ、期待しとく」
「よし。……まあ、負けだけどな」
何と無く、いつもの感じとは違う雰囲気だが、クローゼとレイナードの言葉の感じは同じだった。レニエがドレスで立ち会ったのを後悔して、クローゼの身体の埃を払いなが「無茶はしないでください」と告げた辺りで、試合の勝敗が明確になっていた。
「陛下。あの者は人ですか?」
「こんな感じを見るのは二度目だな。あの時の二人より強烈だったな」
「流石に、あの者は危険ではありませんか……」
アーヴェントの側近の者の言葉には、驚きと懸念が伴っていた。ただ、王たる彼自身は冷静である。建前の上では、全力の御前試合なのだった。勿論、ローランドは当たり前の顔で、アーヴェントの後ろに立っていた。ただ、多少驚いた表情に見なくも無かった。
一応の流れで、クローゼは極光樹の地からの一連を献身的にこなして、王都に帰還していた。
大まかな所では、状況の悪化からのクーベンの情勢を配慮して、大型の転位型魔装具を使い、颶風の二人と手練れのエルフの戦士の一部を送り届け士気を高めた。
また、ノエリアには、彼自身の負い目からか最大限の支援を約束して、最短距離であるエルフの領域を帰路として手配していた、となる。
その経緯について「語る」のもであるが、まずは、何故クローゼがレイナードに吹き飛ばされたかについてだろう。それは、パルデギアード帝国の敗戦の経緯が大きいと言えた。
対魔王と言う点で言えば、選択肢として最精鋭の軍による魔族の押さえに、大軍による魔物の掃討が主軸になる。事前の結果どうであれ、そうならざるおえない。この場合、魔王が想像以上であるのが些かではあるのだが……
その上で、最善を尽くすのに、王国軍内の再編をおこなっていた。その為、それ相応の者らが選抜されて集まっていたとなる。それをエストニアとの国境に展開していた、第二軍第三軍が第八軍と交代して、王都近郊に戻ったのに併せて行われていた。
「僕が、止めに入った方がよかったかもな」
「速さだけでは止められない。貴方程度なら、掴んでおしまいが良いところだ」
「相変わらず、シオンは厳しいな。僕達だって、国境で遊んでた訳じゃないよ」
「あれが遊んでないなら、何が遊びか分からんぞ」
「やめてくれ、ネビルが言うと本気に聞こえるから」
当然、この場に六剱の騎士がいない訳もなく、現状四人なった残りの二人がエストニアの国境から戻っていた。
シオンに、力が弱いと思われている「僕」と自身を称している小柄な栗色の髪の男が、翠緑乃剣クリフ・レッドメインといい、その彼に「ネビル」と呼ばれたのが、紫電乃剣ネビル = オルムステットで長身で短い黒髪の男であった。
どちらも、騎士と言われなければ、そうとは分からない雰囲気であった。クリフは、騎士と云うよりも、商人といった様子で、ネビルは無骨な風貌が先にたつ感じであった。
「まあ、確かに……彼には、敵討ちをして貰ったからあれだけど。魔王と闘えるのは自分達だけな感じが。もう、あれだな」
「流石に、今のを見るとそれまでの相手が余興にもならん。時折行った魔物の感じでも、あれほどは」
彼らは、勇者カイムの件で、その場に居なかった事を悔やんでいた。僚友であり、上官だった彼らの死は騙し討ちと足手まといの末での事だと認識していた。……決して公言はすることはなかったが。
「カレン。次は立ち会わなくて良いのかい」
「あの二人以外は、私でなくても大丈夫なのでは」
「何故遅れたのだ? 貴女らしくもない」
シオンの言葉には、カレンも一瞬考える仕草をしていた。嫌みを言われた訳ではないのは理解していたようだが、単純に何故なのかで止まっていた。
「……あの時まで、助ける側はクローゼだと思っていた、あの瞬間……見間違えたのでは、と思う」
「ならば、あの話も嘘ではないのだな……」
二人の会話に、怪訝を向ける残る二人の六剱の男は、シオンから、西方域の干渉地帯の話題を耳にすることになった……。一応に「次は誰だ。全力でいいぞ」と今日の御前試合の受け役である、クローゼのそんな言葉を聞きながらである。
勿論、本来なら「六剱」の彼等がその役であるのは言うまでもない。ただ、またまたクローゼがいた。カレンの全力を受けれるその男が、適任であるのは明白であった。言ってしまえは、魔族の力を知る男であった。
「僕がやる前に、あの彼が『魔王』みたいな奴だって話必要だったのか?」
歩き出しながら、「まあ、やるけどさ」そう言いってクリフな肩を揺らしていた。彼がどうであるかは別に、クローゼがそうであると認識させた事実に、一番「憤り」を感じているのは、魔解大公なるミールレスだっただろう。間違いなく……
……その、一連の事実の対の側。魔解大公ミールレスは、拠点としている城塞都市 ランヘルの屋敷の一室で、背中を椅子に預けて受けた報告の始終を噛み砕ていた。
配下に任せた為に人智の人に後れを取り、あまつさえ追撃を許した事で多数を失い、魔族として、魔解最大の勢力としての力と権威を失墜した。そんな状況をである。
併せて、オルゼクスが放った強大な魔力によって、あの場に魔解に通じる強大な穴が開いた。そこから、魔解においてミールレスに敵対していた「魔解の王」を自称する魔族の幾つかが、その重い腰を上げて人智に現れた事も、であった。
更にそれらが、あろう事か魔王オルゼクスに膝を付いたとの報告を、目の前にある焦げ茶色のフードの二人から彼は受けていたのだった。
そして、最悪な事に、極光樹の地の一連で、彼の思う事が潰えたとその事実さえ突き付けられていた。
「間違いではないのか」
「間違いごさいませんな」
「……にわかには信じれんが、虚栄に靡かぬ奴らがそうならば、魔王の話も嘘では無いのだな」
虚無なる無獄は、言葉の主の表情を見る事なくそれを肯定していた。そして、続けて「見たまま」と言わんばかりに場景を述べて、あざとい懸念を向けていく。
「あの三者が、各々にオルゼクスの前に立ち。それ相応に、膝を屈したとの様です。その忠誠の証として、各々が引き連れた魔解の軍をもって、人智を切り取っております故。ミールレス様も後れを取るのは如何な物かと。魔解より続く者に懸念が……」
「戯れ言を。私を、真の魔王だと言ったのはお前だろう。後れがどうのと、何を今さらだ。それに、精霊王の件も出来ぬでは話にならんぞ」
冷ややかな雰囲気にも見えるミールレスに、虚無なる無獄冷ややかな雰囲気を出して、僅かに顎を上げていた。
「我らの言に確証など。……魔族なら『力』で示す物では? 。それに、ミールレス様をこの様な事態に向けた人智の者の件は、魔王様に報告すべきでは。宜しければ、我がユーベンに赴きますが」
「『様』などと貴様は。約定も果たせぬのに、ぬけぬけとよくも言えたものだ」
「失敗したのは、ウルジェラ。我ではありませぬ。ゆえに、その件は関係ありませんな。それに、魔解部衆に列なるを屠ったその者。魔王の再びな虚無感の払拭に役立つ……または、勇者の類いやも知れませんな」
魔解大公なるミールレスの結果的な失策に、ヴァニタスは今までとは違う言動と雰囲気を見せていた。それに傲然たる豪獄が「……風情が……」の呟きを見せる。
「アロギャン。永劫に飽きたと見えるな。我が力示す糧となるか?」
ミールレスの言葉に、アロギャンが「ああっ?」となり、ヴァニタスの口がアロギャンに向けて「止め――」と動いた所で、ミールレスの腕の振りから伸びた、魔力の刃がアロギャンを貫いていた。
一歩も……指すら動かせず、アロギャンは自身を貫いたミールレスを、主の居なくなった椅子が音を立てて動くのに併せてみていた。
「アロギャン。また、暫く静養がいるな。……ヴァニタス、これでいいか?」
アロギャンの呻きとヴァニタスの絶句に、ミールレスの言葉が通って行った。反応出来ない二人に、ミールレスは続いて口角を上げていた。
「冠を持たぬ只の部衆など。……まあ、それしか御せぬゆえ自虐になるな。……父上から聞いていたオルゼクスが『思っていた通り』だったと言うことだ。訳もわからぬ年の頃の話だ。赦せ」
誰に向けてでもなく、発した言葉ともに「抜き放ち払う」が見えて、血飛沫が床を汚していた。うずくまるアロギャンと呆然のヴァニタスが、その場景の異質さを表していた。
「驚く事は無いだろう。真の魔王なら神の眷属ごとき、どうとでもなる。塵でなく残念だなアロギャン。さあ、ヴァニタス、虚栄をはって見せろ。誰が『様』だ?」
椅子に座り直したミールレスから、何かを見透かされ様にヴァニタスは感じでいた。自身を見つめる目が、ガルレス――ミールレスの父親――のそれと被っていく。
ミールレスの父親は、前回の魔王降臨に魔解よりオルゼクスの元に馳せ参じた、魔解の王の一人である。彼は、魔王に匹敵する力を持つと言われた、オルゼクスの片腕であった。
時折、魔解に戻り、ミールレスにオルゼクスの強さを話していた。ミールレスの言葉はその事になる。その為、オルゼクスが彼の事を「意に返さない」のは好きにさせているのであり、フリーダが「只の馬鹿者」と呼んだのは、ヴォルグに向ける感情に近いとなる。
余談であるが、ヴォルグが「馬鹿……」に拘るのは、フリーダの屈折した愛情表情によるものと言えるかもしれない。
そんな屈折した、魅惑的でしたたかなるフリーダ。その僚友であったガルレスは、彼の強さの為にヴァニタスの囁きに乗った彼の側近達によって担ぎ出される。無論、彼と魔王の間に付け入る隙があったか? と言えばそうではない。
だが、決定的な事象がおこる。それは、フリーダの死。――厳密に言えば消滅になる。
魔王とガルレスの現状に、彼女自身の体験から、獄属の暗躍に思案がおよび傲然たる豪獄と淫靡なる夢獄に行き着く。
実際に、突き止めたのはカルーラであった。アロギャンとウルジェラは意味合いが――破壊と誘惑と――違うそれで、人智に多くの痕跡を残していた。その為に、カルーラは探しあてる事ができた。
切っ掛けは、当時、まだ血の通っていたフリーダに囁いた獄属――妖艶なる羨獄。そのイルディラのフリーダに残る痕跡から辿った成果であった。
その状況に、危機感を募らせた虚無なる無獄が、アロギャンをそそのかして、結果的にフリーダは塵となる。
ただ、妖艶な女性であるフリーダも、神具の欠片を宿した不老不死の吸血鬼であった。それに、待機状態のクローゼにその発揮をさせる事なく――殺意の有り無しはあったが――気配すら感じさせず、彼の圏内に踏み込み程のオリジナルであった。
当時も、魔王の側近であった彼女を痕跡も無いような、正に消し去るなど魔王以外で出来るのは……。それが決定打となり、結果的にガルレスは神具に伐たれ、オルゼクスは封印されたとなった。
その経緯に虚無なる無獄が絡んだのは、ミールレスは一応は気が付いていない。ヴァニタスにはその認識があった……
……長い沈黙を見下すミールレスに、ヴァニタスは片膝をついて跪いていく。隣のアロギャンがまだそこに存在するのを感じてであった。
「はっ、覇気が。些かで、ありましたので、敢えて。正に、真たる魔王 ミールレス・インジニアム様」
「神の眷属たる言とは思えんな」
「元々、永劫な五体があるのみ。ゆえにそのままは、本位ではなく……」
「永劫が惜しいか? 。それと……アロギャン、いい加減に芝居はやめろ。大事な我が対価の扉の主だ。消しはせぬ」
死んだふりの体だったアロギャンは、その言葉で、起き上がり憮然とした感じを現していた。自身が与えた神具の欠片を持つそれに、いきなりを押し付けられて「感情」を理解した様にみえる。
傲慢な視線を向けるミールレスに、フードの奥の光を向けるアロギャンは、自身が触れた獄神の六体を思い直し、ミールレスの母親が自身を選んだ経緯のそれに触れていた……
……ガルレスが死に、魔解で大きな勢力だったミールレスのインジニアムは衰退する。主とおもだった者を人智で失えば当然であった。そこに、ガルレスからの「流れの暇潰し」でヴァニタスはつけこんだ。
そこでヴァニタスは、永劫の消化の為に焦げ茶色フードを演じていく。要するに、そう言う事になる。
魔力と言う点では、跡を継ぐミールレスもそれ相応の力があった。しかし、彼の母親の最大の懸念は、その優しさと謙虚さであった。魔族らしからぬそれは、ガルレスのいる間は弱い魔族を糾合するに利点であったが……。
そこで、またもやヴァニタスである。ミールレスの母親にアロギャンの傲慢さをみせて、対価として彼女に「永劫の死の生」を要求した。獄属の囁きである。
しかし、ミールレスの母親は、躊躇なくそれを受け入れて、ミールレスを説得した。それなりに刻を重ねて成人の体に成っていた彼は、それを猛烈に拒否をしていく……
……度重なる説得の果てに、彼に取っての対価は想像絶するものになり、いずれかの深層で「永劫の捕らわれの身」となった。神の眷属ですら狂喜か狂乱かの永劫を、ただただ「そこにある」の苦痛を受け入れいた、となる。
そして、ミールレス・インジニアムはその力を増大解放して、魔族らしい誇りと自尊心を得て魔解大公の座を手にし、この人智にあった。
そこまで、アロギャンは思いかえして、目の前のその蔑み見下す。……恐らくは『力』有る者のそれを見ていた。
「精霊王の風を纏えば、魔力がない空間の魔力を遮断すらする。お前の扉の中を通れるかと思ったが、獄属等と大層な名で期待外れも程がある。……まあいい、ならば自ら魔王となって穴を開けるまでだ」
その場には、僅かに三者があるだけてあった。そこで、ミールレスが発した言葉を彼が「誰にも向けて無い」のが認識として通っていった。
魔解大公 ミールレス。そう、称する彼が魔解の王を名乗らないのは、「魔解の王はガルレス」の思いがある為だろう。
そして、ミールレスが受けた、オルゼクスのそれは、まだ彼の父親の言葉をこえていなかった。そう、今は「まだ」であったが……。
ミールレス・インジニアムが綴る、物語の一面を見る一頁だった。




