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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第四章 王国の盾と精霊の弓
123/204

二十一~もう一つの可能性。側面の物語~

勢いで。誤字脱字などは後日で。お願いします。

 刻を重ねて併わせるように、物語は別の側面でも綴られて行くものである。ユーリのもう一つの可能性である、パルデギアード帝国の親征による魔王討伐の軍がその歩みを始めたとなった。


 その数は、動員数二十五万余、兵力十九万五千――騎兵四万余で、初期動員の残存兵力を加えれば、二十万をゆうに超える規模であった。


 クローゼの提供した情報を超えるそれは、魔王を倒すという一点で集められたものになる。一応に、辺境区の城塞都市 ランヘルに拠点を持った魔族への抑えに一軍を向けて、魔都ユーベンには兵力十七万五千の規模を進めていた。


 基本戦術は、最前線に最精鋭を配置する布陣になる。魔族や魔物の集団と戦う場合に、強力な個体によって全体の力が上がる為、それを叩くのが本線であった。当然その延長に、魔王打倒があるのは言うまでもない。――強力な個体の最たる物が魔王であるからになる。


 その為に、七つの剣士シエテ・エスグリミスタを筆頭に、武勇に優れた者を集めた万単位の軍を揃えており、当然、魔王を打倒しうるであろう実力があると考えていたのである。


 一方の魔王側においては、魔王の軍となる魔族の兵がユーベンには一万を超えて、死黒兵団を併せると三万上回る。それに、魔物の集団が数万を超える数を集めていた。――迎え撃つべく集めていた総数は、ユーベンの守備を残して、凡そ、八から九万になる。それに加えて、強力な魔獣の一団もあった。


 ただ、魔物とされる、コボルトやゴブリンにオークなどとその亜種を中心になる集団は、持ちよりの武具の為、戦として対峙する兵力としては些かではあった。


 そして、魔解大公なるミールレスがよる、城塞都市ランヘルには、魔族の軍が彼の側近である魔解部衆を中心に、二万の兵力と大型の魔物を含む三万程の魔物の軍があった、となる。


 また、魔族の軍に関しては、対をなす人智と魔解の関係性が表裏で併せ鏡のようなもなので、それ相応の魔解の装備となると追記しておく。


 その状況下で、本隊となる両軍が、互いに国境付近まで進出して対峙するに至っていた。そして、流れのまま戦端は開かれる事になる。


 パルデギアード帝国軍は、最精鋭三万の軍に一万以上の騎兵を付けて前線にむけた。そして、帝国最強剣士、七つの剣士シエテ・エスグリミスタの一人、レグロ・ロイバル・イグレスシオを遊撃に置き、残る七つの剣士全員を送り出していた。


 そして、それを支援するために第一皇子と第二皇子、各々五万の軍を前進させていく。その状況は、帝国軍が既に、初戦で雌雄を決する構えであったのを示していた。


 対する魔王、オルゼクスも漆黒と鉄黒の各一万と紫黒の五千の死黒兵団と併せて、黒紅のカミラ操る魔獣も送り出し、自身も最精鋭をそれに当てていた。


 激突した兵力差は歴然であったが、個体差で魔王軍が上回り開戦からその様相は熾烈を極めた。城壁によらず、開けた場所での戦いならそれは想像にやすく、その為の十万の軍による押し上げであった。


 場景のそれぞれを抜き出すなら、鬼魔と呼ばれる角を生やした魔族の奮う大剣が人智の兵を凪ぎ払う光景。その驚愕に漆黒の名を受けたヒルデが女型ながら、その陣頭で正に「鬼神の如く」の光景を刻みつけていた。


 ただ、七つの剣士シエテ・エスグリミスタのマルシオ・ビシャル・イ・グラダが、エルシリア・カーサス・ジェステと共に、その大剣を抑えこむを魅せて奮戦を促していた。


 そして、これも、七つの剣士シエテ・エスグリミスタのフェルナンド・モリエンテス・イエタとエルネスト・イラリオール・シルバが、一方の主攻の竜魔という、硬い竜鱗を身体に纏う魔族の一団。その兵団長 鉄黒のノーガンが飛び回るそれに、迎撃を通して周りに鼓舞していた。


 そして、真ん中を見るからに突出して、魔獣の突入を促している紫黒の兵団。人魔達のそれが擬態から戻り、威圧の咆哮(ソウルブレイク)を連発していた。その中で、見るから人の男の声に、残る七つの剣士シエテ・エスグリミスタの二人が困惑を見せていた。


「戦う気がねぇのは、で、殺すな」


 魔族との戦いでその声を聞いた、フラビオ・テジェリア・タビオとレオン・イールギア・デル=ソルの二人は顔を見合わせていく。


「あいつ、何言ってる? まさか、人なのか? 」


「いや、違うだろ。敵だぞ、獣化する筈だ」


 場に響く威圧の咆哮(ソウルブレイク)に抗う者を片っ端から殴り倒す人の様相に、尋常でないそれを二人は感じていた。


「死にたい奴は、で、掛かってこい」


 明らかに、獣化している周りの人狼や人虎のそれよりも速く、人熊(じんゆう)等の大型より強いそれが、見た目は大柄な男であった。その男が放つ覇気と拳で、闘う以前に中央を崩しされていく場景が、彼等にそうさせていた。


「くそっ、この鬱陶しいのは防げんのか」


「兎に角、奴を止めないと。でないと、何もしないまま崩れる」


 僚友の言葉に、レオン・イールギア・デル=ソルは握る剣に力を込めていく。そして、「パン」と音を立てて、僚友フラビオの飛び出すのに合わせて彼もその男との距離を詰めていった……


 ……これが、可能性への一つの始まりになる。またそれを助ける……いや、幾つかの思惑の上で、皇女、ノエリア・パルデギアード・デ・テルセーラは、城塞都市ランヘル近郊。その開けた場所で、魔解大公なるミールレスの軍と対峙していた。


 刻み行く重なりは差異あるも、物語の流れでは、その視点に向かって見る……その場の光景には、ノエリアが、兵力二万五千――騎兵四千を基軸にそれ相応の動員と、初期動員兵力の残兵を合わせて展開していた。

 

 そして、開戦の報が両軍に合わさり、その戦端は開かれていった。しかし、ノエリアに与えられた兵力は、自身の直軍である騎兵四千以外は「あてがわれた」感があり些かであった。その上で、対峙する魔族の軍は自軍の倍に届く程になる。


「食らわせてやれ」


 ノエリアの淡々とした声が、その場に流れてその先を見る視線に、巻いた感じの黒髪が冷たい風に揺れていた。


 彼女の指示したそれは、大きな筒状のもので、向けられた反対側から覗くと先の景色がみえていた。単純な話、それは(いにしえ)の魔動兵器であった。それが十基ほど彼女の陣に配置されていた。


  手前から、その場の空気が巻くように流れて、それが魔力の集約だと分からせていた。そして、その筒は中程で練られた魔力が色を見せて……簡易な魔動術式の魔力発動が連続していた。


 炎であり、氷であり、雷であり、土であるのこの場の属性の魔力が、魔族の布陣とも呼べぬ陣地にその効果を発揮していた。それは、打撃と破壊と混乱をもたらす「魔法」であった。


 付与ではなく刻み込む、対魔力防護の術式の発展。魔装術の普及が、戦において魔法を補助的なものにしていた。しかし、魔族にとってその対は写されていなかった事になる。


 それを踏まえて、ノエリアは、この場で古の魔動兵器を使っかって見せたのだった。自身の所領である帝国西方域で見つけた、偶然の産物と「彼女の道楽」と呼ばれたそれの成果である。


 ただ、ノエリアは現状において、その効果だけを良しとしなかった。その状況を効果的に使い、自軍を有機的に運用してその傷口を広げて見せる。それは、あてがわれた兵があたかも、自身が練兵したかのようにだった。


「ここまで、効果があるとは……些か」


「防護の刻みで弾かれるなら、それに併せて使えば良い。たまたま、弾かぬ相手ゆえ、こう使っただけで、それ以上でもそれ以下でもない」


 集団として形がある魔物の群れと、整然の体をなそうとする魔族の集団が、ノエリアの目の前にはあり、それを淡々と処理するその感じになる。


 無作為に、襲い掛かってくる群れを狩る。連携も連帯もない、そんな様相をであった。その中で、大型は絡めとり、群をいなして捌く。適所で効果的に打撃を与えて翻弄していた。


 オルゼクスの死黒の兵団が、一次的でも紫黒の騎士により采配を受けて、軍としてのそれを成しエストニア王国軍を破った事。それを去就して暗黒のサバルらが采配をして、ヴォルグの進言で遠吠えによる伝達を入れたそれに、魔解大公ミールレスの軍は及ぶ筈もなかった。


「少し下がって引き込む」


「下がりますか」


「まともに、受ける事はない。流石に、本軍もあの数、魔王の軍に遅れはとるまい。それに、奴が魔王倒せば良いだけの事……ならば、無駄に兵を死なせる事もない」


 続け様に指示をだす、ノエリアが「奴」といった男は、七つの剣士シエテ・エスグリミスタ最強のレグロ・ロイバル・イグレスシオである。そして、彼女は彼がこの世界の者でないのを知っており、また、剣士として……男として絶対的の信頼と彼女の意思を寄せていた。


 その彼女に報告が舞い込む。南から騎影が一つ自軍に向かって来ると。恐らく、友軍であると。


 ――早かった。あいつはやはり勇者だった。


「と言う事か」


「なにか? 」


「何でもない」と彼女はそう呟いて、吉報であると疑いもなく、指示とは別にその騎影に意識をおいていた……


 ……そのノエリアの向けた先の騎影は七つの剣士シエテ・エスグリミスタの一人、レオン・イールギア・デル=ソルだった。彼は単身……絶望にのまれながら、手綱を捌いていた。


 彼があの刻の場景で、飛び掛かる勢いを向けたのは、当たり前であるが、黒銀のヴォルグであった。僚友と二人ががかりで、何とか追従していたそれに、唐突な魔力発動を受けて、彼は体制を崩した。


 その間隙で、僚友、フラビオの首が捻れるを見て、自身を襲う蹴擊を感じていた。瞬間的な死の訪れを、レグロ・ロイバル・イグレスシオの剣の火花で遮った刹那、「立て」の音を聞く。


 レオンは、振り上げた視線にレグロの連擊に応戦する魔族のそれが見えて――突然の獣化からの咆哮を受けていた。尋常でない威嚇の咆哮(ソウルブレイク)に自身の視線が固まるのを感じ、目の当たりにした光景が別の階層(じげん)であるの認識していた……


「――で、なんだっ」


「――その辺りにして貰おうっ」


 唐突な、強者と強者が放つ言葉の交錯。それに、続く苛烈な音と散る光が、戦場に映えて場の中心となっていた。――それを見つめる、多眼なそれが、魔王たるにその状況を言葉にしていた。


「やはり、一つおりますな」


「ヴォルグさんとの所ですね」


 暗黒のサバルがみたままのそれを、その後に、魔族の男が魔力を感じたのを表現した。


「フィール。どれ程だ」


「魔王様に比べたら『小さい』です。ヴォルグさんより、ちょっと小さい感じです」


 オルゼクスの言葉に、フィールと呼ばれた、獄魔族の小さい男はそう答えていた。その男も、魔族としては上位個体であった。


「では、ヴォルグ程の強さがあるのだな」


「ヴォルグさんも『大きい』ですけど、人は力は、魔力の大きさだけでわからないです。……あの引きこもりの南部の奴ら、小さくないのもいるけど、変なの使ってくるし……」


「強さで言えば、その者はヒルデとノーガンの側衆を倒しておりますので、それなりだと。ただ、全体的に気を向けておる様で……底はまだかと」


「成る程」な感じのオルゼクスは、全体的な雰囲気を見てから、その表情がないサバルに視線を落としていた。そんな魔王オルゼクスは、この場来ると決まってから雰囲気が変わっていた。


「動かれますか? 」


 声を向けたサバルは、最近まで覇気の無かったオルゼクスが、この状況の中で、それを取り戻している様に見えていた。


「そうだな。それほどなら、肩慣らしには丁度よい。……だが、これは勝っているのか? 」


「あれですよ。サバルさんが、百眼(オキュラス)で見て采配を。人狼の遠吠えで周知と伝令を。で魔族は強い。だから、勝ってます。……よね」


 フィールのそれがサバルに行ったのを、オルゼクスもそれを追っていく。オルゼクスの後ろに立っていた、これも獄魔族の上位個体の男が感情を見せていた。


「フィール。魔王様が聞いているのだ。知ったかぶりで、お前が聞き返してどうする? 」


「ドレッド、こやつは良い。気にするな」


 ドレッドと呼ばれた男は、オルゼクスの声に短い音を返していた。それに、サバルも追従する。


「戦の采配とは、興味深い物で、余興には善きかと。……魔王様。その者が、ヴォルグの強さに周りに気に散らすのを諦めた様です……」


「ならば、余興は終わりだな」


 そう言った、オルゼクスの纏う魔力の様相が一変していた。それが、戦場全体に広がりを魅せる様に伝わっていく。


 それは、一段上がった感じのレグロのにヴォルグも自身の限界が分かりそうな雰囲気を出して応じている。そんな最中の事であった。そして、その広がりに、双方が反応して場景が一瞬で硬直した。


 また、階層(じげん)の違う、二人の争いを見ていたレオンの目にも、くっきりと二人が戻ってくる。その場景の認識と同時に、瞬間的な悪寒とも言える魔力を彼は感じた。そして、その一瞬に「ギュン」とそのままの音が聞こえてそれが現れていた。


 そして、激しい二人の応酬で空間が出来ていたその場に、魔王たるオルゼクスは出で立った、となる。その光景をレオンの瞳が捉えて、彼はレグロとヴォルグの驚愕をも認識した。


「ヴォルグ。肩慣らしに我が殺る。……良いな」


 静寂を作り出して、言葉を通したオルゼクスの軽い感じに、ヴォルグは表情を緩めそれに答えようとしていた。――その瞬間であった。


 払うように、腕を振る光景がレグロ・ロイバル・イグレスシオに向けられて、単純な圧力が彼を襲う。近距離の筈が、遅れる「ぶん」の音で剣が砕けて、レグロ認識が追い付く前に、魔力で出来た刃が彼を貫いていた。


「この程度か」


 唐突に実体化した剣の刃を、鮮血を引きずって「抜き放ち振る」オルゼクスの様相と払われる血飛沫(ちしぶき)が、その場に模様を(えが)いていた。


 単純に、距離を詰め刃を砕き突き通す。……それは見えてはいた。レグロは勿論、ヴォルグにも、レオンにさえ。――それを示す様に、レグロは剣を併せていた。恐らくは、列強の国々の最高の頂きと同列の力。明かせば、召喚者のそれが握る剣も相応であると……思われる。


 ただ、簡単な動作が、速い鋭い等の問題では無かった、と言う事であった。


 驚愕のレグロの唇が、レオンに「逃げろと頼む」を見せて、首に掛かる気持ちを引きちぎり……彼は、レオンにそれを投げる。そして、吹き出す鮮血と痛みのなかで魔王オルゼクスを見据え直していた。そして、砕けても離さなかった残る刃を魔王に向けていた。


 そこに、オルゼクスの落胆と魔力が集まる左手。その魔力が発動へと至る。――その光景は、レグロを突き抜け、後ろに陣取る人智の兵馬、数千をも消し飛ばす相応の威力が見えた輝きであった。


 閃光が引きずる、爆発と爆音と爆煙の連鎖。それをレグロは形を残したまま受けて、立ったまま、天極の地へと旅立っていた。それをレオンは光景として捉える位置から、更に外へと全力の最中で見ることになる。


 最初のレグロの促しで、たがを外した七つの剣士シエテ・エスグリミスタレオン・イールギア・デル=ソルの絶望がなした事になる。……オルゼクスの意識に、初めから入ったいなかった彼が、踏みとどまれた距離で……目にしたのは世界の終焉だった。


 文字通り声すらでない。そんな彼は、握る剣を見て、只の飾りにしか捉えられていなかった。……一振りで千を遥かに超え。一撃で数千から万に届くかが消える、その破壊の威力の積み重ね。「無造作で無作為」な魔王の力の行使をレオンは見送っていた。


「あ、あ、あり得ない」


 振り絞った声が、焼き付けた光景を逆に現実にしていた。――それを彼は、ノエリアの前で語っていた……刻の重なりの場面である。


「あり得ない。奴が……あいつが……か……彼が……嘘をつく筈がない。レグロは『倒す』といった……」


 ノエリアの唇が、続けざま出した言葉だった。それは、動き行く目の前の戦局の間、その唐突な現実の報告によって出されていた。渡された、レグロ・ロイバル・イグレスシオの気持ちがなければ、ノエリアも、このまま信じる事をしなかっただろう。


 騒然となる本陣の場に、ノエリアの言葉が現れて止まる。それにレオンが最後の顔を見せていた。


「確かにお渡しをした。これで、心置きなく戻れます。では、御武運を」


 その言葉は、絶望で動いた足、その言い訳……いや、託された思いのそれが果たせた後、彼自身の「矜持」であった。


「待て。頼むと言われたといったな。なら、最後まで、全うせよ。それが七つの剣士シエテ・エスグリミスタの矜持ではないか」


 ノエリアは、動揺の顔を一瞬で抑え込み、レオンを引き留めていた。そして、その返答を聞かぬまま、その場に視線を走らせる。


「我軍は健在だ。そして、七つの剣士シエテ・エスグリミスタの一人もここにある。ゆえに破れた訳ではない」


 レオンにも、その場にも有無など言わせ無い、それが全てだ。その雰囲気だった。そして、押し付けではない確認の視線を彼女は多数に向けていく。そして、一応の共有の後に、何故かノエリアの笑顔がもれる。


「本軍の動向が不明。ゆえに、孤立化回避の為撤退する。勿論帝都ではない。我領域にだ。異存は認めん、いいな」


 同意の促しと答えてが交わされて、ノエリアの顔が厳しさを見せていく。そして、淡々と処理をするように指示をはじめていた。


「ウリセス。『ラエッセ』に戻り退却の準備をしろ。動員はすべてだ。あと、領主の説得も怠るな。お前に掛かっているぞ」


「エミディオ。私が殿(しんがり)をする。退却時に、直軍以外の指揮を任せる。お前にしか任せられない。私に構わず全力で行け。西方域迄達したら、西方諸国に助力を願え。いいな」


「あと――」


「ノエリア様。その言を聞くと、ノエリア様はお戻りになる気がなき様聞こえるのですが……」


 エミディオと呼ばれた、老齢の男がノエリアに不安の顔を向けていた。彼は西方域で有力な諸侯であり、ノエリアの後ろ楯、寧ろ一蓮托生になる人物であった。その声に、ノエリアは淡々と答えを返していく。


「当然、戻るつもりだ。ただ、追撃を避ける為ギリギリまで我兵と残る。その為の行き先だとわからぬか。帝都ではなく西方域だと」


 怪訝な顔をするエミディオに、ノエリアは当たり前の顔をして見せた。


「状況によって、竜の背の北側から戻る。むしろ、その選択が正しい。……突き抜けた相手を無視できるほど、魔族は大人しくあるまい。我兵ならできる。それに伯爵の方がたいへんだ。だから、貴方にしか頼めない」


 言葉の最後に、娘らしさを……言葉通りの彼の娘の感じを彼女は出していた。そして、淡々と指示を続けて、最後にこう結んでいた。


「レオン・イールギア・デル=ソルは絶望を見た。しかし、その場所に戻ると言った。だから、私も折れない。もしも、人智が滅びるその瞬間が来るとしても、私は諦めない。いいな」


 そう言って、「引く前に一戦。退却開始の時間を作る」そう言って、ノエリア・パルデギアード・デ・テルセーラはその場を鼓舞して、剣をかざしていた……


 可能性の消滅から、新たな道への一頁であった。




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