二十~極光樹の地。終演は何も無かった~
タイトルのみ先行修正。
極光樹の地の巨大樹の宮殿の王の間で、居並ぶエルフ達が見守る中、玉座に拘束されたアルフ=ガンドの姿が見える。その前に立ち、彼の胸に手を差し込んでいる、容姿の変わったウルジェラの姿があった。
その場景は、アルフ=ガンドの胸にあるその光源、神具の欠片を女性の体の淫靡なる夢獄はそのまま抜き取っていた、となる。それと同時に、精霊の王たるアルフ=ガンドを取り巻いていた異様が無くなるのがその場に通っていく。
混濁から、アルフ=ガンドの帰還に続くエルフ達の歓喜と集まる場景を、ウルジェラは気にする様子も無くそのまますり抜けていく。そして、クローゼ達の陣取る、その場の端に自身を向けていた。
当たり前に、ウルジェラはクローゼの前に歩み立ち、手に持つその光源だった神具の欠片を差し出していた。その様子に、クローゼはベイカーの頷きを挟んで、ウルジェラに了承を見せていた。
頷きともとれるそれで、ウルジェラはそれを自身の胸にそれをおさめていく。見たまま、それが埋もれていく光景が見えてい。そして、これも当たり前に、レニエの反対側でクローゼの隣に自身をおいていた。
「これで良いか」
「ああ、助かった。感謝する」
「謝意なら、 狭量な魔解の王に言うのだな。先に約定を成しておれば、我にもどうする事も出来なかったゆえな」
「ああ、準魔王か……」
「只の魔族だ」
全く、それまでの流れが無かったような会話に、レニエは一応の納得を見せてはいた。ーー従属の首輪による従属が、ウルジェラの変化した容姿にも現れていたからになる。それを、クローゼは何と無く視線を落として見る様子であった。
「余裕だな。獄属なのに、人智の人だったか。その、奴隷になったのにな」
「……奴隷ではなく従属だ。まあ、奴隷だとして、お前は瞬きの間『奴隷』になれと言われて気にするのか」
「思うか! ……えっ」
「人智の人の生など、我にとってはその程度だ。まあ、この理は続かぬでもないがな」
達観した雰囲気のウルジェラに、そう言われてクローゼは少し難しい顔をしていた。ウルジェラにとっては、只の暇潰しの域をでていないのかもしれない。
「それでも、一度しか使えないこれで、神の眷属を捉えれたのは大きい」
「この理が詰まった首輪でつかまえた? 。これで安堵などするな。これごと魔力を食らう、獄に触れた眷属がいるゆえ、よもやがあるかも知れぬぞ」
ベイカーは言葉にウルジェラはそう返して、なにかを思い返していた。そして、呟きを見せていた。
「それでも、人が作ったものにしては上出来だな」
最初の言葉にベイカーは声を詰まらせたが、その呟きには満足げな顔に見せていた。
「ベイカー殿。一度しか使えないって。……試したんですよね」
「ああ、その首輪は私の魔力と繋がっている。だから、新たにそれが具現化出来ない。勿論、私が死んでも、支配する君が生きていれば消えないがな。それに、試したのは隷属の鎖だよ。当然、弾かれた。……君が殴り尽くした後なら一時的には、出来たかもしれないのだがね」
「そう言う事ですか。でも、本当に大丈夫なんですかこれで」
クローゼはそうウルジェラの首輪を揺らしていた。それに、ウルジェラは不快な顔もせず、クローゼの表情を見ていた。
「この理……魔動術式というのか、これを作った者は、初めからそのつもりだったのだろう。目的は分かりはせぬが、我が保証してやるゆえ、それは信用してやるがよい」
「お前が言うな……って、獄属の癖に、やけにしおらしいな」
「……神の眷属たる我を、殴り殺そうしたお前に言われたくはないな」
表情を変えず、ウルジェラはそう言葉にしていた。それをクローゼ、「くううっ」と声が出そうな顔でそれを見ていた。「信用しろ」の流れで言えば、間違いなく、クローゼの意識をウルジェラは理解している。
何故そうなのかは、この場のくる前にあった出来事による。それは、散々殴り付けて動けない事に頭を抱えたクローゼが、ウルジェラに「動かしたいのなら、魔力をよこせ」と言われて魔量充填で回復をさせた。
そして、起き上がったウルジェラに、クローゼが禁止事項の羅列を向けたのだが、ウルジェラの「受け入れろ」の言葉の後に、唇を奪うかの勢いで額を併せて、クローゼの倫理観を読み取り受け入れた、と言う事があったからである。
勿論、その場は騒然として、クローゼは呆然としていた。その上で、ウルジェラはそれに従うと自身で確約していたからになる。ただ、クローゼの倫理観には、若干の疑問も残るが、ウルジェラは「それも踏まえて、信用しろ」といっていた。
そして、先程の「瞬き」の話で言えば……暇潰しなのだろう。……永劫の探索者のそれなのかもしれない。そんな獄属の遊び。玩具の言葉でもわかるその感覚に、巻き込まれたエルフの国もいい迷惑だったのかもしれない。
結果的に、バルコニーのアルフの子達も一命は取り止めており、淫靡なる夢獄がエルフの国を、ただ、引っ掻き回しただけと言えなくもない。その責については、この場の裁可によるのだろうが……。しかし、終息においては「外界の人」の手によってなされており、エルフにとって難しい判断が必要と思われた。
アルフ=ガンドを中心に、エルフの者が沸き立ち協議続けるその場所で、あからさまな当事者の立ち話が、クローゼ付きの二人とレニエ=シルク・フェーヴの見守る中で続いていた。
特異なる者であるクローゼ・ヘルグが、物語の決定的場面でその起点となる時。そには必ずそれを成し遂げる為、彼を助ける者がいた。そして、今回はベイカーになる。たまたま都合よく、そんな流れになるが、それがクローゼ・ベルグの力なのかもしれない。そう、この視点は思うところではある……
……自分の側にウルジェラがついた事で、クローゼはいつもの変わり身を見せていた様である。獄属がではなく、アロギャンがあれだの感じになっていた。そんな話の内容をその後も続けて、クローゼはカルエの促しを受ける事になった。
「父王が、御二人と話がしたいと申しております。お越しいただけますか」
「わかりました、カルエ殿。では、レニエも一緒にで宜しいか」
カルエの促しの先が、クローゼとベイカーだったのに、クローゼはそう返していた。彼自身は端からそのつもりだったようだが、一応の声を出していた。驚くレニエにクローゼは「当たり前だ」の顔をしていた。
「クローゼ、私は……」
「何と無くおさまったのは、レニエがいたからだろ
。何で二人なんだ。レニエが駄目なら、ユーリに行かせて俺は行かない」
「そんな子供みたいな事を……」
「閣下。話がややこしくなるので、やめて下さい」
「どうせ後から、魔王の件で話をするのだろ。なら一緒だ」
「そうですね。レニエがいなければ、事態は最悪になっていたと私も思います」
レニエの困惑とユーリの言葉に詰まるそれに、カルエの笑顔が向けられていた。その言葉にクローゼ笑顔な感じに、「だろ。ほら、行くぞ」とレニエの腕に手を掛けて「おとなしくしてろよ」とウルジェラに真面目な表情を見せていた。
それに、ウルジェラはベイカーに向けて、「この男はなんだ? 」と無表情のまま聞いていた。それに、ベイカーは「見たままだな」と答えていく。ベイカーにしてみれば、クローゼを通して物事を見てしまうと、全てがありになってしまう。そんな感覚であった。
――獄属とこんな感じになるとは、私もおかしいのかもしれないな
その考えのままに、彼はクローゼ達の後をついて歩いていった……
……玉座らしきに腰をつけるアルフ=ガンド・アールヴの前が、当然、開けた感じになっている。そこにクローゼを始めとした三人は立っていた。いつもなら、ここでクローゼの全力片膝跪きであるのだろうが、敢えて彼はそれをしなかった。
そんな彼は、立ち姿で、レニエに見せる様に美しい立ち振舞いで儀礼をこなし、アルフ=ガンドを見つめていた。一応に続く二人のそれを待ってである。
続くそれの終わりに、アルフ=ガンドはそのまま自身を明言して、頭を下げる感じに言葉を続けていた。
「醜態を晒す様だが、このままで謝意を。貴殿らには、心より感謝する。手数をお掛けした……申し訳ない」
「その様な事は不要です。たまたま、クロエ殿からの情報を受けて、そのつもりでこの場に来たのですから、当然の事をしたまでです。逆に出過ぎ真似をして、申し訳ございません。恐らく、帰ったら……怒られます」
「怒られる? 」
「そうです。国事の任の為『暴れるな』と念を押されておりましたので。……前回は、鉄の国の玉座の前で試合ってしまいまして。その上で、今回は宮殿にあの様な。この場でも何とと言って良いか……」
クローゼの話に、アルフ=ガンドは難しい顔を見せていた。それに、クローゼは彼が話をし出す前に、続きを押し付ける感じにしていった。
「それもですが、本来、王に謁見をと赴きました。そこで、たまたま得た情報を確認した処、同行してきたエストニアの使者を『偽る者』だったので、真相を図る為に、拘束する方向で動いたと……」
そうクローゼは、自身が歩み出た場所のユーリとウルジェラを示していた。それに、アルフ=ガンドはゆっくりと視線を落として、カルエを経由してクローゼの姿と表情をみていた。
クローゼはそれを確認して、ベイカーの怪訝な雰囲気を無視して、アルフ=ガンドを改めてはっきりと見つめていた。
「いずれかの方から、お聞きになったと思いますが、誠に勝手ながら、人の手であの者を拘束させて頂きました。ゆえに、身柄の移送の許可を頂ければ、『ついで』の件は終わりますので、本来の件を王にお願いしたいのですが。宜しいでしょうか? 」
クローゼの話を、アルフ=ガンドは合点が行かない顔をして、ゆっくりと周囲の者をみていた。それを、クローゼは何食わぬ顔で見ていた。……要するに、あからさまな態度であったと言える。
既に、となりの立つベイカーは、呆れた顔をしていた。逆に、レニエはらしくなく不安な表情している。その光景を見る周りは、勿論、怪訝な「何を言っているのだ」の雰囲気である。
「クローゼ殿だな。……何を言っているのだ? 」
「端的には、事後の報告とその裁可。それと王に正式な国交の話に、それに付随する案件の事をお願いしたいと言う事になります」
「一連の話は、先程聞いた。自身も覚えもある。しかし、貴殿の話は、それと掛け離れているように聞こえるのだが……」
一同の総意を、アルフ=ガンドは声にしていた。この状況になると、全体の場でクローゼの意図が分からない感じになっていた。……曖昧で不思議な沈黙が流れていく。そこで、何故かベイカーは仕方ないの顔をしていた。
「エルフの王。僭越ながら……恐らく、クローゼ・ベルグは『何も無かった。という事で宜しいか』と申し上げております。エルフの地では、不穏は無かった。その上で、以後の話をしたいと、その様に。……あくまでも、私見ですが」
唐突なベイカーの発言を一応に、アルフ=ガンドは受けて暫く考える仕草をしていた。単純に自身の失態であった。その自覚もあり、居並ぶエルフの目にもそれは映っていた。その上で、目の前のクローゼの意図をアルフ=ガンドは分からなかった。
そして、アルフ=ガンドは、それをそのまま口にした。勿論、向ける先はクローゼであったが、彼はベイカーの表情を何と無く見ていた。
「意図はなにか? 」
「意図ですか? 特に何も……ただ、その事実が下らないと思ったので、何も無かったで宜しいかと思ったまでです」
そのアルフ=ガンドの問いに対する言葉で、レニエはクローゼの腕にすがる感じになり、クローゼの表情に自身の瞳を向けていた。当然ベイカーは呆然としていた。
「下らない、か。……確かに、私が愚かだったのは自覚した。何処かで何かを間違えたのだろうな」
「もっと、周りを見られた方が良いかと。聞いた話で申し上げるのは、本位では無いのですが、貴方は、私が思うエルフのそれとは違う。それが、全体的なエルフの表情と思考を変えている気がします」
「何か思うところがあるようだな」
「感謝する反面、憤りを感じる部分がある。と言った所です」
形式的に見れば、単なる接見である。ただ、周りにはそれなりの状況があった。その中で、クローゼはアルフ=ガンドと会話をしていた、となる。
僅かに会話が進み……レニエは若干、いつもの立ち位置に戻る事が出来て、ベイカーは何の話になっていくのか分からない感じになっていた。
「良ければ、聞かせて貰えないか」
深淵のせめぎをして弱っているのだろうか、クローゼとアルフ=ガンド・アールヴでは、普通の感覚では無いほど年の差がある。しかし、この瞬間だけはそれは、感じられなかった。
「私が恵風の精霊の話を聞いた時に思い、その流れの話で納得した、その事です。……彼女が誰か分かりますよね」
「ああ、分かる。レニエだろう。美しくなったな。クロエがどうしたかは、私も聞いていた。だから、私は、謝らなけれならないのだろうな。母娘達に」
「そんな事は……」
「彼女の笑顔を得れた事には感謝を、悲しい思いをさせられたのだろうと思ってしまった事には憤りをと言う事です……」
クローゼが、私的な感情を向けている相手は、精霊の王にして、「公明にして至善なる然」なエルフ王である。人智に在る者としては、神子たるそれに最も近い存在の筈であった。ただ、この時はその雰囲気は無かった。
クローゼは、ここに来ると決めた時に、言ってやろうと思っていた事を言った感じになる。初めから、「そんな奴」程度にしか思っていなかった。
しかし、至高に拘るそんな雰囲気がこの時のアルフ=ガンドにはなく、ベイカーの計らいで、その場にラルフとカルエが加わり話は流れていった。
そして、クローゼ達がさりげなく抜けて、レニエの転機になった瞬間の光景。その話がされて、その場景に、実体を見せた風の精霊達がその場に現れていた。
そして、最後に極光風の精霊か姿を現して、この空間の雰囲気自体が変わっていった。――白いひげを携えた、精悍な勇姿である――それが、アルフ=ガンドの後ろに現れている。その大きさもさることながら、存在感が桁違いであった、となる。
「凄いの出てきたな」
「四大精霊の一つ。極光風の精霊だな。なかなか、見れるものではないぞ」
クローゼの呟きに、ウルジェラはそう答えていた。変わらずの表情ではあるが、何処と無く違うとクローゼには見えていた。
ウルジェラの言葉に、クローゼの周りも騒然となる様子が見えていく。既に、普通の感じになったヘルミーネは、目を丸くしている。ユーリも、許容範囲を越えた風を見せていた。勿論、ベイカーは「なるほど」と平静を装っていた、となる。
その視線先では、極光風の精霊の手がラルフ=ガンド・アールヴの頭に掛かる光景が見えていた。それに、ヘルミーネの不思議な顔がクローゼに見えて、彼はそれを声に出していく。
「何してるんだ、あれ? 」
あからさまな、「聞いてやったぞ」の顔にウルジェラの無表情な顔が向けられて、彼女はかるく肩を揺らしていた。
「認めた……だ。まあ、お前の女も惜しかった様だが、残念だな」
それで、クローゼは何かを理解したようで、「そんなの残念な訳あるか……まあ、彼女も凄いけどな」が続いていた……
……そこからの光景は、精悍ななエルフの王の風格が戻り、その脇を固める彼の後継者の図式。そこに、クローゼの全力片膝跪きから、竜伯の体での国事が続き、ユーリ・ベーリットの愛国心溢れる弁で、アルフ=ガンドの頷きの確約を得て、彼は本当の意味での肩書きを得ることになった。
続くクローゼの話で、彼はルーカスはおろか、王にも、皇帝にも確約を得ぬまま、四者の連合の話を持ち出して、アルフ=ガンドの今一度の言葉を受けていた。それで、自身の目が雲っていた事を自覚していた。
「周りを見るよう言われた私が言うのもおかしいのだが、少し、急ぎ過ぎる感が見受けられる。前回の事もあるゆえ、事は大事だ。ただ、それについては、我らに依存はない。しかし、今一度の思慮の上で、進められるのが良いのではないかと思う。勿論、刻が無いのは私にも分かるのだが」
「御配慮感謝致します。改めて、話をまとめて参ります」
「だが、使者殿の件は早急に、クーベンへ旅団の一つを向かわせよう。委細の手配に付いては、王国に配慮を願いたい処だ……」
当初の計画通りとは言えないが、クローゼが受けた件は、一応の終息を見せていた。勿論、この極光樹の地も何事も無かった訳ではなく、実際に必要な時間は少なく無いだろう。
ただ、クローゼにしてみれば、現実的な魔王との対峙に向けて、その絵図を書ける処までは来ていた。ただ、他者を巻き込んだ事態ではあるのだが……
それは、かつてそれをなしたジルク=ブルーム・ローベルグ・イグラルードの様にであり、奇しくも、その若い王、救国の王にして、武勇優れる勇傑の手に握られていた。――魔王を封印した龍装神具。あの槍が彼の手の内にあった。
付け加えて言うのではれば、その王の母は、初代ヴァンダリア候の娘であった。そして、それが「王国の盾」たる彼らの、そして、ベルグを継ぎし始まりとなる。……あの戦士言に正確を期すのであれば、二百三十八の年刻を遡る事になる……
……その意図して出た訳ではない、クローゼの言葉に、ユーリは、その期待を膨らませていた。そして、もう一つの可能性の戦いが静かに始まろうとしている。
そんな、極光樹の地での刻の流れであった。




