十九~極光樹の地。従属と隷属~
勢いで。
極光樹の地の巨大樹の宮殿のバルコニーの場には、極限なる破壊の力による巨大な破壊の痕跡があった。
それは、巨大樹の硬質な樹皮の部分を、広範囲にえぐり取っていたその光景になる。その窪ん中心辺りにウルジェラが持たれ掛かり、砕けた龍装甲の欠片が本当の意味て神具の欠片になって散乱していた。
クローゼの視点で、相討ちの様なその場景は、黒点がウルジェラ捉えて――強烈で破壊的光景がウルジェラを包み、龍装甲の突起が行きなりな感じでベイカーを突き飛ばしていた。その瞬間になる……
「……ユーインには、感謝しないとな。まあ、『神具に突かれて』と言うと、あいつはあれだが」
「『あれ』って。でも、凄い威力出ましたよね。あの時より凄くないですか」
「私もこれ程とは思わなかったよ。極光樹の地の『場』の魔力魔量が濃いのだろう。まあ、私の力が上がってるのは、確かなのだろうが」
そう言って、ベイカーは僅かに笑いを洩らしていた。彼は、あの時、突き飛ばされそのまま下に落ちて行き、かろうじて保った意識でのそれと、レニエの風によって地面との激突を免れていたとなる……
……ウルジェラの崩れ倒れる場から、離れた所でクローゼとベイカーはそんな会話して、何時もの位置に立つレニエにベイカーは軽く頭を下げていた。
その場には、ウルジェラを遠巻きに囲う様、竜擊筒を構えた随員と、あのエルフの戦士に指揮された、弓を携えたエルフの者がウルジェラを警戒していた。
「で、やるんですか? 」
「まあ、エルフの方々の意向もあるが、あれが、淫靡なる夢獄なら、師伯の助けになる。その点は惜しい……ところだ」
意識がないウルジェラが、以前としてそこに存在するのを確認して、ベイカーは厳重に結界を張った上でそう言っていた。――刻の始まりからある、神の眷属であり、現実にその場に存在するのであれば、その「知識」は魅力的ではあった。
そんな会話に、ユーリとヘルミーネは真剣な顔を向けていた。そして、彼がいつもの感じを出していく。
「子爵。殺しておいた方が宜しいかと。……獄属ですから、喜んで協力するとも思えないのですが」
「ああ、手はあるんだ。……ですよねベイカー殿」
「そうだな。神をも拘束出来るほど練り上げられた術式がな」
「ベイカー殿がそれを使えるのは、驚きましたが」
「私を誰だと思っている。……等とは言わないが、この術式は、大魔導師の遺産に匹敵する。これで師伯の凄さが分かるな。だから、私の様な非才が持つと、こんな邪な誘惑にかられるんだよ……」
ベイカーの最後に、ユーリの不思議そうで不服の混じった感じになっていた。そんな雰囲気で、ヘルミーネが彼の袖を軽く引いていく。それで彼は二の句を自重して、その場で声をあげる事はしなかった。
クローゼが、その事に気付いていたかは別に彼はユーリに片手を見せて「まだ、決まった訳じゃない」とそう向けていた。当たり前ではあるが、ユーリの一言がクローゼの行動影響を与えているのは言うまでもない。
難しい雰囲気が、少なからず起こり場に静寂がみえていた。そこに、リプス=ゼファーが深刻な面持ちでやって来た。
「クローゼ殿。レニエ殿と共に王の間にお越し願います」
「何かありましたのでしょうか?」
クローゼの肩口から、レニエが先に声を出していた。それに、クローゼが「いまのは分かるよ」と訳もわからない言葉を向けていく。困惑気味になったらリプスが、その何かについて返していった。
「カルエ様が『お連れしてほしい』と。やはり、事態は深刻なのです……。お願い致します」
「くっ、結局、あれに聞かないといけないのか。気絶なんてしやがって、蹴飛ばしてやろうか」
「クローゼ・ヘルグ。兎に角、行ってくるんだな。ここは任せておけ。無論、誘惑には負けんよ」
ベイカーの促しで、二人はリプスと共に王の間と呼ばれるその場に向かう事になった。そこで、クローゼが見た光景は、ある種の幻想的で異様なものであった。――玉座とおぼしき場所に、アルフ=ガンドが拘束されたかのように座り、その周りに実体となったであろう風の精霊が何体か漂っている。そんな様であった。
そこにある精霊の王にして、この地のエルフを統べるアルフ=ガンドの手は、肘掛けの先を握りしめていた。そして、その胸の中心が紫色の光源を見せていたとなる。
「レニエ。恵風の精霊を呼んで、お願い……」
連れられてその場に入った二人に、カルエがいきなりそう懇願を向けていく。戸惑いを見せるレニエに、クローゼは当たり前の顔をして「出来るか? 」と言葉を掛けていた。それに表情を落ち着かせたレニエが頷きを見せて、息を整えていく。
彼女が意識を集中して、詠唱に入ると……玉座から声がクローゼに向けられた。
「……ジルクの……? 。ブルーム。……ジルク・ド・ローベルグとの約定は……既に……果たしたぞ……」
抗うアルフは、混濁する意識の中で クローゼの気配を感じてそう言葉を向けていた。それに、その場の意識が彼に集まる雰囲気になった。
「あっ。私ですか……カルエ殿、どういう? 」
「『ブルーム』殿は、貴国の三代目の王の事かと、約定にて、共にあの魔王と戦いました」
クローゼの困惑にスキロがそれを告げていた。それで、クローゼも何とか「そうだ」の認識にたどり着く。|ジルクドヴルム――ジルクとヴルムの都――の領主として……あのベッドのある書庫で記憶を補てんしたそれであった。
その会話の最中に、美しい女性の姿をした恵風の精霊がその場に現れていた。その光景に安堵が流れて、美しい精霊の表情が曇るのに落胆が追従していった。
レニエの悲しい顔とラルフの絶望が見えて、クローゼは状況の確認をその場に向ける。
「どうなっているのですか? 」
「時折戻る意識で、父王は深淵との狭間をさ迷っていると。……あの紫色の光の出所の為に。それに最早『抗えぬ』と言うことになってしまったのです」
「申し訳ありませんが、何の事だか」
「父上は、何者かに隷属させられそうになっているのだ……精霊の力を持ってしても、それに干渉出来ないんだ」
クローゼはその言葉に、この場景の意味を理解していく。ただ、それで駄目ならどうなるのかまではわからなかった。そして、そのままを口にする。
「では、どうすると」
「父上は……俺に……射ろと」
少なくない絶望の流れが、その空間の息に乗って重苦し雰囲気を作っていく。それに、クローゼは何かを決した様に言葉にそこに通していった。
「暫く、待ってください。あれに何とかさせます」
「あれとは ……淫靡なる夢獄か? 何だ、まだ倒してないのか。……言える体ではないが、素直に獄属が『わかりました』というとは思えない」
その会話で、その場の意識がウルジェラの存在に向けられて、クローゼはラルフの言葉に軽く頷きを見せてその場を後にしていった。残された者も不安と僅かであるが、期待の念を持った様でもあった……
……その意識を向けられたウルジェラを、見張る形で見る者達の中で、帯剣に手を掛けたヘルミーネがベイカーに声を向けていた。
「子爵殿。既に、死んでいるのではないですか」
「恐らくは、まだだな」
「あの術式なら、確実に消し飛ばせそうですが」
ベイカーの否定的な見解にユーリは「とどめを指しては」とある種の誘惑を向けていく。それに、ベイカーは「それにも乗らんよ」と返していた。そこに、クローゼが走る感じに戻ってくる。
一応に、その場から声が掛かりそうな雰囲気になった。しかし、クローゼは有無を言わせぬ感じに、そのままウルジェラの所まで行っていた。そして、しゃがむ形でその側により、徐に、そのこめかみ辺りに巻く感じで垂れる角を掴んで揺らしていた。
「おい、起きろ。生きてんだろ、ウルジェラ」
唐突なクローゼの行動に、ベイカーの「結界突き抜けるとは、何でもありか」の声が響いて、ベイカーの指示で解かれていた包囲が再びその形を整える。
ヘルミーネも完全に抜刀の体制に入り、ユーリに目配せをしていた。彼の「僕が? 」の顔にヘルミーネの頷きが合わさってユーリがしぶい顔になった。
「閣下――。何をなさっているのですか?」
掛けられた声に、クローゼは振る手を止めて、ユーリを睨む感じに視線を向ける。それに驚いた顔に見せたユーリにそのまま、「何だ」の表情を見せた。
「見て分からないか? 起こしてるんだが」
「見たら分かる。そうしている『理由』を聞いているんだ。クローゼ・ヘルグ」
「こいつ、エルフの王に何かしたらしいので、それをどうにかさせようと思って」
その答えに、補足の助け船を出したベイカーは、呆れた顔をしていた。既に、ユーリは数歩は後ろに下がっている。それにベイカーは視線をやってから「やれやれ」の感じを出していた。
「素直に聞くとはおもえんが――」
ベイカーの言葉の途中でウルジェラの身体が僅かに動いてベイカーとあのエルフの戦士が手を上げていた。
その様子に、クローゼの顔が真剣な表情を見せていた。そして、ウルジェラの閉じられていた瞳が開いてくる。――それをあたかも当たり前の様に、クローゼは見ていた。そして、ウルジェラの驚きの表情にクローゼは怒気を併せた顔見せていた。
「起きたか――」
「貴様――」
声と供にウルジェラの瞳が紫色に光り、その魔力がクローゼに向けられていく。しかし、彼はそれを意に返さず、ウルジェラの腹に拳を撃ち込んでいった。「くわぁっ」との声に「ぐふっ」の鮮血がウルジェラからもれていた。
「効かないね。魔力は通ったけどな」
クローゼの言葉に、若干、驚愕の表情を見せるウルジェラは、瞬間的に蠱惑の魔眼をクローゼに向けていた。しかし、魔力であるなら、特定の者以外は全く受け付けないクローゼには効きはしなかったのである。
恐らくは、初めて「感情」という物に出会した。そんな驚きを見せるウルジェラに、クローゼはその角掴んだまま、二発目の拳を入れていた。勿論、完全武装の衝撃を伴うそれである。
先程の光景が再現されて、続く三度目のそれに、ウルジェラは永劫ではあるが、実体である五体を得ていた事実を理解した。始めは、角を捕まれて、その男の顔に表情を見せていたが、誰であるのかは分からなかった。しかし、今はそれがクロージュであるのを理解していた。
端から見れば、恐ろしい光景である。事情を理解している随員の者やその場のエルフから見れば、どちらが「獄」であるかは分かる。ただ、現状の認識は全くの逆であった。――明らかに相手は「獄属」であるが、見た目には、押さえ付けられて殴られているのは弱者であった。
それでは、殴っているのは何か? 人智の人である。獄属達の認識では、神々の躯から沸いた人智の人であった。
ウルジェラの認識も、クローゼの四度目のそれでそれに繋がり……生と死の違いしかない事に行き着きく。そして、振り上げられる五度目の拳に、何故か悲しそうなクローゼの表情を見てそれから目を背けた。……恐らくは痛みでは無く、永劫の空虚の確定が見えたのかもしれない……
時折見せる、黒の六楯の煌めきがその光景の異様さを際立たせていた。
そして、五度目のそれでクローゼは止まる。――魔装甲楯麟の拳である。龍装甲を破壊した衝撃盾の拳であった。最後は、うめき声すら出ていなかった。それで、クローゼはウルジェラが微かに背けた顔を引き戻して、開く目に自身のあざとい悪魔的な表情を向けていた。
「聞きたい事がある。もう殴りたくない。聞かれた事に答えて貰おうか、分かったら返事をしろ……」
問いかけに無言の応酬が流れていた。クローゼの角を握る手に力が入っていく。ウルジェラの表情が、先程までと違うのはクローゼにも分かったが、何を考えいるかまでは分からない。
――殴ってどうにかなるわけないな。
そう思い、周りを囲む感じのそれに目を向けて、クローゼは沈黙のウルジェラに声を掛けていく。
「抵抗するなよ」
「……ふっ。……散々、殴り付けて……見て分からぬのか。……指先すら……動かぬ。これで……どうしろと……言うのだ」
「話せるじゃないか……くっそ。最初から返事しろよ。お前……」
ウルジェラの反応に、クローゼは僅かに顎を上げて視線を外して、僅かに間をおいてその囲みに顔を向けた。
「ベイカー殿。こいつの目の魔力は大丈夫ですか」
「……先ほど、解いた感触なら文献通りだった。今は対策しているから大丈夫だと思うぞ。それよりも、普通に攻撃される方が厄介だな」
クローゼの問いかけに、ベイカーはそう言いながら無造作に近付いて行く。少し、クローゼの表情が変わっていた。そして、当たり前に呟きを併せていた。それをお構い無しで、ベイカーはその近くに立っていた。
「君に合わせて、防護魔法を使うのは面倒なんだがな。まあ、死ぬよりましだな」
「ベイカー殿。やってください」
かなりのダメージを甘受して、ウルジェラは身体を動かす事無く、その光景を見ていた。その会話が何であるかは理解出来ていないであろう。
「一つ問題があると言えばある」
「なんですか」
「受け皿は、君しか出来んのだ」
「はぁ? ですが」
「受け皿は、大きくないと駄目だ。と言う事……」
……ベイカーの言葉は、簡単に言えば「彼が使える」従属の首輪において「誰が、誰に、従属する」の「誰に」を指定する話になる。
単純に、従属する者より、従属させる者の魔力魔量が多くなければならないという事になる。これは、タイランの「刻を掛け魔力を込めた魔動術式」それではない、汎用化の弊害と言う事だった。
ただ、制約があるが、対象範囲と拘束力はオリジナル同様に強力であった。また、術者の魔力に依存する、類似な隷属の鎖とは違い、今の時点では解除出来ない為に、汎用化と言っても汎用的では無いかもしれない。
「嫌です。そんな面倒くさい事は」
暗に説明された事で、クローゼも一応の理解はした様で、即答で拒否の姿勢を示していた。
「大体、術者でもないのに、そんな立場になるなんてあれですが、それもこれのですよ」
既に、ウルジェラを置き去りにした感じに表情を変えているクローゼが、その感じを思い返して、ウルジェラに質問を投げつける。
「面倒くさい事させんな。とりあえず、あれだ。エルフの王に何をした」
「……また……殴れば……良かろう」
「ああ、ウルジェラ。兎に角、エルフの王あれを何とかしろ。今度は、本気で殴るぞ」
「……好きに……すれば……良い」
「また、殴るぞ。本当にいいのか」
「……今さら……『いいのか』……でも、あるまい」
「ああっ」
クローゼの角を持つ手が、若干奮え出していた。それに併せて、ウルジェラの髪が揺れていた。それがクローゼ自身の視界に入り、勢いで殴り付けたのを彼は後悔していたようである。
感情に素直なのは、好戦的だと言われる彼のそれが表す様に気が短いとも言える。
「ウルジェラ、後悔すんなよ。……ベイカー殿やってください。俺でいいですから」
「良いのか? 」
「一思いに、サクッと」
その会話の流れで、ウルジェラは表情を変えて見せた。クローゼもそれに気がついて、それをまじまじと見る感じになっていた。
「なんだ。しゃべる気になったか? 」
「……受け皿……とは……なんだ? 」
「ああ、終わったら教えてやる……」
その流れで、ベイカーが流動を併せる様に集中を始めて、起動呪文に繋がる詠唱を始めた……
「極神の吐息にして、探索者たる極属。その天獄に囚われし淫靡なる夢獄よ。汝の支配者になりし、クローゼ・ヘルグ・ヴァンダリアに従属せよ。ーー従属の首輪」
ベイカーの呪文に反応して周りの魔力が揺らぎ、淫靡なる夢獄を光で包み込んでいった。そして、その発光が場景に戻り、ウルジェラの首に具現化した首輪が現れていた。
「今度は、上手くいったな」
「……えっ。いや、『今度は』って。ベイカー殿? 」
「……なんだ。いや。上手くいったという事だ」
持たれ掛かるウルジェラの首に、拘束の首輪が出現したのをクローゼも認識した所で、ベイカーのもらした言葉をクローゼは拾っていた。それに違和感を持ちクローゼはそれをそのまま言葉にしていた。
それに、あからさまな動揺を見せるベイカーの表情にクローゼは更に追及をしていく。
「おかしいですよ、ベイカー殿。大体、何でウルジェラの魔力魔量が分かったんです。と言うか、ベイカー殿も十分ありますよね」
「いや、なんだ。あれだ」
「ベイカー殿。……子爵? 何か隠してます」
「……試した。まあ、結果的には嘘は言っていない。やるならこれが正解だろう」
「あっ、まあ、そうですね。……でも、別に黙って無くても」
クローゼとベイカーは何と無く、苦笑いを向け合うよく分からない雰囲気になっていた。周囲の緊張感は最高潮で、ウルジェラは自身の変化を一応に認識をしていた。そんな中であった。
「何が……起こったのだ」
「お前は、俺に逆らえなくなったって事だ」
「隷属……させられた……のか」
ウルジェラの「隷属」の言葉に、クローゼはベイカーの表情を伺って、「そうだな」の感じを拾っていた。そして、掴んでいたままの角を離して首輪に触れてウルジェラに告げていた。
「そう言う事だ」
――俺もよくわからんけどな
そう思いながらであった。




