十七~極光樹の地。龍装の神具~
中途半端な時間に失礼します。
よろしくお願いします。ありがとうございます。
クローゼは、一角獣を駈るカルエの背中に身を預けて極光樹の地の街並み――彼の想像と違う樹木映える中世的な様子――に違和感を感じながら駆け抜けていた。
向かう先は、その中心に開けた場所に建つ、それと真逆な自然の造形美を見せる巨大樹の宮殿になる。その宮殿では、騒然な状況が起こっていた。勿論、彼が向かうからではなく、もっと別の確信的な意思によってである。
それは、ラルフ=ガンド・アールヴのサンドラ・フェルメールなる女に対する、明確な憎悪とも取れる懸念であった。「騒然な」のは、渋々な承諾に招き出されたか弱い様相の女性に、向けられる彼の怒号によってになる。
スキロの手がラルフに掛かっていなければ、既に、その女性は射ぬかれていたのは明白であった。続けられる、ラルフの言葉の攻撃に「か弱さを出して」アルフ=ガンドの影に隠れる彼女の様で、アルフの言葉がラルフと交錯していた。
「……獄属め、正体を現せ。俺は騙されん――」
「――止めよ」
「父王は、惑わされているのです。外界の者――」
「――黙れ! 」
「黙りません。この地に、異分が紛れたなら、その女に決まっている。今までの――」
「黙れと言っている。颶風よ。そいつは、乱心している。下がらせろ」
「乱心は、父王の方だ――」
「ふざけるな。精霊の王たるを愚弄するか……」
「くっ、……おかしいのは……父上だ……」
颶風と名指しされたスキロに、身体ごと引き戻されて、ラルフは、彼ら三人から引かれた弓を視界に入れて失意の顔していた。
「落ち着かれよ。アルフの子」
詰まる言葉に向けられたスキロの表情で、ラルフはその場で下を向いて「愚か者! 」と捨て台詞の様なアルフ=ガンドの言葉を聞く事になった。
「何でだ……」
「わからぬ事もない……今は――」
「その者の言は正しい。それは獄属、淫靡なる夢獄 だ! 」
項垂れて、呟きを見せるラルフに、スキロの密やかな声が向けられたその瞬間。その場の動揺を、掻き消す魔力の乗った声が響き、場を貫いていく。――それは、空間の注目の全てを奪う如くであった。
その、刈り取った様な意識と視線の先には、黄色い薔薇をあしらった仮面を着ける、黒の六楯の姿が映る、光景となる
それは、動揺に怒号が交わされていた情景に、一応の終局を見せた沈黙を再び弾き飛ばした、クローゼの一言になる。勿論、いつものノープランではなく、一応の思案の上であった。
そして、彼は無造作に双剣を抜き、全力の魔力を乗せた竜硬弾を放った。――その先は、精霊の王の体をなす、アルフ=ガンド・アールヴにである。
魔衝撃の発動を促す、「起動」の言葉とほぼ同時に、アルフ=ガンドの眼光の両側を掠める様に、竜硬弾が突き抜けていく。それが、突き通す様に乗せられた魔力に押されて、竜硬弾の特性を十分に具現化し、その場の魔力を根こそぎ奪い取る。――そして、その光景をその場に晒して見せた。
アルフ=ガンド・アールヴの下半に乗る不完全な幻影の様な姿。その妖艶で獄属然とした様相を……である。勿論、それは淫靡なる夢獄に他ならない。
「獄属なる者か!――父王を騙るとは許せません。その者は偽者と明かされた。皆の者取り押さえよ」
情景の認識が追い付くほどの刻を経て、それはアルフ=ガンドの容姿に戻る。そして、その場に愕然の空間が抜けて、そこに投げられる「アルフの子」カルエ=ガンド・フィーリアの声が通っていった。
……その一連の流れで、宮殿のバルコニーに晒された淫靡なる夢獄らしき女型の姿を、始めに認識したのはクローゼであった。目的の女が「ウルジェラ」あるのかの懸念を「人に見せているなら」と万全を期して、二の腕にはめていた仮面を着けてクローゼは黒の六楯となっていた。
広場の端で一角獣から降り抜けに、クローゼはその格好で、カルエの驚きの顔を引き出していた。だが、彼は先に進む促しを返していく。
そして、ラルフがサンドラ・フェルメールらしきに、暴言とも取れる言葉を投げつける様に、カルエが口を押さえるその後ろで、クローゼが見た光景は……。
「サキュバスかよ」
そう、思わず出た言葉通り――彼の知識でのその容姿の女型――それが、明らかに場の中心に立っていた。……こめかみ辺りに垂れる角と背中には悪魔な的な翼があり、服とも皮膚とも取れるそれが、へそを見せる形に前面がV字に裂けている。そんな、見たまま妖艶な女性像がそこにあった、となる。
「カルエ殿。誰がエルフの王ですか? 」
「なにを? ……あの場に……」
居並ぶ戦士がざわめきを向ける。颶風の弓士がその先におき、アルフの子らが眼前におさめる。その場の中心にあったアルフ=ガンド・アールヴをクローゼは、カルエに「何処にいる」と尋ねていた。
「恐らく、あれは淫靡なる夢獄という、獄属です。私に、その容姿がそうは見えるので、幻影か幻術か何れかの魔力発動で偽っているのだと」
「本当なのですか? 」
「そうですね。見たままと、得た情報からそうだと思います。このまま、倒すのも出来るのかもしれませんが、無理を押して、万が一があると不味いので。……剥ぎ取ります。宜しいですね」
極光樹の地で、精霊達をも謀って……エルフの王に化けるなど出来る筈がない。そんな顔を見せるカルエに、クローゼは益々分からない事を告げていた。
「クローゼ殿。何を言われているのですか? 」
「今は、黒の六楯と。もし違えていれば、このまま逃げるので『魔族のいずれか』が紛れた事にしてください。まあ、間違い無いので大丈夫です。それよりも明かした後の始末は、エルフの方々にお任せしたい。……『暴れるな』と言われているので」
――屋敷に来た奴程度なら、これんだけいれば行けんだろ。
その短絡な思考を、居並ぶ戦士の列に視線を向けて、自信満々な、それでいて柔らかな感じに話すクローゼの言葉に、カルエはあの席の彼の言葉を重ねていた。
――捉えようのない方だ。今の感じに悪意はないのは分かるが……
「ラルフ殿が不味そうだ。兎に角、御見せします。魔力なら剥ぎ取れますから」
「待ってください。何をなされるのか――」
「カルエ殿。では、私ではなくレニエを、レニエ=シルク・フェーヴを信じて下さい。彼女は私を選んでくれました。その事を。宜しいか」
クローゼは、半ば強引にカルエにそれをねじ込んだ。そして、アルフとラルフが口論になり始めたその終局の瞬間。そこに声を出して、自らの言葉を証明して見せたという事になった……
その流れをクローゼが演出して、カルエの言葉に、エルフの者達――特にアルフの子ら――が自身を取り戻して声を上げるに至る。それで颶風の弓士達の弓を引く先が変わった辺りで、アルフ=ガンド・アールヴの表情と雰囲気が変わった。
それをクローゼは見逃さなかった。一瞬の隙もなく、彼はその獄属 淫靡なる夢獄とおぼしきの動向を注視していた。
――勇傑なり者の目で捉え、支配せり者の視界で全体を認識し、探求せし者の思考でその場の把握する。意志持つ者の業で自らの魔力発動を意とし、正道たる者の理でその魔力を制御する。そして慈悲ある者……彼女がそのを存在を肯定し具現化する――
今持ちうる限りの彼の力、その意識と意思になる。何度か魔力魔量を空にして、また、その魔力を惜しみ無く使い、その底上げが起こった故にであった。
――魔王の魔力のみならず、彼の成長の末にたどり着いた彼の今になる――
その状態で、気持ちの変化が獄属らしきの動きに、瞳を凝らさせていた。――そこに、獄属が如くの声が聞こえてくる。
「人智の亜人ごときが、神の眷属などと」
容姿がアルフ=ガンドで、声が女型のそれである。それに反応した、颶風の風に引かれた矢が襲い掛る。――三本矢がクローゼの目に映り、それが「か弱い者」に刺さっていた。
傍目には、アルフ=ガンド――クローゼに淫靡なる夢獄と断定された女型――に引き出され、「盾」とされたサンドラの容姿のそれであった。微かな呻きと共に、その容姿が誰とも分からぬ女の姿に変わっていく。
「かの者も、幻術だったのですか? 」
驚きの言葉に続き、カルエは振り返ってクローゼに答えを求める姿勢を示めそうとしていた。それをクローゼはゆっくりとした光景で感じていく。その瞳か捉える淫靡なる夢獄から、意識と視線を離す事無くであった。
――いきなり射るとかなんだよ。
クローゼの思考に合わせるかの様に、アルフの子らの声とそれぞれの長に命が戦士の列に届く。それに、戦士の列が崩れ、一団の塊が複数になり追従する姿勢を見せていく。
当然、バルコニーには何名かのエルフがあった為、そのまま、矢を放つには至らない。だが、颶風の弓士達は、続けざまにその姿勢に入る。
「見たままならそうだと――」
追い付いた、カルエの言葉にクローゼが答えを返した瞬間に、アルフ=ガンドの姿が「完全に獄属的で妖艶な女性像」――淫靡なる夢獄――のそれになる。そして、それが顎を上げ見上げる形を見せていた。
その様相に颶風の弓士達から矢が放たれて、ウルジェラの身体到達する瞬間を勇傑なりを通すクローゼの瞳が捉えて……紫色の発光に視線を遮られた。
光源の輝きと弾かれる矢のみが、クローゼの視界に入り、残光がその場景に幻想を付加していた。そして、クローゼの瞳がそのままの場所を認識させてていく。そこにあった、その女型の姿……その変化をである。
――なんだあれ。
見たままで言えば、刺々しい様相の全身鎧を、いや、寧ろ全身装甲の領域だとクローゼには見えていた。
だが、彼の思考とは別に、驚愕の認識がその場の表情の流れていった。高段の前に出て鼓舞していたアルフの子らや眼上に射かけた颶風の弓士ら。そして、臨戦の様相を作り出していく、大勢のエルフの戦士達……一応に驚きを見せるその顔でである。
「あれは……」
それが、カルエの思わず洩らした声と、その場の驚きをもたらした。唐突に、姿を変えたウルジェラが手に持つ弓が、恐らく「精霊の弓」と言われるものであった為なる。
「なんですか? 」
カルエの呟きを拾い、クローゼが問いかける。しかし、その場には動揺と言う名の風が走り去っており、カルエは自身の呟きを消化出来ないでいた。そして、走る動揺などお構い無しで、ウルジェラはその場の雰囲気を丸呑みして見せる。
「我が名は、淫靡なる夢獄。真なる神の眷属なり」
そう声を出してその場を包み込み、持つ手の弓を掲げる様に持ち上げた。バルコニーの様な場所の眼下を見渡せる位置でである。そこを後退り、驚きを見せるエルフ達を気に止める事もなくであった。
――何をやってる。でも、ヤバい雰囲気しかない。
全体が飲み込まれた流れの中でも、クローゼはその獄属を捉えていた。しかし、彼より早く動いた者がいた。
「ふざけるな!」
声と共に放たれる矢。ラルフ=ガンド・アールヴのそれである。――今までの颶風の矢は、一突きになる。だが、ラルフのそれは一撃で必殺であった。
しかし、その矢が当たり前に全身装甲に弾かれて、掲げられた弓の空虚な弦が楽器の絃の様に弾かれる。矢すらつがえていないそれが、天上に向けて光の線を放っていた。
直線的に登る光が束になり、唐突に実体化して弧を描いて――意識を持った様にその場に降り注いでいく。勿論、狙いは宮殿によるエルフ達になる。それをクローゼはゆっくりとした流れで見ていた。
――マジでふざけんな!
そんな怒りとも取れるそれで、その感覚のまま身体を向けて、それを狙い刹那的な勢いで空間防護を多重展開する。――そして。閃光を引きずりながら発動する、煌めく盾魔方陣でそれを迎撃して見せた。
くだけ散る魔方陣と、勢いを削がれてはらはらと散るその矢が、極光樹の地の中心で、エルフ達の驚愕から驚愕を呼ぶ光景をそこに表現していた。――龍装神具が放たれた驚きと、それを遮った唐突な魔方陣のそれよって、である。
物理耐性に、魔力耐性を付け足した、ジーア・シップマン――竜伯爵付き魔導師――の「魔改造」による結果であった。広大な領地よりも価値のあるとクローゼが言った、彼女の価値――魔力をも可視化する、その感性と知識――と「任せなさい。凄いのにしてあげる」の意気込みの産物であった。
ただ、近くにいたカルエすら、クローゼがそれをなしたとは分からない。また、精霊の矢を避ける為、咄嗟にテラスから、彼女の近くに飛び退いた颶風の弓士達とラルフも同様であった。
――何が起きたのか分からない――
それが、精霊の弓の奏を遮った魔方陣の光景を見たその場の総意であった。……クローゼに、弓を引き絞るウルジェラを除いてである。
「薔薇。……起因の者か? 」
直線的に魔力が運ぶ、ウルジェラの声がクローゼの場に向けられた。その疑問の言葉は、余裕がないと言った「百眼」を使った結果である。
相応の距離を無視して届く声と、引き絞られたそれに、クローゼは驚きを隠して大声を帰していく。
「知るか――」
その言葉が始まるとも終わるともなく、放たれる矢の具現化とその軌道に、勇傑なりの瞳は「自身に届く」を理解していた。――強化した空間防護で、砕くつもりが砕かれた事。それにクローゼ自身も最悪を想定していた。
瞳が捉えるゆっくりとした刻の流れに、多重発揮される盾魔方陣を、圧縮した自身の魔力で支えて出した言葉は「動け! 」であった。
自身の領域を突き抜けてくる矢を、眼前に捉えて、クローゼは全神経を自身に向ける。そして、僅かに身体を動かして、それを交わした。ひらめくコートの裾をその矢が抜けて、刻の戻りにそれは音たてて裂けていく。
――やべぇ。でも、動くじゃないか
そのまま、クローゼは大きく息を吐き――返す感じに竜硬弾を撃ち返す。ただ、乗った魔力で揺らぎはしたが、全身装甲ゆえか、欠けと砕けの音を出していた。
「なんだ! それ」
「精霊の弓だ――」
クローゼの叫びとラルフ指摘が交差して、彼らは半分の理解を共有する。それに、不足を問いかけるクローゼの指差す先の「弓を引く姿」が示される。
「じゃない。あいつ『外装』だ」
「知るか――」
ラルフの返しに、後退りバラけるその場。そこに、今度は一撃では無く多射の実体が迫っていた。「逃げろ」と「避けろ」に「危ない」が続き、クローゼの直接防護と空間防護の連続発動がかろうじてそれを遮った。
――バラけるのはかろうじて。なんだけど、精霊の弓とか何で出てくる。
クローゼを中心に、ウルジェラと距離を取り広がるその場に、一連の煌めきは、黒装束の者の魔力発動と認識が流れる。その情景に、ウルジェラの意識が向いていた。淫靡なる夢獄のそれを纏った姿である。
「我の龍装甲を傷つけるとは。やはり、起因の者か……面白いの」
重層なウルジェラの明らかな余裕と、それまでの光景が噛み合って、居並ぶエルフの戦士らの隊列が硬直を見せる。そこに映ったバルコニー様相の場。その出来事を、クローゼも場景として得ていた。
「我ら精霊使いの射手でもないのに、なぜ精霊の弓が使え――ぐふっ」
それは、最年長のアルフの子が疑問の言葉をウルジェラに向けて、突然、龍装甲から延びた突起に貫かれる様であった。無論、少なからずの距離を取ってはいたのだが……。
それを、支配せり者の視界に捉え、クローゼは成す術も無く送り拳をにぎる。そして、続けざまに残る二人の「されるがままの」その感覚を甘受した。
離れた距離を含め、視認出来ていなかった人と、特定出来ない場所にクローゼは下唇を咬んでいた。そして、何度目かの後悔の念に打たれていく。
――ク○野郎! 。最初一撃で、ヤっとくべきだったか。何だあの鎧みたいなの無敵かよ ……
「なんなんだ。――なんとかならないのか」
何と無く聞きなれた感じを、クローゼはラルフの言葉から受けていた。その言葉を吐いた彼の気持ちにも……これも、何と無く理解を見せていた。
――そう思うよな。俺もなんとかしたい。
彼の思考の瞬間に、ラルフの言葉に反応して、颶風の弓士の三人が短い詠唱の後に、クローゼが見たままの「飛び上がる」を表現していた。
スキロにカルデ。そして、リプスの三人が風を纏い、その眼前にウルジェラを置いていた。そして、引き絞られた弓をそれに向けていた。――引かれたそれは、「颶風の一撃」と呼ばれる、彼らの颶風の技で放たれる一矢となった。
一瞬の出来事に、多くの視線が合わさっていく。そこには、突き立つ矢と弾かれる彼らの姿が、映されていた。彼らは、鋭い突起から逃れる為に風に乗っていたとなった。
「この一撃で貫けぬのか! 」
「あれは、何ですか? 」
「獄属と名のったではないか」
彼らは、その最中に口々から、ウルジェラについて驚愕を流していた。そして、着地から再びの姿勢にウルジェラ本人の声を聞くことになる。
「永劫の刻みに、集めた神具の欠片と人智の魔力。 それを紡ぎしを見よ。我が纏いしはこれは龍装なり。然るに神具と同様である。紛いの眷属に届く筈もないわ」
その言動は、自らが神々の姿を模したそれであると告げていた。そして、彼女は神々の眷属には違いがなかった。元々は極属である。
――龍装神具を纏った神の眷属――
「何で、いきなりそんな奴が……出てくんだよ」
それはラルフでは無く、クローゼの漏れ出た声であった……。




