十五~東風の地。大樹への道~
大樹の森林――森の国または、エルフの王国の領域と呼ばれるそれになる。クローゼの認識で、巨大樹と考えると「大きな木」であるが、間近で見るのと遠くから見るのでは恐らく違うのだろう。
それは、工程をこなして眼前にそれをおさめるに至った、クローゼの言葉で分かる。
「高層ビルだな……」
言葉の理解は共通出来なかったが、感覚的には認識は同じにしたであろうと思われる。勿論、レニエを除いてであった。
「レニエ。これ馬車通れないだろ」
巨大樹が抜きん出ているが、光源のそれを無視して、その下は普通の大森林になっていた。その為、馬車の通れる幅がクローゼには無いように見えたのであった。
それを居並ぶ馬列の者も、当然の様にそう認識していた。となる。
「中々壮観だよ。もしかして手で運ぶのか? 私は、魔導師なんだ。力仕事は、出来ない事にしているんだが」
「子爵。……しているって。……ですが、この間『こう見えても、剣には自信がある』と仰ってました。それなら、大丈夫なのではと思いますが」
「ユーリ君。余計な事は言わないでくれるかな」
二人の会話に、レニエが微かに笑顔でない笑いのそれを見せて、クローゼの視線を掴んでいた。そんな彼女は、その一団心配をよそに、「大丈夫です」と声を掛けて軽い手綱捌きで、前に出ていった。
レニエは、一定の刻を詠唱に費やしてその光景をクローゼ達に届ける事になる。それは、木々が自ら動き道を作る光景だった。
「い、い、今――木が動きました! 」
「フローリッヒ? 」
「あっ、えっ、木が、動いて」
「ああ、見たら分かるよ……君も、そんな顔もするんだな」
その一団が驚きを見せる中で、ヘルミーネは一段高い声を出して、その魔力の高さを示していた。誰にでもなく報告する感じに、クローゼの声がかかり彼女はその表情をクローゼに見せることになった。
そのヘルミーネの驚きに、自身が冷静なってしまったクローゼは、戻ってきたレニエに不思議そうな目を向けられていた。
「もう少し、驚いて頂けるかと思いましたのに」
「ああ、驚いたよ。……先にそこの二人に驚かれたから、少し冷静になった」
二人との言葉に、指定されたヘルミーネは自身の向こう側で、口を「パクパク」させているユーリを見つけていた。声につられてクローゼが見た先で、連なる光景であったという事になる。
「なかなか、興味深いな。はははっ……私は、驚いていないからな」
「何も言ってませんよ。ベイカー殿が動揺すると、収拾が突かなくなるから止めてください」
「参りましょうか」
「冷静だなレニエは。まあ、あれか。……ところで、どうなってるんだ? 」
クローゼとレニエの落ち着いた感じが、随員の動揺をいち早く抑える事に繋がり、差ほど時を要する事なくその中に入っていった。――クローゼの問いに答えるレニエの口からは、当たり前に「極樹の精霊」の名前が上がり、彼の「ああ」の言葉に繋がっていた。
動いているのは、樹族といわれる木の様な身体の種族で精霊に近い位置にいる。クローゼに見えているので、実体があり、見たまま木の姿をしていた。
それらが、クローゼ達を導く様に開き、包み込む様に閉じる。それを道と言うには些かではあった。その状況を少なくない刻を使い、開けた場所に至った。そして、広がる光景が彼らの目に入ってくる。
「懐かしいか? ……普通の街なんだな」
「そうですね」
クローゼのそれは、感情に響く気のきいた言葉では無かったが、声の調子はそれを意味していた。そして、レニエの「そうですね」の一言に全てが入っている。彼女は、この地での思い出よりも極光樹の地の記憶の方が鮮明だった。
東の端にある、対外的な事象を担当するエルフ達の地。それが、彼らの前には言葉通り「普通」の街並みで、僅かに、樹木を印象付ける光景を見せていた……その外れに今は過去の様子を見せる、王国の領事館が有りはしたのだが。
光景が場景に変わる程度の歩みで、認識を向けられる異なる言語の声が聞こえてくる。それに、レニエは言葉を返していた。クローゼには、分からないそれで、促しと取れる招きにその歩みを向けていく……
……促しの先。クローゼ達が通された場所で、彼と主だった者が大きめな一室に通されていた。そこで、クロエの一族――東風の眷属の長老達とテーブルを挟んで対面していた。当然、クロエにカルエとラルフも顔を揃えている。
一応の説明に、領域干渉に伴う私的な調査――獄属らしきそれ――の是非についての話が、クローゼの側からされていた。当然、クロエの取り成し――と言うよりも、形式的には依頼となる為、排他的な彼等も姿勢だけは前向きではあった。
「一応の件は理解する。しかし、その者が正式なエストニア王国の使者であると言うのならば、あの者は何であるのだ」
「現状、正式な王国の王位継承者は、ニナ=マーリット・フィーナ・イースティア王女であられます。残念ながら、あの事件で非道にも……」
一連の説明を丁寧かつ儀礼的にこなしていたユーリは、思いがそこに向いたのか、唐突な言葉を付け加えて声を濁していた。それに、エルフ達の言語がその部屋に流れていく。
クローゼは、目の前を行き交うそれを何の事だか分からない様であった。彼は、テーブルを挟んだ向こう側にあるクロエがエルフの長老達と会話をするのと、隣に座るレニエに視線を動かしていた。
その話の流れとしては、クロエから聞いていなかったユーリの正式な立場の話であった。――懇願にも似たサンドラのそれを、思慮不足で通してしまった彼らの落ち度。それを証明する者の存在についてとも言えた。
崇高なる彼等がその様な愚考に陥るのも、アルフ=ガンドのあの失意からの不測ゆえ……であったのかもしれない。聞きなれない言語のそれは……。
『クロエ。正式な使者とは、この様な話は聞いていない。何の事だ? 』
『その方の説明以外、ありませんでしょう』
『クロエ。この者らは信用出来るのか』
『私の娘の――』
『――だからだ。なにゆえ今さら……』
『そうだ。それゆえ、王はあの様に』
『この大事に私事を絡めるとは――』
『――お止めなさい。レニエの前です』
これが、大方の会話の流れになる。そして、アルフの子であるカルエが言葉を発したと同時に――会話が続けられる様な雰囲気を「ドン!」という音が遮った。――それは、クローゼがテーブルを叩いたそれになる。
その行動に、驚愕と反論の怒声が向けられて行く。それは、長老達からのありきたりな確認と指摘であった。しかし、その声と表情をクローゼは一蹴した。
――分からんと思って。ふざけてんのか? 名前の単語は分かるから……そういう感じかよ。
「分かる言葉で話せ。馬鹿にしてるのか? 聞かれたくない話なら後にしろ。エルフは礼儀もしらないのか? 」
本来は、崇高なエルフである。クローゼのイメージもそうであった。だが、クロエの表情と下を向いてしまったレニエのそれに、クローゼはそう行動した。会話の中身は分からないのだろうが、それで察した様子であった。
本来なら、ここでラルフの反論が来るのだろう。彼の性格ならおかしな事ではない。ただ、既に彼はこの場から姿を消していた。……それは、いつもの感じラルフであり、その為、彼等はそれを気にしていなかった。しかし、クローゼはそれを指摘していく。
「大体、話の途中で勝手に出ていく奴がいる時点で、このテーブルに着く価値もない。それが王族なら尚更だ。ここまで来たのはこちらの好意だが、別に押し付けるつもりはない。それに、レニエに下を向かせる奴らを助ける価値もない」
「我らを価値もないと。その様な高言、只で済むと思われるのか」
「エルフも大概だな。『只で』? 当たり前だろう。そっちこそ、吐いた言葉のみ込むなよ。どうするんだ? こっちも『只では』やられんぞ。お前らは、眷属神よりも強いのか? 千や二千では相手にならんからな」
クローゼの意味不明で、唐突な沸点の超過だった。それに、周りの者も突然過ぎて呆然意外の反応が出来ていない。そんな雰囲気になっていた。ただ、ベイカーを除いてではある。彼は初めから、椅子に座らされた感じに、姿勢を正したまま話を流れで聞いていた。
その感じに、クローゼのこれも冷静な顔つきで見ていたとなる。微かなため息にも似たそれを出し、後ろに立つヘルミーネの帯剣に掛かる手を――片手で制していた。
「竜伯やめたまえ。戦布告の場では無いだろう」
「はぁ? 。……って、子爵……。いや、流石に大概にしとけよって感じですが」
「しかしな、私は君と戦いたくないと言った筈だ。 帝国が戦を仕掛けるなら、盟約にしたがって王国は森の国に助力せねばならない。……と思わないか」
ベイカーは、真顔を作り「まあ、形式だけしか残っていないか」と呟きを追加してそう告げていた。それに、クローゼは「ああっ」となって、上げた拳の行き先をさがす感じをみせる。そして、隣のレニエに視線を向けていた。
レニエは、俯いたまま肩を微かに揺らしていた。彼女の雰囲気に、帯剣から手を離したヘルミーネは複雑な表情を見せる。それと、クローゼの雰囲気に飲まれていたユーリが、言葉を探す仕草していた。
場景の高揚から、仲裁に続き沈黙が訪れていた。その最中に、カルエ=ガンド・フィーリアが、隣に座るクロエ表情を感じる様にテーブルに置く手を握っていた。
「その方の仰る通りです。長老方も落ち着いてください。戦をする話ではないです。我らは東風の眷属。崇高な志を持つと自負があります。私も、あの時は判断を誤りました。ですが此度は間違えません。最早、父王アルフは不調和であるのは明白です」
端に座る彼女は、位置的に全体を見渡せていた。それは、この地に預けられた彼女の最初の精霊の契り結果になる。アルフの子であるが、アルフ=ガンドの至高に足らなかった為に、クローゼの対面に座れないと言うことであった。
しかし、彼女も現在では、第五階層の精霊の力を得ており、その意味では極然的調和の奏で、その調律者にたるエルフでもあった。その彼女が、覚悟を決めた様に続けて言葉をそこに向けていた。
「東風の眷属の長老らに申し上げる。我と契りし迅風の精霊の名において、この地に訪れた彼らの助力を受けて……父王アルフの不調和を正します。異存ありませんね」
彼女達の予定調和になる。納得を得られなかった場合、カルエのこの言葉を向けるつもりであった。長老達よりも、上位精霊と結びし彼女の言葉がこの場に通されていた。
「それに、この場の最上位はレニエです。それを。認めず、卑下するような事を私は二度としません」
「カルエ……」長老達の一人は呼び掛けるが、反論につづくであろう言葉は出てはこなかった。何故かクローゼは、そのカルエの言葉に満足げな顔を見せる。その彼の隣から、レニエの言葉が聞こえてきた。
「ラルフが……思い詰めた顔で……」
私的な調査の話辺りで、ラルフは何かを思いその流れで席を立っていた。という事であった。
「確かに、この流れならその結論に至るのはやすい。話がまとまれば、その辺りを含めての協議を願うつもりだったのだが……」
「何の話です? 」
口を挟んだベイカーの言葉に、クローゼはそのままの表情を向けていた。正式にテーブルについていたユーリが、本当に? の顔を見せていく。
「話の流れで分かってみえるかと。普通に考えるとサンドラという者が、淫靡なる夢獄であるという可能性が一番高いかと。こちらは、皆そのつもりだったと思うのですが」
「そうか? 」のクローゼに「その為の説明でしたが」とユーリの返しがついていた。呆れ顔のベイカーが首をかしげており、レニエは真顔でクローゼを見ていた。
「どういう事ですかな」
そうエルフの長老の一人が、こちらも真顔を見せていた。一応の説明が、ユーリから向けられて「合点がいく」の表情が表れて軽い相づちをうっている。
「それは一大事だ」
その抑揚のない声がして、それを無いものとするように、あわただしくエルフの男が部屋に入ってきた。唐突に、その男がカルエに耳打ちをして、僅かな口の動きの後カルエの表情が曇っていった。
「連れ戻しなさい」
「一角獣の大半を若い戦士と共にお連れになっているので、残りは僅か数頭です。追い付いても、お聞きいれにはならないと思われます」
「なら、私が参ります」
「カルエ。何があった? 」
カルエの強めの返しに、そのエルフはそのまま状況を述べてしまい、長老らの言葉で事の次第を説明させられる事になった。
簡単に言えば、風の鎧まで纏い完全武装で十数騎の若い戦士を引き連れて、極光樹の地の方向に向かったと言う事になる。勿論、大樹の宮殿を目指しているのは間違いないのだろう。
それをカルエは連れ戻そうとしているのだが、長老の一人が否定的な物言いをしていく。
「ならば、追い付くのはかなわんだろう。ラルフなら、風陣の走破で引けるのだぞ。一角獣ならなおのこと……」
「馬なら居るが。魔装具着きで中々の速さの馬が」
訳も分からずの感じに、クローゼはその会話に首を突っ込んでいく。先ほどの喧嘩腰の彼の言葉であるので、流石に彼等も怪訝な顔を見せていた。
「馬自体に乗れる者が多くはないのだ。それに、引かれている一角獣に届く筈もないと言うことになる」
「じゃあ、我らを引いてもらえば。頭数はそれなり
。道を塞ぐ壁ぐらいにはなると思うが」
引くの意味をクローゼが理解しているかは別に、目の前エルフにそう当たり前の彼の言葉が向いていた。「どうせ行くのだから、ついでに」と思った通りままの言葉である。
彼の変わり身は、ある意味予定調和である。ただ、それを知らないエルフの長老達は、それを許容出来るギリギリの線にあった。なので、返す言葉すら既にない。そんな感じであった。
その場景に、アルフの子であるカルエのクローゼの向こう側を見つめる様子があった。彼女は軽い頷きの後に、瞳に映るハーフエルフの容姿を鮮明にしていく。
「レニエ。貴女が引きなさい。私が教えます」
そんな簡単には……の表情でレニエはそれを返していたが、カルエ=ガンド・フィーリアは当たり前の顔を当然に見せていた。
雄風の精霊の力を行使する。ラルフ=ガンド・アールヴに追いすがる可能性を見いだす為にである……
……東風の地から、各々の思いが向けられた者。それは、森をを切り裂く様な速度で、一陣を引き連れて疾走する。一角の馬体を駆る、ラルフ=ガンド・アールヴである。
女神の様な姿をした極樹の精霊の加護による、無謀への微かな諌めもものともせず、樹族の木々をかき分けるが如しの疾走であった。
「ラルフ=ガンド。先程からの話は確か? 」
「外界よりの話だが、それで全てが繋がる。真意はついてからだ」
包み込む風の中、それに乗せた声が会話となっていた。年長の者の懸念にラルフは勢いで答えていた。その答えに、勇み足の感がその場で年長になるエルフに届いていく。
「真意などとちらでも良い。『獄属の疑い』だけでも、颶風の弓士達に届く筈だ――」
その言葉に、そのエルフの男は怪訝なそれを見せて、行き先に思いを向けていた。その感じとは別に、極光樹の地に向けるラルフの風は止まる様子はなく、彼も彼の思いを胸に目指す場所にひた走っていた。
――父上……。
そんな思いの彼の父親は、「公明にして至善なる然」なエルフの王、アルフ=ガンド・アールヴである。人智に在る者としては、神子たるそれに最近い者であった。――それが現在では、玉座然とした椅子に座り、呪縛と混迷に連なり抗いの最中にあった。
――後継を求めて、厳しすぎるその至高の果てに、失意にも似た「心の隙」を疲れ、境界深淵のを覗く事態に陥ったという事になる。
当然、それをもたらしたのは、獄属……淫靡なる夢獄の囁きに他ならない。紅紫色の瞳に宿した魔眼が、本来なら届く筈もない「精霊の王」の意識を蝕んでいた。
「最早、そこから動く事も出来まい。手こずらせたな……精霊の王。お前を玩具に出来るのは、淫楽の極み。中々獄の楽であるの」
アルフ=ガンドは、微かに残る瞳の光の先に、淫靡なる夢獄捉え、自身の愚かさを自問自答している。
――愚かしい事だ。まさかこの様な事になるとは、何れで違えた? ……ラルフか? 。いや、あの子は違う。それにあの者でもない。初めからやも知れん。
魔力の暴走の抑制と、絶え間なく続く淫靡な囁きがその思考遮っていく。恐らくは、まだ人智の側にある。精霊の王であった。
「ふっ。声も出ぬか。まあ、良い。永劫な刻みで蓄えた。人なるの生気。二つ目を使わぬで良かったとあるな……」
紫の欠片の一つを手に持って、ヴルジェラはアルフ=ガンドに告げていた。その場で瞳の耀きは増して、獄属らしい雰囲気を出していた。
「そなたの戦士。集まってあるぞ。使いがってがあるよの……精霊の王。我れが使ってやる。楽しみにしておるのだな」
であった。
――獄属……淫靡なる夢獄――
紅紫色の瞳を煌めかせ淫靡なる夢獄は、アルフ=ガンドにそう告げていた。それは、僅かに残る精霊の王の瞳のそれに併せて様であった。




