十~女の子のお茶会~
綴られる物語の頁には、勿論クローゼである彼以外にも、幾つかの点がある。その点が、クローゼである彼の紡ぐ頁に、色合いを魅せて行く。
魔導技師の屋敷にあった、工房の様な建屋から違う並びに、魔導技師の弟子の建物がある。――あるがままで言えば、「可愛らしい」場所ではある。
その部屋で、テーブルに着くアリッサと、彼女に紅茶を出す、アレックスが会話が見えていた。
「大分良くなったね。アリッサは魔体流動が内向きの循環系だから、放出系の治癒魔法は難しいのに」
「アレックス君のおかげだよ 。凄く分かりやすく説明してくれるから」
彼女の嬉しそうな感じに、アレックスも椅子に座り、カップを持って「ふうふう」とする。
「とりあえず、見えるからね」
アリッサが、見えるの単語に「そう、それそれ」の仕草した。
「よく、見えるって言ってるけど、どう言う事なの?」
「説明難しいけど、そのまんま見えるって事だね」
「う~ん、見えるの? 」
よく分からない感じの彼女に、アレックスが話を始める。要するに、可視化して魔体流動が見える。もしくは、魔力や魔量が分かるという事だった。
「見ようとしないと見えないから、普段は関係ないけどね」
「特殊なんだって」と彼は、紅茶を一口飲んで、「物凄いのはなんとなく見えちゃうけど」と言って、舌を可愛く出して見せる。
「なんか見えるとか見えちゃうとか、ちょっとあれだけど」
舌を出した続きで『クスクス』笑いながら、彼は、アリッサを調べる感じに見る。その顔は、何か含みを見せ、意味ありげな感じがした。
「今も見えてる?」
「どうかな?」
アリッサは、自分の言葉に何故か顔を赤らめて、カップに指をかけたまま、固まっていく。そんな彼女を見て、アレックスが言いにくそうな顔をする。
「少し言いにくいんだけど……」
「えっ、なに?」
出した言葉で、何かを振り切った感じのアレックスが、意地悪そうな微笑みに、驚いた様子のアリッサが、一瞬身構える仕草をした。
「アリッサの流動って、凄く素直で綺麗なだけどね。でも、なんて言うか……人狼とか人虎とか、そっち系の感じなんだよね」
「私魔物なの?」
アレックスに魔族の名前を出されて、驚きを隠せない彼女。ただ、流石に何の事だか分からない様子だった。
「そう言う事じゃなくて。僕も本物は見たことないけど、流動の標本みたいなのがあって、その絵と似てるってこと」
会話の流れから、『意地悪されているのか、そうでないのか』判断出来ず、困惑した表情のアリッサが見えていた。
「なんか、意地悪してるみたいだけど、ごめんね。うんとね。何が言いたいかって事だけど、感覚的に使える強化魔法を、きちんとやったほうがいいよって事かな」
アレックスは話を一端区切り、間を開けてから、説明を追加していた。
――魔族や魔物と言われる物は、『魔力魔量が大きいとか強いとか』とは別に、本質的に魔体流動が美しい。
だから、人の様に魔動術式を使わなくても、本能的に備わる魔力を行使出来る。
例えば、人狼が変身するのはある種魔法といえる。それ故に、魔物の多くは,魔動術式を用いる様な魔法は使えない。勿論、例外はいるけれど、と。
「だから、魔法って言うのは、合わないものは使えないって事になるね。単純に、アリッサには治癒魔法は難しいの。無理してるから。平常心で使えても、いざって時に……本当に使いたい時につ使えなかったら駄目だからね」
アリッサにも、彼の言っている事は何と無く分かる。それで、頷きを返していた。
彼女は彼に「治癒魔法を教えて欲しい」と言った時、「彼にどうしても?」と言われた事を覚えていた。
「なんとなく分かるけどね。取り敢えず、今の僕は君の先生だからね。頑張っているときに言うとあれだしね」
それで、俯いた彼女を優しく見ながら、彼は確認を出して行く。
「彼の事。好きなんだよね」
それにアリッサは、心の底を見られる様な感覚をもった。彼女は、暫く言葉を見つける事が出来なくなる。ただ、それでもと、意を決して声にする。
「でも……」――でも……なんだろう?
「ごめん……一端なし。とりあえず、先生として最後。アリッサの希望どうりの魔法は教えてました。もう合格点です。おめでとうだね」
アリッサの「でも」に、言葉を遮るアレックス。 彼は、そのまま返事を挟ませない勢いになる。
「僕の合格点だから大丈夫、アリッサの取って置きにしてくたさい。でもね。難しいのは事実だから、その時は心を強く持って使ってください。おわり」
「終わり」と言ってアレックスは会話を閉めて、軽く視線を外していた。そして、「そろそろパイが焼けた頃かな」と、誰に言うでもなくアレックスは立ち上がっていた。
そのまま、作業用の服から着替えていた、フレアのスカートを、フワリとさせ奥の方に歩いて行く。
残されたアリッサは、少しの時間に感謝した。勿論、彼女も、自分の気持ちに自分で気付かない訳はない。――そうなんだよね。と、彼女は、目頭が熱くなるのがわかった。
――大切に使おう。自分の気持ちだから……。
そんな思いのアリッサが、どれくらい心に向き合っていたのか分からない。ただ、その刻が彼女を落ち着かせていた。
そして、動き出した刻で彼女は、片手で軽く頬を拭ぐい、その手が唇に触れていた。
「変な味」――少しは、笑顔も作れそう。
彼女はそう思って顔を上げる。その先には、パイを持ったアレックスが、笑顔で歩いてくる姿が映っていた。
「僕のお手製アップルパイだよ。甘くて、美味しいよ。でも、ずるしてないからね」
二人の前に出されたパイは、ほのかに湯気をみせ、ほんのり甘い匂いさせていた。
そして、アレックスが差し出す手がアリッサに向けられて、それには言葉が付いてくる。
「僕は応援するよ。今日で卒業だ。これからも、友達としてよろしくね」
アリッサは彼の手を取り軽く握る。返された手に、満面笑みのアレックスの顔が見えていた。アリッサはその表情に「ありがとう、よろしくね」との言葉に一番の笑顔を返していた。
そして、彼女は思う。――少し、眩しいよ。アレックス……と、そんな雰囲気だった。
僅かに流れた刻で、アリッサの前には、切り分けられたパイの一切れが置かれていた。
「アレックス君、大き過ぎるよ」
「恋する乙女は、これくらい食べないと」
言葉通り、アレックスのパイは、「大き過ぎる」の三分の一ほどに見える。
自分のは『そんなくらいなのに』と言いたげなアリッサの顔を見て、アレックスは笑顔をみせる。
「僕は恋してないからね。乙女かどうかも微妙だし……」
「乙女なの? アレックス君って」
『素なの?』という顔のアレックスは、彼女に初めて会った頃を思い出していた。
――綺麗で端整な顔立ちに、冷静な立ち振舞い。覗き見た魔体流動の通りの人。でも、何故か心の中が見えなかった。
「初めて会った頃の鉄仮面の中の人は、天然だったんだね」
アレックスが、思い返したままを呟く。
そう言われて、怪訝な顔をする彼女を見たアレックスは、答えを聞くまでもない事に少し納得した。ただ、彼女の「乙女なの? 」には笑顔で答えを返していく。
「僕にも分かんないんだよね。この格好始めたの、一年位前からだけど……アリッサはどう思う?」
「正直に言うと女の子だと思う。男の人の格好のアレックス君と知り合ってないし。あっ、でも今見たらわかるよ」
女の子と返されたアレックスは「髪の毛も大分伸びたしな」と言いながら、髪の毛を指でくるくるとしている。
そんな、アレックスにアリッサが「そう、そんな感じ」と笑顔を向けていた。
笑顔の交換から、アレックスは思い出したかの様に,クローゼの事に話題を振っていく。
「クローゼ君と、彼の前では呼ばないけど。むしずが走るらしいから。二つも下の癖にちょっと生意気だよね。まあ一応、男爵様でアリッサの、その、あれだから……」
遠慮がちに、前置きしてからアレックスは続きを口にする。何と無く、パイをつつく仕草が困惑をみせていた。
「クローゼ君に、男だからって強調するたびに。なんか嘘ついてる気になるだよね。変なんだけど、凄く対等に見てくれるから、自分が出るって言うか」
そう言いながら、アレックスは呟く感じに「偉い人に感じないというか、外見で『どう』とかではなくて、無条件で好かれているとか、そんな感じにね」と言葉にしていた。
それに、アリッサも合わせていく。
「クローゼ様、以前の雰囲気と今はちょっと違うの、というよりも別の方みたい」
そう切り出して、アリッサも、クローゼの印象について話していた。
――記憶を無くしたあの事件を境に、アリッサから見ても、別人なのではと思う様になったと。以前は何かに縛られて、もがいている感じに、『お助けしなければ』との思いが強かったそうだ。
あの事件の後、始めは思い切り頼られていたが、彼が自分というパーツを集める内に変わったと。そういう事になる。
「そんなの想像出来ないね。でも、今の方が良いんだよね?」
「そう、主従って感じじゃなくて、アレックス君が言ってる様に、私にもそうだから……勘違いしちゃったのかな」
「勘違いじゃないよね?」
「うん」
クローゼの印象から続いた会話に、二人の間に柔らかい時間が流れていた。それは、無理に話題を変えようとしなければいけない……という空気感ではなかった。
アレックスが、その空気を感じて、顎に軽く手を添えて声をみせていた。
「でも、師匠と同じ匂いがするから。さっきの感じも、結構あれだよ。色んな意味で大変かも」
「そうだね」
二人が共通意識を持った、クローゼの感じとは、好奇心が服を着て歩いていて、無邪気な子供の様な顔の持つ事だろう。
それが、彼の魅力の一つであるも、二人の中では、共有されていた。
「アレックス君」
「なに?」
「他の人はどんな感じ?」
「ああっ」
「ナイショで教えて欲しいんだけど」
アリッサの好奇心を見せられて、アレックスは、「内緒じゃなくても」と笑顔で答える。
「え~と、クローゼ君は、う~ん……な感じで、レイナード君は、ドッカーンって……と」
夕刻までの時間、 まだ暫く二人のお茶会は続くのだった。




