五~契り。私のクローゼです~
森の国。その総称である大樹の森林。幾多の巨樹が生い茂るその森を、エルフ達は勢力圏におさめている。――その中心に極光樹の地と呼ばれるエルフの領域――王国――があった。
人地とは異なる。人智を凌ぐかと思われる空間は、その地にある極光の巨大樹がなす、宮殿が示している。そこに、エルフの王――アルフ=ガンド・アールヴはあった。
その宮殿の大きな空間に、玉座に類した椅子に背を預けて、エルフの王は虚空に瞳をあわせていた。その場には、彼の一族の者は誰も居らず……ただ、妖艶な『人を名乗る』女があるだけだった。
アルフの膝に手を掛けて、頬を寄せ項垂れ掛かる様に地べたに座るその女は、エストニア王国の使者を名乗る、サンドラ・フェルメールと言う。
その彼女が作り出す場景は、妖艶さを漂わせ、淫靡さを纏っていた。それには、アルフ=ガンド・アールヴの至高さを掻き消す、魅惑的で甘美な囁きと響きが伴っている。そんな光景であった。
――獄属、淫靡なる夢獄――
時折、変わる紅紫色の瞳が特徴的なその女の正体は、淫靡なる夢獄である。
極然的――超自然的――調和の指揮者。自然の理、その奏での調律を束ねる彼は、『公明にして至善なる然』なエルフ王である。人智に在る者としては、神子たるそれに最も近い者と言えた。
「精霊の王。私の願い叶うなら、今宵も……」
超常なる精霊と契りを交わす王に訪れた、あり得ない不可思議な事象。それを彼の側近らは、理解する事も諫言する事も赦されていなかった。――そして、彼が発する不条理な言にも、抵う事を許されていない。
そんな内容をクロエは、柔なか言葉でクローゼに伝えていた。と言う事になる。
「それで。何故、私なのですか?」
クローゼは、話をしていたクロエではなく、グランザを見ていた。幾分か冷静な顔つきで、彼は、真剣な感じを見せる。
「だから、複雑と言った。クロエに相談を持ち掛けられてな。お前の顔が浮かんだ。まあ、悪い意味ではないがな」
「倒せ。と言う事ですか? 王国に仇なす魔王級の森の王を。まあ、倒せと言われれば、ついでに倒しますけど。そんな奴」
「調べろ。と言ったつもりだが」
「そうですね。聞いてました」
クローゼ自身は、グランザの雰囲気はなんとなく分かっている様に見える。ある意味、彼らの会話の流れではある。どちらかと言えば、クローゼはグランザに対して、自身の言葉を飾らない。
恐らくは、投げつけて受け止めてくれる人が好きなのだろう。彼に、時と場合での使い分けの自覚が有るかは分からないが……。
レニエは、そんな二人の事を知っている。しかし、双方をヘルミーネは分からない。その違いが彼女達の表情に出ていた。平静と動揺である。
ブラットは、根本的な彼を知っている。グランザの表情は見てないが、まだまだと言った雰囲気がある。勿論、ユーリもそのままであった。
「そんな簡単にあの方を倒す等と、人が出来ぬ事を軽々しく口にされるな。不敬になるぞ」
「不敬ですか? ……敢えていうなら、貴方の云う処の『軽々しい』人の女性。その言にのせられて、近しい者を遠ざけ、その言に耳も貸さない。挙げ句に戦をしようなどと、それが王なら払う敬意は、私にはないですね」
「何を言うのか――」
「――ラルフ。お止めなさい」
「しかし、叔母上」
ラルフ=ガンド・アールヴ。クロエに止められたエルフの名である。クローゼの言葉に、彼ららしくない言動のそれは、自身の父に対するクローゼの物言いによってであった。
彼は、契りによって最後に生まれた、アルフ=ガンド・アールヴの息子になる。彼の母親は、今は亡きクロエの姉であった。――ただ、彼女は見初められたのではなく、契約によって彼を生んでその命を絶った。と言う事であった。
エルフの長。――アルフ=ガンド・アールヴの後継として、四大精霊のうち極光風の精霊によって彼女達――イレネとクロエの姉妹――は見出だされて、アルフとの子を成す契りを交わす事になった。
だが、その時既にクロエは、レニエを身籠っており、必然的に、イレネがクロエに優しい微笑みを向ける事になった……
「そこの護衛。覚悟はあるのか?」
途中から、理解出来ない言語の会話になったそれに、クローゼが声をかける。
「何がだ?」
「私は、宮中伯と話をしていた。私も竜伯爵だ。その会話に断りもなく口を出す方が不敬だろ。主君を嗜める諫言ならいざ知らず、護衛の領分で、自身が怒りを出すなど。看過出来んが」
ラルフが出された言葉の『護衛の分際で』に反応して、クローゼの声に怒気を見せる。
「私は、護衛などでは――」
と彼は勢い良く鞘から刃を解き放つ。位置的にラルフは、クロエとクローゼの間に立っていた。その位置から、隔てたテーブルの角ごと切る勢いで――抜き放たれた剣身が、青みがかった緑色の軌道を見せて――ヘルミーネの抜刀に遮られる。
「切り捨てますか?」
音を立て、押さえ込む感じに、ラルフと剣を併せたヘルミーネの声。その冷静さに、驚愕と緊張がその場を突き抜けて、レニエの声が響いた。
「クローゼ――お願いです」
「止めろ。クローゼ……もういい」
「グランザ殿に気を使わせるのが、気に入らない」
静止の声。懇願と許容のそれに、クローゼは片手で受け入れをヘルミーネに示していく。そして、自身は呟きをあわせていた。
立ち上がる勢いのグランザは、その言葉で一瞬止まり……隣のブラットに「剣は下げよ」と示していた。
クロエが、交わる剣の間に入ってその光景が止まる。そして、グランザからクローゼに流れる様、彼女は髪を軽く揺らす。――若干の刻の戻しが起こり、クロエがクローゼに瞳を合わせた。
「クローゼ・ベルク様。この子の事は、私がお詫び致します。申し訳ありません。……まだ、幼いのです。どうか、御容赦をお願い致します」
クロエの言葉に不服なラルフの表情。それに、クローゼの不満げな表情が被さっていた。そこへ、グランザらしい言葉が乗り、クローゼの表情が変わる。
「クローゼ。複雑だといった。……クロエ。恐らく、この男しか、どうにか出来るとは思えない。事が起これば、こちも止まる事など出来ない。それだけは避けたいのだ。全て話すが。いいな。ラルフ=ガンド・アールヴ殿も、不問に願おう」
クロエとラルフに確認の言葉を向けて、グランザは、自身の見解だとクローゼに告げて、話を始めていく。クローゼの傍らに立ち位置を変えて、彼の肩にかけた手に力が入るレニエも、視界に入れてであった。
「事の発端はこれだろう」に続く、エルフの王の不穏について彼は語っていく。
何度かの後継の契り――それによる喪失と失意。その流れで、アルフ自身が期待を感じた。ラルフ=ガンド・アールヴの誕生を、彼らの一族は見ることになった。
膨大な魔力を纏い生まれた彼に、イレネの身体は衰弱して、彼らの刻で僅かなそれで、彼女は天極に向かっていった。アルフにとって儀式だったそれ。ただ、イレネに対しては、成したラルフの期待も有るが、アルフに別の側面――愛情――を彼女はもたらした。
イレネが亡くなった後、アルフのラルフに対する寵愛は著述になる。人には感じられない極と獄の連鎖に、自身の終焉を彼は予見していたのかもしれない……。
そして、ラルフが初めて精霊の契りを交わす刻となる。大樹の宮殿に集まる一族を前に、幾多の階層の精霊をアルフは呼び集めた。育ての親であるクロエも見守るなかで、儀式は進行する。その空間で一時的に、精霊達は具現化していく。
そして、第六階層の雄風の精霊が、ラルフを見初めた。勇ましい印象の姿が、その場の驚愕を呼び込む。――人で言えば、赤子少し過ぎたばかりのラルフに、その可能性すら持たぬ一族が多数のなかで、彼はマールと契りを交わした。
満悦と歓喜と喝采……。アルフの子らも安堵の流れであった。アルフ=ガンド・アールヴの表情は、その光景と同様のそれになっていた。だが、アルフは掛ける声の前に、儀式の終了が来ない事に眉をひそめる。
そして、一族の列で第八階層の恵風の精霊が漂うのを視界に認めた。語りかけてくる彼女に、アルフは驚きの表情を見せる。
『この者との契りを……。極光風に意を抱くは交わしてあります。焦がれる様を……』
この者とは、勿論レニエである。彼女はこの時に、レニエ=シルク・フェーヴ。クローゼは知る彼女のもう一つの名を得たのである。
「それですか。俺がレニエに会えた理由。不謹慎ですが、良かった……」
挟んだ言葉が、ラルフの瞳に――クロセの記憶のエルフのそれ――らしさもない光をみせる。その先が、レニエであったのに、クローゼは威圧的な瞳を返して、掛かる手の彼女に身体を寄せられていた。
その殺意にも取れる雰囲気は、続く話でクローゼにも理解出来た様に思われる……
……意を唱える事など出来ぬ、精霊の意に、アルフ=ガンド・アールヴは答えた。その後の光景は些かな物であった。状況を理解していなかったラルフ。その得意気な顔に一言かけた声の後、アルフは光景の収束を告げただけであった。
――ただ、イレネを通して容認していた。人とのそれに、若干侮蔑の瞳を見せたのを、向けられた大人達は認めていた。そして、疎まれるとなる。
これは、クロエがレニエを連れて、グランザの元を訪れた時に彼女が語った物であった。無論、レニエは実状の全てを知らない。
クロエの『大丈夫。貴女はそのままで』の言葉を信じていた。
ただ、ここに来て、ヴァンリーフとして人智の表と裏を学んで、記憶の場景と併せる事で何となく理解していた様で、クローゼの肩に掛かるそれが、何時もと『少し違う』と彼が感じるに留まっていた。
そんな彼女に、なんとも言えない瞳を向けたラルフのその後は一変する。毎日会いに来ていた父は、その日を境に来なくなる。意味の分からないそれを、クロエに向けるが要領を得ない。
そして、何時からか宮殿から辺境区――外交担当である。クロエの一族領域――に移された。今までの者と同様にである。 ……姉弟と思っていたレニエは何時しか消えていた。
訳の分からない事で、ラルフは自身をもて余す。無駄に力があった故に、その素行は先ほどの流れで分かる感じになる。
「何なんだ」
意味が分からない。周りが居なくなる。父も母も兄達もそうであった。優しかったレニエすら……そして、偶然事実を知った。消化出来ない事に、やり場のない気持ちで自身を保てなくなり、益々荒れて行く。
その発端になったレニエに向けて、心に何かを宿して、クロエの努力により、ラルフは成人個体の姿迄成長した。若干の湾曲に留まってになる。
アルフ=ガンド・アールヴの子息達が、無能だった訳ではない。勿論、誰でも一定の後継は、務める事が出来たであろう。その彼らが、ラルフをして間違いなく相応しとあの場では思っていた。
彼らは、レニエがどうなどと誰も思っていなかった。刻があってアルフの契りがある。言ってしまえば極光風の精霊となら、シルクなど問題ではない。『確かに凄いが、ラルフとてそうである』それがあの場の意見の筈であった。
アルフ=ガンド・アールヴの求めが『至高』と言う以外は……になってしまったが。
刻が流れて、ラルフはあの時以来で、アースヘイムに呼ばれて喜んだ。しかし、そこにあるラルフの父は、彼の記憶からかけ離れていた。虚構を掴む様な事を口にするエルフの王だった。
「私の後継を作る。エルフで駄目なら、他の契りを混ぜる。そうあれの様に……」
宮殿の間で、アルフは集まる者の前でそう言った。ラルフもクロエも当然、驚きを向けた。そして、その後に続く言葉には、一族がそうなっていく。
「音と光が、風までも歪んでいる。調律が間に合わぬなら、自ら奏でるまで、戦士を集めよ。先ずは近隣の奏を正す」
領域外不干渉が、絶対のものではないとエルフの王はらしくなく。そうアルフは、最もらしい言葉で告げていた……
……グランザから、クロエに繋がり複雑と言った事情が語られた。
「サンドラとか言う。エストニアの使者を見初めて契りをすると、エルフの王は? それに、引きこもっていて、その女が代わり言葉を繋いでると。それで、時間を稼いでいるが打つ手がない……どうしたものかと。辺りで宜しいか」
「そうだな。そんな感じになる」
「まあ、大事なレニエが話に出てきたので、他人ごとではないですから。宮中伯の頼みですし。非才の身ですが、頼まれましょう」
「貸し借りはなしだぞ。やり過ぎた始末に働かされた。その分で、相殺にしてやる」
話の流れの確認で、クローゼはグランザと言葉を交わしていた。何故かクローゼの表情は、嬉しそうであった。その表情にグランザは難しい顔をする。
「なんだ。言いたい事があるなら言ってみろ」
「いえ、ただ、楽しいだけです」
「よくわからんな。だが、期待はしておく」
グランザの言葉の終わりに、クローゼは彼の顔を経由して、ラルフに視線を送る。そして、グランザの軽い頷きにあわせて、その先に穏やかな感じで言葉を向ける。
「ラルフ=ガンド・アールヴ殿。先程は失礼した。一国の王族に覚悟を問うなど……。しかし、この話で、レニエには非はないと思う。それに、彼女は大事な人だ。先の様な目を向けられると、流石に看過できない。出来れば自重して貰いたい」
クローゼの言葉に、頻りにクロエを見るラルフは、彼女の頷きで、小さく「努力する」と声出した。クロエがそれに、非礼だと咎める感じにその仕草を見せていた。
その様子に差ほど気にもしないで、クローゼはグランザに意識を向ける様に、身体を微かに動かした。それにグランザの声のが続いてくる。
「では、具体的な話だが――」
「――簡単ですよ。……その女をなんとかすればいい。……ですよね」
「まあ、そうなるがな」
「なら、一回行ければ、俺が連れて来ます。それで、終わりです。流石に世話する者がいないなら、ずっと引きこもっている訳に行かないでしょう。それに、その話だと『子供を生むから、エストニアの魔王を倒してください』の流れ。元を絶てば、側近の言に耳を傾けるでしょうから」
グランザが、クローゼを呼んだ。クローゼは、呼ばれてこの話をされた。双方の認識がだが――敵中に送り込むなら、クローゼ程の適任はない――と一致していたとなる。
「珍しく察しがいいな。どうした?」
「今日は、色々と有りすぎて、逆に冷静なのです。それに、宮中伯がその認識なら、他に考える事ありませんからね。後は行くだけでしょう」
「そんな簡単な事なら、我らでやる。出来ないからこうして……それに父の目の前から、連れ出すなど出来る訳がない」
ラルフは、テーブルに手をついて、前のめりに言葉を出していた。それに、どうでもない感じで、クローゼはラルフを見ていた。
「グランザ殿が把握している私が、今回の事を成せると考えているなら問題ない。でなければ、話を持って来ない。ですよね」
「お前らしくないな。だが、今回は暴れるのはなしだぞ。そこだけは……逆に心配になるな」
「大丈夫ですよ」
実際に、分からない者には無理な話なのかもしれないが、恐らくここにいる人達は『出来ない事でもない』と感じていたのだろう。差ほど深刻な雰囲気ではなかった。
「詳しくは、お前の随員と詰める」とグランザはクローゼに認識を向けて、簡単な絵図の説明をした。
――根本は、宮殿に転位型魔装具を使用可能にして、クローゼの言った展開にする。そして、確認の為に正面から、クローゼを竜伯。帝国貴族の体裁で、理由を付けて謁見まで行う。その流れになる。
「……こんな感じで時間が掛かるが、手筈はこちらでする。謁見の体で情報収集をして、安全圏まで戻ってからがお前の仕事になる。勿論、遮るものはないの前提だが、今の所は問題ない。と言う事だユーリ君。後で確認を入れてくれ。頼む」
「いや、ちゃんと聞いてました。……まあ、助かりますが……」
ユーリの頷きに、クロエの表情とは対称的なラルフの不安が、それに視線をあわせていた。その表情が至って普通なのに、彼だけは驚いていた……。
本題の話があらかた終わり、場の雰囲気が変わっていった。勿論、思わず抱き締めたクロエにしても、また、レニエにしても、先程の時間で積もる話と隔てた時間埋まる訳ではなかっただろう。
そして、その流れにクローゼは乗る気を見せる。当然だが、暫くはやることがないの認識を、彼は出していた。
「クロエさんは、暫くこちらに滞在出来るのですか? あの、え、私もやることがないので、いや、そういうのでは……」
「お母様。私のクローゼです」
「そうね。レニエ。幸せですか」
レニエの「はい」をクローゼは聞いて、言いたい事は簡単だったと、彼はそんな顔をしていた。半ば頭を掻きながら……クロエに頭をさげていた。そして、二人から微笑みを受け取っていた。
「お前は、行く前に別にやる事があるぞ」
「へっ?」
少し惚けた感じに、クローゼはなっていたが、グランザのそれに引き戻される。その様子をグランザは気に止めてはいない様で、「そろそろ良いか」と扉の前に立つ執事に目配せをした。
「お見えになっております」
「入って貰え」
グランザの促しで、扉の側の者がそれを開けて、前室の音と光が入ってくる。それに続く促しで、人影が見えてくる。
「何処に行くの――」
「――なかなかの装飾だ。良い屋敷だな」
『がはっは』の音と『ドスドス』振動に、言葉が乗っていた。それに、クローゼは視線を向ける。
「導師? ――え、バルサス殿?」
「おう、小僧。元気か? 鉄の国に行くそうだな。ついでに連れて行け」
クローゼもよく知る、義兄弟の二人の登場に、彼の視線が絶え間なく動いていく。
――何で? てか、聞いてないし
驚きで、若干たじろぐクローゼに、グランザが声をかける。
「森の国と鉄の国は、表面上国交がないからな。事情の説明を、魔導技師殿に頼んだ。お前も行くなら仕方ないと受けてくれた。だから、行ってくれ」
「いや、何で?……導師何でですか?」
「自分の仕事は自分でやれ。忙しいのだ。お前のせいでな。たがら、送ってやるから後は好きにしろ。俺は顔を出したらすぐ帰る」
また、来てやったぞと言う顔のジャンに、困惑を見せるクローゼ。それに追加で言葉が入る。
「それと、義兄は家まで送ってくれ。頼んだぞ」
クローゼにしてみれば、何時もの導師にバルサスであった。フローラに、髭のおじ様と呼ばれているドワーフのバルサスは、エルフを見て怪訝な顔していた。
「と言う訳だ。書簡は用意する。ドワーフの王に謁見してくれ」
どうだの顔がグランザから盛れていた。その様子に、クローゼは何かを言いかけて、それを呑み込んでいた。その言葉は『今からですか?』 と、そんな単純な疑問だった。その筈である。
――もう、何でもいいよ。なるようになれ。
そんな心の漏れは、レニエには届いていた。彼女の笑顔がそうであると見せていた。
彼にとって、刺激的な一頁の最中の事である。




