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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第三章 王国の盾と英傑の碑
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二十四~到達点。英傑の碑~

 ゴルダルード帝国より端を発っした。ガーナル平原での帝国と王国の戦は、王者と覇者の立ち話で終結をみせた。正式な約定や文書については、それ以後、実務者による協議が行われる事になっていたが、大筋はこの場によって決められた。


 単純に、その結果を甘受出来る者達の会話で、互いに、絶対的な君主だったから成ったとも言える。勿論、クローゼがそれを演出しなければ……いや、クローゼがそう思わなければ、そんな事にはならない。普通はあり得ない事ではある。


 ――根幹の部分は、通例通り戦勝国の明言は無し。但し、捕虜移管に伴い、その対価としてガーナル平原の領有権を『ヨルグ近郊の地を除く全域』を双方の了承の元に、イグラルード王国領とする事して『和睦』以後国交の回復に努める。……であった。


 魔王降臨の時勢を鑑みて、双方共に大幅な譲歩になる。戦いを制したアーヴェントも、敗戦を自覚するライムントも、この戦いで流れた血を丸呑みしたのである。――ここで、彼等が呑みこんた数は、無粋であるので明記はしないが、両軍の動員数からは想像にやすいと思われる。


 その上で、クローゼの困ったに繋がっていく。


「内々だが、新たにクローゼに爵位を授ける。その上で、ヨルグの地を除く、ガーナル平原全域を与える。という事だカレン。それで、クローゼは困っているらしい」


 アーヴェントが当たり前に、ライムントと共にクローゼの後を歩いて来て、カレンにそう言ってくる。

 ある種、カレンにとっては彼らしい行動になる。


「王命なら、悩む事はないのでは。と思う」


 困った顔のクローゼに、その内容を理解したヘルミーネの驚きの顔をする。それをカレンは感じながらそう言った。聞いたクローゼは、「それは、そうだけど」とカレンの言葉に現実感……彼女が言うならそうなのかという顔に変わっている。


「その前提で、帝国領域のヨルグの地をクローゼ・ベルグに、余の名で爵位を提示して与える。そう、イグラルード王と話がついた。それで、困ったと思っているのだな」


「皇帝陛下。その男がどれ程の帝国兵の血を流したかお忘れでは……。まだ、負けた訳ではありません。我らは十分戦えます」


 アーヴェントに続けて、ライムントも類似した話をした。それにヘルミーネは不満な顔を向ける。その彼女の声を何も無い平原に抜ける風が、時節の寒さを鮮明にしたように見える。


「十分戦えるから終いにするのだ。ヘルミーネ・ファング。お前の言う事は帝国としては正しい。……だが、魔王の時勢で人智が争っては駄目だと説かれた。勿論、クローゼ・ベルグにだ」


「いつ、そんなお話を」


「あの男が、イグラルード王にそう訴えた。それを王より聞いたのだヘルミーネ。仮に、我が帝国を翻弄したあの男よりも、魔王が遥か強いとしたら王国が滅んだ後、帝国も同じ道を辿るだろう」


 僅かに人があるだけで、見渡す限り草花が見えるその場所で、ヘルミーネは唐突な皇帝の言葉を聞いた。その会話に、その場所の意識が集まる。無論、クローゼはその意味を理解していた。


 単純な静寂に、吹き抜ける風に混じりライムントの呼吸の音が聞こえいる。


「この戦いは、余の私戦の側面が強い。勿論、何の成果もなければ、我が父と同じ道を辿るやも知れぬ。だが、それでも終わらせる。流れた血の(そし)りは覚悟の上である。ヘルミーネ。あの、クローゼ・ベルグは魔王をたおすと自らに課しておる。この戦いはついでだそうだ。その上で、クローゼは余の力が帝国のそれが必要だと。イグラルード王に具申したそうだ。……であるなクローゼ」


 なんとも言えないライムントの雰囲気で、クローゼはその流れを向けられた。その話を聞いていたヘルミーネの殺意とも取れる表情が、クローゼに向けられている。


「『ついで』の話までされたのですか……陛下」


 困った顔のクローゼが、アーヴェントに申し訳程度の声を出して、ライムントのそれに答えようとした。だが、アーヴェントが『当たり前だ』の顔をして、それに割り込む感じになった声を出した。


「皇帝ライムント・ファングと面前で言を交わして、上部で済む筈も無かろう。寧ろ、お前がそう言ったのだ。何を今さらだな」


「確かに、そう言いました。……皇帝陛下。決して帝国との戦がどうでもいいとかではなく――」


「――なら何です。『ついで』の言にそれ以外の意味が――」


 挟さんだヘルミーネの声が、激しさをまして行く感じに、カレンが徐にその肩をつかんだ。それにヘルミーネの身体が反応を見せて……彼女が第十の牙(ツェーント・ファング)ヘルミーネ・ファング・フローリッヒであるとその場に認識をさせる。


 高速で抜き放たれたヘルミーネの剣刃が、彼女の身体の返しと共に――半身のデュールヴァルドの輝きと音を奏でた。そして、二擊目にの体制を取る前にヘルミーネは、カレンに手首を捕まれて動けなくなる。


対象防護(ターゲット)の相手が違うのでは。ヘルミーネは帝国の騎士だと思うが」


「いや、万が一カレンの剣が当たったらって……抜いて無いのな」


 状況を把握したヘルミーネは、背中に走る何かを感じてカレンの顔を見ていた。そんな様子を見せて、カレンから「大丈夫だ」と笑顔を向けられている。


 その流れに、カレンはヘルミーネを捕まえたまま、その場の男達三人を視界におさめて声をだした。


「両陛下。我ら騎士は刃。その辺りをお考えください。……それとクローゼ。例え領地が不毛の草原でも、王命なら黙って受けられよ。不断は良いがこの場の優柔は混乱を招くだけでは」


 泣きついたカレンに、クローゼは結局両断された。


 カレン自身が、王国と帝国の思惑――救国の英雄にして戦の最大功績者……帝国から魔王とも獄属と呼ばれたクローゼの処遇についてなど知りもしないが、主命だ――御意の流れを、そのまま通せと彼女は見せていく。


 姿勢を見せるカレンのそれで、どちらが『らしい』のか分からないが、結果的に体裁を取った話が最もらしく決まり、後日正式に発布される事になった。



 そして、クローゼはヴァンダリアの本軍をヨルグガルデの前面迄進軍させた。……そう、本当の目的。ヘンドリック・フィシャー伯の言葉にあった、それが見渡せる場所に彼等は野営していた。ガーナル平原特有なのか、見渡す限りの草原である。既に、そこであの時戦いがあったとは思えない。その一角を除いてはだった。


 その場の一番高い位置に、立てられた大きな碑。それに連なる墓石と思われる物が、相当数並んでいた。名を刻まれる碑以外は、明記されていない墓石に、恐らく名が分からなかった者の縁になる軍装の一部や武具の欠片が置かれていた。


 野ざらしとは思えない様子に、見覚えのある縁の者達がそれぞれの思いを向けていた。その光景があちこちでみえる。


 そんな光景の中クローゼは、その大きな碑の『英傑ここに眠る』に続くヒーゼルの名へ指先をかけていた。クロセのクローゼは、彼を知らない。しかし、この地に来るまでに、彼自身がクローゼ・ベルグであり、ヒーゼルの弟である事を実感していた。


 ここにたどり着けなかった者。例えば、ダーレンが集めていた軍装の一部や魔衝撃の槍。それを見たクローゼに彼が言った言葉。


「これは、俺とレイナードの責だ。クローゼ・ベルグは分かっていればいい。それにだ。お嬢に俺達がいた事を覚えてくれていたからそれでいい。お嬢は、お前より俺達を良く知ってるからな……」


 それとセレスタの周りを固めていた、黒装槍騎兵を統べる者達も「君達は分かっていればいい」そう言っていた。そのセレスタすら、そんな事を言っている。


「私も忘れないから、その事実だけ受け止めて」


 ――戦争において、一兵卒などどれ程の価値があるのか。また、その末路など誰が気に止めるのだろうか。若干の感傷を持つクローゼは、簡単な呟きを見せた。


「笑えないな……あんな風には。のみ込むなんて出来ない」


 クローゼは自身の王に、失敗を笑いとばされて、つられて笑った。それに、アーヴェントは淡々と声をだした。


「お前の失敗を笑えるのは私だけだ。それが致命的なものでも、命じた私の責任だからな。それで、自身が天極に向かおうとも。でなければ、戦など出来る筈が無い。玉座に胡座をかいて○ねと……忠節に当たり前の様に○ねと言わねばならない。その側面も、王としての責だと思うのだが。……その上で、お前に好きにしろと言っている」


 それが、どういう意味なのかクローゼには分からないが、ジェフだったあの若い男の結末をのみ込むのは、自分一人では出来ないでいた。

 

「クローゼ・ベルグ。どうされました」


 先ほどまで、感涙を見せていたダドリーが、職務の顔を思いに耽る感じのクローゼに向けいていた。その言葉にクローゼは「ああ」と中途半端な感じを返していく。


 戦場を駆けるヴァンダリア。その彼の去就が、クローゼをクローゼ・ベルグと彼らに呼ばせていた。


 クローゼの表情と声の感じで、何と無くそれをダドリーは納得していた。そして、連なる墓石を見直して、クローゼに言葉をかける。


「帝国に思いはありますが、流石にこれを見ると考えに多少は出てきますな」


「全員の分あるのか」


「恐らくは。紋章で家名は……分かります」


 その言葉にクローゼは、改めて動く人を見ていた。一応、第七軍が周囲の警戒を担っていたので、その状況をクローゼは黙認している。


 そして、泣き崩れている感じが見える、セレスタの様子もクローゼは視界に入れていた。周りに彼女を優しく見る大人達があり、クローゼは敢えてその場には行かなかった。


「掘り返すのは駄目だと思うが、分かる者は名を刻んで遺品は持ち帰る。……ここは、もうヴァンダリアの物だ。誰にも、文句は言わせない」


 誰に言うでなく出た言葉に、ダドリーは頷きをあわせていた。それに、クローゼはため息を見せる。その音が消える辺りで、ユーリがクローゼの待ち人の到着告げていた。


「姉上……お待ちしておりました」


 クローゼの言葉の先には、レイナードに連れられた。男装のフェネ=ローラとフローラの姿があり、その後ろに、レニエの美しい立ち姿が見えた。


「クローゼ。ここですか?」


「はい」と答えるクローゼに、フローラは駆け寄り飛び付いて見せる。


「兄様!」


 クローゼは、フローラを抱き上げて「寒くないか」と声をかけてフェネ=ローラに視線をあわせて、笑顔を向ける。返された微笑みに、その笑顔が少し緩んでいた。


「お手数をかけます。姉上。……迷ったのですが、先に進む為に……」


 フェネ=ローラは、クローゼの言葉の向こう側のヴァンダリアの者達の光景を見て僅かに頷きを見せた。彼女はここに来る前に、屋敷の跡でクローゼに同じ言葉を聞いていた。


「宜しいです。気持ちは受け取ります」


 彼女の言葉を受けて、クローゼはレニエに目配せをして、フローラを彼女に託し、フェネ=ローラを誘ってその碑の前に彼女を立たせた。


「帝国のですので、綴りが多少違います。ですが、間違いなく兄はここに……」


 フェネ=ローラの細く美しい指先がそれに触れて、それが手のひらに移り……やがて、その冷ややかな碑の表面にフェネ=ローラの額が重なった。その光景に、ダドリーがレイナードを含む周りを連れて、遠ざかって行った。


 家族がある空間がそこに出来る。見つめるフローラとクローゼにその想いの人があるだけであった。


 クローゼの瞳に、フェネ=ローラの唇が微かに動くのが見えて彼の意識の内側から声が聞こえた。


『……暫し、お前を貸してくれ』


 ――はっ?


『この地。この場所で託された思いがある。伝えたかった気持ちを預かっている。……暫し、お前を貸してくれ』


 ――誰だよ。


『ヒーゼル・ベルグを守護した――勇傑なり』


 ――どんな展開だよ。…… でも、姉上に悲しい顔をさせないならお願いする。


『感謝する。クローゼ・ベルグよ』


 その声の様な感覚と共に、クローゼの意識が小さくなって、身体を何かが巡るのを彼は感じていた。発した言葉と聞こえる声は――「ローラ」と「ヒーゼル……」のそれだけだった。


 そして、最後に残った視覚には、何故かレニエの頷く笑顔が見えていた……。


 クローゼの刻の感覚がなくなり、彼自身には何が起こっているのかは分からないが、とても優しく暖かい感じが続いていく。


 その最中。その終わり。またはその最初のいずれかに、あの窓の景色に重ねた彼自身の顔。否、それではない彼自身に似た。恐らくヒーゼルの顔が、優しい微笑みをクローゼに向けていた……。


 その光景が見えて、僅かにな間に消えていった。そのまま意識の中を漂って、感覚が微かに戻る。


「クローゼ。しっかりなさい」


 フェネ=ローラの声が、クローゼの耳元で彼に向けられていた。クローゼは、両膝をついて彼女に身体を預けていた。彼女の肩には、クローゼの顎がかかり頬は寄せられていた。


「姉上?」


「そう、貴方の姉です。クローゼ。ありがとう」


 その言葉をクローゼは聞いて、心地好いその流れに身を任せていった。


 こうして、抜け落ちたヴァンダリアの頁が重なり、綴られる物語は進んで行くことになる。


 この時のこの場所の出来事は、彼女達の口からは語られる事はなく、クローゼは暫くの間もやもやした気持ちを持った。――その場面は、刻と場合が合えば語るとしておく。


 ただ、そんな気持ちに拘るほど、彼自身が暇ではなく、寧ろ多忙であった。――救国の英雄にして戦の最大の功績を上げて、その戦そのものを終わらせる演出を無し得た彼は、その功を持ってイグラルード王国国王より竜伯爵(グレイブ・ヴルム)――彼固有の当代限り――の爵位を叙され、ガーナル平原に所領を与えられる事になった。


 また、同時にゴルダルード帝国皇帝、ライムント・ファング・ゴルダルードの名において、竜伯(ブラーフヴルム)の爵位を得て帝国貴族に名を列ねて、ガーナル平原の東部ヨルグの地を拝領する。


 これは、王国と帝国の利害の一致によってまとめられた事になる。

 王国側から言えば、一連の流れにおいてヴァンダリア ヴルム男爵 クローゼ・ベルグの功績の大きさによって、その遇し方を苦慮した結果による。


 クローゼは、実質的にはヴァンダリアである。その彼の功績をそのまま当て嵌めるなら、旧ノースフィール領域全てが相当であるが、当然、国内の諸侯がそれを甘受する筈がなく、また外様諸侯がヴァンダリア一極になるのをヴァンダリア自体が良しとしなかった。


 勿論、グランザの手筈によるが王位継承に戦勝を国内に知らしめて、国王アーヴェント=ローベルグの王たるを示すのに――広大な草原――ガーナルの名は有効であった。恩恵をもたらす湖の水源を元に王国税相殺というおまけもついてはいたが……。


「長年、不透明に重なる領有権を王国側に寄与し、それを惜しげもなく与え功に報いる王の度量。それを受ける救国の英雄にして戦場の英傑……クローゼ・ベルグの功績はそれほどか『ただの草原。まあ名ばかりなら致し方ない』ああ……素晴らしい」


 ――という図式である。


 当然、エドウィンの所有の直轄領と彼の派閥の諸侯の一部。それに、旧ノースフィール候領を含めて接収した領域を、王国直轄領を絡めて功績のあった諸侯には正当に恩賞とし、正式にイグラルード王国国王、アーヴェント=ローベルグの戴冠を見る事になる。


 そこには、ヴァンダリア侯爵家も当たり前に名を連ねていた。寧ろ、オーウェンの武功に隠れていたが、それ相応の評価になる。


 そして、帝国側から見れば、長年のガーナル平原の王国との争いでも、今回の親征は目的が異質で規模が格段に違う。定期演習の様な戦の『双方勝った勝った』の流れではなかった。


 前回、多大な被害を出した、あの流れを組む一連は、ライムント自身の帝位すら脅かす物であった。そこに、アーヴェントから、形式上ガーナルの領有権の放棄による和睦――クローゼの恩賞の流れ――の話が出て、ライムントが無条件で受諾の意を示した。そのライムントの決断に対して。


 クローゼからライムントの――覇者にして孤高――な印象。それを感じた、クローゼの気持ちを聞いていたアーヴェントが、その話を持ち出した。勿論、アーヴェントの目にもそう映ったのだろう。


 単純な『嫉妬と優越感……』やり過ぎたクローゼの処遇の絵図を書いたグランザに、そのライムントとの話の是非を問うたアーヴェントが、呟いた言葉になる。


 一方のライムントも、形式上のを強調してアーヴェントに配慮して、それが和睦の条件だとクローゼに述べていた。無論、ライムントの本心の部分は分からないのだが……。


 帝国軍を瓦解から救った。テレーゼ・ファングと皇帝の軽装騎兵(ヘッツアー)の騎士団。あたかも魔王かと思われる男。クローゼ・ベルグに『してやられた』と言わしめた彼女のそれを功績として、結果的にヴァンダリアを欲したを成したの体裁を整えた。ライムント・ファング……となった。


 それでも、立場が苦しいのは代わりは無いのだが、ライムント自身の帝国軍内の忠節で、心境の変化があったのではないかと思われる。その辺りになる。


 そして、どちらも根幹にあるのは『魔王』であった。


 それは、クローゼ自身がゴルダルード帝国軍と戦い感じた。『魔王なら』をアーヴェントを通じて、また呼ばれた場でそのまま、伝えた結果になる。


 ヴァンダリア竜伯爵(グレイブ・ヴルム) クローゼ・ベルグ。


 クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア竜伯(ブラーフヴルム)


 ここまでが、あの戦いの到達点となる。


 物語の一幕……人智の人には、それ相応の刻みであった。と言える。




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