二十二~結末に進む時の扉~
戦いの結果については、それぞれの観点から様々終着を見せる物である。全体の決着によらず、それを甘受出来るかどうかもそれぞれではあるが。
イグラルードとゴルダルードの戦いは、その中心で行われているクローゼ・ベルグとフリートヘルム・ファングのそれだけではない。
北側を奇襲したテレーゼ達は、ギルベルトの状態とラファエルの様子。それと王国軍の状況によって攻撃の継続を断念した。
その為、カミル以下の残存兵力はヘルベルトの本隊への合流を。テレーゼは護衛達の残りと後方の輜重隊に、ギルベルトとラファエルを送り届ける様に説得されて移動していた。
勿論、正気に戻った彼女の意志はあったが、放心のままの自身を友軍に誘ったラファエルの姿を見て、諦めを入れていた。それは、いつもの奔放そうなテレーゼではなかった。
「ごめんなさい」
「それ、何回目だ。痛っ……もういい」
テレーゼの呟く感じに、彼女に背中を預けるラファエルが答える。彼女の前を行く馬には騎乗者の背中縛られて、隻腕となったギルベルトが意識を朦朧として連れられていた。
ラファエル自体はあの瞬間に開き直り、レイナードに挑んでどうなったかよく覚えていない。それが正直な所だったと言える。
彼は気が付くと身体中ボロボロになっており、ギルベルトを背にテレーゼの馬を引いてカミルの所に戻っていた。途中で護衛達が盾となっていたのは、何となく覚えがあったが、記憶はその辺りの事になる。
――よく生きてたと……自分でも思うな。ははっ。
「兎に角、中央の兵力を引っ張り出したんだ。後は皇帝陛下に託そう。この体じゃあ何も出来ない。それに、ここで襲われたら君がいないと死ぬよ」
あからさまに『それらしく』ラファエルは言っていた。――テレーゼにしてみれば、彼がいなければどうなっていたか分からなかった。この時のテレーゼの心境は、彼女の心の中を覗くしかなかっただろう……。
彼らが後にした北側、そこに向かった第十騎士団は帝国軍が去るのを見送っていた。実際に追撃の選択肢があったのと言えば、疑問以外にはないと思われる。
「良かったですね子爵。撤退したようです」
「そうだね。まだ、実感は無いけれど、初陣と言ってもいいのか……な」
形上『ベルグ』の名で陣頭にたったマーベスの横で、ユーリは彼に状況を伝えていた。簡単な小競り合いをそう言って良いのか? それが疑問だとマーベスは言っている。
「まあ、それでいいと思うぞ。マーベス・ベルグ殿。敵方が引いたのは、隊長のあいつがああしてたからだと思うがな。何れにしても、来て貰えなかったらもっと酷い事になっていた」
隊列の前面の一番前の少し出た所で、レイナードは黒千に跨がって腕を組み、微動だにせす睨みを効かせている。
それを見てダーレンは彼らの横で、マーベスにそう告げていた。そして、誰に向けるとでなく続ける。
「とりあえず、暫く動向の確認をして。このまま、敵方の右翼の側面から突撃だな……」
そこまで言って、マーベス達に視線を向け、表情を確認する仕草をした。それで、僅かな間を置いて言葉を出していく。
「ここまでが、クローゼ・ベルグの命だ。現状やるべき事がある。ただ、動向確認の為に暫し時間があるなら……帰るついでに先頭を走ってもいい。勿論、副官の裁可があればだがな」
「露骨過ぎて引きますが。それに、臨時の代行ですのでさすがに」
「俺と同じ槍をクローゼ・ベルグから直接貰って、代行も何も無いと思うがな」
マーベスは、ヴァンダリアの当たり前な会話を聞いて、自身の見識の狭さに自責を覚える。実際に、この後どうしていいのか分からないのが実情だった。
マーベスの体裁は、オーウェンの直付きノースフィールのベルグである。その彼をオーウェンは、ケイヒル伯爵経由で『自身と思え』と送りだしていた。それで、周りを固めた軍官史達もそう扱っている。
誰にではないが、意見を述べたのはただの護衛隊の副長になる。涼しい顔のダーレンも、それなりの数のボルドを受けて鎧に穴が空いていた。
「流石に、クローゼ・ベルグの護衛隊が全員遅れるのは駄目だ。まあ、隊長にはさっさと行って貰うから、構わんだろ」
そう彼は呟く様に、また誰に言うでもなく――戦局の中心を見ていた。
戦局を見れば、クローゼが丸投げした王国軍右翼。ジワルド・ファーヴルの実力は如何に? という事なる。
ただ、元々王国騎士団の副団長を務めていただけに『無難』な用兵で、戦線を維持していた。一応に、伝令の補助などで老師達の力があったのは大きかったのだろう。
また、何故かイーシュットは献身的にジワルドの指示を実行していた。羨望の眼差しで見ていたのは、彼に思う所があったのかもしれない。
その右翼の目まぐるしく変わる戦局が、何故か落ち着いたのをフィリップが感じていた。
「勝ちまでは……だが」
と、軽い呟きの後、彼は躊躇なく本陣の体の場を後にして、崩れた様な左翼の第五第六の軍団長と合流する。そして、周りに鼓舞する。
「この状況を作り上げたのは我らだ。ここで他の者に功績を渡すのは馬鹿らしいとは思わないか。各軍団長の元で、我らの力を示そうではないか」
その言葉から彼らの動きは、全体では無いが軍としての体裁を整えていく。一方の帝国軍は、ヘルベルトが作り上げた壁の後ろで、再編成しつつ間断なく攻勢を続けていた。その集団を徐々に大きくしながらになる。
しかし、見上げる感じの敵陣の中央から、一軍が移動したのを認識して、放った牙の結果が表れないのをヘルベルトは感じていた。
「最低限の……後は皇帝陛下にか……」
と、僅かな表情の変化と共に、自身の仰ぐ軍旗の方向を彼は見ていた。
彼の思いの先では、物語の一頁な終盤の山場を一つを迎えようとしていた。
その頁は、クローゼが散々煽った流れに戻る。
煽ったのは、決して良い男だからでは無いとクローゼは思っているのだが、攻撃のみに全力を傾けたフリートヘルムの力は、格段の速さと美しさを魅せる。
そして、その自信に溢れる表情をクローゼは見ていた。
――勇傑なり者の目で――
戦いを見る時に『時折』起こるそれは、守護者を御した彼の力になる。
また、フリートヘルムもクローゼの言動が虚偽であるとの認識で、それが何であるか理解せぬまま飛び込んでいた。 勿論、怒りの感情が無いわけでもない。
――魔王級などと訳も分からぬ事を。
そんな、フリートヘルムの感情を知るよしもないクローゼは、それをゆっくりとした眼球の動きだけで見ていた。そして思考する。
――見えるなら、時間を止めるとかじゃないのな。
クローゼは自身の力をギリギリまで抑制して、発揮を抑える。そして、僅かに腕を動かして口角を上げる。
――動くじゃないか。
刹那の刻で、考える時間と身体の動きに、若干『動く』と驚きの感情を出していた。
静寂のままのなこの場面は、いつもなら誰かを呼ぶ流れである。だが、彼の狙いは単純だった。勿論、凸ピンでは無いがその瞬間を待っている。
『動かない』に、フリートヘルムが表情が徐々に確信に変わって行くのがクローゼには見えた。
その瞬間である。
思考のなかでクローゼは、思い描いたままを具現化してみせる。煌めきを見せないまま、両方の盾魔方陣を展開した。それは、剣擊にあわせて残りの魔量を凝縮し、盾魔方陣の反発力をフリートヘルムにぶつける。
――その意識と発動の同調――
それに、フリートヘルムの剣撃が重なり、衝撃で弾かれる剣。その勢いをそのままに、フリートヘルムの手が千切れ飛んだ様に……クローゼにはちらつき複数に見えた。
――残像の連鎖――
その瞬間。自身の対魔力防壁の発揮の煌めきが起こる。
フリートヘルムの左手から放たれた魔力の衝撃で、魔方陣が歪み、その反発でフリートヘルムが後ろに飛ぶのをクローゼは感じていく。
「これ――これを防ぐのですか」
飛び退きながら、フリートヘルムが出した言葉をクローゼはにやけた顔で見る。文字通り言葉を見たままに、相対的な距離感でクローゼが呟く。
「階層が違う。その残像……」
不可解なクローゼの言葉で、フリートヘルムの表情が『何?』となった。その顔に何を言うでもなくクローゼの更にが出てくる。
「小さい頃は、周りにはそんな奴ばかりだった」
「何を言っているのですか?」
「俺は、天才科学者で、ロボットを作るんだ」
フリートヘルムには言葉の意味すら分からない、それに見たままの怪訝さを見せる。しかし、お構い無しにクローゼの口は動いていく。
ここが戦場であるのが関係無い様にであった。
「俺は強いロボットを作ったんだ。そいつに最強だと言ったら、自分のは次元をずっと移動してるから見えてるは残像で……無敵だと。触ったら壊れるからそいつのが強いって……」
「先ほどから何を話している。喋るなら――」
クローゼは何と無くの仕草で、片手剣だったのを双方に剣を構えてフリートヘルムに向ける。
「――幾つだ。そいつは五次元だったな」
構えたままに残り魔力魔量を無視して、彼は全力の魔力をのせて竜硬弾を連発した。
その軌道のフリートヘルムは、姿がちらつきを見せる。そして、何度目かのそれで彼の体は吹き飛ばされた。
小さく無い苦痛を表すフリートヘルムの声が、クローゼから遠退きながら聞こえてきた。竜硬弾のいずれかが、肩口辺りを抜けて鮮血がその軌道に線を描いていた。
飛ばされて転がりを見せるフリートヘルムを、クローゼは見ながら声を続けて行く。
「凄いと思ったよ。次元……こっちじゃ階層か。そんなの移動しながらって。それ反則だよな。◯学生が思いつくなんて。言われても意味わからんし」
クローゼの呟きに似た声は、恐らく誰にも届いていない。だが、カレンとシオンの状況を見ていた王国の側からは、歓喜とも取れる声が上がっていく。
また、剣を頼りに白い髪を振り乱して立ち上がるフリートヘルムの様子に、帝国側からも声が上がった。ただ、それには驚きと落胆に微かな希望が混じっていた。
それを感じてクローゼは走り出す。
「痛いだろ。俺は感覚がなかったけどな」
彼には確信など無いし、フリートヘルムの力が何かはわからない。ただ、自身の状況は何となく分かっていた。そう、今のを繰り返して出来ないであろう事を。
そんなクローゼは、少なくない距離を走りながら、帝国軍の陣地と自身の陣をチラチラと視界に入れた。目の前の決着と、この戦いのそれが違うのを理解している様にみえる。
「どうだかわからないが、捕まえれは素だろ」
何かをクローゼは思いついたのか、そんな言葉を出していた……。
クローゼが確認した各陣営。……特に帝国側は動揺の色を見せていた。白と黒の色合いが光景を鮮明に浮き立たせて、彼らの視線を集めていた。
究極の牙なのだ。
明らかに、飛ばされて土を付けられていたその場景の主は彼だった。――その様子をライムントは、それが分かる場所で視界におさめていた。
魔方陣の煌めきに、剣先から何かを放つそれを。そして、黒一色に時折見える黄色い浮き出る模様。ライムント得た情報では、それはヴァンダリアである。その認識が、自身の最強の牙を吹き飛ばしていた。
鋭い眼光に映る場景に一言も発する事なくライムントは、自陣に戻ったギュンターと隣に立つヘルミーネの驚愕の表情を感じていた。
――何が起こっている。
恐らく、言葉を出しても答える者などいないとライムントは理解していたのだろう。その光景から目を離す事が出来ないでいた。それは、帝国の将兵もそうであった様に見える。
無論、反対側の王国軍も歓喜を挟むがそれは同様であった。セレスタにしろ、カレンであっても。
先ほど対峙したシオンは当然の様に、その光景に驚きを向けていた。
そう、双方共に呆然……ただ一人を除いて。
「魔弩砲を徐々に、相手側に向けて両翼に展開する。なるべく悟られないようにゆっくりと。中央を開けて、彼の言った通りに敵の軍旗を取る。ヴルム卿は巻き込むな。敵は多いが、ここにいるのは恐らく王国最強だろう。出来るはずだ」
オーウェンは淡々とそう言って、シオンの驚きとカレンの困惑を誘っていた。
オーウェンはあの場にいた。だからなのか分からないが、眷属神を退けたクローゼの敗北など微塵も考えいなかった。
シオンとカレンの場景。そこから、自身の側に戻った彼女達。そして、託されたクローゼの言葉を聞いて、暫くの思考からのその光景に言葉をだしていた。
「何をそんなに驚いているんだ。彼はクローゼ・ベルグだ。君達は見ていないけれど、あれを倒し男を人がどうにか出来る訳けがない。カレン。君の方がよく分かっていると思うけれど」
オーウェンの言葉に、カレンは頷きしか返せない事に気が付いた。『子供みたいで。危なっかしい。……最後には頼りになる』そんなクローゼが目の前にいたのだった……。
王国最強騎士、真紅乃剱カレン・ランドールかそう思う男。クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアの思考が、フリートヘルムを捉える。
操作可能型自動防護式を不可侵領域に移行して……フリートヘルムも包み込んだ。
一見不可思議なそれ。何が変わったのかはその場では分からないのだが、絶対の領域は『入れないなら、出られない』それが同義。
彼の意思以外では、その壁は越えられない。魔量が尽きるか、彼が消滅しない限りは、となる。
そう、死なない限りは。
――中で戦ったらどうなる。……でもだ。逃げれん筈。……たぶん。
無意味な思考。駄目なら次の手。その時はその時。無茶苦茶な行動。
自分の領域であるそれは一見無敵だが、その中でとなれば、恐らく只のクローゼになると思われる。
だが、クローゼはその勢いでフリートヘルムに近づいて無造作に、片膝を付いたままで、苦痛の表情のフリートヘルムの太ももに剣を突き立てた。
「ぐぅがぁ」
「ビンゴ!」
刺さると思わない気持ちが、言葉にならない音を出す。それが明らかな驚きをフリートヘルムに出させた。それを見るクローゼは何かに当選したかの顔して、訳の分からない言葉を彼にむけた。
その直後。驚愕からの斬擊――肩口で受ける黒の六楯。痛烈なそれで距離を取るクローゼの叫び。
「痛ってぇぇぇ――な、ク◯野郎」
放った側、フリートヘルムの顔は苦痛に歪んでいた。元は、美男子だった彼の無理な体制から出された斬擊は、クローゼの肢体の動きを止めるには至らなかった。
「ぐぅ。……お前は何だ。何故届く」
「知るか、ク◯野郎――お前こそ何だ」
片手を剣ごと回すクローゼは、フリートヘルムのそれに悪態を投げつける。帝国最強の牙と王国最強騎士が認めた男の戦い。一見、孤高のそれである。ただ、クローゼは感じた痛みで喧嘩腰であった。
投げた言葉と共に、クローゼは双剣を奮い手負いの牙に斬擊を仕掛けていく。勿論、防御無視などではない。それに、フリートヘルムも創痍ながら打ち返す――見たままのそれであれば、命の削り合いであった。
恐らく、双方共に『痛み』とは無縁であったのだろう。互いに、防御はその力によって成していた。その為だろうか、双方共に鎧すら着けていない様相である。ただ、少しの異さはあるが。
その彼らの力は――クローゼは言うまでもなく。そして、フリートヘルムのそれは、胸板に埋まる暗紫色の竜水晶によってなされていた。
うだつの上がらない優男。鳴かず翔ばずの色男。それなりの強さと、そこそこの才能を彼自身が憂いていた。そこに、深層よりの獄……テレーゼがクローゼの初見で言った『獄属』のいずれかが、甘美な囁きをもたらしてここに至る。
彼の半身は深層を越えて、その地にあった。その半身。彼の色が対価のそれが彼のすり抜けるを成していた。その色愛が彼自身の繰り返しを、深層に拘束するのを自覚しているかは分からないが……。
合わさる剣の音と風を切る軌道。そして、掠する剣先に赤色の飛沫……。
その流れの最中、互いの間合いか微かに離れる。隔たった彼らの距離で、落ち着きを取り戻すフリートヘルムと手離すクローゼ。
――見えてるけど、強えぇ。マジかこいつ。
クローゼの思考とその事実。……致命的な差は無いが、黒の六楯の繊維は幾度も掠める取られて鮮血を強いられていた。
「あの、獄属……こんな話は聞いてないぞ」
呟きを見せる、フリートヘルムの僅かに増えた傷。それに、肩口の竜硬弾による傷あとと、太ももに先程の鮮血が流れているのが見える。
それでも、クローゼを越えている彼のはである。
「何か、光ってんぞ」
興奮の為か、痛みを凌駕したかのクローゼの視界には、フリートヘルムの胸板に、唯一色を持つ模様の部分で光る何かがあった。
勿論、それは竜水晶の輝きであり、フリートヘルムの力の繋がりだった。同時に存在している彼が、隔てを行き来するその繋ぎの働きをしていた。
――遠からずな。◯学生の妄想――
フリートヘルムは、掛けられた言葉に自身を見やりその輝きを認識した。そして、驚きを見せる。
「何だ? どうなっている」
「それが、本体か。使い古しのネタだな――」
その言葉を、誰に向けたか視点には分からない。だが、クローゼにそれが本体と分かったとしても、彼自身の剣先は届くとは思えないのだが……。
発した言葉と勢いで、距離を詰めるクローゼの動きがみえる。その勢いの中で、クローゼの視点が広がりを見せていく。
――支配せり者の視界――
その視界には、魔弩砲がせり出していた。自身の横まで達した魔弩砲の列があり、クローゼの背中には開けた場景を見える。そこに並ぶ黒装槍騎兵の列に、青い黒の六楯の姿。
見せられたそれに、時間の感覚を無視して彼は笑顔を見せていた。そして、自身に向かう黒い弾丸の様な騎影が一つに、追走する琥珀色の薔薇の美しくしなやかな馬体を――感じた。
――俺がきたって言うんだろ……。
と、ままに、クローゼは持てる最高の技で二連の剣擊。その剣勢をフリートヘルムにあびせる。――当たり前に弾かれる一撃目。弾かれたそれで、長さを補う身体の返しにあわせて連続の流れ。
僅かに届かぬ刃にクローゼは笑って見せる。
――駄目か。
フリートヘルム返しの剣擊を、クローゼは極鉱石のプレートにずらして受けて、その衝撃で後ろに飛んで魅せる。一瞬息が止まる程の衝撃で、クローゼはうめき声すら出せなかった。
その場景に、若干の歓喜と悲哀が流れ、僅かに下唇を噛む仕草がその中で起こる……。
「水晶の力が無くとも、お前ごときに殺られるか」
言葉の主は、その力を得てからこの状況が初めてなのだろう。現実に、理解が追い付いていない様にも見える。だが、ある種の開き直りを見せて行く。
それに、クローゼは着地と同時に空気か息吹きが戻るのを感じ、自身の剣を領域に入れる。
認識の実感から息を吸い込み――吐くように声を絞り出す。
「光を切れ――レイナード!」
フリートヘルムが、声によって僅かに視線を動かしていた。その先には黒装の刃があり、頭を激しく動かしながら、尋常でない速度で迫る黒い軍馬とその騎乗の剣士が、クローゼの声に入って来る。
逆手で帯剣の抜刀――抜いた瞬間すら分からぬ程の体捌きに、フリートヘルムは動く事すら出来ずに、その騎影の過ぎ様で光を打ち抜かれた。
暗紫色の竜水晶が、払い上げる軌道の剣にもぎ取られ舞い上がる。それが、弧を描きクローゼ目の前に落ちた。
そして、輝きを弱めながら、場にその存在を見せていく。
その光景をクローゼは、すり寄った愛馬の息づかいを感じながら、フリートヘルムの崩れ落ちる姿と共に見ていた。
「まだ、今は無理なだけだ。まあ、お前に次はなかったけどな」
そんな、クローゼの呟きだった……。
光景が呼ぶ、暫しの静寂が流れる。その後に大きな歓喜と悲哀が続き、声を失う者と声を上げる者が現れ、この場が戦場で有るのを示していた。
――後は、覚悟だけだ。
と、クローゼは大きく息を吸って、残りの全てをあわせる様に声を出す。
「オーウェン=ローベルク殿下。ヴァンダリアが先陣承る。号令を――」
ヴァンダリア ヴルム男爵 クローゼ・ベルグの言葉と供に、明確な結果に進む時の扉が開いた……。
そう、あの時とは違う……その結末に。