女勇者は刺激的な匂いの剣を手に入れた! 魔王への殺意が931倍に膨れあがった!【即興習作】
本作は以下のお題を使って書いています。
『戦闘描写を入れる』『タイムトラベル』『飴』『罠』『わさび』『2000文字以内』
「魔王、覚悟!」
初撃、私は勝利を確信して聖剣ワ・サビーを振り下ろした。
この男よりも、私の方が間違いなく強い。相対した時にそれが理解できたから。
ここにいるのは私と魔王、ただ二人。
鍛えに鍛え、絶対に魔王に負けないだけの力を身に付けた。
これで、この一撃で、世界に平和が――
「甘いな、勇者よ」
しかし、必殺のはずの一撃を、魔王は一歩後ろに下がるだけで躱した。
「そんな!?」
「我は貴様の動きが読める――いや、知っているのだ。貴様がどう動くか。未来で見てきた故にな」
「何をわけのわからないことを!!」
魔王の言葉は無視し、攻める。
頭を狙って一閃、首をわずかに傾けるだけで透かされる。
すぐさま剣を翻し、突きの連撃を放つが魔王にはかすりもしない。
「くそ! なぜだ!? 実力は私の方が上のはずだ!!」
いくら剣を振っても当たらない。私の剣は全て、魔王城の石壁を切り裂くだけだった。
「それにどういうことだ! なぜ貴様には聖剣ワ・サビーの力が通じない!?」
ワ・サビーの力は絶大だ。
刀身を当てる必要すら本来は無い。顔に近づけるだけで、敵は目と鼻を潰されて戦闘不能へと陥るからだ。
さきほどから、魔王は私の攻撃を紙一重の距離で躱している。とっくにワ・サビーの力で倒せている頃合いなのだが。
「フ、言ったであろう。我は未来を見てきたと。その聖剣の弱点は調べがついている」
余裕を滲ませながら魔王が笑う。
「ワ・サビーの特性の秘密はアリルイソチオシアネートという辛味成分にある。そしてそれを防ぐのが、我の頭部周辺を守っている緑茶カテキンだ!」
「ありるりい……? さっきからお前は何を言っているんだ?」
「理解する必要はない」
魔王がマントを翻す。とうとう攻撃に転じるつもりか。
――こうなったら、魔王が攻撃するその瞬間を狙い撃つしかない。
私は覚悟を決め、
「我の勝ちだ勇者よ。今この瞬間、貴様がその位置に立つことも、我には分かっていた――だからこのような仕掛けもできる」
「――な! うわぁぁあああっ!!」
床が突然消滅し、私は城の地下深くへと落された。
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「……ここは」
どのくらい気を失っていたのか、目が覚めると私は両手両足を拘束されていた。
「目が覚めたか。遅かったな」
「魔王!?」
「ここは我が宝物庫。刃向かった人間共をガラスの彫像に変えて保管してある部屋だ」
魔王の言葉に、私は部屋全体へと視線をめぐらした。
人間の姿をしたガラスの像は、全て恐怖に染まった表情をしている。
「醜悪な! やはり貴様は最悪の魔王だ!!」
「今さら何を言っている。勇者、最強の人間よ。貴様にはガラス細工など生温い。飴細工にして飾ってやろうではないか!」
「な……!」
「ガラスよりも脆く、熱で容易に溶けてしまうものが飴細工だ。朽ちる恐怖を傍らに置きながら、死ぬまでこの部屋に囚われているがいい!!」
魔王が手をかざした。それと同時に、私の体が指先から動かなくなっていく。
………………
…………
……
……こうして勇者だった私は、飴細工として生きていくことになった。
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「フハハ! やったぞ、とうとう勇者を葬ったぞ! 我の見た未来が、今現実のものとなった!」
……
「これがタイムトラベルを獲得した我が力だ! もはや我が覇道を妨げる者はこの世界には存在せぬ! 我の勝利だ勇者よ!!」
…………
「手始めに勇者が生まれた国から滅ぼしてやろう。血族から新たな勇者でも生まれようものなら面倒だからな」
「………………そん、な、ことは、させない!」
「なに?」
私は立ち上がった。全身にまとわり付く飴が、脆く剥がれていく。
「な、なぜだ!? なぜ貴様が立ち上がれる、勇者!? ――まさか!」
魔王が驚愕する。その視線は私が持っていた、聖剣ワ・サビーを捉えている。
「ワ・サビーの辛みが、飴細工の甘みを打ち消したというのか!?」
「だからお前は何を言っている」
何があったかわからないが、さっき戦っていた時と比べ、魔王は明らかに動揺している。
きっと今なら攻撃が通る!
確信こそないが、今度こそ、世界に平和を――!!
「魔王、覚悟!」
「ま、待て!!」
魔王の頭部に剣が触れるのを知覚する。
確かな手応えを感じ、私は一気に剣を振りぬいた。
「おの……れ……もう少し先まで……未来を見ていたら…………」
それが、魔王の遺した最後の言葉だった。
「……最後まで、あの魔王は何を言ってるかわからなかったな」
いや、もう考えるのはやめておこう。
聖剣を床に突き刺す。魔王は私にとって最大の敵だった。
滅ぼすべき悪ではあったが、せめてもの墓標代わりは必要だろう。
魔法で城を脱出する。城が遠目に見える場所に出た。
……さっきまであの場所で、世界の命運をかけた戦いをしていたんだ。
少し感慨深くなった私は思わず一つ、呟いた。
「ようやくあのツンとした臭い剣から解放された」