三話…side勇者
今話はレナside。時系列は一話の最後からです。
「おはようございます。勇者様」
私は目が醒めると、すぐ横にいた誰かがそう言ってきた。
「ん、おはよう……って、は?」
私は眠い目をこすりながら条件反射で挨拶した後、一瞬間をおいて今の状況を見て素っ頓狂な声を上げてしまった。そして眠気は一気に吹き飛んだ。
うん、正直言って私は今混乱している。
まず、状況を簡単に整理する為に目が醒める前の、直前の記憶を思い出す。
確か私は魔王を倒しに魔族領の魔王城に行った。
で、魔王に会ったはいいけど戦う気はない的な事言われて。
こっちは御構い無しに攻撃仕掛けたけど全部スイスイ躱されて。
結局こっちが体力や魔力、聖力が切れてきて……そっから先の記憶無し。
……余計に分からなくなってきた。
「あ、あの勇者様。どうされましたか?」
隣では見た目年齢私と同じ位でピンクの長い髪に赤い目の魔族の女の子がキョトンとして問いかけてくる。……こうして魔族が一緒に一室にいて襲って来ない事自体が私には理解の範疇外だった。
「あー、色々分からない事だらけなんだけど。質問、良い?」
「はい。勿論です。どのような事が知りたいのですか?」
私がそう聞くとあっさりと了承の答えが返ってくる。
「まず、ここは何処?」
今すぐ知りたい事ベスト3。まずはこの場所について。
「えっと。ここは魔族領の中心に建つ魔王城の東棟にある一室です。東棟と言うのは名前通りお城で東側にある建物で、主に人間の方々の為の宿舎と言ったところでしょうか……あっ、ちょっと待ってください」
そう言うと彼女は何処からとも無く紙とペン、それに下敷きを取り出し、紙にさらさらと何かを書いて見せてくる。
「この城はものすごく大雑把に描くとこんな感じで、中央、北棟、西棟、東棟と四つに分かれています。東棟だけは特別で、迷宮化してなくて普通の建物です。なのであまり迷う事はないと思います。尤も、他の建物だと私でも迷いかねないのですけど……」
あははーと少し恥ずかしそうに彼女は笑う。改めてこの城はとんでもない建物なんだなと思った。
「つまり、ここはそんな人間用の建物にある一室という事で良いのね」
「はい。あ、お連れの方々も同じようにお部屋にお連れしていますよ。確か左隣が大剣を持った方でその隣に聖女の方、魔導師の方となっていたかと。あ、妖精さんは聖女の方とご一緒でしたね」
質問その2は聞くまでも無く教えてくれた。そっか。みんな同じ様に……ってバルカが隣かぁ……。
と、それはともかく質問その3。
「魔王は私達を、どうするつもり?」
私は魔王と戦って、最後の方はひどくあやふやだけれど体力切れと聖力切れで気絶したんだと思う。
正直言って、今こうして生きている事が不思議でたまらない。普通なら殺されているだろうに。
こうして、私達を生かしているのは何故?何が目的?
そういった意味を持った問いかけ。彼女は分かっているのかいないのか分からないけれど、ほとんど間を持たず
「どうもするつもりはありません」
と答えた。え?どうもしない?
「えっと、あなたの考えていたのは、あなた方を生かしてどの様に利用するつもりなのか、といったところですよね?」
「え、ええ」
そうでなければ意味がわからない。
「その意味だったらどうもするつもりはありません。……強いて言うのであれば、魔王様はしっかり見て欲しいのですよ」
「……なにを?」
私が聞くと、彼女は可愛らしい笑顔を向けた。
「私達、魔族を。今の私達を、先入観なしに見て欲しいのです。……魔王様は、本気で人間と友好的な関係を築こうとしていますから」
……それは、今の私には到底理解できるものでは無かった。
魔族は人を喰らう化け物。
魔王はその化け物たちをまとめ、世界を支配しようとする者。
……それが私の知る魔族についての大まかな知識だったから。
「あの……勇者様?大丈夫ですか?」
「……はっ」
いけないいけない。どうやらフリーズしていた様だ。魔族の前でこんななんて弛んでるな……。
「大丈夫よ。考え事してただけだから」
「そうですか……。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね!」
彼女はホッとした様な顔をしたと思ったら、そう言いながらポンッと手を叩いた。そして彼女はスカートの裾を少し持ち上げ、優雅に一礼をした。
「私はモモと申します。この城で働く使用人の一人で、この度勇者様のお世話役兼案内役を任されております。どうぞ、よろしくお願いします」
「私はレナ。レナ・プロ―ヴァーよ。ってお世話役兼案内役?」
「はい!」
私の問いかけに彼女は元気にそう答えると、懐から何か小さな紙を取り出した。
「えー、勇者様……レナ様やお連れの方にはお食事やお風呂など出来る限りのものを提供させていただきますので。それと、本日を除けば基本的にレナ様は自由にいろんなところに行けます。なのでその時に迷う事のない様私が案内させていただきます。……まあ、基本的に私はレナ様のお側にいる事になりますね」
「監視役、という事ね」
「いいえ。お世話役兼案内役、です。まあ護衛、とも言えますが」
なんというか、そのお世話役兼案内役という役割に何かこだわりでもあるのだろうかモモは……って
「護衛?勇者の私に?舐められたものね」
「魔王様に四人がかりで負けてる時点で説得力ありませんよ。それに、聖力だってまだほとんど回復してないでしょう?」
ぐうの音も出ない正論だった。ごめんなさい、ちょっと意地張っただけです。
「本当なら護衛いらずでも安全な様にしたかったらしいのですがね」
「何か言った?」
今何かモモが呟いた様に聞こえたけれど。
「いえ、何でもありません」
モモは首を横に振る。ふーん、なんか怪しい。
っと、そう言えば。
「ところで、その紙は何?」
私はさっきモモが懐から取り出した小さな紙を指して問いかける。するとモモはあ、忘れてたと呟き、
「これはちょっとした時間割です」
そう言って私にその紙を渡してきた。
そこにはこう書かれていた。
食堂 7:30~20:00
風呂 20:00~22:00
門 9:00~18:00
「食堂の時間は主に料理長が準備終わってスタンバってる時間ですね。お風呂はまあ目安ですけども。あ、女湯と男湯はちゃんと分かれているのでご安心ください!」
なるほど、その辺の配慮もちゃんとしてあるのか。っていうか魔族にも二十四時間の概念はあるんだ……部屋には時計もあるし。お風呂が男女分かれてなかったらどうしようとは思ってたけど。
まあ、なにはともあれ。今は大体七時といったところ。なら
「よし。食堂行こう」
「ってちょっと待ってください!今時間外ですよ!」
「別に準備しているところくらい覗いてもいいでしょ?何か見られて不味いものがあるわけ?」
「い、いえ、そういう訳では……でもそのあまり行かない方が……」
口ごもっているところを見ると、何かありそうね。
「で、食堂の場所は?」
「え、それはここから一つ下の階の階段のすぐ近くですけれども……ってちょっと待ってください!」
モモが叫ぶのを無視して私は部屋の外に出る。その際、私が寝ていたベッドのすぐ近くに聖剣が鞘にしまわれておかれていたのに気づいたので持っていく。
と、そこでばったりと隣の部屋だというバルカに出くわした。
「あ、おはようバルカ。今から食堂行かない?」
「お、奇遇だなレナ。俺も今行こうと思ってお前を呼ぼうとしていたところだ。……ほかの二人と一匹も呼ぶ必要はなさそうだ」
バルカがそう言うと同時にさらに隣の二つの扉が同時に開く。そしてそこからティートとシェルナ、ウィリスが出てきた。考えていることは同じようで、一緒に私たちは食堂があるという場所へ向かった。
後ろから、
「ああ~魔王様に怒られる~」
「いえ、陛下は怒らないと思いますけど。ああ、しかし威厳が……」
「勇者様方、びっくりして固まっちゃうんじゃない?」
「それくらい大丈夫だろ。それよりそこでセンが崩れ落ちそうになっているんだが」
なんて声が聞こえてきたけれど無視した。というか余計に気になった。なんで時間外に行かせまいとしたのか。
この建物は構造がシンプルなようで、すぐに階段は見つかった。それを降りるとすぐに食堂らしき所も見つかる。
私たちは極力気配を消して、そーっと中を覗いた。
そこは、まあ、どこにでもあるような食堂だった。厨房スペースと食事スペースの二つがあって、食事スペースはそれなりの広さで、いくつものテーブルがあった。テーブルは丸い形で、椅子は背もたれのついたものが一つのテーブルに四つ。
厨房の方もそれなりに広くていろんな食器や調理器具が置いてある。そして、そこでは赤い髪と青い髪の二人の魔族が料理を作っているようだった。
正直、魔族が人間の食べれる料理を作れるとは思っていなかったんだけど、漂ってくるにおいは私も知っているものだった。
「これ、玉ねぎスープのにおい?」
「だね。久々だなこのにおい。他にも鳥の卵とか焼いてるんじゃないのか?あと何かの肉」
シェルナとティートが漂ってくるにおいを当てる。二人とも食べること人一倍大好きだからね……。ウィリスもよだれを垂らしている。にしても最近のご飯はかったいパンと干し肉やドライフルーツばっかりだったから、あったかいものは久々かなぁ……って何期待してるんだろ私。
と、そこで厨房にいる魔族のうちの一人、青い髪の方が作業の中ほんの一瞬こちらを見た。そしてその時に見えた赤と青の独特な目と無表情なその顔を見た瞬間、思わず固まった。
隣でもバルカが口をあんぐり開けて固まっている。ティートやシェルナは見なかったようだけれどウィリスはバッチリ見た様で目が点になってるなぁ……。あーうん、そういえばこれって少し魔力を探ればわかることだわ…………ハイ決定。あのどでかい独特な雰囲気を持つ魔力は間違いないわ。
後ろでも私たちが固まった様子を見てモモやバルカとかと一緒にいたらしい魔族たちが頭を掻きながらため息ついたり、頭抱えてうずくまったり、苦笑いしたりしている気配がする。うん、やっばりそうなんだね気のせいじゃあないんだね。
……魔王、何やってんの。
おっそろしい化け物だと言われている魔族とそれをまとめる魔王。しかしレナたちは自分たちの中でそのイメージがガラガラと崩れてきているのを感じています。