八話…side勇者
ものすっごくお久しぶりの投稿ですね。一年以上も空いてしまいました。
今回の話は、レナが自分の意思を改めて固める、そんな回のつもりです。
荒い石畳でできた妙な通路に放り出されてから、私は少し辺りを歩いてみた。
あたりに窓はなく、明かりもないが、何やら辺りがうっすらと不気味な赤みを帯びた光を放っているようで、周りの様子は確認できた。
靴音の反響の様子や風が少し吹いていることから、この通路は密閉されていることは無くどこかしらには通じているということがわかる。ただ、風通りがあってもあたりの空気がよどんでいるようにも感じる。
おそらくこの通路は魔力結晶でできているのだろう。魔力結晶は赤い光を少量の魔力とともに常に発し続けているものだから間違いない。
「……けどこれは長居できないわねー」
私は聖剣を持っているし、多少の耐性はあるけど、普通の人間は結晶化するほどの高密度の魔力のそばなんて毒ガスの中にいるようなもので、すぐに行動不能に陥ってしまう。聖力枯渇を起こした後の状態で、こんな多くの魔力結晶に囲まれるのはあまり平気ではいられない。
とりあえず、風下のほうへ向かってみよう。ここがどういう場所かわからないから出来るだけ気配は消して、いきなり戦闘に入ってもいいように聖剣はいつでも抜けるようにしておく。自分自身の聖力はほとんど回復してないけど、聖剣自体に一応魔族は触れることすら難しい程度には備わっているし。剣だけでの戦闘であっても自信はある。
魔王に軽くあしらわれた自分が自信あるとか言えることじゃないのは分かってるけど。でも自分から攻撃してくる相手なら負けるつもりはない。
……今思えばあの時の自分はほんっと何してるんだろう。あのイクとかいうサキュバスに調子散々狂わされたり魔王自身の戦闘意思の無さに驚いたりはしたけど、なんであんなカッとして殺すなんて言って―――……。
自分から相手に突っ込んでいくなんて愚の骨頂だ。私の戦闘スタイルとかけ離れてる。
「――――はぁ……」
思わずため息一つ、立ち止まって頭抱える。ほんっとうにあの時の自分はバカすぎる。
バカ阿保間抜け短気あ――――――――――――――もうっ!
ガンッと自分のすぐ横の壁を殴る。もう考えれば考えるほど頭の中がぐるぐるとなって訳が分からなくなる。行動ができなくなる。いったん考えるのをやめようと思考を吹っ飛ばすつもりでもう一度壁を殴った。
ガコンッ
「え」
妙な音と共に殴った辺りの壁……丁度人が2・3人入りそうな広さが消えた。
「ちょっ、またぁ―――!? 」
一瞬の浮遊感。そしてまた軽く激突。
……同じ失敗を犯した自分自身に怒りを覚えた。けどそれはひとまず置いといて。
私はすぐに立ち上がり気配を消しながら軽く回りの様子を確認した。
今までの石畳とは一変して、今度は石製ではあっても白色で、表面がコーティングされ敷物も敷いてある。壁にもきれいな装飾が施されている、迷う前までいた城の廊下と同じような感じだった。天井も照明が吊ってあり、さっきより明るい。
「周りに誰かの気配とかは無し……っと」
少し離れたところにはいくつかの扉が見えた。そっと近づいてみる。
ほとんどの部屋は何もいないようで、シーンとしてる。ただ、この通路に置いての一番端……周りに比べ少し扉が大きく、豪華な装飾がされている部屋、そこからは多数の気配がした。
その扉の中央部には何やらプレートが取り付けられている。そこには『会議場』と書かれていた。
中の様子を覗きたいが、この扉はそこそこ重量がある上に金属製のようで。開けようとしたら確実に音がする。木製の扉ならどんなに大きくとも音を立てずに開けるコツを知っているけど、金属製の扉なんて今までほとんど見たことがない。
—―――――――――仕方ないわね。
「……ウィリス、ちょっと手伝って」
「はいです」
声になるかならないかくらいのほんの小さな声で呼びかける。すると何処からともなく私の頭の上に、うちの頼れる妖精が現れた。
この子、一応契約してるから名前呼べばどんなに遠くとも瞬時に近くまで来れるのよね。
但し、ちゃんと応じてくれるのはほんっとに稀だけど。前なんてこの子、いつの間にかいなくなってて呼び出しても音沙汰なしで、何かあったのかと一日中探したこともあった。そしてようやく見つけたと思ったらとある酒場で酒と料理をエンジョイしてたり。
閑話休題。
ウィリスは見えないものを見つけたり、見えないところの様子を把握する、そんな能力をつかう。
普段は私も聖力を使ってそれに準ずるものを使えるけど、今はそもそもその聖力自体が心許ないし、魔族相手には気づかれるリスクがある。
だけどウィリスは魔力も聖力も使わずにそれができる。
キ―――ン…………
耳鳴りのような音が頭に響く。それと一緒に頭の中に映像のようなものも流れ込んでくる。
これはウィリスが感じ取ったものを、私の脳に直接送ってきたもの。視覚的情報はほとんど完璧に再現されているらしいけど、音声情報は分からないらしい。無音の映像が流れてる。
尤も、音なんて扉越しに十分聞こえてきていたりするけどね。
———会議場内———
そこでは、十人ほどの魔族たちが広い会議場の中一か所に固まって話し合っていた。
いずれも人間に近い見た目をしていて、相当強いのだろう。強い魔族ほど人間に近い見た目をしているというのは、冒険者の間でよく知れ渡っていた情報だ。ただ、どこかしらには一、二か所くらい人と違う部位があるから見分けは難しくないらしいけど。
さて、場内にいる彼らは。見たところ魔王はいないようで、見た目の年齢層は初老位に見えるものばかり。
扉の近くに耳を近づけ、声を拾ってみる。
……
『まったくあの小童共め。ワシ等を何だと思って』
『まあまあ、落ち着いて落ち着いて』
『だが、あのガキ共もだが陛下も困ったものだ』
『そうだな……。やはり百も生きていない子供だからか。甘すぎる』
『人間共と和解するなんぞ、不可能だというのに』
『奴等、短命の癖に子々孫々根に持つからな』
『そして卑怯者だらけだ。都合の悪いことはすべて魔族の所為にする』
『今回の件でそれを実感していただいたと思ったのだがな……』
……
………………耳が痛い。
話の内容から察するに、彼らは相当長くこの世界で生きてるもので……人間をひどく憎んでる。
「……ねにもつのは、まぞくのほうがうえだとおもうけどねー」
それは私も思った。所謂ブーメランだって言いたい。けど、
「……言ってることに間違いはないのよね……」
卑怯者。都合の悪いことはすべて魔族の所為。……今までの旅の中で、何度もそんな出来事に遭遇した。
自分は何をしてるんだろうって、思ったことは何度もある。いろんな事件に遭う内に、教会を全く信用できなくなった。
そしてそんな時、母さんが昔から私に口酸っぱく言っていた言葉を思い出す。
『人に言われたことを素直に信じちゃダメ。自分でちゃんと確かめて。自分の目で見たものと、自分の直感が最優先よ』
レナは母さんに似て勘がいいからねっと、事あるごとに昔から言われてきた。だからここまで来た。
……魔族の真実を見るために。
今の今まで忘れかけてたけど。いろいろ有り過ぎて、振り回されまくってずっとイライラしてて。
久々に一人きりになって、あっちこっち歩き回ってたら少しだけ、落ち着けた。
……モモの言っていた事は、私にとっても好都合なんだろうね。
ガタッ、と音がした。
「―――――――――! 」
場内にいる魔族の一人が動いた。扉を、こちら側をにらんでいる。
気づかれた!?
その魔族は一瞬で扉へと近づいてくる。急いで扉から離れるけどこれは見つかる…………っ!?
扉が開いたその一瞬。
私は急に腕を引っ張られ、すぐ近くの一室に引き込まれた。
「大丈夫でしたか、レナさん、ウィリスさん」
「………モモ? 」
私たちをその一室に連れ込んだのは、さっき逸れた案内役のモモだった。
「もう本当に心配したんですよ! ただでさえ妙な脇道が多いしどこかのはた迷惑なドМによる陰湿な罠が敷き詰められている上に今日この城には厄介な方々が集まってますし……っ」
小声でまくしたてる彼女は涙目になっていた。……少ししか一緒に過ごしてはいないけど、モモは嘘をつかない。つけない、と思った。
……外で、足音が聞こえてくる。
モモはバッと自分の口を手で覆って黙った。
さっき扉に近づいてきた魔族だろうか。この部屋の前まで足音が近づいてきて……
一瞬、音が止まった。けどすぐに足音がまたさっきの会議場のほうまで戻っていく。
……気配が向こうの扉のその奥に消えて、ようやくほっと一息がつけた。
……さぁて、と。