表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

バレンタインに男がチョコを渡しても、構わないと想っている。

作者: 琴瀬 那子

バレンタインは皆がチョコを食べていい日なのです。

 今日は、寒いな。雪が降りそうだ。

一月と二月が冬としては一番厳しいと思う。

二月三日は節分だったので、とりあえず豆を20個食べた。

そして、「鬼はー外ー!」と、豆を50粒ほどぶつけられた。

満面の笑みで彼女は豆を俺にぶつけてきた。

何か不満があるのだろうか。ちょっと痛かった。いや、かなり。

 彼女の右目は紅色をしている。

オッドアイである。

魔界からはるばるやって来た、魔族少女である。

いや、少女という表現は間違っている。

もう少女は立派な「女性」だ。

俺と彼女は同い年、ということになっている。

それでもあどけない雰囲気の容姿に、きっと誰もが俺より年下だと思っていることだろう。

 あんまり冴えない顔をした俺と不釣り合いな彼女は、

俺のたった一人の大切な存在。可愛い恋人だ。

暫くは、魔界と人間界で遠距離恋愛をしていたが、

年度末は人間界へ訪れる機会も増えるらしく、二月は殆ど俺の家へとやって来る。

「これも仕事のうち!」

と、本人はかなりやる気である。

そう言いながら、テレビで魔法少女のアニメを観ている。

「いやはや、勉強になるなー!」

おい。

「だから、魔界で役に立つんだよ?

このアニメ」

だからってな。

俺は少し、彼女にお咎めを入れようと、立ち上がった。

「もうそろそろお終いな」

リモコンを手に取り、電源ボタンを押す。

『きらきらー☆』

女の子のロリロリした声を反響させながら、画面は暗転する。

 「ちょっと! 何すんのセイイチっ!」

「朝から何時間見てると思ってるんだよ。

録画した同じ話を何度も何度も……。

無限ループ。少しは他の事もしようとは思わないのか?」

土曜日の朝。俺にとっても貴重な休日だ。

まともな事を言った筈だ。

キルシェ(彼女の名前だ)は、むっとして、俺を睨んだ。

だが、直ぐにシュンとなり、溜息を吐いた。

あれ? と思い、俺は口を噤んだ。

いつもなら、もうちょっと言い返してくるのに。

「ど……」

「わかったよ。じゃあちょっと仕事してくる」

キルシェは不貞腐れた表情になって、頭に桜の花びらを乗っけた。

そして、

「にんにん、魔界へ!」

言うなり、キルシェの身体が光に包まれてすーっと消えていった。

「ちょっとキルシェ!?」

 手を伸ばしたが、時すでに遅し。

辺りはしん、と静まり返り、ぽつんと俺一人が残される。

あああ、と俺は頭を抱える。

何で俺は優しく諭せなかったのだろう。

最近のキルシェは少しツンが入ってきたから、気を付けようと思っていたのに。

今すぐにでも魔界に行きたいけど、今はもう人間が自分で魔界に飛ぶ方法はなくなっていた。

俺の例もあったし、少し改善されたのだろう。

それは、村の長の補佐役であるキルシェも頑張っている証拠だと思う。

もちろん、長であるキルシェの姉、ファルシェも奮闘している。

長だからキルシェのように自由は利かないし、一時期はかなり切羽詰まっていたと

キルシェから聞いたが、今は少し落ち着いてきたらしい。


 魔界に行かれてしまっては、俺はどうすることもできない。

休日だけど、一人ではやることも無いので、街へぶらぶら散策に出ることにした。

前の俺では考えもしなかった事だ。コンビニや仕事場へ行く以外に、自分一人でちょっと遠くまで出掛けるなんてことは。

それは明らかにいい兆しだろう。

自転車に乗って、人が疎らな通りを抜けて、賑わいのある通りに出る。

風が突き刺すように冷たい。本当に寒い。

でも今、心も何だか寒いから、いいや。上手い具合に打ち消してくれないかな。

 ある百貨店の駐輪場に自転車を停めて、百貨店に入って行く。

結構賑わっている。平日なんかにここに来ると、そこまで賑わっていない。

家族持ちも、大変だな。子供が居ると遊び場所というか、出掛ける場所もこういう所になってくるし。

休みの日に来ても、人が居過ぎて逆に大変とか、あるんだろうなあ。

 そんなことを考えつつ、適当にぶらぶらしていると、とあるコーナーに目が留まった。


 『今日はバレンタイン! ~気になるあの人へチョコを贈りませんか~』

 という謳い文句が掲げられ、色とりどりの包装箱が陳列棚に置かれている。

それは、チョコレートの類。心なしか甘いいい匂いがしてくる。

今日が、バレンタインなのか。初めて知った。

いや、日にちを忘れていたのか。今日は、もう14日なのか。

あれ。

そういえば、バレンタインの日にキルシェがこちらに居たことは、初めてだった。

いやでも、キルシェは人間界のイベントなど知らないだろう。

でも、やっぱりちょっと気になってしまった。

 好きな子に、チョコ貰ったことないから、欲しいとか。

そんなことを、想ってしまった。

見ると、女性達がチョコをそれぞれ手に取ったり眺めたりしている。

その表情は、まさに恋する乙女。

キルシェもこういう表情することあるな。

 って、俺は何をうだうだ考えているんだ。もう、帰ろう。


 でも何だか気になってしまって、俺は気が付いたらチョコを一箱手に取り、買ってしまっていた。

赤いリボンの付いた、キラキラした模様の小さい箱。

これをキルシェにあげたい。そう、想った。

バレンタインに男が女にチョコをあげても、いいと思うんだ。

ホワイトデー、一緒に居られるか分からないし。

 キルシェ、家に帰ってきてくれてるかな。

不安も抱えつつ、自転車で俺は帰途に着いた。


 「ただいま」

鍵は掛かっていたけど、口に出してから部屋に入った。

誰からの声も返って来ない。

やっぱり、まだ帰って来てない。

「今日はバレンタインデーだった」

言いながら、靴を脱ぎ、部屋に入る。

「でもさ、気付かなかったよ。関係なかったからな」

電気を点け、真っ暗なテレビを見つめ、俺は独り言を言う。

「今は、関係あるのに……な」

小さな紙袋をテーブルの上に置いた。

「ごめんな……キルシェ」

あんなことで、キルシェを魔界へ追い返してしまった。

あんな、小さな事で。

いつまた来てくれるか分からない。そんな状態なのに。

 なんで。

涙を堪えて、座り込んだ。静かな部屋は嫌だ。

ずっと、キルシェが居てくれたらいい。

それだけで、そこに綺麗な花が咲く。


 キルシェに、逢いたい。


 ぷつ。

そんな音を立てて、急にテレビに電源が入った。

俺は顔を上げてテレビを見た。

そして、声を失った。

「きらきらー☆ わたしの甘い恋心をこのチョコレートに込めるのよ!」

テレビの中の魔法少女は、元気な声でそう言いながら、チョコを作っていた。

魔法少女は、まるで俺を見ているかのようににっこりと笑った。

「ねえ、あなたは、誰にチョコレートをあげたい?」

「俺は――――」



 言いかけると、後ろから、暖かい手のひらが俺の口を覆った。

そして、耳元で、そっと優しい声が囁いた。


 「わたしはね、セイイチに、あげたいよ。チョコレート」

「え……」

はっと気付いて、目を見張る。テレビはまだ流れている。

それは、今朝何度もキルシェが見ていたあのアニメの録画。

キルシェは、分かっていたのか。

「キルシェ……?」

「ごめんね……。セイイチ。わたし、何度も見なくちゃ作り方覚えられなかった。

それでね、やっと、やっとね」

「待ってくれ……。それじゃあ、俺が」

「ううん、いいの。やっとね、出来たよ。ほら」

俺は、ゆっくり振り向いて、その紅色の光と黒色の光を受け入れる。

キルシェは、青いリボンが施された小さな包みを手に持っていた。

「これ、ちょっと不細工だけど、ちゃんとチョコレートなんだよ」

俺は泣きそうになって、目頭を押さえた。

「ごめん、キルシェ。ごめん……」

「いいんだよ。セイイチに内緒で作りたかったから……」

それにしても、あの内容をちゃんと気付いていればよかった。

キルシェに申し訳なくて、俺は何度も謝った。

そして、キルシェに、俺もチョコを渡した。

 「え、わたしに? で、でも、わたしは渡す方じゃ」

「いいんだよ、受け取ってくれ。バレンタインは皆がチョコを食べていい日なんだよ」

「あ、ありがとう」

「うん。俺も、ありがとうな」


 初めての好きな子とのバレンタインは、何ともほろ苦い甘さの日になった。

何でテレビが急に点いたかと言うと、キルシェが何か細工をしていたらしい。

でも何処の場面が映るかは、運次第だったらしいから、あの場面が映ったのは本当に奇跡みたいだったよ、とキルシェは笑った。


 キルシェとの出逢いも奇跡だったから、これからも色んな奇跡が起こるのかもしれないな。

俺とキルシェの未来が、ずっと笑っていられるような、そんな未来だったら。


 それを、願ってしまわずにはいられない。


 今日は、バレンタインデー。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うほ。胸がキュンとするお話でしたよ! キルシエ、セイイチ、懐かしいなあ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ