彼女の正体
最初の設定では唯の(?)ゴブリンシャーマンだったはずなのですが……。
「こっこっこの子こここ!」
「落ち着けライム。この子は……」
「この子がなんで魔物をご主人様なんて呼ぶのよ!」
「あ、そっち?」
とにもかくにも大慌てのライムであった。
「あ、いやそれもだけど、この子は何なの?」
改めてライムはカイルを見つめた。
ゴブリンとは似ても似つかぬ、幼い少女のような顔立ち。ずっと華奢な身体。何よりも、その瞳にはゴブリン特有の凶暴さは無く知性を感じさせる光を静かに浮かべている。
「彼女は……恐らくゴブリナだ」
「ゴブリナ!」
「そう、ゴブリナ」
「━━って何?」
がごんっ!
「知らずに驚いてたのかよ!」
今度は少年がテーブルに頭をぶつける番だった。
「いやだって、聞いた事が無いんだもの……。ゴブリンとは違うの?」
「違うとも違わないとも言えるかな。何せゴブリナって言うのはだ━━」
「うんうん」
「実は俺もよく知らない」
ずがんっ!
「あ・ん・た・ね~~」
「いや仕方がないだろう?何しろ珍しい種で俺も実際に会うのは初めてなんだよ。そうだな、人から聞いた話だと……ゴブリナはゴブリンからごく稀に産まれてくる変異種らしい。そしてこの通り姿はゴブリンよりも人間に近く、性質も大分違う。それに多少の魔法を使いこなすのを見ても分かるように知性もずっと高い」
「ふーん、なるほどね……」
素顔を見られるのに慣れていないのか、カイルは落ち着かない様子で身じろぐ。
「まあ、そういう事だ」
「あれでも……この子、女の子……だよね?それなのに『カイル』って名前なの?」
「あ~~それは、だ。最初に会った頃は性別が良く分からなくってね。服を脱がせてやっと女の子だと━━」
「はい?」
「あ」
そこは人に近い感性らしく、カイルは恥ずかしそうに身を縮こまらせた。
「アンタまさか……。ご主人様ってそういう事なのかしら?」
ライムは殺気を漲らせてゆら~りと立った。
「待て待て待て待てちょっと待った!とりあえず剣から手を離そうねライムさん。つーか、闇落ちの時より凄い殺気だなおぃ」
「ライム様。それは違います。この方はわたしの手当てをしようとして下さっただけです」
「……そのわりには貴女、顔が赤いわよ」
「あ……それは……やっぱり思い出すとどうしても……」
もじもじと指をいじる姿はやはり愛らしい。
「それに俺にとっては性別なんて有って無いようなものだし」
「そーゆー問題じゃ無いでしょ!」
「ならどういう問題で━━いや、そうじゃないな」
少年は頭をガリガリ掻いて椅子を立つと、カイルに向かって頭を下げた。
「悪い。無神経な事を言ってすまなかったな」
「そんな!ご主人様が謝る事は無いです」
「その呼び方は勘弁してほしいところなんだが……。それにライムもありがとうな」
「へ?」
「知っての通り、俺は魔物だ。だが、だからと言って人間らしい心まで無くしてしまったらそれこそ唯の魔物になってしまう。それはさすがに遠慮したいな」
ふう、と息を吐いて少年は再び座った。
「それなら、貴方は元は人間だったって事?」
「……かもね。それでだ。カイル?」
「はい」
「お前さんに関しては了解した。報酬として確かに受け取ったよ」
「……はい。よろしくお願いします」
「ちょっと貴方!」
いきり立つライムを少年は手で制した。
「これは俺とカイルの間で交わされた契約だ。他人が横から口を挟む事はできないよ」
「くっ……」
「それではカイル。早速君に命じる」
「はい。何でしょうか」
「今から君は自由だ。これから何をするかは自分の意思で決めるといい」
「…………え」
カイルの口から発せられたのは、解放の喜びではなく困惑の声だった。
「わたしは……ここでも必要では無いのです……か」
項垂れるカイルに少年は続けた。
「で、だ。これは自由になったカイルに俺からのお願いがあるんだけど」
「お願い……ですか?」
カイルが顔を上げればそこにはしてやったり、といった少年の顔が。
「全く。最初からそう言えば良いのに」
チンッ。
「今なぜか剣を納める音が聴こえましたがねぇ、ライムさん?━━やれやれ、どっちがお人好しなんだか」
「人じゃ無いけどね」
「むっ!ライム、なかなかやるな」
「いえいえ貴方ほどではありませんわ、おほほ」
「そうかそうか、はっはっは」
「おほほほほ」
「ははははは」
『『あーっはっはっは!』』
山奥に異様な笑い声が響き渡った。
「……くすっ」
「お?」
「あら……」
見れば、カイルが堪えきれない、といった感じで口許を押さえていた。
「すいません、お二人が楽しそうなのでつい」
「やーい、女神様ってば笑われてやんの」
「おのれも一緒だ!」
「ぷっ……あははは!」
それからしばらくはカイルの笑いが止まらなくなってしまい、「お願い」の話はなかなか進まないのであった。
ちなみにライムも元は読み切りのSSのキャラでした。ライ麦の女神とか仕事にあぶれた辺りはまんまです。