危機
奥深い山中。
残念ながら「彼」の危惧した通りの事が起こっていた。
そこには身体の所々に返り血を受け、口許には残虐な笑みを浮かべながら、ゴブリンシャーマンを追い詰める女剣士の姿があった。
他に立っているゴブリンはすでに居らず、皆倒れ伏している。
ある者は脚を貫かれ、ある者は頭部から血を流してはいるが、まだ死んだ仲間は居ない。が、それはゴブリンが抵抗したからではない。女剣士が手加減をしたに過ぎない。いや、手加減などという生易しいものではない。
嬲っているのだ。猫が何度も獲物を離しては捕まえるが如く。
ゴブリンとて集団ともなれば決して油断の出来る相手ではない。素人が甘く見ては返り討ちに会う事もある。だが……女剣士は強かった。魔法を放ち、見事な剣技で相手に一太刀も入れさせることなくゴブリンの群れを圧倒していった。むしろ彼らは善戦したと言える。
しかし、それもこれまでのようだった。
女が剣を上段に構えた。対するゴブリンシャーマンも切り裂かれたマントから覗く全身は満身創痍ながらも未だ戦意を喪失していない。片手に杖を、もう片方の手にはショートソードを逆手に持つという一風変わったスタイルで構える。
女剣士の口許が再び歪いびつな笑みを浮かべ━━。
「!?」
頭上から何かが降ってくる。女剣士が素早く後ろに飛び退くと、そこに黒い塊が墜ちてきた。
土煙を上げつつ立ち上がったのは闇色の魔物。
「すまない。遅くなったな。━━おっと」
目の前のゴブリンシャーマンに軽く手を上げると、流石に張りつめたものが切れたのか、そのまま倒れ込んできた。
それをそっと地に寝かせると、嘲あざ笑うような声が響く。
「ははっ、何それ?ゴブリンごときに援軍?何の冗談かしらね」
「そうだな。だが生憎と本当の話でね」
そう言って振り返った「彼」と女剣士が対峙する。
「言葉を話す化物?あっはっはっはっ!」
狂気じみた声が辺りに木霊した。
━━こいつは?
顔に手をあて、身体を捩らせて笑う彼女に、「彼」は首を傾げた。
「ホント、笑っちゃうわ!私なんかには化物かゴブリンあたりが相応しいって?ははっ何なのよこれ!」
━━こいつはまさか!?
「やってらんないわよ!!」
━━そうだ、こいつは━━!
「こいつは━━やさぐれている!!」