ゴブリナという存在
カイルの主従宣言があった夜。『村』となる場所への下見に行く前に、明日は一度麓に降りていつもの交渉に向かうと魔物は告げ、その日は三人でゆっくりしていた。
カイルがすでに静かな寝息を立てている寝床から少し離れた場所で、少年とライムが焚き火を囲んでいた。
「ねえ、貴方さ━━」
「なんだ?」
「私に何か話したい事があるんじゃないの?」
「……良くお分かりで」
焚き火に薪をくべながら少年は苦笑のような笑みを浮かべる。
「カイルの事?」
「それも正解」
「貴方意外に顔に出やすいし、二人で微妙な雰囲気になっていたしね」
「と言うより、ゴブリナについて、かな。あんまり本人の前では言いたくなかったからな」
それから少年はライムに、昼は語れなかった続きを話し聞かせた。
ゴブリナはゴブリンからごく稀に産まれてくる一種の突然変異である。それ故に普通は産まれてすぐに殺されるか捨てられ、若しくは群れから親ごと追い出されるのが通常であり、カイルは後者だった。
カイルは母ゴブリンと共に群れから離れ、しばらくは彼女に育てられたのだが、ある時モンスターに襲われて母ゴブリンは死んでしまった。
その後カイルは思い切って人間と接触を図り、一見それは受け入れられたかのように思えたが、ある日その者たちが自分を売る相談をしているのを聞いてしまった。
怖くなったカイルはそこをなんとか逃げ出し、山に籠ったものの、彼女が一人で生き抜くにはこの世界は厳しかった。
途方に暮れてしまったカイルはやがて群れに戻る決心をする。ただ戻るのは普通ならば無理だろうが、幸いにカイルには人の世界で聞きかじった魔法が多少なりとも使えるようになっていたのだ。
それからは仲間ではなく単なる戦力として辛うじて群れにいることを許されたものの、その扱いはカイルの居場所というにはほど遠かった。
「それでカイルは俺と会話ができるのを理由に体よく追い出されたんだ。━━いや、実のところは生け贄と変わらないな」
「それじゃあ……」
「ああ。もう彼女には行く宛は無い。群れに戻っても殺されるだろうしな」
「それって……私が生きているから?」
「まあ、ね。依頼は『敵対する者の排除』だから、正確には依頼は達成されていない訳だし。━━あ~~コラコラそこで凹まないの。また闇につけ込まれるぞ」
「だってぇ……」
ライムは頭を抱えた。あの幼さで散々苦労してきたカイルに自分は何をしてしまったのか。正直、もう一度土下座もので謝りたかった。
「そしたらまた俺が百叩きして━━」
「それは嫌!」
「し~~っ。カイルが起きてしまいます」
「あんたねぇ……」
ライムが思い切り睨み付けても少年は涼しい顔である。━━それに、こういう場面で茶化してくるのは少年なりの気遣いだと最近は分かっている。……多少は腹が立つが。
「申し訳がないのは俺もなんだが……こればっかりはなぁ」
少年は大きくふーっと息を付いた。
「え?何が?」
「カイルを使い魔扱いすることさ。でも、ゴブリナだと知られるとカイル自身が狙われる可能性が高くなるし」
「狙われる?……あ、珍しいから?」
「そう。俺がゴブリナに会ったことが無いのもそれが理由だろう。何せゴブリナは基本的に獣人の少女のような容姿をしていて性質もおとなしい。それを見世物や金持ちの玩具として裏で取引している連中の噂も聞く」
「……胸くそが悪くなる話ね」
「全くだ。それにもうひとつ。ゴブリナは先天的に……短命らしいんだ」
「!」
「だから尚更人目につかないまま消えていく場合も多いんだろう」
「…………」
二人はお互いに押し黙ってしまった。
女神であるライムはもちろん、恐らくは見た目からは考えられないほどに永い時を生きる魔物にとってもカイルに与えられた時間は短すぎるものなのだろう。
「カイルには……生きている限り、少しでも幸せを感じられるようになって欲しいな。毎日じゃなくとも良い。今ある『生』を楽しい、と思えるように」
「貴方って……」
「うん……」
「お爺ちゃんみたいね」
「ぐふっ」
ライムはしょうねんに9999のダメージをあたえた!
「お、お爺ちゃん?おっさんより上がった!?」
「てゆーか、カイルに対してはひ孫を可愛がるご隠居?」
「さらに上!」
ライムのれんぞくこうげき!
「それを言ったらライムだってもうおばさん━━」
しょうねんのはんげき!
ちゃきん。
「『女の子』に言ってはならない台詞って知ってる?」
「男女差別だ!つーかどさくさに自分だけ女の子扱いかよ!」
だがライムにはきかない!どうするしょうねん?
「それと、カイルに変な真似をしたら━━」
「したら?」
「どんな手段を使ってでもあんたをぶった切ってあげるね」
冗談めかして言ってはいるが、ライムの眼は真剣だった。
「了解。だからいい加減に剣は仕舞ってくれ」
「はいはい。でも、一応剣の手入れはしておこうかな」
そして剣をぶんぶん振り回しながらライムは外へ出ていった。
「やれやれ、頼もしいお姉さんだこと。……こら、そこの狸寝入りしている娘さんも早く寝なさい」
「━━はい、すいませんマスター」
くすりと笑ってカイルは毛布を顔まで上げた。
「悪いな、騒がしくしちまって」
「いいえ、お二人が仲良くけんかしているのを見るのはけっこう楽しいです」
「はは……何でかやっちまうんだよな。それじゃ、お休みカイル」
「お休みなさい、マスター」
今度は頭まで毛布を被ったが、目は冴えてしまっていた。
自分を大切に思ってくれる人が二人もいる。そう考えるとカイルは嬉しすぎてなかなか寝付けないのであった。
ゴブリナについての補足にちょこっと挟むつもりだったのに、なげーなおい(T-T)。




