5話 「目的!人殺しに勝るものとは」
日が明ける。要塞攻略戦は中断され、今日は戦死した者達の葬儀が行われる。
レンツは朝起きて仕度し小隊幕舎に入ると、タンクトップのローゼが記録書類を片づけている。
「おはよう!」
爽やかなあどけない声にローゼはパソコンの手を止めた。
「隊長。おはようございます」
とローゼは答える。
「うーん。ローゼさんにはその仕事は似合わないね」
手を顔に当ててジーとローゼの顔を見た。
「......どういう意味ですか隊長。がさつなのに何で事務やってんの? っていいたいの?」
「あ! いや! 活発そうなローゼさんだから、似合わないなーっと思って!」
「同じ意味じゃないですか......まぁ、自分でもそう思ってますよ。それにやりたくもない」
とローゼは言う。
ローゼはパソコンのあるファイルを開いた。
「これ見てください。何を記録してあると思いますか?」
ローゼはパソコン画面を指し示す。そこには『戦死詳細状況報告書 ホフマン=ジョーダン』と書かれていた。
しばらくの沈黙が流れた。
「......ごめんあのとき止めていれば」
「あ、そういうつもりじゃないんです。気にしないでください。あれは、隊長もどうしようもなかったですから」
しばらく二人は黙りこんだあと、ローゼが続けた。
「......私は三年前からこの書類を何度も書いているんです。給与報告や補給物リストでしたらまぁいいのですが、これだけはやっぱりなれませんよ。死んで書類書いて、補充されて、なんか物みたいな気がしてね」
「物か。確かに戦争はそういうものかもしれない。でも、そうだとしたら僕たちは誰の『物』なんだろう」
「そりゃ、国とかそういうものの道具じゃないでしょうか?お給料もらってるわけですし」
ローゼはパソコン画面に戻りで事務作業を続けながらいった。
「じゃあ今の連邦と同盟が戦争を行う理由として、何が目的なの? まさか百五十年も前のあの資源ってわけじゃないでしょ。あんなちっぽけな資源よりも大きい所はいっぱい見つかってる」
レンツは言った。
「決まってるじゃないですか。復讐ですよ。愛する者や親友を殺されたから、敵をぶっ殺す。それが続いてるだけでしょう。いまの上層部のじーさんの代が始めた戦争だ。もう誰も目的なんてものは見えちゃいない。ただ勝つのみ。止められない」
「じゃあ個人として......ローゼさんは、戦争をどう思ってる?」
レンツは言った。
ローゼはその質問に対し溜息をして答えた。
「唐突ですね。どうといわれても... ただ、連邦に殺された戦友のために仇を打つだけ。ただそれだけです」
ローゼは、この質問がくる度にいつもこう答えていることにしていた。
准士官事務係という立場から尉官はもちろん佐官ともあう機会が多い。そのたびに、将校というものはこの戦争の大義は云々、我々は今後云々と、自分だけの理想やエゴを押しつけてくる輩がたくさんいた。
そのたびにローゼは嫌悪感を抱きながら、このテンプレートで質問逃れをすることにしていたのだ。
するとレンツから思わぬ言葉が飛んできた。
「嘘だね」
レンツは言った。
「べ、別に嘘などいってはおりませんよ」
「ごめん。すべて嘘ではないよね。でもローゼさんほんとは何かあるんでしょ? 戦ってる理由。というよりもここにいる理由」
「何かとは」
ローゼは警戒したような目でこっちを見た。
「まぁ、いいんだ人には色々あると思う。僕ね、大学を飛び級して卒業したあと本当は学者になるのが夢だったんだよ」
唐突に自分語りを始めたレンツにローゼは一応耳を傾けた。
「でもね。ある日、実は死んだと思っていた大切な人が......生きていることを知った。でも、その命の恩人は今、してはいけないことを考えている。僕はその人を止めるために学者を諦め、軍に入ったんだ」
レンツは続ける。
「つまり、どう言うことですか?話の流れがわかりませんが...」
「僕は個人的な理由で軍に入った。だから、戦争をする大義なんてものは知らないんだ。幹部候補生学校でも思想教育もされたけど、イマイチピンと来なくてね。だいたいなんの為に戦争やってるのか全然わからないんだ。そう意味で教えてほしいなぁって思ってさっきの質問を投げかけたんだけど、無駄だったかな」
「......隊長って結構ベラベラ喋るんですね。長いです」
とポカーンとしたローゼ。彼女は続ける。
「なんかそういうことを考えてる時点で、十分士官って感じですよ。それで、理由知った後どうするんです」
とローゼは笑いながら言った。
「どうもしないよ。ただ聞きたかっただけ。僕はある個人的な目的があって軍に入ったけど、今は小隊長だ。そのためには自己中心的な理由だけではなく、戦争をする一人の当事者としてこの戦争をする意味を教えて欲しい。少しでも隊を守りたいんだよ。ローゼさんに戦死報告書なんて書かせないようにしたいからね。」
ローゼは聞いてると不意に笑いがこみ上げていた。
「アハハハハ! 可愛いねぇ隊長は。ありがとう嬉しいよ」
そう言うとローゼは立ち上がり言った。
「でもね、戦争の理由なんてあたしもわかりませんよ。さっき行ったように復讐の連鎖とも取れるし、国としてのプライドなのかもしれないし、もしかしたらまだ資源権益が欲しいのかもしれない。それはやっぱり、自分で見つけるしかないんじゃないですか?戦争をやる意味。自分が人を殺すことに手を染めることに勝る確固たる目的をね。徴兵された兵士と違って志願した我々は、それがなきゃいけないと思いますよ」
ローゼはレンツに詰め寄り、顔を近づけ、額と額を合わせて言った。
「あなたはこれから人を大量に殺すことになる。その人殺しをすることにも勝る目的が明確にあるのなら、あなたはそれを大義として戦えばいいと思うわ」
ローゼはレンツを見つめた。
「......ローゼさんは、目的、あるんです?」
レンツはローゼを見つめ返す。ふっと笑ってローゼは言った。
「......あるよ。」
「そっか。教えてはくれないの?」
しばらくの沈黙が流れた。
「......きっと教えてもね、理解できるかどうかわからないよ。個人の想いって他人にとっては価値観が違ったりするもんなんだよ。だから、レンツ少尉。あなたに私の目的が理解できるかわからないわ」
そういうと額を離してまた、デスクに座ると、事務作業に戻った。
「じゃあ聞かないでおくよ。そろそろもう時間だから行かなきゃ! ローゼさんも早く支度するんだよ。葬儀は一時間後だ。僕は先にいってる」
「そうですね。あ! 言うの忘れてたんですけど」
とローゼがレンツを引き留める。
「え?」
「ローゼさんはやめてよ。ローゼで結構ですよ」
「あ、そうだねごめん。ローゼ」
占領された高地にファウストらカテーナ基地の高官が到着した。すでに葬儀の準備は整えられており、周りには黒い幕が貼られている。
「こんなちっぽけ高地一個取るために何人死んだんだ......」
ファウストはつぶやくと、アッドデニーの戦死により臨時で高地の部隊長を勤めていたアーデルハイドの元に向かった。
「アーデルハイド中隊長此度はご苦労だった。陣地敷設で疲れてはいるとは思うが今日はよろしく頼む」
「こんなことになってしまい申し訳ありません。私がでていれば......」
「......過ぎてしまったことは仕方がないのだ。此度の犠牲を教訓にして次に生かそう」
ファウストはそう言って幕舎をでて行った。
歩いていると、副師団長のコペルニクスが言った。
「此度の責任、彼女にはどう取らせますか?」
ファウストはふぅーっとため息を着くと言った。
「今回は彼女だけの責任ではない。形式上中隊長を解任するだけだ。特にどうもしないよ」
「そんな軽い処分で! 上にはどう報告するんですか」
コペルニクスは驚いた様子を見せた。
「そんなん私が適当に言っとけばいいだろう。どうせ私も近いうち左遷されるんだから」
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ」
「他人事みたいに言ってるが君もだぞ」
「ええー。まぁ、軍引退してのほほんと暮らすのもいいですな」
「冗談だよ。とりあえず、そろそろ時間だ。行くぞ」
広場には、多くの戦死者を出した師団や、二小隊が壊滅した念力部隊の第二中隊、述べ七百名を超える遺体が積み重ねられている。あまりにも遺体が多すぎて、整列する場所すらない状況であった。
それでも一定の配慮として葬式をあげてもらえるだけ幸せだろう。
数知れない戦場では、誰の弔いもなく大地に還る死者もいるのだから。
「第六師団アッドデニー少将以下七百十一名、独立連隊ゲッベルス少佐以下百四十名に向け、黙祷!」
戦死で二階級特進した階級が読み上げられる。レンツ達も死んだホフマン達小隊員をはじめとする今回の戦死者に深く黙祷を捧げた。
遺体はまとめて燃やされ、焼けた人肉の匂いが立ち込めた。レンツは初めて体験した人肉の匂いで少し気分が悪くなった。
「ぼっちゃんよ。大丈夫か」
ノイマンが気を使って声をかけてくれた。
「ありがとう大丈夫。ごめんね。不謹慎だね」
レンツは口をつぐみながら行った。
「あんたも死んだらこうなるんだ。よく、覚えとけ。残酷かも知れねえがこれが現実なんだ」
ノイマンは言うと、燃える火を一心に見つめていた。
今回の高地攻略での被害は大きく、独立念力連隊部隊は千名を切った。
第二中隊においては、百三十一名となり、第二中隊は、カテーナ基地から召集された第一中隊に統合されて大隊単位で高地防衛に当たることになった。
事実上アーデルハイドと隣の中隊である第一中隊のファインマン中隊長は指揮権は大隊長に渡されると同時に、隊長職を解任され大隊人事附となる。
葬儀が終わると、第二中隊長アーデルハイドは大隊本部に召集されていた。
「アーデルハイド大尉、入ります」
アーデルハイドは断りを入れて大隊長室に入った。
「やぁ、大尉。今回はよくやってくれた」
念力第二大隊の大隊長マイルズはいった。マイルズは念力者としては七級と低い方であるが、父が同盟議会の議員を勤めていることから、ほとんど七光りで大佐まで上り詰めた男だ。
「よくやったとは......皮肉ですか。マイルズ大佐」
アーデルハイドは言った。
「いやいや。確かに廃病院での損害は痛いが、その他での実害はわずか三十七名。相手の兵力考えるとすばらしい戦果だ。もしあのイレギュラーがなければ、作戦は成功だっただろう」
マイルズはゆったりと椅子にもたれ掛かりながら言った。
「しかし結果として、このような形になってしまいました。戦闘能力が高い私か、第一小隊のキースがいくべきでした。申し訳ありません」
「ゲッベルスだって十分能力は高かった。君の判断は正しかったよ。ただ、相手がそれを上回ってしまっただけだ。それにゲッベルスでさえ瞬殺だ。キースでは敵わんだろう。おそらく君なら勝てただろうが、中隊長がわざわざ出向くわけにはいかないしな」
「お慰め感謝いたします。では手はず通り、中隊指揮は大佐にお願いいたします」
そういって大隊に中隊指揮カードを譲渡した。
「了解した。ところで」
マイルズはコーヒーをすすりながら言った。
「はい。」
「副官が使えん男でね。そろそろどこかの部隊の指揮でも任せて新しい副官を募ろうと思ってるんだが」
マイルズは続けた。
「きみ、どうかね?大隊付副官として私をサポートしてほしいのだ。もちろん昇進も口添えしてやろう」
アーデルハイドは少しばかり思慮した。
ーー昇進なんかには興味はないが、あの真実を知るためには......。
アーデルハイドは副官としてマイルズの下に着くことを決意した。
「喜んでお受けします。」
マイルズは満足そうな顔でアーデルハイドに言った。
「ほほ、そうかそうか。では追って辞令を言い渡す。下がって良いぞ」
数日が経ち、軍の再編とアーデルハイドの大尉から少佐昇進が大隊全体に伝えられた。
「はぁあ? あの貴族令嬢が少佐昇進だぁ?」
ノイマンはおどろいた。
「今日の独立念力連隊合同士官会議でね。大隊副官待遇らしい。」
レンツは言った。
「貴族特権......ですか」
とブラームス
「まぁ、あの令嬢、念力もかなりやるからな。妥当と言われれば妥当なのかもしれないが。何せ下手な兵よりここに長くいるからな」
とノイマンが言った。
「私は中隊長は左遷されるものとばかり思っていましたがね。二個小隊を失ったわけですから。」
とブラームス。
「まぁな。もしかしてマイルズ大佐に体でも売ってんじゃねえのか?」
とノイマンが冗談をいう。
正直、今回のアーデルハイドのあげた戦果は高いわけではない。相手が千名とはいえ、念力部隊もレンツたちが相手した小隊規模の兵以外の敵兵はほとんどが一般兵であった。
それを無力化するのに、八百名以上の犠牲を払っている。責任はアーデルハイド一人にのみ所在があるわけではないが念力部隊が現に、あの虐殺を行った敵の少年を倒せていたらこんなことにはならなかっただろう。とにかく今回の損失は痛い。第六師団長は同盟本部に召還されたという話だった。
「それにしてもローゼどこ行ったんだ?」
ノイマンは言った。
たしかにローゼの姿がさっきから見あたらない。
「さぁ。でもローゼ准尉ならさっき大隊幕舎に呼ばれてたような」
とブラームス。
「大隊? まさかあいつも昇進とかじゃないだろうな。」
とノイマンが神妙そうに言った。
「そのまさかよ」
そういって後ろに現れたのはローゼであった。
「うわっ脅かすなよ......って、は? 今なんて?」
ノイマンは驚いた顔をしてローゼに問う。
「本日付けで少尉任官いたしました。ローズ少尉です。みなさん。よろしくね」
皆、目を丸くした。
「は、はぁあああ? てめーだけ昇進とかふざけんなよ!」
とノイマンは切れる。
「うるさい! あんたはバカだから昇進できないんだよ!」
ふてくされるノイマン。だがそれよりもブラームスがふてくされてるのが見て取れた。
「ローゼ准、いや少尉おめでとう。」
レンツが言った。
「これで同じ階級になったわね隊長。あたし、上官はおそわないっていったけど、」
そういうとレンツのあごに手をのせて、
「同じ同僚なら......たべちゃうかも」
誘惑するローゼ。
「え? あ、え? いや、あの」
「なーにきょどってんのよ!赤くしちゃって!え、まさか隊長ったら、童…」
「童貞ですよ! 悪かったね!」
レンツは言った。
「ごめんごめん。......同僚ってのは嘘よ。一応昇進したけど、第三小隊の副官のままよ。あなたの方が三日ほどだけど、任官が早かったからね。まだ一応上司よ」
「......そうなんですか。」
とレンツ。
「なーにしょんぼりしてんの! もしかして、襲われたかった?」
「うるさいよ!!」
「あははは。でも近いうち移動になるわね。さしずめ残った小隊のかき集め部隊か、大隊附書記将校ってあたりかな。まぁ、それまでは一緒だから、今まで通りパーっとやりましょう。」
ローゼはそういうと、幕舎のほうに向かっていった。
レンツはその姿を見つめながら、ようやく今頃になって戦争を実感して来た。
ーー今自分は殺し合いをして来たんだと。




