4話 「戦慄!廃病院の悪魔」
高地の少しはずれにある大きな廃病院に、攻略部隊である第四、第五小隊が到着した。
南口と書かれた門は不恰好に開かれていた。
「一応挨拶しとこうかな。こんにちわ」
今回部隊の総指揮をとるゲッベルス中尉は、誰もいない警備員常駐所に敬礼した。
「しっかし綺麗だなぁ。廃病院とは思えねえよ」
ゲッベルスは言った。
「もともと連邦の簡易的な基地ですからね。あそこも、ほら」
隊員が指差したのは飾りである木々の間に干されていたシャツであった。おそらく連邦のものだろうか。そのシャツは少し血にまみれてバサバサと風に揺られていた。
「生活感溢れてんなぁ。......っとここか」
入口のドアを開け、病院の中に入っていった。
この第四小隊と第五小隊はレンツと同様昨日着任したばかりの将校が小隊長を勤めていた。第五小隊を率いるゲッベルスは警察官を退職した後、一般曹候補生として入隊し、中尉まで上り詰めた屈強な中年の男であった。
「スズキ中尉。第四はどうだ。慣れたか?」
ゲッベルスは第四小隊長のスズキに声をかける。
「いやぁ。そこまで前と変わりませんよ。前いた東南アジアの部隊と同じく前線ですしね。いい空気です。久々に血が騒ぎます」
スズキは言った。
「あんたは身なりはサラリーマンだがいうことは戦闘狂みたいなこと言うんだな」
呆れながらゲッベルスは言った。
「ゲッベルスさんみたいに肉体まで鍛えている方は尊敬しますよ。私は念力に頼り切ってますから......こんな貧弱な肉体なんです」
そう言うとスズキは腕を見せた。
「一昔前なら兵役検査で引っかかってたレベルだぞ。少しは鍛えとけよ」
「必要性があればそうさせていただきます」
「合理的でなにより」
そういうとゲッベルスは無線のスイッチを入れる。
「こちら念力部隊。指示を」
"こちらアーデルハイド。そろそろ後続部隊の師団大隊が中央口に到着するわ。合流して指示を受けなさい。南口から1キロあるわ。がんばってね"
「一キロ......了解。地図は?」
"データを送るわ。あと10分で到着しなさい"
「走れってことですね。わかりました」
そう言うとゲッベルスは無線を切った。
「総員駆け足」
ゲッベルスの命令とともに、軍靴が響いた。
広大な一階フロアには、すでに師団の兵がテントなどの簡単な施設を作り始めていた。
「ったく仕事がはええな。この前までは連邦の施設だったってのに」
ゲッベルスは言った。
「感心しないでください! あたりにすでに師団兵が展開してるってことは、遅刻ですよ遅刻!」
スズキは吐息混じりで言った。
「仕方ないだろ?初めての場所なんだから。大体こんな病院広くて複雑だったら患者が途中で死んじまうのに、何考えてこんな病院作ったんだろうな」
ゲッベルスは病院のせいにしようとする。
中央口付近の『外科受付口』と書かれたところに、くるっとした髭が特徴の男が立って指示を出していた。
「ふう。やっと見つかったぜ」
中佐の紋章をつけたその男にゲッベルスは敬礼する。
「念力連隊第二大隊第二中隊第五小隊小隊長ゲッベルス=アザー中尉であります。支持をお願いします」
ゲッベルスは、早口言葉のような部隊名をかむことなく言った。
「遅刻だぞ中尉。なんでGPSがついてるのに迷うんだ」
「申し訳ありませんんん!!!!!!」
途轍もない真顔でゲッベルスは謝罪する。頭を下げる角度は45度。男、いや漢ともいえるような容姿のゲッベルスの真摯な謝罪にアッドデニーは圧倒される。ただの遅刻なのだが、その謝り様はまるでシークレットミッションに失敗した特殊部隊のようだ。
「うお......ま、まぁいい。これからこちらの師団中隊とともに一階を制圧後、六階まで順次制圧する。」
アッドデニーは目元まではねているヒゲを触りながら命令する。
「了解。行くぞ」
そういうとゲッベルスは出発した。
二階への階段を登りきったところで、スズキが近くに寄ってきて言った。
「先任。制圧ったってもうほとんど敵は撤退しているんでしょう? なんでこんな人数が必要なんです?」
スズキはゲッベルスに尋ねた。
「この建物かなり広いからな。おそらく隅々まで探せよってことじゃないか? まあ俺も一般師団兵、念力兵合わせて五百人も敵兵掃討に充てる必要はないと思ったが……気にするな。おれらは与えられた仕事をしてればいいんだよ」
「そんなもんなんですかね。でも念力兵なんて先任一人でいいでしょう。二級なんですから。四級の私や部下たちは正直いらないですよ」
スズキはまたいらない口を叩いた。
「……つべこべ言わずやるぞ。俺一人なんてめんどくさくてかなわん。分隊にわかれてこここにある全ての部屋を徹底的に調べろ」
了解、の返事とともに部隊は八つに分かれる。ゲッベルスも目の前にある部屋の扉を開いた。
ここは、診察室だろうか、機材で部屋はぎっしり詰まっていた。
ただ、連邦兵が寝泊まりしていたのか、いろいろな生活用品が置いてあった。
「もぬけの殻じゃねえか。次行くぞ」
ゲッベルスは言った。
部屋を出ようとしたとき、妙な音が聞こえた。それにつづいて、小さな振動が伝わった。
「なんだ? 地震か?」
「何ですかね? 私も感じました! 無線で下に連絡しますか?」
別の部屋を調べていたスズキが大きい声で部屋越しに答えた。
「いや、下にも伝わったはずだ! とりあえず、作業は続けろ」
そう言いかけた時、"ぎゃああああ"という声がマシンガンの音とまじって聞こえた。
「銃声......。あっちの方向は、師団中隊がいる方向か。無線かけろ」
スズキに指示を出す。
「師団中隊応答願います。こちら念力部隊作戦群」
"こちら師団第二中隊! 連邦念力兵と交戦中! 応援を頼む!"
マシンガンの音交じりで聞こえた無線がフロアに響き渡った。
「師団部隊が襲われてます。どうしますか」
「どうもこうも......。行くぞ。念力兵ならあいつら全滅しちまう」
ゲッベルスは兵を集めると、師団中隊がいる方へ駆けていった。
フロアの二つ目の角を曲がったとき、ひどい血の匂いが立ち込めているのが分かった。すでに音はなくフロアは沈黙を守っている。
「血の匂い……。あの先か」
三つ目の角を曲がると、そこは、赤で染まっていた。折り重なる死体で廊下は埋め尽くされ、歩くことができないほどであった。
「......!」
ゲッベルスは目を見開いた。
「これ......やばいですよ」
「いくら一般兵だとはいえ、対念力装備で来てるはずだ。この短時間で200人が惨殺とは。……中佐に連絡しろ」
「了解……!」
スズキは無線でアッドデニーに通信する。
「こちら念力小隊作戦群! 大隊本部! 応答願います! エマージェンシー! 繰り返します。エマージェンシー!」
「……し、師団大隊本部応答なし」
「なんだと?」
「どうしますか? 高地入り口にいるアーデルハイド中隊に連絡します?」
スズキが無線を切ってゲッベルスの指示を仰ぐ。
「いや、まずは状況を確認しよう。一階に戻るぞ」
ゲッベルスは言った。ゲッベルスの胸に不安がよぎった。
一階を降りて見た光景は、血の海であった。ゲッベルスの不安を的中したのである。
「おい、これいつだ。いつ殺された。」
ゲッベルスは茫然とたちすくんで言った。
さっきまでは普通に陣地制作作業に当たっていた何百名もの兵士がすべて生き絶えていた。
「わかりません。早すぎますよ。だって15分前くらいにはみんなピンピンしてましたよ」
「虫けらじゃねえんだぞ。こんなパンパカ殺されてたまるかよ」
ゲッベルスはそう言って、足元の死体をみると、あることに気がついた。
「なんだよこの穴」
その死体の頭には、十センチほどの空洞ができていた。
「かなり大きい穴ですね。おそらく、何かを投射したのでしょうか」
「それにしては周りに落ちてるのは師団のサブマシンガンの薬莢だけ......」
そういってあたりを見渡す。
「何か物を投げていたのでは?」
スズキは言った。
「周りにあるのは死体だけだ。投げた物の残骸は見当たらない」
その時、スズキの頭上の天井の壊れた部分に怪しい光る目をした少年が顔を出したのに気がついた。
「スズキ!上だ!」
ゲッベルスがそう言った瞬間、少年は飛び出して来た。
「ぐっ!」
スズキはかろうじてよけようとした。
しかし、少年の持っている刃物はスズキの腕をしっかり切り取った。
「うがぁあああああ!!!!」
スズキが呻いた。
「隊員はスズキ連れて下がれ!!この......!」
ゲッベルスはその少年を念力で吹き飛ばす。ズドンという衝撃で少年は10メートルほど吹き飛んだ。
「誰だおまえ」
「生き残れたら答えるよ」
少年は静かにそう言うと、にぎり拳ほどの大きさの石を手に持った。
「なるほど。その石飛ばして師団の奴ら殺ったってことか」
「ご名答。だがわかったからって躱せるもんじゃあないと、僕は思うけどね」
「ぬかせ! そんな石っころなんかで念力部隊をやれると思うなよ」
「やればわかる」
そういうと少年は石を飛ばしてくる。
かなり速い。
確かに当たったら体に穴は空きそうだ。
「返してやるぜ!」
ゲッベルスも念力を込める。
対象は飛んでくる石。移動物体であってもゲッベルスの鍛え抜かれた反射神経はそれを捉えていた。
ーーしかし石は微動だにしなかった。
「何!!?」
ゲッベルスは驚きながら飛んでくる石をかわそうとした。
「甘いよ」
少年が言うとその石は曲がり始める。
「ぐおっ!」
石はゴリゴリとゲッベルスの肉を貫いた。
ゲッベルスの屈強な右腕は不恰好にギリギリのつなぎ目のところでぶら下がる様にして体に垂れていた
「ギリギリかわされちゃったね」
「ぐっ...!曲がるだと」
「無駄口叩いてていいのかな。後ろの部下たちは......君みたいにかわせるのかな?」
そういうと、ゲッベルスの血にまみれた石は浮き上がり、後ろにいた部下たちを貫いた。
石はそのあと空中で静止すると、少年の元に戻って行った。
「くっ! 撤退だ! 中央口から脱出!」
そう言うとゲッベルスは兵達に撤退を命じて後ずさりした。
「させないよ」
石は逃げ惑うゲッベルス達をまた貫いた。
地面に転がる師団兵の死体の上に重なる様にまた、死体がどんどん増えていった。
「くそ、これじゃあ!引くに引けません!」
隊員の一人が言った。ゲッベルス達は少しずつかわしながら後退し、あと出口の三十メートルのところまで撤退することができたものの、この時点で隊員は十分の一になっていた。
「さすが念力部隊だ。さっきのカスどもとは違うな。よく粘る」
少年はニヤニヤしながら言った。
「......先任。私らが行きましょう。その隙に残りの隊員を逃がします。あと30メートルそしてアーデルハイド隊長の元に着くまでここで足止めを」
スズキが肩を抑えながら言った。顔は出血多量のためか、少し青白い。
「お前は無理だ。逃げろ。俺が行く。いや行かなきゃいけなかった」
ゲッベルスは言った。
「ダメですよ。先任。あんた、さっきMAXではね返せなかったでしょう。一人じゃ無理ですよ」
「何する気だ」
「私とあんたの念力を合わせれば、勝てるかもしれない」
「おーい。なにごちゃごちゃやってんのさ。そろそろ殺しちゃっていいってこと?」
そう言うと少年は石を飛ばして来た。
「わかった。タイミング合わせろよ」
ゲッベルスは小声で言った。
「了解」
二人の念力はベクトルの様に合成され石にぶつかった。石はその場で地面に落下する。
「何!? 相殺.....だと?」
少年が驚く。
「今だ! お前ら逃げろ!!!!」
ゲッベルスは部下にそう命令すると、スズキとともに少年に向かって行った。
「くそっ......! まあいいかゴミぐらいは」
「ようやく追いつけたぜ。てめーの力に」
「ははは。追いつけたって。おじさん達腕も無いし満身創痍だよ。右のおじさんなんてもうふらふらじゃないか」
少年はスズキを見て言った。
「別に大丈夫ですよ。もともと貧弱なだけですから」
スズキは答える。しかし強がっていることは明らかであった。
「あっそ。まあいいや。死になよ」
また石手に持ち構える。
「スズキ!」
「はい!」
二人の合わせた衝撃波が少年に向かっていった。
「念力合成か。さっきのといい、やり方は古いがいいアイデアだね」
そう言うと少年も衝撃波を発生させる。
「それだけだと思ったか」
ゲッベルスは相殺爆風が吹き荒れる中を無理やり突き抜けて少年に接近した。
「なっ!!」
少年は後ずさる
「ふん!!」
ゲッベルスの蹴りが少年の腹に入る
「がっ......」
「ちっ片腕やられてるから軸がずれたぜ」
「ぐっ...念力体術か...!」
少年は呻きながら言った。
「ご名答。足に念力をかけて蹴る蹴りは効くだろう?防げないあたりお前は若さゆえに場数は踏んでなさそうだな」
「戯言を!」
そういうとまた石を手に持つ
「また曲がる石か。どんな原理かは知らねえが、それは俺とスズキの合成念力で互角。無効だ」
ゲッベルスとスズキはその石に念力をかけ、また相殺する。
「オラ!」
またゲッベルスは蹴りを繰り出す。今度は腕でガードするが、少年は五メートルほど吹っ飛んだ。
「ぐは......! お前ら......古い念力者風情が!! この僕が! おまえらごときにぃいいいい」
「また懲りなく石か」
ゲッベルスは念力を込める。
しかし、今度は石は止まらなかった。
ゲッベルスが後ろを見るとスズキはすでに出血多量で息絶えていたのだ。
「ったく。だから体鍛えとけって言ったんだよスズキ。俺はまだまだいけるってのに」
どんと言う衝撃をゲッベルスは感じた。
ゲッベルスは思った。
ーー俺ら、結構いいコンビなれると思ったんだがな。ただ残念ながら少しばかり出会うのが遅すぎたようだぜ。
至近距離で石の弾丸を浴びたゲッベルスはバラバラになった。わずかに顔と認識できる少しばかりの肉片には笑みが浮かんでいた。
「なに笑ってやがるんだ。旧能力者の分際で。この僕にここまでの傷を。ちくしょう」
少年は腹を抑えながら、病院の奥へと消えて行った。




