2話 「複雑!下士官と士官」
レンツが基地の見回りに出かけたあと、下士官四人は二次会を始めた。(上司である小隊長がいなくなった後、下士官のみで話し合うことを二次会と呼んでいた。)
部下である彼らは、レンツが若すぎることに不安を覚えていた。
「どう思いますか准尉」
ブラームスが言った。
「どう、とは?」
ローゼは言った。ローゼはブラームスがなにを言いたいのかは予想が着いていたが、あえてなにも言わなかった。
「歳若すぎますよ。こんなん初めてです。彼何歳なんです?」
ブラームスは即座に返す。無駄な回り道をせず率直にいうのは合理的なブラームスらしい。
「今年で十六だそうだ」
ローゼは言った。
「十六!? エリートってやつですか」
「飛び級で大学卒業してるよ。でもエリートはこんな前線にこないから。違うんじゃないか」
ローゼはいった。
「ま......どうせ使い捨て士官だろうな。最近じゃ士官が足りなくて応募募っては幹部候補生学校短期卒業で急造してるからな」
ノイマンは言った。
戦場ではよく兵士は使い捨ての駒だというが、前線においては若い士官もそれほど高い利用価値はないのである。ベテランの下士官の方が価値は高いほどだ。
「はぁ......でも穴埋めがあった第四と第五の新任小隊長はどちらも下士官からのたたき上げのベテラン中尉ですよ。第三ははずれ引いたようですね」
ブラームスは言った。その言葉に反応してノイマンが言った。
「このまま戦ったら確実に死ぬぞ。あいつもだが......俺らも第六小隊の時のようになっちまう」
最古参のノイマンにとっては、十代士官に対して直感的不安を覚えているようだ。それは以前ノイマンが居た第六小隊の出来事のせいだろう。
ーー今から六年前、ノイマンは第六小隊の分隊長を勤めていた。雨季の時期であったその日は、毎日のようにザーザーと雨が降っている。第六小隊は新しい陣地構築のためにカテーナ基地から南に位置する山麓ふもとにいた。
「雨ってのは嫌だって奴が多いが、俺はそうでもないんだ。なんか自然のシャワーみたいだろ?」
ノイマンは言った。
「自然のシャワーって分隊長。昔ならいざ知らず、今の雨は放射能やら化学物質やらで汚れてますよ。私はゲロ浴びてるような気分です」
隊員の一人が言った。
「おいおいジョルシュ。そういうこと言うなよ......少しでも作業するモチベーションをあげようってのに。やる気なくなったじゃねえか」
ノイマンそう言ってスコップをぐちゃぐちゃの土に刺す。そして空を見た。
「やまねえなぁ」
ノイマンが言うと、続いて隣にいたもう一人の隊員がぼやいた。
「なんでこんなところ掘るんですか。きょうび塹壕なんて、流行りませんよ」
そういいながら土を掘る。
「知るかよ。上の命令だ。黙って働け」
そういうとまたノイマンもスコップを手に取る。
突然警報がなり始めた。
"敵接近!距離2キロ前方!!"
ウウウー!というけたたましいサイレンとともに敵の情報が周りに伝えられた。
「塹壕掘りの次は戦闘かよ。今日はついてねえな。いくぞ」
ノイマンはそう言うと部下を引き連れ、念力第六小隊集合地へ向かった。
小隊テントには、第六小隊51名が分隊別に並んでいた。各分隊は点呼を終え、小隊長に報告する。
「小隊欠員いません」
人数報告を聞いた小隊長アルプレヒトが前にでた。
「敵が前方に迫っている。恐らく偵察であろう。分隊単位で各自作業場所を防衛せよ」
小隊副官であるノイマンが意見を言った。
「小隊長。敵の人数を聞かされておりません。人数把握されてるんですか」
小隊長アルプレヒトは答えた。
「いやしてないが。そんなに数は多くないと聞いている。詳しい数は調査中だ」
ノイマンは腰に手を当ててため息をつく。
「はぁ。第四陣地構築隊と合流しませんか。ここ通路が一本しかないじゃないですか。あそこ止められたら孤立しますよ。敵兵の数を聞いてからじゃ遅い」
ノイマンは言った。すこしアルプレヒトは考えて口を開く。
「確かに一理あるんだが、ここの陣地はどうする。捨ててまた作り直すのか」
アルプレヒトは集合テントからみえるスコップやら何やらが放置された作業途中の塹壕を指差した。
「そうなりますね」
「それはできないな。ノルマは四日後だ。ここで捨てたら我が小隊は昼夜ぶっ通して作りなおさなきゃいけなくなる。それはあまりにも兵がかわいそうだ」
ここを守ると言うことは凄惨な殺し合いを演じなければならない。それこそかわいそうもなにもない気がするが、とノイマンは思った。
「お気持ちはわかりますが、命あっての物種です。念力部隊ですから敵一般兵なら百や二百耐えられますが、敵の念力兵とぶつかったらやばいですよ。袋のネズミです。第六小隊はお世辞にも隊員の念力は高いとは言えません。二級やら三級が少し混じってたら殲滅されますよ」
最上級能力者の危険性についてノイマンが説いた。
「それは仮定の話だろう」
「私の意見は仮定ですが、小隊長。あなたの意見も仮定から成り立っております。一応、アーデルハイド小隊やキース小隊と合流出来る様にしておいた方が得策です。カルカッタ岬まで引きましょう」
ノイマンのやや凄んだ様子にひるんだのか、少しアルプレヒトは後ずさる。
「はぁ。たった一人の上級能力者にビクビクしなきゃいけないなんて......。戦争はいつからこうなっちまったんだ?昔はこんなことなかったのに」
呆れた様に言うと、ボロい丸椅子にもたれかかった。それを見下ろす様に大男のノイマンが言った。
「仕方ありませんよ。時代の流れです。昔は十級レベルが最強と言われていたのに今じゃその1000倍の力を誇るやつまででて来ている。三級以上は化け物の集まりです」
「とりあえず、中隊に人数確認をしてみる。わからなかったら撤退を開始しよう。戦闘準備にかかれ」
アルプレヒトは、皆を解散させた後、無線で中隊に連絡を取った
「こちらアルプレヒト小隊。敵の人数はわかりますか」
"二個小隊だ。念力部隊かはわからない"
「二個小隊......!多いですね。山麓の分かれ道のところまで撤退しようと思うのですが」
"判断に任せる。だが陣地は予定通り作ってもらわねばならん。人員は割けないから君の小隊で全て期日まで行ってもらうことになる。厳しいとは思うががんばってくれ"
「人員増加もないのですか......了解」
無線を切ると、アルプレヒトは今度は小隊無線で分隊長と連絡を取る。
"はい。こちらノイマン"
副官のノイマンが応答する。
「敵は二個小隊。念力兵は......いない。よって我が小隊で迎え撃つ」
アルプレヒトは言った。
"いない?念力兵はいないんですか?"
「ああ」
"どうやって確認したんです"
「......上からの報告だ」
"方法の話を聞いています。上はどうやって念力兵だって確認したんですか"
小うるさいやつだと感じ、アルプレヒトは舌打ちをして答えた。
「上からの報告なんだ!それ以上でもそれ以下でもない。黙ってしたがうんだ!准尉!」
"......了解"
ノイマンたちがいる塹壕には雨がザーザーと打ち付けていた。
「ったく念力で雨も跳ね返してやりたいですね」
ジョルシュが言った。塹壕で遠くを監視しながらノイマンが返答する。
「あられやら何やらならいけるが、雨はなぁ。液体だしな。とりあえずジメジメしてるわ視界が悪いわで戦うにはちょっと邪魔だな」
直後、双眼鏡を凝視しながらジョルシュが言った。
「きた......!」
視界が悪いが目視でも遠くでごにょごにょ動いているのが見えた。敵のお出ましだ。
「敵は三方向に散開!一部隊がこっちに来ます!どうしますか!?念力で一掃しますか?」
ジョルシュが念力を使うか聞いて来た。しかし、敵がノイマン達を念力兵とまだ認識していない可能性が高いことから、念力者ですと早いうちに的に知らせるのは得策ではない。
「いや、相手は俺らを念力兵だとまだ知らない。それに......相手に念力兵がいる可能性もある」
その言葉に隣にいたジョルシュが驚いたような顔で言った。
「さっき小隊長がいないって......無線で」
「そんなんどうやってわかるんだよ。一人一人にアンケートでも取らない限りはわかんねーよ。つまり、上がごまかしたか、小隊長がごまかしたか。あるいは本当にいないのか。この三択だ」
ジョルシュはまた双眼鏡に目を戻しながら答えた。
「小隊長が、ですか」
「あの人は優しい人だ。だがこの判断表面的な優しさだと言うことに気づいていない。若さゆえにまだ思慮深さが足りない。もしかしたら俺らは、その優しさに殺されることになるかもしれない」
「分隊長、考えているんですねさすが歳喰ってるだけはあります。そうなった時はそうなった時です。腹くくりましょう」
ジョルシュは笑いながら言った。
「来るぞ」
ノイマンはそう言うと、手に持っている銃を構えた。
P3B銃は近代に作られた対念力用銃で七級以下の念力者の対防弾シールドなら突破できる。
「シールド突破射程圏内までひきつけろ」
敵は撃って来ない。気づいていないのか。そんなことを思案しながらノイマンの手には汗と雨でぎっしり濡れていた。
「よし! 撃て!」
ノイマンの合図とともに塹壕から怒号が鳴った。パパパパという独特の乾いた音が、ザーザーと降る雨音に紛れて鳴り響く。何発かの銃弾が、戦闘を進んでいた兵士を吹き飛ばした。敵も我々に気づいたのか、大声で何か叫んでいる。
「やりました!」
ジョルシュ伍長がそういいながら弾を装填していると、倒れた兵士が起き上がった。
P3B銃から発射された弾が効かない。それは、敵が念力兵であることを意味していた。それも6級以上の。
「今時防弾チョッキ...な訳ないよな。やっぱりか。なんか予感はしてたぜ。念力戦闘用意」
そう言うとノイマンは銃をすて、念力体術と呼ばれる格闘術に使うゴム手袋を手にはめる。
「まさか......念力?」
ジョルシュはやや呆然と塹壕の中でつぶやいた。その姿に一瞥すると、ノイマンは無線を手に取り右舷の塹壕にいるアルプレヒトに連絡を入れる。
「小隊長。あんたは間違えた。念力兵だ。撤退を具申する。中央の敵を蹴散らして山道を抜ける」
"こちらアルプレヒト。このくらいの数、我々と互角だ。負けるとは限らない"
「P3Bが誰一人効かねえんだぞ!雑魚ってわけじゃねえ!明らかに中級能力者部隊だ」
"了解......近くにいるアーデルハイド小隊に援軍を要請する。到着まで耐えろ"
「......了解」
「すまんみんな。援軍が来るまで耐えるぞ。できるだけ俺とジョルシュがどうにかする!お前らはここに隠れてろ!」
隊の念力平均は七級。平均的にはほとんど最低に近く、念力部隊としてはかなり低能力であった。
そんな第六小隊で一番能力の高いノイマンと、比較的高いジョルシュが塹壕からでて格闘戦をしかける。いきなり飛び出して来た二人に連邦の兵は即座に銃を構える。
「遅い!」
ノイマンが己の右足に念力をかける。念力とノイマンの筋肉で加速したその一撃は敵の銃口から弾が生まれるよりも遥かに速く、その持ち主の首に衝撃を与えた。
「ひゅっ」
敵の間抜けな息漏れとともに、首からはゴキっという骨が折れた音が聞こえた。
崩れ落ちる敵を見て、次の標的を探す。ノイマンはすぐに足に念力を込め、加速した。敵は少しひるんだ後大声で叫んだ。
「念力体術だ! くそ!」
ノイマンは即座にその首を腕で掴み潰す。
「悪く思うな」
「いけますよ! 敵は六級か七級! 俺らなら戦えます!」
ジョルシュは前方に駆ける。そこにはひとりの女性兵士が立っていた。そこでノイマンは気づく。若いその女の腕には特選念力腕章、連邦軍における高能力の証が小さくつけられていたことに。
「ジョルシュ!! よせ!! そいつは!」
その制止は間に合わない。
ジョルシュの肉体から繰り出されるパンチは女性の顔面にヒットする。しかし......女は微動だにしない。ノイマンほどではないがそこそこ鍛えられた肉体から繰り出される渾身のストレートをまともに受けたのにもかかわらず、彼女はまるで動かなかった。
「そいつから離れろ!!! ジョルシュ!」
ノイマンはすぐさま距離を取る様にジョルシュに言った。
「え?」
ジョルシュがノイマンの呼びかけに気づいた時、ジョルシュの首に女の回し蹴りが入る。いや、おそらく入った、が正しいか。
その速さに着いて行けたものはいないだろう。ノイマンやジョルシュが繰り出した蹴りやパンチよりも早く、いやはや常人では見きれないほどのスピードでそれはジョルシュにヒットした。そのスピードでの蹴りによりジョルシュの頭は霧散し、残った首の付け根は摩擦熱で血液が固まっておりほとんど流血はない。脳を失った体は残りの反射神経でわずかに動くと、その場に倒れ伏した。
「ジョルシュー!!!」
ノイマンは叫ぶと若い女に立ち向かう。
「ふっ!!!」
ノイマンは思い切り踵落としを決める。
だが女は微動だにしない。
「蹴りが通らねえ......!こいつ......」
刹那、彼女の腕からパンチが飛んで来た。ノイマンはそのパンチの速度を相殺する様に念力を掛けた後、自身も腕でガードしようとする。しかし全てを吸収することはできずにノイマンは十メートルほど吹き飛んだ。
「ぐっ......」
骨が何本かいかれたか、ノイマンはすでに立つことすらできなくなっていた。
「くそ......が」
女はゆっくりとこちらへ歩き、ノイマンの前に立った後、見下しながら言った。
「相手が悪かったわね。しになさい」
連邦の若い女は答えると蹴りを構える。
ノイマンは死を覚悟したその時、四十メートル前方の陣地入り口付近に同盟軍のヘルメットが見えた。
遠くに見えた小柄なヘルメットの隙間からみえる金髪ブロンドの髪を見て、ノイマンは目を見開いた。
第二小隊アーデルハイド。12歳でありながら軍に志願。能力は一級のさらに上、特一級であり、大戦が始まって以来の神童と言われていた。
「アーデルハイドです!おじさん!第六小隊の人でしょ!?私がいま助けてあげるわ!!」
そういうとアーデルハイドはひとり走り出した。
「なんだ、こんな子供がこんなところで......!」
若い女は身構える。
だがその瞬間、アーデルハイドは女を吹き飛ばしていた。
「あんたは邪魔よ!雑魚はどいてなさい!」
宙に舞った彼女は先ほど自分が吹き飛ばしたノイマンの様に放物線を描くと地面に激突した。
女は気絶していた。近くにいた第二小隊の隊員が気絶した彼女を拘束する。
その光景を見た連邦兵はひどく狼狽した。部隊の指揮官、それも一番能力の高いものを失ってしまったから当然か。
「まさか......ミラーズ少尉が......一撃!?少尉は二級能力者のはずだ......くそ!まさかこんなとこに一級レベルがいるなんて!」
連邦兵は言うと、即座に撤退の合図をして撤退して行った。
「追いますか?アーデルハイドお嬢様」
兵のひとりが言った。
「その必要はないわ。モリトール。この人たちを担架に乗せていったんカテーナ基地の総合医療所に運びましょう」
翌日、アルプレヒトら小隊幹部は呼び出された。
今回の損害は五十一名中三十一名もの戦死者を出し、事実上、小隊として任務の遂行はできなくなってしまった。とくに入り口から左の塹壕にいたものたちは悲惨で、あちらにも三級ほどの能力者がいたらしく、分隊全員が戦死したとの報告を受けていた。
「アルプレヒト少尉、ノイマン准尉。君たちはなぜ陣地を放棄しなかった。今回は放棄していれば防げた損害だ。」
「申し訳ありません」
アルプレヒトが謝罪する。
「兵30名をいたずらに死なせた。その一人一人に家族がいたはずだ。君たちはその遺族に何て詫びる」
大隊長パルコはテーブルに手をつきながらアルプレヒトらに問う。アルプレヒトがしたを向きながら口を開いた。
「私は判断を間違えました。しかし、中隊長のマイルズ少佐はおっしゃいました。人員増加はせずに陣地は期日まで完成させること。すなわち三日三晩寝ずに働けと言うことでしょう。私はそういう思いを兵にさせたくありません。彼らが過労死してしまいます」
「小隊長。結局死んだら元も子もないと私はいったはずです。大隊長の前で言うことではありませんが、彼らが過労死するほどの労働をしなければならないなら、いっそ期日まで完成させないで小隊幹部が責任をとればよかった。あそこの陣地だってそこまで重要ではない。陣地建設シーケンス上、完成式典に間に合わなくなるだけで、とくに遅れたところで実被害自体はほとんどないんだ」
ノイマンはずばずばと言い切った。
「君は正直にものを言うね......。一下士官が己の見識だけで勝手に作業中止されては困るんだがな。まあいい。確かにガレイ山麓陣地はそこまで急を要する陣地でもないことは確かだ」
パルコは呆れながら言った。しばらく沈黙が続き、重苦しい空気が流れた。しばらくしてノイマンが口を開く。
「結局、あなたは心の何処かで己が可愛かった。あなたは優しすぎるために本当の優しさとは何か気づいていなかったんです。一番は生き残ることでしょう。......まぁ偉そうなこと言っていますが私も止めなかった時点で同罪。死罪でも構いません。ご判断に任せます」
ノイマンはそう言うとうなだれた。
「......私は部下を処刑するなんて手荒な真似はしないよ。人は誰でも失敗するものだ。それが今回大きくでてしまっただけだ。だが死んだ命があまりにも多すぎた。よって処罰なしと言う訳にはいかない。」
後日、処分が下された。
『ジェームズ=アルプレヒト。伍長への降格を命ずる』
『ノイマン=コリー。軍曹への降格を命ずる』
第六小隊は即時解体。他の小隊に組み込まれた。
ノイマンは第三小隊に配属され、その後ローゼたちと出会うことになった。
ローゼはノイマンや他の者の心情を察しつつ言った。
「確かに皆が不安になるのもわかるが、私たちがあの坊ちゃんを信用してやらんでどうする。まだ、任官したばっかだ。この前まで学生だったんだし、多少のあどけなさは残るのは仕方ないだろう」
ローゼは言った。
「でも念力10級だって小隊記録に書いてあるじゃないですか。念力者同士の戦いになったら指揮してる間に念力でつぶされちゃいますよ」
とホフマン。
「念力部隊二等兵ですら8級以上が配属条件なのに、何ででしょうね。何か特別な理由があるのでしょうか。」
ブラームスは答える。
ローゼは大きいため息をつく。
「なにがともあれ、万が一のこともあるし、実戦時は小隊長は念力戦に強いホフマンと一緒に、隊を指揮させてみてはどうだろう?」
ローゼは言うと、三人は賛同した。
「ふー!じゃあそういう方向で!私は書類片付けてくるわ」
ローゼはそう言って宿舎を出る。しかし、思いがけないことが起きた。
ローゼが出ると入り口横にレンツがいたのだ。
「......た、隊長!戻ってらっしゃったんですか」
驚くローゼ。まさか二次会が立ち聞きされてたとは。私としたことが。ホフマンやブラームスはやべぇええといった顔で焦っているのが確認できた。ノイマンはニヤニヤしている。「あーあ、やっちまったな」とでもいいたげな顔だ。
「ごめん。立ち聞きしてしちゃったよ」
地面に生えている雑草を見てうなだれつつレンツは言った。
「お聞きになられましたか」
ローゼは冷静にいう。
「最初から全部」
しょんぼりしているレンツはまるで子供だ。
「申し訳ありません...今までの非礼お許しください。」
ローゼが言い訳を述べずに真摯に謝罪する。
暫くの沈黙が続く。やや南東から吹く風がタンクトップ一枚のローゼを肌寒くさせた。
レンツが口を開く。
「今までもこんな感じだったんだ。なめられるのにはなれてるよ。そりゃそうだよね。まだ成人しない子供が、部隊を指揮するなんて納得できないかもしれないね」
その弱々しいおどおどした姿は、まるで、いじめられている中学生のようだ。ローゼはこの頼りない若い上官に不愉快といらだちを覚えた。
「はぁ...隊長。少しよろしいですか。」
静かな声でレンツに問う。
「え?」
「とりあえずこちらへ。」
ローゼはレンツを人気が少ないところに誘導する。そこは、陣地の幕舎から少し離れた場所だ。先ほどの幕舎の前は荒地であったのに対し、ここは人が通らないからか雑草が繁っている。
「で、何?..」
レンツは問いただす。
「私がいいたいことは一つ。あんたは軍人だ。学生じゃない。おどおどするな。小隊54名の命があんたの命令一つで消えることもある。若さゆえに皆も不安になるのは当然なんだ。だから、そこんとこ考えて士官らしく行動してほしい。そもそも敵は......あなたを子供とは認識しない。一人の兵士として全力で殺しに来る。戦場だとまず認識しなさい」
すごい剣幕のローゼにレンツは幹部候補生学校の教官を彷彿させた。
「は、はい......!」
反射的にレンツは敬語で応答してしまった。
ローゼはこっちをずっと見つめながら言った。
「......わかってくださればいいのですよ。数々の非礼申し訳ありません。どうかお許しを......」
確かにおどおどし過ぎていたかもしれない。これでは、指揮を務める者としては失格だ。
レンツはふっと笑った。
「ありがとう。ローゼ准尉。これからも至らぬところがあれば意見を申し入れてくれ。これからもよろしく頼む。」
軍人のような口調で言った後、レンツは敬礼した。だが、ローゼにはやはりあどけなく見え、その姿がまた、頼りなく写った。
「はい」
ローゼは敬礼する。不安と期待が交錯するローゼは、内心この少年将校守ってやらなければという母性的想いが芽生えていた。




