15話 「特攻!部下と自分と」
アーデルハイドは不安を胸に秘めながら、会議室にはいった。中にはすでに全員が集まっている。中央にある質素な椅子の前に立った。それと同時に、他の将校がそれに追随するかのように立ち上がる。
「これから緊急作戦会議をはじめます。今回の作戦は非常に困難を極めます。しかし私たちがここで諦めるわけにはいかず、どうにかして生き残る術を模索しなければなりません。そのためにもあなたたちの意見を聞かせて欲しいのです。着席」
アーデルハイドは言った。
ここに死出の旅路を決める会議が厳かに始まった。
「何か意見のあるものは遠慮せずどんどん発言して欲しい。本当に、なんでもいいわ」
率直に彼女は言った。
少し疲れた表情から彼女自身も相当切迫している様子が見て取れた。
「よろしいでしょうか」
中隊長を務めるマルコフ大尉が発言を求める。
「大尉。どうぞ」
やや敬意をはらって発言を許可する。
「では私から。本来ならば、もう少し早く作戦会議をするべきだったのでは?最初の作戦会議が出撃の前日なんて遅すぎますよ。しかもなぜ作戦内容をすべて中隊に任せるのです?本来なら大まかな段取りは師団参謀の仕事でしょう?作戦も言わずにとりあえず突っ込めって。こんなん兵に知れたら反乱が起こりますよ」
マルコフは声を荒げた。
しかし、アーデルハイドも手をこまねいて待っていたわけではなかった。色々手を打っていた。
「作戦を知らされたのはつい今朝のことです。作戦会議が遅くなったことには言い訳にするつもりは無いが、私は何度もカーチス少将へ作戦撤回を打診しました。でも聞き入れられなかった。本部の人間のツテで本部から圧力をかけようともしましたが、なぜか本部参謀会は「今回の作戦は通せ」との一点張り。どうやら今回はカーチス少将ではなく、本部からの指示のような気がします」
アーデルハイドは冷静に言った。
次に発言したのは小隊長デカルトである。
「ではなぜ本部は私たちを殺そうとするのです?念力部隊をみすみす一つ捨てることに何かメリットがあるのでしょうか?意義が見えてこないようでは戦う気すら見出せませんよ」
確かに作戦とは銘打っているが、ほとんど集団自殺ものの命令だ。
「私にだってわからないわよ。そんなの」
アーデルハイドは言った。するとマルコフ大尉が口を開く。
「連邦の要塞は巨大だ。対地ミサイルに加えてマシンガンのオンパレード。この前の高地戦とはわけが違う!万が一に近づいて要塞の中に入った後、念力者同士の激しい肉弾戦になるでしょう。そしたら今度は袋叩きで殲滅されますよ」
マルコフは荒立てる。
要塞付近は、近くにある高地を除いて、真っ平らな平地だ。目立った建物もなければ木々も生えていない。対地ミサイルはどうせ念力兵に迎撃されてお仕舞いであり、正面からぶつかるしか手立てはないのだ。勿論、本来要塞戦ならば、迂回して奇襲でもするべきであるが、今回の地形は四方八方が平地でどこから突撃しても正面攻撃と同じ戦い方になる。
すなわちどうやっても少ない兵力で特攻を仕掛ける形になってしまうのだった。
「どうしようもないわね」
アーデルハイドは諦め顏で言った。
「どうしようもないって……! まさか反乱を起こすなんて言い出すんじゃあないでしょうね?!」
マルコフは言った。
「極論すぎるわよ! そんなんしたってすぐ鎮圧されるわ! 馬鹿言わないで!」
アーデルハイドはすぐに否定する。
何かないのか、なにか、なにかあるはず。その時、アーデルハイドの脳裏に一つ浮かんだことがあった。
「こうなったら……支隊長管轄部隊だけで行くわ」
「は?! なにを世迷言を! たかが五十名かそこらじゃないか! そんなん全員殺されて......」
「被害を!!!!!」
アーデルハイドがマルコフの意見を遮る。
「被害を、最小にするのよ……。攻撃した、という事実があれば、師団長は納得するかもしれない」
「希望的観測ですよそれは。そもそも、師団長は総員突撃命令を出したんじゃないんですか?」
「希望的だろうがなんだろうが、このまま攻めたら攻めた数だけ死ぬわ」
「支隊長管轄だけって……それこそ犬死ですよ」
「ただでは死なないわ。仮にも五級以上で構成された部隊よ」
「少佐。馬鹿はよしてくれ。あんたはまだ若いんだ。だったら俺が行く」
「いいえ。あなたは残りなさい。私はなにも若気の至りで死に急いでるんじゃない。あなたは七級よ。あの中に入ったら瞬殺されるわ。私が言った方がまだ敵を倒せるわ」
「ぐっ……」
「レンツ少尉、ローゼ少尉。あなた達の意見を聞いておきたいわ」
「私たちが死んだところで……どうなるんです」
ローゼが言った。
「他の支隊員を守れる……かもしれない」
「曖昧ですね。どう考えても我々ごときが死んだところで、どうせ第二次攻撃隊が編成されるにきまってます」
「僕もそう思うな……」
「じゃあどうするのよ! 私は死んでもいいわよ……! でも、四百人もの人間がこの作戦でどうなるのか決まるのよ!」
「一つ、考えがあります」
レンツは言った。
「言いなさい。遠慮入らないわ」
「地面を潜るのはどうかなーって思ったんですけど……」
レンツは突拍子もないことを言い出した。
「はあ?!」
「バカか貴様!? ここから何キロあると思ってる?! 五十キロはあるんだぞ」
「ミニトラックとかテキトーな乗り物に乗っていけば……支隊長が掘れば早いでしょ。ゴリゴリ進めます」
「地面にいようがどこにいようがレーダーに引っかかるし、トラックが通るほどの穴を掘ったら地面が陥没するかもしれないぞ!」
「いや冷静に考えると……実際ありだわ……!」
「支隊長まで……! どうしたんですか」
「ただトラックはダメね。トラック使うと大尉の言ったようにレーダー引っかかる。でもトラックを使わないで行けば、衛星にも引っかからないし......数も悟られない。奇襲をかけられる」
「いいんですか。本当にそれで」
「古典的な作戦だけど、実際使えるわ。念力で高速に掘り進むこともできるし、スピードも時間あれば到達できる」
「移動は徒歩ですか?」
「自転車で行くわ!! これなら6時間もあれば到達できる」
「自転車……半分馬鹿げてますが、本気の作戦と受け取っていいのですね?」
「当たり前。正面突撃よりはいいでしょう?他に方法が見当たらないわ。これだったら奇襲が成り立つ。勝てるかもしれないわ」
「……了解。すぐに用意いたします」
集められた中央広場にはアーデルハイド支隊四百四十一名が集まっていた。中央右には出陣を見送るカーチス少将以下第六師団参謀十一名が立っていた。そのなか、アーデルハイドは三段ばかしの階段を登り、檀の上に立ち、兵士を激励する。
「我々遊撃念力支隊は、敵要塞を占領することを主目標として出撃する。敵の数はそう多くは無いわ! みんな心してかかって。詳しい作戦概要は各小隊長から伝達を! 出発は三時間後! 以上!」
次は第六師団長カーチスの言葉だ。
「君たちは今日出陣する。アーデルハイド少佐以下441名の奮闘を期待しよう。大丈夫だ。神は我々を見捨てない。一人も仲間を失うことなくまたこの地で会うために、君らには同盟軍の誇りと意地をもって、戦いに臨んでもらいたい!」
おおー!!!という歓声が聞こえる。アーデルハイドはその小太りの軍服に勲章を幾つもぶら下げた男を睨みつけ、唇を噛んでいた。




