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13話 「恩人!ヒュットナー念力研究員」

 あの念力者選別を終えた何度目の冬だろうか、訓練を一通りすませたころには、レンツのよわいは九を数えていた。

 肌寒さが感じられる今日も念力実験があり、いろいろな薬物を投与された。

 『多方向念力実験室』と書かれた部屋を出ると、一人の男が立っている。

「ヒュットナーさん!」

レンツは一人の研究員の元に駆け寄った。

「やあ、レンツ。実験はどうだった?」

ヒュットナーと呼ばれる男は、軽く笑みを浮かべ、レンツの頭を撫でながら言った。

「うーん。あまりよくなかったのかな、不可ばっかりだったよ。」

しょんぼりするレンツに、ヒュットナーは励ましの言葉をかけた。

「そうか。まぁ、あまり気にするな。調子悪いときだってあるさ。」

ヒュットナーは続ける。

「そ、それより、今日はな、クリスマスという日なんだ。今日はごちそうだぞ!」






 あの選別があった次の日、レンツ達は班分けをされ、一人の研究員が、面倒を見ることになっていた。

 レンツはヒュットナーという研究員が班長として割り当てられていた。背が高いひょろひょろのヒュットナーに、当初は恐怖していたレンツであったが、次第に打ち解け、ヒュットナーに信頼を抱くようになっていた。

 ヒュットナーとレンツが班の部屋に戻ると、騒がしく子供達が駆け回っていた。

「あ、ヒュットナーさん! おかえりー!」

白い髪のライプニッツという女の子が、ヒュットナーを出迎えた。

 ヒュットナーはカバンを置いて白衣をハンガーに掛けながら返答する。

「た、只今! ごめんな待たせちゃって。じゃあ、始めようか! クリスマス!」

 ひょろひょろのヒュットナーは皆に早速さっそく、三角帽子をかぶせた。

 料理を食卓に運び、準備をする。

 プラスチックの安い皿には、ピザやら何やらが盛り付けられ、どんどんテーブルに品が並んでいった。

「ねえねえクリスマスって何~?」

いろんな子供から、疑問があがった。

「毎年12月25日にある、お祭りみたいなもんさ!」

サラダの盛りつけをしながらヒュットナーは言った。

「今まではやんなかったじゃん!」

と子供達は口をそろえて言った! 

「まぁ、いろいろあってね!でも今年はやるぞ!みんな楽しもう!」

楽しい夜が始まる。食器は壊すわ、テーブルは荒らすわで、部屋は滅茶苦茶めちゃくちゃとなった。

 そんな中、パーティが始まって一時間、空を一人見つめていたヒュットナーが一つの涙をこぼしたのを、レンツは見逃さなかった。皆が騒いでるなか、レンツはヒュットナーに質問する。

「なんで泣いてるの?ヒュットナーさん」

「ああいや、何でもないよ。君は騒がなくていいのかい??」

ヒュットナーは笑顔を顔に浮かべた。

「疲れちゃった!! もう僕は寝るよ!」

レンツはそう言うと、階段で二階に上がろうとした。

「レンツ! 楽しかったか?」

ヒュットナーは階段を登ろうとするレンツに言った。

「うん!」

「それならよかった!また明日も実験がんばろうな。」

ヒュットナーはそういうと、レンツはまたうなずき、二階に上がっていった。






 パーティーも終わり他の子供達が寝静まった頃、ヒュットナーは後かたずけを終え、一人リビングに座りながらまた月を見つめている。しばらくすると、部屋の電話が鳴った

「はい。こちら四班一○四号室」

″君か。こんな日にクリスマスなんかやった馬鹿は″

「はい。何もしてやらないのはかわいそうだと思いまして」

″情でも移ったのかまったく。とりあえず明日の予定に支障をきたすことは許さんからな″

「分かっています所長。では失礼します」

そういって電話を切り、ヒュットナーは深々と溜め息をいた。






 午前八時頃、レンツ達の部屋にヒュットナーが皆に号令をかける。子供達が部屋を出る仕度できたのを見計らって、ヒュットナーが呼びかけた

「さあ、みんな仕度して、実験の時間だよ!」

「はーーい!」

子供達が大きな返事をする。

 部屋の外に出て、子供達は一列に並び、いつものように今日の食料と実験リスト表を支給されている。

 そこそこ量のあるサンドイッチと、実験リストと氏名やら何やらが書かれた薄っぺらい紙だ。次々と渡していく内に、レンツの番がやってきた。

「はい、レンツ君」

満面の笑みで食料を渡そうとしたヒュットナーに対し、多感なレンツは何かに気付き、後ろに身をたじろいだ。

「ん?レンツどうした」

ヒュットナーは怪訝そうにレンツに問う。

「ヒュットナーさんこそ、なんで?」

レンツはヒュットナーに問う。ヒュットナーには、一粒の汗が額からにじみ出ていた。

「意味が分からないな。一体どうしたんだよ」

ヒュットナーはそういうと、実験リストとサンドイッチを再度渡そうとした。

「なんで、僕達を殺そうとするの?」

レンツの顔はひどく歪む。

「な、何をいってるんだ、そんなことしないよ。馬鹿言ってないで、早くこれ持ってきなさい。」

焦りながらヒュットナーは包装されたサンドイッチとリストを手渡す。

「いらないよ!」

レンツはそれを手ではたき落とした。

「レンツ! どうしたんだ!」

ヒュットナーは再度問いかける。

「…だって、だってさ、ヒュットナーさんの目、目だけ笑ってないんだもん! あの時の! 六年前のあの選別テストの研究員と同じ目をしてるんだ!」

ヒュットナーの顔に笑みは消える。

 レンツは六年前、残酷な選別が行われたあの日のことを思い出し、そのときの研究員と同じ雰囲気をヒュットナーから感じ取ったのだった。

「そ、そんなこと......そんなことは......ないよ」

ヒュットナーは俯いた。そうしている間にさっきのレンツの大声を聞いたのか、長い廊下の遠くから兵士が二人駆けつけてくるのが見えた。

「まずい兵士だ!みんな!逃げよう!ここにいたら、殺されるぞ!」

レンツは叫んだ。

「逃げるなんて無理だ!どのみち殺されるぞ!そこらへんに兵士がいるんだから!!」

ヒュットナーはいった!

「うるさい!……あんたなんか!あんたなんか最低だ!」

そういうと、レンツは廊下を走り出していた。

「お、おい俺たちもいこうぜ!」

残った子供達もレンツに続いた。

ヒュットナーは走り去る子供達を見つめ、ただただ呆然ぼうぜんとしていた。




″緊急警報発令! 四班! 被検体一○四五から一○五三が脱走! 至急確保ののち、拘束。抵抗する場合は射殺を許可する″

けたたましいサイレンが、フロアに鳴り響く。そのサイレンは周囲の壁で反射し、エコーがかかっていた。

レンツ達8人は廊下をただ走る。

「まずいわ! これからどうすんのよ!」

同じ班の少女ライプニッツが言った。

「分からないがとりあえず、逃げまくって出口を探そう!」

長い廊下を走り抜ける。突き当たりを曲がろうとした時、連邦独特の迷彩柄を着た男が飛び出してきた。

「貴様等っ!!」

兵士は素手で先頭を走っていたレンツは即座に捕獲した。

「レンツ!」

ライプニッツが叫んだ。

後ろからも兵士が続々駆けつけてくる。

「全員捕獲せよ!」

ライプニッツ達も続けてとらえられた。

「離せ!!」

「こちら第8フロア。被験体確保」

兵士は言った。

その時、必死にもがくレンツは、遠くからひょろひょろの白衣をきた男が走ってくるのが見えた。

「ヒュットナー…さん?」

「レンツーーっ!!!!」

ヒュットナーは叫ぶ。

「なんだ貴様は!!!?」

兵士がそういうと同時に、ヒュットナーは手を前にかざした。

「ぐあっ!!」

念力が男を吹き飛ばし、レンツは拘束を解かれた。

「貴様ぁ!!念力研究員か!!!」

他の兵達がサブマシンガンを構える。銃声とともに何発もの薬莢が宙を舞った。

だがヒュットナーはそれが己の肉体に到達する前に弾丸をすべて無力化した。

「どけ!!」

再び手をかざし、残りの兵を吹っ飛ばした。完全に兵士達は沈黙する。やがて、そこにいる八人の子供達にヒュットナーは言った。

「ごめん……!ごめんよ!騙そうとしたりなんかして……!」

「あんた、なんで……」

レンツがヒュットナーに問う。

「僕はね、君たちの班長でもあるけど、君たちは自分の息子のように育ててきた。親なら子どもを殺したりなんかしないだろう? そのことを忘れていたよ。独りよがりな考えかもしれないけどね。僕は君たちを助けたい」

「君たち、もしまた、私を信じてくれるなら、僕についてきなさい。とっておきの出口を教えてあげよう」

その目にはもう、あの選別テストの時のあの研究員のような冷酷な目は既に消え失せていた。

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