10話 「宣告!不条理な命令」
隊結成から三週間の月日が流れた第六師団で再び戦雲が立ちこめていた。
「は? といわれますと、どう言うことでしょうか」
いつも冷静に振る舞うアーデルハイドは、支隊結成後更迭されたファウスト中将の代わりに来た新師団長カーチス少将の令に些か動揺した。
「だから、君ら念力部隊だけで、要塞攻略を行ってもらいたいのだ」
小さなちょび髭を弄りつつ、命令書を渡す。
「あの要塞に突っ込めと?」
無理難題を突きつけられた遊撃念力支隊支隊長アーデルハイドは声を荒にする。
「その通り、こういう時のための君ら念力支隊だろう」
「ちょっと待ってください。あの要塞には少なくとも千人の念力者がいるんですよ?一般兵だって二千人ほどいるでしょう。そんな中に私達だけで?」
報告からの概算だが、そのくらいはいるだろう。あの軍事要塞を落とされたら、連邦のユーラシア戦線は一気に後退するのだから。
「そんなデータはない。あそこは念力部隊だけだ。それも数は多くないだろう」
「楽観視し過ぎです。最悪の場合を考慮すべきです」
必死にアーデルハイドは訴える。だが、それが気にくわなかったのか、カーチスが声を荒げ始めた。
「君は参謀か?! 作戦参謀なのか?! 違う! 君の任務は戦うことだ。若くして中堅幹部になったからといって我々の作戦に口出しするんじゃないよ!!」
カーチスは机を叩いた。
「要塞が念力者1000人で要塞に立て籠もっているとしましょう。それでも我々は400名程度です。訓練だってまだ三週間ですし、キース少尉も回復しておりません! 明らかに勝ち目がありませんよ! こんなのは作戦ではありません!」
アーデルハイドも必死に作戦中止を打診する。
「やれ! 貴様等がいるのはこういう時のためだろうが!」
「無駄死になんです! こんなのは20世紀の特攻と同じなんですよ!」
「だまれ! お前等は相手の念力者の人数を少しでも減らすことが任務なんだよ!! それをしなくてなんのための念力部隊なんだ!支隊長!」
しばらくの沈黙が続く。大きく息を吐き、彼女は言った。
「あなたは......いずれ後悔することになるよ」
「なに!」
「では失礼します」
激しい討論とは裏腹に、アーデルハイドは部屋を静かに退室していった。
歯軋りしながらカーチスは机を思いっきり叩く。机上のコーヒーが僅かに零れ、机のシーツにシミを作った。
「念力者のゴミめが......」
ほどなく師団本部会館を出たアーデルハイドは支隊幕舎へゆく。
私はとんでもない過ちを犯しているのか。 部下への死刑宣告を告げに足を進めている。
だが、それとは別にアーデルハイドは疑問に感じたことがあった。カーチスは無能で知られている指揮官だ。だが、幾ら何でもこの命令はおかしいのである。
前の戦闘で多大な損害をこうむったとはいえ、負け戦でもなんでもない現在の状況で、念力部隊だけで特攻など、カーチス個人が考え出すならまだわかるが、師団の作戦参謀が了承するとは考えにくい。だが、そんなことを考えても仕方がなかった。「命令」なのだから。
死ねと命令されれば死ななければならないのが軍隊である。
雨がしとしとと降ってきた前でアーデルハイドは陣地入り口の前で立ち止まる。やがて水が彼女を湿らせ、その姿は、何とも恍惚な雰囲気を醸し出していた。
「これで、いいの?アーデルハイド」
アーデルハイドは自問自答を繰り返す。
「お嬢様!こんなところで立ち止まってなにをなさっているんです。」
偶然通りがかった二等兵で番兵兼執事を勤めるモリトールが彼女に問う。
彼女はモリトールに目を合わせずに命ずる。
「...支隊幹部集合よ。モリトール。」




