"始まりの花嫁"
遥か昔、強欲な魔女は、四人の美しい男に魔法をかけた。永久の美しさと強さを与えたのだ。
そして呪いもかけた。魔女以外愛さないように、血を渇望する牙も与えたのだ。
のちに彼らは人間の血を啜るモンスター、吸血鬼と呼ばれるようになった。
束縛から逃れようと彼らは魔女の心臓を木の杭で貫いた。魔女は死に際にもう一つ、呪いをかけた。
血を渇望する牙を持つ彼らが人間と愛し合い子を成しても、女の子は誕生させないようにした。
最後には、彼らを愛するのは自分だけなのだと、彼らが愛すべきなのは自分だけなのだと、思い知らせるため。強欲な魔女は、自分が最初で最後の最愛の女だと言い残して息絶えた。
けれども、彼らは生涯ともにする女性と巡り会うことができた。
人間よりも長く若さを保ち寿命が長い彼らは、その牙で女性に命を分け与え同じ存在にして末長く幸せに暮らした。
子孫のために、彼らは許嫁を選ぶことを掟にした。
必ず彼らの子孫と結ばれることが決まった婚約者。
私が幼い頃、"始まりの花嫁"を決めるパーティーに参加した。
日本に聳え立つたった一つのお城の中で、パーティーは行われる。
深紅のカーテンに包まれた六角形のダンスホールは、淡い光を放つシャンデリアに照らされていた。
眠気が誘われるような静かなクラシックの音楽に合わせて、ドレスやタキシードに身を包み着飾った人々が踊る。
うっとりするほどきらびやかなドレスが舞い上がっていくのを、父の手を握り締めながら見惚れていた。
それは魅惑的な空間。
危険な誘惑だとわかっていても、手を伸ばしてしまいたくなる美しさがそこにあった。
甘く見つめる麗しい男性に、微笑みを返す妙齢の女性は、闇の中にぽつりと光る赤い炎のようだ。
闇に溶けてしまいそうなのに、決して消えない光を放つ。美しすぎて手を伸ばせば、勿論火傷を負う。
炎そのもののような深紅のドレスを着た美女が、私を振り返った。
顔ははっきり覚えていない。
でも、この世のものと思えないほど、美しい顔だということは覚えている。
目が眩むような美しさだったから、覚えていないんだと思う。
彼女は微笑んだ。
赤い赤い口紅を塗ったふっくらした唇を開いて、白く鋭利な牙を見せた。
その瞬間、私は――――…恐怖で泣き叫んだ。
それで吸血鬼の夫婦の注目を集めた。
たくさんの花嫁候補がいたが、私は泣き叫んだことにより、興味を持たれてしまい、選ばれてしまったのだ。
私、小春るるなは――――"始まりの花嫁"と呼ばれる吸血鬼の許嫁になった。
吸血鬼は今や政府には認められた存在。
表向きは財閥や名家で他の人間から正体を隠している。けれども裏では、滅びた魔女達の産物を片付ける仕事を担っている。人間に危害を加える危険なモンスターなどを、政府に依頼されて退治する正義のハンターなのだ。
私の父も吸血鬼の下で働く人間であり、凄腕ハンター。
だから、パーティーに私は連れていかれた。次世代を担う吸血鬼の子達の花嫁を決める大事なパーティーに、不参加できなかったのだ。
吸血鬼の誰かと結婚しなくてはならないと決まって、父は連れていくんじゃなかったと頭を抱えていた。
母は逆で、大喜び。
吸血鬼の実在を知る人間の女性のほとんどが、花嫁になることを夢見るからだ。
けれど、私は喜べなかった。
何故なら、私はあのパーティー以来――――…吸血鬼が大嫌いになってしまったからだ。
高校生になる春。
入学式前日に私は、トラウマになった城へと父とともに訪れた。
吸血鬼の許嫁になったこの城に、今日から暮らすのだ。
心から愛し合えるように、ともにいる時間を増やし、互いを知るために、聳え立つ城に婿候補と暮らす。
"始まりの花嫁"の掟の一つだ。
「いいか? るるな。もしもの時はな――…」
大きな扉を押して入り、高過ぎる玄関の天井を見上げていたら、父が重い口を開いた。
「容赦なく撃っていい。獲物を狙うような目付きをした瞬間に撃っていい!」
「はいはい、撃っていいのですね。わかっていますわ。お父さん」
ガッ、と肩を掴んで凄む父のそれは聞き飽きたので、天井をまた見上げて眺める。
私と同じ茶髪で明るい茶色の瞳の父は「ちゃんと聞け!」と怒った。
「私を誰だと思っているのですか? お父さん。私は貴方の娘です。自分の身は守れますわ」
ちゃんと父の目を見て、私は微笑んで胸を張る。
凄腕のハンターである父に、武器の使い方を教えて貰った。大型連休には父に連れられてハンターのお仕事も手伝ってきたんだ。
異性との同居に誰よりも心配している父には、これぐらい言っておかなくちゃ。
あたしが彼らにそんな身の危険は覚えていないことなんて、過保護な父には慰めにならない。
「俺の自慢な娘だ」
父は少し安心したように綻ぶと、私がつけたカチューシャをずらさないようにウェーブのかかった髪を撫でた。
「お嫁さん、見っけー!」
ビクリ、と私はその声に震え上がる。
花婿候補だ。私をそう呼ぶのは一人だけ。
大きな玄関の扉を片手で閉めるのは、ブロンドを自由に跳ねさせた短髪で、爽やかに笑いかける長身の美男子。
「義理父さん、るるなちゃん、こんにちはー!」
「そう呼ぶのは気が早すぎると言ってるだろうが、ソウ!!」
爽やかに挨拶する彼を、いつものように父は突っ張り返す。
花嫁候補の一人、ソウ。二海奏と日本では名乗っているが、父親も母親もアメリカ人。
瞳の色はスカイブルー。
爽快な空みたいに明るい人だけれど――…。
「お嫁さん! 荷物を運ぶよ」
一つ年上の彼は、父が運んだ大きな赤いキャリーバックに手を伸ばした。
「頼んでいませんわ。私のものに触らないでください。私はあくまで貴方の花嫁候補であり、貴方のものではありませんわ」
腕を組んで、十センチ以上背の高い彼を睨むように見上げて、鋭く言う。
ピタリと彼は、手を止める。スカイブルーの瞳を見開いたあと、私に向かって彼はにっこりと笑った。
「気安く、触らないで、ください」
そんな笑みを一蹴するように、強調して釘をさす。
そうすれば、彼は漸く手を引っ込めた。
「もう、相変わらずだなぁ。るるなちゃんは」
「貴方の馴れ馴れしさがいけないのですよ。奏さん。ああ、学校に入学するなら二海先輩とお呼びするべきですね」
「やだなぁ、そんなぁ、許嫁なんだからさ。もっと親しみ込めて呼ぼうよ、奏くんとか、奏ちゃんとか、ダーリンとか」
「二海先輩」
懲りない彼に、強調して新しい呼び方を笑顔でする。
「残念。でも今日初めての笑顔もーらいっ!」
「……」
ソウさんはニカッと歯を見せて笑った。皮肉を込めて笑っただけなのに、イチイチ気に障る人だ。
彼はいつもこの調子。
「こんにちはーす」
「おう、ナイト」
そこで割って入るように、ブロンドに赤いメッシュを入れた少年が歩いてきた。
彼は私のキャリーバックを掴んで歩き出す。
「ちょっと、ナイト君。勝手に私の物に触らないでください」
「……あ? アンタがちんたらしてるのが悪い」
キャリーバックを掴み止めれば、彼は振り返りギロリと睨んできた。
牙が見えたから、ゾッとしてしまい身を引く。そうすれば、彼はしかめっ面をした。
花婿候補の一人、ナイト。
日本では三羽夜と名乗っている。
私と同い年。ブロンドに垂れるような赤いメッシュ。小顔で細身。鋭い眼差しはブルー。
「俺の娘に牙を見せるなって、何度言わせんだ、ナイト」
「……すみません」
父は羽交い締めにして彼の頬を潰すように顎を掴む。
ナイト君のことはソウさんよりも、父は好感を持てるらしい。
「これから同居生活が始まるんだ。よろしくな」
「はい。……けれど、悪化しないといいな、吸血鬼嫌い」
父からぐりぐりと頭を撫でられながらも、ナイト君は私を見据える。
吸血鬼嫌いにより、私は彼らに触ることが出来ない。牙を見れば怯えてしまう。
だから花婿候補達は気を遣って触れないようにしてくれる。
「大丈夫だって。吸血鬼嫌いも治るくらい――――愛し合えるよ」
顔を近付けて甘く微笑むソウさんは言った。
美しく魅惑的な微笑。
彼は花婿候補の中で一番私を口説くことに積極的。
花婿候補達は必ず十二月二十四日の私の誕生日を祝いに会いに来る。
けれどソウさんとナイト君は、誕生日でなくても会いに来た。
ソウさんから距離を置いて目を逸らせば、ナイト君と目が合う。
「ビビりすぎて泣くなよ?」
「……泣きませんわ」
「どうだか」
ナイト君は嘲笑を浮かべる。まだ幼さの残る綺麗な顔でも、嘲笑は腹立たしく感じた。
「泣きっぱなしの高校生活になるかもな」
「……そのメッシュはなんですの? 高校デビューのつもりですの? かっこいいと思ってますの?」
腕を組んで反撃をする。そうすれば彼はギョッとして頭を押さえた。
「なっ……アンタこそ、いつそのカチューシャを卒業するんだよ!?」
「これは貴方が毎年カチューシャを贈るせいですわ、もったいないから使ってあげてるのですよ」
「っ……!!」
昔からカチューシャをつけることが好きで、毎年誕生日にナイト君がプレゼントするからたくさんあって毎日違うものをつける。
卒業するつもりはないと胸を張れば、ナイト君は顔を赤らめた。
自分がプレゼントしたものだと忘れていたの? なんていい加減なのでしょうか。
ソウさん並び、幼い頃から会いに来たナイト君は、物心ついた頃からこんな態度だ。
母いわく、吸血鬼嫌いの私が冷たくしたせいで、初め泣きじゃくっていたナイト君は、自己防衛のためにこんな態度を取るようになったらしい。
「貴女のせいでナイト君は、ツンデレさんになったのよ」が母の口癖。
吸血鬼嫌いの症状は、接触の拒絶と毒舌だ。
「ちなみに、このカチューシャは十歳の誕生日に贈っていただいたものです。覚えていますか?」
「っ……」
歩み寄り迫れば、ナイト君は赤い顔を腕で隠した。
覚えていないのですね?
するとそこで別の腕が差し込まれた。ソウさんのものだ。
「俺が十歳の誕生日にあげたものはなーんだ?」
「えっと……」
にこぉーと笑顔で問われ、私はすぐに答えられなかった。
ソウさんから何を貰いましたっけ……。
「十歳の誕生日は俺もカチューシャをあげたんだよ。貰ったものを忘れるのはどーかな? るるなちゃん」
にこぉーと笑顔で威圧するソウさんは、時々チクチクと刺してくる。
爽やかなのだけれど――――腹が黒い人だと私は知っています。
「す、すみません……」と謝るしかない。言い返せないのが悔しい。
「あ、るるなさん」
そこに聴こえたのは滑らかな少年の声。
振り返れば学ラン姿の美しい少年が駆け寄ってきた。
「あら、ナノ君。貴方もここに住むの?」
「はい。僕も花婿候補ですので、るるなさんと過ごす時間が少しでも多くなるといいのですが」
にっこりと穏やかに微笑む少年の名前はナノ。
四之宮ナノ。
白金髪は長めで、ハーフに結んでいる。瞳はグリーン。
一つ年下の花婿候補の一人。
まだ中学生だから同じ高校には通わないけれど、ナノ君もこの城に住むのですか。
彼には兄がいる。私の二つ年上。兄弟揃って花婿候補。
四之宮ディノ。
白金髪は肩まで届くほど長く、いつも一つに結んでいる。瞳はグリーンで、常に静かな人。
目が合えば穏やかに微笑んでくれるけれど、ディノさんは誕生日にしか会いには来ない。一番消極的で、私には興味がないのだと思う。
ナノ君は、人懐こい笑みを浮かべて話し掛けてくれる。許嫁としての私と仲良くする気はあるらしい。
イベントがあると会いに来てくれる。
「ナイト、それ俺が運ぶよ」
「は? 俺が運ぶから、いいですよ」
「もーらい」
「あっ、ちょっと!!」
ソウさんとナイト君は私のキャリーバックを取り合い始めた。
私と父は飽きれ、ナノ君は困った様子で見つめる。ナノ君にはこの二人は止められない。
「チャオ! るるな」
低い声が真後ろから降ってきたものだから震え上がる。
振り返れば掻き上げたような髪型の黒髪で、長身のイケメンがいた。
「ディータさん」
ニッと白い歯を見せて笑うのは、ディータさん。
ディータ・サルバトーレ。
彼だけが年が八つも離れている。
瞳はゴールド。黒のコートに身を包んでいるせいか、とても魅惑的な大人の色気が出ている。
「お久しぶりですね。ディータさんも城で暮らすとは初耳ですわ。私のことは忘れているとばかり思っていましたわ」
「悪かったって、二年も誕生日に会いに行けなくって。仕事が山場だったんだ」
腕を組んで指摘するとディータさんは苦笑を溢した。
私の誕生日は二年連続会いに来なかったから、二年ぶりに会う。彼が一番私に興味がないのかもしれない。
会いに来れなかった理由は仕事。ハンター業だ。
海外で強敵と死闘を繰り広げていたらしい。二年連続私の誕生日に。
ディータさんも父と肩を並べる凄腕ハンター。
「残念ながらオレは仕事で留守がちになる。だがここで暮らす、お姫様とな」
ディータさんは私を見下ろしてウィンクした。
ワイルド系だけれど、彼の両親はイタリア人。だからキザなことを時々する。
「ディータが来たなら、大丈夫か。俺は帰るぞ。いいな、お前らの両親から許可は取った。襲ったらるるなに撃ち抜かれるぞ。大丈夫だ、ただの弾丸、お前らは死にやしない。だか痛いからな」
「あははっ、はーい」
上司の息子を撃ち抜く許可は得たことをはっきり告げる父は、笑うソウさんを睨んでから私の頭を撫でて城を出て帰った。
「二年会わないうちにとても綺麗になったじゃないか、るるな」
「お世辞をどうも」
父を見送るとディータさんがサッとキャリーバックを取り、廊下を進んだ。
ソウさんもナイト君もディータさんを睨む。その間をナノ君と一緒に歩いた。
「見習いとしてハンター業やってるんだって? 将来的にはオレのパートナーになりたいのか?」
「あら、随分と自惚れになりましたね。将来的には父のパートナーになりたいのですわ。でもディータさんのことは父と同じくらい尊敬しています」
「それは嬉しい。大型連休にはオレの仕事についてくるか?」
顔だけ振り返ってディータさんは口角を上げて誘う。
父と同じくらい尊敬しているディータさんの仕事に同行できるのは、とてもいい話だ。興奮してしまう。
「ディータさんがいいと仰るなら、ぜひお願いしたいですわ」
腕を突き上げるのを腕組みで堪えて、私は首を縦に振る。
「決まりだ」とディータさんは満足げに笑った。
「大型連休こそ、許嫁として親睦を深めるべきじゃない? 独り占めはよくないよ、ディータ」
スタスタと早歩きでディータさんの隣に行くと、ソウさんは口を挟む。
「そうか? オレは仕事で留守がちだが、お前達は学校や城でチャンスがあるだろ。大型連休は独り占めさせてもらう」
「はっはっはー」
ディータさんはニッと笑みをつり上げて譲らなかった。ソウさんは渇いた笑いを出して笑い返すと、キャリーバックを奪おうとする。けれどサッとディータさんに避けられた。
「あれ? お姫様の部屋はどこだ?」
「この階です。るるなさんのお部屋はこちらですよ」
ディータさんが私の部屋を知らずに歩いていたことに気付くと、誰かが教えてくれる。
廊下の先には、ディノさんが立っていた。私と目が合えばニコリと微笑んで挨拶。
「荷物は既に運んでありますよ」とディノさんは背にしていた扉を開いた。
中はホテルのスイートルームのように広い。
天蓋つきベッドは左の壁際に沿って置かれていて、その奥にはクローゼットとドレッサーがある。床はムートンのカーペット。
右側には勉強机や本棚、それにソファとコーヒーテーブルがある。
私の要望通りの仕上げだ。
「"始まりの花嫁"」
ディータさんに改めて呼ばれたから、振り返る。
扉には麗しき花婿達が揃っていた。そう言えば、全員が揃うのは久しぶりだ。
「今日から親睦の同居生活もとい、花嫁争奪戦の始まりだ」
面白おかしく言うディータさんに首を傾げる。
花嫁争奪戦だなんて、大袈裟。
「ちゃんと吸血鬼嫌いを吹き飛ばして、射止めるから。俺がね」
ソウさんは爽やかに言い退けた。
「別に俺はそんなつもりないけど、花婿候補だし、吸血鬼嫌いを治す手伝いはしてやる」
ナイト君が腕を組み、そっぽを向きながらも私に言う。
「貴女と愛し合い、夫になれたら幸いです」
ディノさんが穏やかに微笑んだ。
「あ、えっと……僕もです」
兄と同じ意見だと、ナノ君は頬を赤らめながら微笑む。
「皆さん」
私はキャリーバックを部屋に入れてから、腰に手を当てて口を開く。
「ご両親の決めた許嫁にそこまで気を遣わなくてもいいのですよ。吸血鬼嫌いであなた方にこんな態度を取る私に、無理して付き合わなくともいいのです」
肩を竦めてしまったから、背をぴんと伸ばす。
吸血鬼の彼らにだけ、拒絶するような態度をしてしまう。
吸血鬼嫌いを直さなくてはならない許嫁なんて前代未聞。私を放っておいて、別の花嫁を見付けるべきだと思う。
「なにを言うんだ、るるな。そんな態度もチャーミングだと思うぜ?」
ディータさんが笑い出す。
隣のナイト君が「俺は嫌」と言いかけたけれど、ソウさんが口を塞いだ。
「仕方ありません、トラウマのせいなのですから」
ディノさんが優しく言ってくれた。
「るるなさんが吸血鬼嫌いでも、僕達を嫌っていないことはよく知っています。るるなさんからの手作りのプレゼントは誠意が込もっていますから」
ナノ君はポケットから、去年の誕生日プレゼントであげた刺繍のハンカチを取り出す。
誠意が込められていると言われて恥ずかしさを覚えてしまう。そんな風に思われているとは思わなかった。
毎年みんなには手作りのプレゼントをしていたから、穴に入りたい。
「俺達が嫌いならこの同居生活は断る。好きになる気があるから、来てくれたんだろう?」
壁に寄り掛かり、ニヤリとディータさんは言い当てた。
「るるなの花婿候補として、吸血鬼嫌いなんて消し去るほど愛させてやる」
情熱的に告げるとまたウィンクする。
吸血鬼嫌いを消し去るほどに愛させるだなんて、自信満々すぎる人だ。
「その前に、こっちの愛を受け取って。"始まりの花嫁"さん。花嫁争奪戦だから、覚悟しておいて」
ソウさんは意味ありげに笑う。
花婿候補は私を愛しているという意味と受け取っていいものか。
それぞれを見れば、全員が私を見つめて微笑んでいた。
ナイト君だけは笑ってはいなかったけれど。
「あら、ヴァンパイアの皆さん。花嫁争奪戦の前に、私の吸血鬼嫌いを直すということは難関だと理解すべきですわ。私自身あなた方に向ける言葉を制御できないのに、私をどうやって惚れさせると言うのです?」
扉のノブを掴んで閉める準備をして、意地悪を言い放つ。顔を近付けて答えたのはソウさんだった。
「愛」
断言した。
彼らの愛で、私の吸血鬼嫌いを治す。
「あらあら、そうですか、では覚悟しておきますわ。それでは花婿候補の皆様、夕食にまた会いましょう」
私はにっこりと笑い、そしと扉をパタンと閉じた。
魅惑的な美しさの吸血鬼達から遮断。
私は額を押さえながらよろよろとベッドに向かい倒れる。そして身悶えた。
悲鳴は上げない。彼らに聞こえてしまうからだ。
枕に顔を埋めてひたすら堪えた。
ついに、ついに、始まってしまった。
"始まりの花嫁"になったあの日、私は吸血鬼嫌いになった。けれども同時に――――…面食いにもなった。
私は吸血鬼を怖がる一方で、魅了されてしまっている。
花婿候補達の両親は遠慮してパーティー以来会いには来ない。
私はとても会いたいのに!
朧気な幼い記憶でも美しすぎる吸血鬼夫婦の方々にもう一度お会いしたい!
しかし吸血鬼嫌いである私がそんなお願いできるはずもなく今に至る。
美しすぎる吸血鬼夫婦の方々に、失礼な態度はできない。きっと一生悔やむ。
それにしても花婿候補が全員揃うなんて!
ディータさんに会えるなんて、嬉しすぎるサプライズ。
ディータさん、何故あんな素敵なの。二年も会わないうちに更に大人の色気が増していましたわ!
あのニヤリとした笑み付きで見つめられると、クラッと失神しかけてしまいそうになる。
そんな彼にあんな台詞を!
思い出したら火がついたように顔が熱くなり、ベッドの上でのたうち回る。
それにそれに、ディータさんと仕事に行く約束まで!
やだ素敵! あのディータさんの仕事ぶりを見れる上に同行できるなんて!
あのディータさんが銃をぶっ放してニヤリと笑う姿を想像するだけで息ができなくなりそう……はう。
でもディータさんはきっと私を本当に花嫁にする気はないでしょう。
歳は離れているし、昔からプレゼントはクマのぬいぐるみや犬のぬいぐるみ。仕事先の外国で買っているらしいけど、子ども扱いに違いない。
ディータさんの相棒として、仕事をする未来には焦がれていることすら、言えない。
「はぁ……」
ディノさんとナノ君の美しい兄弟は、相変わらず素敵だ。
穏やかで気品があって、やっぱり美しい。
ナノ君は去年の誕生日にあげたハンカチを使ってくれた。
本当にいい子だ。健気で可愛い子。
ディノさんと結婚したら義理弟として愛でたい。甘やかしたいですわ。
でもディノさんは一番上っ面な態度だ。微笑みはうっとりしてしまうほど素敵だけれど、本音は私に興味がないのでしょう。
ナノ君と結婚したら、お兄様と呼んでもいいでしょうか。
ナノ君は私を好いてくれてはいるけれど、どうでしょう。
とてもいい子だけれど、こんな私の吸血鬼嫌いを治せるのか。彼には毒を吐かないように堪えているつもりだけれど、いつも傷付いたように俯く。
仲良くなろうと努力してくれるのは嬉しいけれど、彼にはもっと包容力ある女性が相応しいと思う。
とても優しい子だから。
「……んぅ」
枕を抱き締めて天蓋を見つめる。
残りの花婿候補達は難しい。
同い年のナイト君とはいつも口喧嘩。穏便な会話をした覚えさえない。
ナイト君の態度は私だけ。
母はナイト君の味方で「貴女が嫌いなわけじゃないのよ」とフォローをするけど、口喧嘩をして吸血鬼嫌いが治るとは思えない。
……メッシュは似合っててかっこよかったわ、うん。
口は生意気でも、本当にかっこいいと思う。同い年でダントツにイケメンですわ。
ソウさんは苦手。
爽やかで明るく、一番話をした花婿候補。だからこそなのかもしれない。
私の拒む態度なんて軽々と避け、にっこりと楽しそうに笑う人。
でも時々、チクリと毒舌を吐いてくる。笑顔で。
そういう面は、苦手意識を覚えてしまう。
甘い微笑と台詞にはときめくけれど。
「はぁ……許嫁失格ですわ……」
随分前から吸血鬼嫌いの自分は許嫁失格だと思っている。
なのに、彼らは愛していると仄めかす。本当に素敵すぎる人達だ。
ため息が零れてしまう。
「愛したいわ……」
愛し合いたい。
面食いなのは置いといて、本当に愛し合いたい。
誰になるかはわからない。それでも、私は望んでいる。
昔見た美しい夫婦が見つめ合い踊る姿は、私の憧れだ。
吸血鬼嫌いを治すためにも、この城に来た。
愛し合えるために、この城に来た。
心から愛すことができますようにと…――――。
目を閉じて祈る。
「……私が襲ったらどうしましょう」
この同居生活で面食いが暴走しませんように、と祈っておいた。
end
吸血鬼ネタ二弾目!
なんだか、連載のプロローグ風になってしまいすみません(笑)
今回は愛されている逆ハーヒロインでした!
吸血鬼相手にはツンツンしますが、内心ではイケメンに身悶えているヒロインです(笑)
気が向いたら、ちょっと続きを書きたいと思います。いつか……いつかね。
ちなみに私はディータ派です←




