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真夜中のお迎え

†††



 穏やかで楽しい夕飯が終わった。

 いつもは手伝う洗い物もせず、居間でお父さんと他愛ない話しをていた。


 本当は豪華な夕飯まで作ってくれたんだから私だけでやろうとしたのに、今日は特別とか、あんたまでここにいたらキツいじゃないとか、こじつけ気味にお母さんと姉さんに理由をつけられて台所から追い出された。

 そんなあたしを手招きしてにこにこしながら受け入れるお父さん。


 本当に(うち)はあたしに過保護だと思う。


 それについてたまに呆れたりするけど、くすぐったい嬉しさと安心感は誤魔化せない。



 お母さんと姉さんの後片づけが終わって皆でくつろいでいると、不意に家の呼び鈴がなった。

 今日はあたしの誕生日で、家族団らんの夜更かしをする予定だったから良いようなものの……

 こんな真夜中に非常識すぎじゃないかしら?

 そう思って皆で顔を見合わせてしまった。


 その間に、もう一度呼び鈴がなる。


「あ、ダニエルがグズって大変だから、ロージーがこっちに来たのかもよ?」


 急に思いついた、というようにお母さんがそう言うと、姉さんが慌てたように立ち上がった。


「まったくもうっ」


 そんなことを口で言いつつも、姉さんが本気で怒っていないのは分かった。

 困った人ね、とかそんな感じの苦笑いが浮かんでいる。

 結局のところ二人の仲は良好で、なんとなく嬉しくない。いや、姉さんが幸せなら良いんだけどね。


 あたしは今日ぐらい姉さんを一人占めさせてよと文句を言いに行くため、姉さんの後を追って玄関へと向かった。




†††






「夜分に申し訳ありません。お迎えに上がりました」



 姉さんが開けたドアの先には、この国の近衛騎士の方がいた。







†††



 なぜあたしのような一般人が、パッと見ただけで近衛騎士だと分かるのかといえば、理由は単純にして明快、彼が有名人だからだ。

 凱旋パレードやお祭りの時に、彼はよく王族の馬車のお側近くにいるのを見かける。


 ついでにいえば副将軍……だったはず。

 ここまで知っているのは友人の影響だ。

 国の正規軍の方には、ファンクラブみたいなのが庶民の間で非公式にあって、そこら辺のストリートリーラー(リールという長いバトンと対になる拳大のボールを使って大通りや公園などで、パフォーマンスをする人。リール・ボールは庶民の娯楽の一つで人気が高い)よりも熱いファンがいる。

 ミーハーな友人はこの近衛騎士、クラサス様が大のお気に入りだった。


「お城の方が、何のご用でしょうか?」


 姉さんの声でハッとした。

 そうだ、今は側近くで見た近衛騎士に感心している場合ではない。

 クラサス様はもう一度丁寧に同じ言葉を繰り返した。


「先程申し上げた通りです。お嬢様のお迎えに上がりました」


 何を言っているのだろう。

 あたしと姉さんは顔を見合わせた。


「お嬢様?そのような方はこの家で預かっておりません。行き先を間違えたのでは?」


 それならとんだ方向音痴だ。

 ここら辺には一般庶民の家しかない。

 しかし、クラサス様はゆるく首を振った。


「いえ、私の目の前にいる貴女のことですよ、オリヴィア様」


 そう言ってこちらに向けられた瞳から、切実に逃げたいと思った。




†††




「どうしたんだ?ロージーじゃないのか?」


 二つの足音がリビングから近づいて来た。

 お父さんとお母さんだ。

 咄嗟に来ないでと言おうかと思ったけど、目の前にいるクラサスに聞こえないよう伝えるのは無理だ。

 あたしがぐずぐずとしている間にも、姉さんとクラサス様は友好的とは言い難い会話を続けていた。


「意味がわかりません。どうしてオリヴィアを迎えに来たのですか」


「それが彼女の義務だからです」


「オリヴィアは何か犯罪を犯すような子ではありません!」


 レイチェル姉さんが叫んだ。

 姉さんの危惧していることは、あたしも咄嗟に思い付いたことだった。

 そうでなければ城の兵士があたしのことを迎えになんて来ない。

 城へ庶民が唐突に迎え入れられるなんて、何かの容疑でもかけられた時以外にあるだろうか。

 姉さんの尖った声と言葉に、両親もうっすらと事情が呑み込めたようだ。

 お父さんとお母さんの両方にグッと腕を引かれ、廊下の奥へ押しやられる。

 前には親二人で盾になるように立ちはだかった。


「私は彼女の捕縛に来たのではありませんよ。“迎えに”来たのです……彼女の額の痣について、いつ頃できたかご存じの方は?」


 自分の来訪がどう思われたのかに気づいたクラサス様は、唐突に話の矛先を替えた。



 クラサス自身、迎えに来たと言われてそう簡単に連れ帰れるとは思っていない。

 近衛兵の制服が多少影響しているから、この家族だって一応クラサスの話を聞いているのだ。

 そうでなければ、きっと話も聞かずに門前払いだろう。

 クラサスにとって目の前の一般人を力で従わせるのは簡単だったが、それを望んでいない方の為に、仕方なく詳しく説明することにした。


「……生まれた時からあったって聞いています」


 緊張した空気の中、皆が答えないのであたしが答えた。

 確かにあたしには額の真ん中に小さな四片の赤い花のような痣がある。

 今は前髪で隠しているけれど、髪をかきあげると結構目立つのだ。

 小さい頃はこの痣でたまにからかう子もいたけど、深刻ないじめはされていないからそこまで気にしたこともない。


 大人になってしまえば、始めて見る子には頭をぶつけたの?と心配されるぐらいで、生まれつきと説明すれば、相手も前髪に隠れた痣のことなんて気にならないみたいだ。


 今はとにかく、どうにかして“守られている”この状態から抜け出して前に出ようとしているのに、二本の手に思いの外強く掴まれていて上手くいかない。

 まるで放してはそのまま連れ去られると思っているかのように、ぎゅっと掴まれていて痛いぐらいだ。


「でしょうね。そしてその痣は生まれ落ちてから、同じ濃さ、同じ大きさで、まったく薄れる兆しがないのでは?」


「それは…」


「オリヴィア、答えなくていい」


 お父さんがクラサス様を睨むようにしながら鋭く制する声をあげた。

 お母さんの手もそれに賛同するようにより一層強まった。


「……その赤い花のような痣は『血の祝福』と呼ばれるものなんです」


「『血の祝福』?」


「オリヴィアっ」


 耳慣れない単語に思わず聞き返すと、家族の誰かが咎めるような声をあげた。

 けれどこの人の話を聞かなければいけない気がした。

 憶測でしかなくとも、この人は力づくであたしのことを連れていくことなんて簡単なんだろうと思う。

 単に腕っぷしだけでなくて、お城の―――ひいては王族の方の命令だと居丈高に命じて、有無を言わさないことだってできるはずだ。

 それをしないで一応説明をしてくれるだけの誠意を示してくれている……と思う。


「バンパイアの存在はご存じですね?」


「ええ、魔法持ちの人ですよね」


 正直、お国のために存在してくれているバンパイアと呼ばれる人達は嫌いだ。

 たまに彼らも凱旋パレードや国主催のお祭りで見かけるが、どこか好きになれない。

 とても綺麗な方々だけれど、庶民たちの中で騎士たちのような大々的なファンクラブはない。

友人曰く『怖いほど綺麗な人達よね』だそうだ。

 なぜ「だそうだ」というように他人事なのかというと、私はその横でバンパイアの方々が通る時だけ、パレードの方から目を反らしているからだ。

 こちらが彼らを見ていることを知られたくなかった。こんなに大勢の一般人がいるのだから目が合うことはまずないと思ったが、それでもどうしても嫌だったのだ。

 自分でも失礼だとは思うけど、どうしても昔から身体中がバンパイアを拒絶する。


 そういえば、今日の夕方会ったあの綺麗な男の人もバンパイアだったのかも、と唐突に思い至った。


「そうです。彼らは本来、魔力強化や体力保持のために女性の血を摂取します。特に――」


「なっ!私たちの娘をその為に連れていくんじゃないだろうな!」


 クラサスが続けようとする言葉を遮り、お父さんが当然、推察される話の流れ先を言い当てた。


「……そういうことになりますね」


「冗談じゃないわ!他をあたって!!」


 どこか説得を諦めたようにクラサス様が言えば、目の前の人が近衛兵だということも忘れてお母さんが怒鳴った。


 その周囲の熱とは裏腹に、あたしは冷静になっていた。

 そもそもクラサス様が『血の祝福』と呼んだこの痣が選んだ理由なのではないだろうか?


 その疑問は姉さんの次の発言で解消することになった。


「女性の血をということでしたら、オリヴィアの代わりに私では駄目ですか?」


 毅然とした態度のレイチェル姉さんがさらりと言った。


「ちょっ!姉さん!」


「レイチェルッ!あなた…」


「大丈夫よ。オリヴィア。お母さんも。……オリヴィアはバンパイアが小さい頃から苦手なんです。私では駄目ですか?」


 この場で一番胆が座り、落ち着いた姉さんがクラサス様に再度抗議した。

 バンパイアは嫌いだけれど、姉さんの提案は駄目だ。

 あたしの嫌なことを姉さんに押し付けるなんて。


 どちらにしろ、クラサス様の答えで姉さんを引き留める必要はなくなった。


「……残念ながら、オリヴィア様でないと意味がありません。先ほど申し上げた『血の祝福』が今回の鍵なのですから」




†††




 クラサス様が説明するには以下の通りだった。


 まず第一に、バンパイアは男性しか存在しないこと。

 次にバンパイアは己に異性の血を摂取することによって魔力強化や体力保持をしているということ。

 ここまではある程度知っていた。この国で魔法戦力として重要な立場のバンパイアという『魔法持ち』の特徴だ。普通の『魔法持ち』はいるが、彼らよりも遥かに強い魔術を操れるのは、バンパイアがこの吸血行為をするからだというのは市民の間でも有名な説だ。


 けれど知らなかったのは、異性の血を摂取できなくなるとバンパイアたちは強制的に『眠り』という状態についてしまうらしく、常に一定の期間で適切な量の血が生活の上で必要不可欠だということ。

 加えてその相手が自分に対して恋をしていればその血は美味しく、強化や保持の威力も増すらしい。

 逆に言えば、嫌悪や恐怖などの負の感情であると不味く、摂取してもあまり意味がないという。


 あれだけの美貌を持つバンパイア達に恋をする者は多いが、いざ血を吸おうとすると嫌悪や恐怖をどうしても抱いてしまう人が多いらしい。

 その上、恋をしてもらい続けなければいけないから、はっきりいってその管理が手間だと感じるバンパイアは多いとか。



 そこまでのお話を聞いて、あたしは待ったをかけた。


「…あの、姉が言ったようにあたしはバンパイアの方々がどうも苦手で…」


 言外に、あたしの血は不味いですよと言いたかった。

 これで引いてくれないかな、という姑息な気持ちが見え隠れする。

 だってやっぱりどうしようもなく嫌悪している存在に、血を吸われるのは嫌だ。

 想像しただけでゾッとした。


 その言外の言葉を読み取って、クラサス様は答えた。


「その心配はありません。『血の祝福』を持つ者の血は、提供者の感情に関わりなく旨いそうです」


 よって、同時期に複数のバンパイアへ血の提供ができるので重宝されます。と言わなくてもいいことまで付け加えた。

……どうやら言外の言葉は受け取っても、忍ばせた拒否の気持ちは読み取ってもらえなかったようだ。

 もしかしたら分かっていても無視しているのかもしれないけれど。

 恨めしく見ているのに、動じた風もなくクラサス様は平然といい切った。


「貴女の血が必要です。どうか、来ていただきたい」


 うているようで、その実クラサス様の声には強制の響きがあった。


 しばらくの沈黙の後、お母さんが口を開く。


「……あなた方の都合だけで、なぜ私たちの子を渡さなければならないのです」


「そうだ!血の祝福だか幸福だか知らないが、この子になぜ血を提供する義務がある!」


 クラサス様がその声に反応するよりも早く、口を開いた者がいた。


「それはこの哀れな子羊ちゃんが、今の今までその時のために僕らの庇護下にあったからですよ」


 夕方の黒づくめの男が、クラサス様のななめ後ろに立っていた。




†††




 クラサス様はすっと、その男を前にするように後ろへと下がった。

 その男はまるでたったいま玄関先の闇の中から生まれてきたように、登場にいっさいの気配がなかった。

 いくら深夜の玄関先が暗いといっても、上に灯したランプがあるのだからある程度の場所は照らされている。

 明らかに不自然な男の登場に、一番近くにいた姉さんが驚いて後ずさる。

 お父さんがその手を取って姉さんも自分の後ろに回した。


 改めてバンパイアだと言われなくても分かる、その異様なほど完璧な美貌。


 その姿に知らず恐怖した。

 先ほどまでは、自分のことだから他の人を矢面に立たせるわけにはいかない、と前に出ようとしていたのに。

 あたしは今度こそ、皆の後ろから出ようとしない卑怯ものになった。


「子羊ちゃん。君はとってもいい匂いがするんだ。僕ら(バンパイア)にとって」


 にっこりと笑いながらあたしを見てくるその目が嫌だ。

 いい匂いと言っても、あたしは香水なんてしたことがない。

 きっとこの人が言っているのは香水のことじゃないのも分かっている。


 喋れなくなったあたしを察して、姉さんが話してくれる。


「とにかく私達は従えません。匂いがするというなら香水をつけさせれば良いのね。この痣だって化粧でなんとか隠せるわ」


 それを聞いて、その人はチッチッチッと言いながらキザったらしく長い人差し指をふった。

 それをやっても浮かない優雅な所作を、黒づくめの男は備えている。


「そんなことをしても旨そうな血の匂いは消えないのですよ。お嬢さん。……バンパイアの中には、成人以外から血を吸わないというルールを守れない(やから)もいてね。そういった無法者は本来、今までの君を放っておかないはずなんだ」


「この子が生まれてから、そんなことは一度もなかったはずよ!」


 今度はお母さんが反論した。

 姉さんはきつく口を結んだまま、肩を揺らした。

 男は一瞬だけお母さんのほうを見た。


「………そうであったならば、我々や城の者が守っていたからなんですよ」


 それだけ言うと、またあの獲物を狙うような目であたしをまっすぐに見え据える。


「……もしも、だ…。もしも、今君が僕らから逃れたとして、どうする?義務を強制しない国外へと逃れられたとして、どうする?必ず無法者は追ってくるぞ。城の公認バンパイアならばしないような乱暴な扱いを受けるかもしれない。そしてそれは、君の大切な家族に及ぶかもしれないね」


 獲物を追い込むようにじわじわと論理を詰めていく。

 あたしは言われたままの未来を思い描いて、堪らなくなった。そんなの嫌だ。


 そうしたあたしの様子をじっくりと見定めた後、その男はまた言葉を続けた。


「もしも、君がここであくまで僕らの要請を拒否するなら、強制はしない。もちろんそうしてくれても、君自身にも君の家族にも城の者は危害を加えたりしない。一切関わらないと誓っても良い。つまりは君に対する保護も解くということだけどね………君はもう、子供じゃない。保護を望むなら、無償のままではいられないよ、ということだ」



 ……さぁ、どうする?とその人は優雅な微笑みのままあたしに聞いた。

 答えなんて決まってる。バンパイアに血を提供することはもはや大前提で、どちらがマシかという選択でしかないのだから。




†††



.

鈍足更新~

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