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黄昏時のナンパ

一話一話が長くなる予定なので更新は鈍足になります。お読みくださる方がいたら、気長にお待ちください。

†††



――――国府がバンパイアの存在を認める国、レフィスタ王国。


しかしバンパイアの実態を詳しく知っている国民は意外と少ない―――――



†††



  黄昏時のレンガ通りはどこか切ないような夕焼けの、不思議な色合いに染まっている。

 オリヴィアは今日で成人である16歳になった。

 今日は幼馴染みと仲の良い友達が、わざわざ誕生日パーティーを開いてくれた。

 その帰り道。何となく夕飯やらの買い物で賑わう大通りを避けて、あたしは人通りの少ない川沿いの道を満ち足りた気持ちで歩いていた。


「お嬢さん」


 柔らかい優しげな男性の声が後ろからかかった。

 周りを見渡すとあたし以外誰もいなかったので、しかたなく振り返る。


 そこには、闇を切り取ったかのような大きな影が黄昏を背に佇んでいた。

 黒いコートと、後ろへきっちりと撫で付けられた黒い髪と、磨き抜かれた黒い革靴。

 それらの黒が強すぎて、本当にそこだけ真っ暗になったのかと思った。

 少し遅れてその人の顔へ視線を移せば、そこには見たこともないような超絶美形の顔が存在していた。

 優雅に微笑む顔は優しげなはずなのに、つんと少し尖った顎、高い鼻、薄い唇、青白くすら見える白磁のような肌が相まって冷俐な印象を受ける。


「お嬢さん、僕とお茶でもしませんか」


「は?」


 思わず聞き返してしまったのは無理もないはずだ。

 人生初ナンパは超絶美形が相手だった。

…一般庶民としては嬉しいどころか不自然な相手だ。

 むしろ完璧過ぎる美は人に恐怖すら与える。



 それに、その目が。



「お嬢さん?」


 その人はじっと見つめ返すばかりのあたしをもう一度呼んだ。困ったように微笑みながら。

 その顔も声も優しげなのに、目だけが笑っていなかった。

 微笑んだように細められてはいるが、獲物に狙いを定めるような視線で、恐い。

 首筋の辺りがぞわりとして、無意識のうちにじりっと後ずさってしまった。


「どうかしましたか?」


 腰が引けた私にその人が片手を差し出してきた。


「し、失礼します!」


 とにかくこの人から逃げなきゃならない。


 頭では、気遣ってくれた人に失礼であることはわかっている。

 しかし本能的にそう思って、遠慮なく全力疾走をしてその場から立ち去った。


 縺れそうになる足をなんとか叱咤しながら動かす。

 ずうっと視線が追いかけて来ているのが、振り返らなくても分かってしまうのが嫌だった。


 最後に見たその瞳の色が赤く見えたのは、夕陽が照りかえっての錯覚だと思いたい。





†††




 秋風が肌に心地よく吹いている。



「……やれやれ。ここでお茶をして僕に恋でもすれば、まだ……」


 遠くへと去っていく少女を見つめながら、その黒ずくめ男は呟いた。

 変わらず憂えているような飢えているような複雑な視線を向け続けている。


 そして、少女が完全に見えなくなったあたりで、先ほどから街灯の影に潜んでいたもう一人が苦笑しながら近寄ってきた。

 現れた男はレフィスタ王国の近衛兵の制服をしっかりと着こなしている。

 折角の日に焼けた肌があまり見えないが、筋肉のつき方はその厚い制服の上からでも想像がつくほど整っているようだ。

 黒いコートの男が神に創造された美であるなら、こちらの近衛は人の肉体美を体現していた。


「それは急性過ぎますよ。さすがに」


 しかし近衛兵の口調はその外見に見あわず丁寧で、粗野なところがない。


「そうかな?」


「そうですよ。そもそも、そんな簡単に落ちてしまう相手は、貴方の好みとはかけ離れているはずですが」


 その指摘に黒いコートの男は肩をすくめた。


「それはそうだけど。でもそれ以前に僕はこの“制度”のほうが不粋(ぶすい)だと思うんだよね」


 その制度を無効化する為には、別に曲げても良いような程度の嗜好だ。

 貫き通したい信条ではない。


「…皆が皆、貴方のようにはいきませんから。その“制度”のために彼女は保護下にあったのですから、対価は払って頂かなくては」


 目を少しだけ伏せながら近衛兵が言った言葉に、黒いコートの男は緩く口の端を歪ませた。


「保護下、ね。上手い言い回しだ」


「皮肉ですか。コンスタンティン伯爵」


 じろり、と近衛兵はコンスタンティン伯爵と呼ばれた黒いコートの男を睨んだ。

 その鋭い視線を受けても、コンスタンティンの口元は緩やかなカーブを作ったままだ。


「いいや、誉めているんだよ……当然だろう?なにせ、僕も彼女の恩恵に(あず)る者の一人なのだからね」




†††



 バタバタと家へと駆け込んだ。

 全力疾走によって息が切れ、心臓の音が耳のすぐ後ろで聞こえる。それがまるで狂った警鐘のように鳴りやまず、ドクドクと嫌な音をたてていた。


「オリヴィアー?帰ったの?」


 キッチンのほうから母モリーの声がかかった。

 のほほんとした声にはっとしたように顔を上げ、あたしはなんとか崩れ落ちそうだった身体を立て直した。


「あ、うんっ!ただいまっ」


 息があかったまま答えるのに、苦労した。

 そのままキッチンへと行き着く前に、姉のレイチェルに出くわした。

 レイチェルはあたしを見るなりぎょっとしたように駆け寄ってくる。


「ちょっと!オリヴィア、あんた大丈夫!?汗だくじゃない!」


 そんなに酷いことになっているだろうか。

 けれどこの頃では家で滅多に会わない姉に、あたしだって驚いた。

 そのせいで少しの間、恐怖を忘れた。


「姉さん!姉さんこそどうしたの?」


「あら?オリーは私に会えて嬉しくないの?」


「えっ違う!そんなんじゃないよ!だってっ」


 姉さんはもう結婚していて、別の場所で暮らしている。小さい子どもだっていて、あたしにとっては可愛い甥にあたる、ダニエルだ。

 あたしが慌てていると姉さんは吹き出した。


「やーね。分かってるわよ。今日はあんたの誕生日だから特別。お母さんと私が腕によりよりをかけて夕食を作ってたのよ」


 どこか自慢気に話す姉さんを見ているとふっと気が緩んだ。

 そのまま泣き出しそうになるのは、ぐっと堪える。それでも今さら体に震えが走った。


「あ、のね、姉さん…」


 ふらふらと姉の元へよると、再びレイチェルは心配そうな顔をした。

 すぐそばまで来て小さい頃にしてくれていたように、ぎゅっと抱き締めてくれる。


「オリヴィア?ねぇ、何かあったの?」


 あたしには小さい頃に一時期、繰り返し視た悪夢があった。

 暗い闇の中で、大きな何かに訳もわからず連れ去られる夢。

 子どものころはそれがとにかく恐くて、ベットから夜中に抜け出しては姉の元へ行った。

 お母さんやお父さんは優しいけど、あたしの中で強く頼もしい印象があるのは姉さんだったから。

 姉さんはその度に自分も眠たそうにしながら、歌を小声で唄ったり、頭を撫でてくれた。


 今も以前のように素直に相談しようと思ったけど、なんて言おう?綺麗な男の人にナンパされて怖かった、とか?

………なんだか、馬鹿みたい。

 改めて考えるとそこまで脅える内容ではない気がする。

 相手だって一応紳士的な方だったし。なにか無理強いされたわけでもない。


「オリヴィア?」


「なんでもない。大丈夫」


 顔をあげて微笑みながら言うと、姉さんは納得いかないような顔をしたけど、結局とんとんと背中をあやすように叩いて離れた。


「まったく。成人だっていうのに。いつまでたっても甘えたのオリーのままね」


「甘えたなのは姉さんに対してだけよ、これでも。お母さんたちにはしっかりしてきたねって言われるもの」


「あら、それはお世辞よ。お世辞」


「姉さんひどーい!……でも、姉さんがここで住んでくれるならそう言われてもいいわ」


 姉さんがこの家から出て行ってもう3年になるけど、不意にその存在を思い出してちょっとだけ寂しくなる。……歩いて30分くらいで姉さんの家には行けるけど。

 拗ねたように言えばレイチェルはますます笑った。


「あんたの天敵も来るわよ」


 レイチェルは茶目っ気たっぷりに笑った。

 天敵とはロージーという男のことで、レイチェルの夫だ。


 性格は、この頃良くなってきたのは認めよう。

 けれど昔はとてもひどかったのだ。主に姉に対して。

 幼馴染みで同い年のロージーとレイチェルは小さい頃ケンカばかりしていた。

 多くはロージーが姉に対してちょっかいをかけまくって発生するものだった。


 姉さんは強かったけれど、ロージーにだけは何度も負かされて、泣いて帰って来た。

 彼は私に対して別段意地悪をしなかったけれど、私の大好きな姉に意地悪で、姉さんだってロージーの悪口をよく言うものだから、私も自然と嫌いになった。


 後から聞いたところによると、姉さんを泣かしそうな他の男子は、ちょっかいをかける前にロージーに伸されていたそうだ。

 そして、その仕組みは密かに街の男子達の中で暗黙の了解となり、ガキ大将のロージーに目を付けられたくない子達は姉さんにちょっかいをかけなくなった。


 そんなことをつゆも知らない幼いあたしは、姉さんをいじめる嫌な奴としてロージーを敵認定していた。

 今では好きな子に構ってほしくてたまらない男の子の、天の邪鬼な行動だったのだと理解できるし、結婚してからは性格も落ち着き、姉と甥を愛してやまないのも知っている。


 が、しかし。

 それはそれ。これはこれなのだ。

 昔からの感情がそうそう消えるわけじゃない。

 しかもロージーと結婚するとレイチェル姉さんから言われた時の衝撃といったら。

…あたしから大好きな姉を奪った罪は深い。


 子供っぽいと言われても別にいい。

 ロージー本人にもこの事を言うといつも苦笑されるけど。


「だってロージーは泥棒猫なんだもの」


「泥棒猫って」


 姉さんは朗らかに笑った。


「ほらー!二人とも廊下でのんびりしてないでご飯のしたく手伝ってちょうだーい」


「はーい」


 キッチンからお母さんの催促に、揃って返事をして姉さんと声の方向へと向かう。




 あたしはその時まで、今夜にも自分の世界が反転する出来事が起こるなんて想像もしていなかった。





†††



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