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種違い

 三連休の中日を挟んで最終日に、晴人の引越しが行われた。

 引越しと言っても驚く程荷物が少なく、手伝う間も無くあっという間に引越しが終わったので、Tシャツに短パンという姿でスタンバっていた葉子は拍子抜けした。


 晴人はタオルで汗を拭きながら、リビングのソファに座った。

「お茶飲む?」

 スミカの声に「ああ、いただこっかな」と大きく伸びした。

「スミカ、私もー」

 葉子が自室から出てきて、晴人の対面に腰掛けた。

「私は横山葉子。研究員やってる二十五歳。葉子って呼んでね。んでそちらは?」

 晴人は頭の後ろを掻いている。照れているのだろうと感じ、葉子は可笑しかった。照れるパンクス!

「俺は晴人って呼んで。二十六歳。平日はスーツ着て営業マン」

 麦茶を持ったスミカがやって来て葉子の隣に腰掛けた。

「私はここのオーナーの孫で、山下スミカ。葉子と同じ会社に務めてるんだ」

 ふーん、と声に出して頷く。

 葉子は麦茶を一口飲み、晴人の方を向いた。

「ねぇ、健ちゃんって昔っからパソコン好きなの?毎日パソコン抱きかかえてるみたいだけど」

 晴人は「うーん」と中空に視線をやった。過去の思い出を引き摺り出しているらしい。

「高校の時に親に買って貰って、まあ色々やってたみたいだな。プログラミングとか?俺と違ってあいつは出来がいいからな、ココの」

 そう言って自分の頭を人差し指でコンコンと打った。

「晴人は音楽が好きなの?」

 葉子は自分の仲間が増えるんじゃないかと期待に胸を膨らませて訊いた。

 今日は引っ越し作業だったため、晴人は流石にライダースは着ていない。ラモーンズのTシャツに膝丈のダメージデニムだ。

「パンクやハードコアなら洋邦問わずだな。エレクトロも少々。何、葉子も音楽好きなの?」

 葉子は彼に背を向けた。Tシャツの背にはセックスピストルズのプリント。

「同じく」振り返り晴人の顔を見ると、彼はその頬を崩した。

「仲間が出来たなぁ」

 やり取りを見ていたスミカは自分の空いたグラスを手に立ち上がった。音楽の話をされると、居場所がなくなる。

「部屋、戻るね」

「あ、うん」と葉子が返事をした。

 食洗機に空いたグラスを置いたスミカの眉間には、俄かにシワが刻まれていた。葉子も、もちろん晴人も、それには気づいていなかった。

 二階でパソコンに向かっていた健人は、会話と雰囲気で察していた。

 いつでも会話の中心でありたいスミカは、二人の音楽の話にはついていけない。


 葉子と晴人はその後、音楽の話で盛り上がり、引っ越し当日にも関わらず、相当打ち解けた。

「いやぁ、健人がこんな面白い奴とルームシェアしてるなんて思いもしなかったよ」

「私は健ちゃんのお兄ちゃんがパンキッシュだなんて思いもしなかったよ」

 キッチンの冷蔵庫から、作り置きの麦茶を持って来て、二人分のグラスに継ぎ足す。「お、サンキュ」晴人はグラスを取る。

「つーかパンクスが営業マンって凄いなぁ。何の営業?」

 葉子は興味深げに身を乗り出す。

「理化学機器だよ。健人の大学にも出入りしてる」

 笑いを噛み殺せずに吹き出してしまった葉子に「何だよ」と食ってかかった。

「いやー、想像できませんな。晴人がスーツ着て営業なんて。髪型は七三ですか?オールバックですか?」

 過剰におちょくる葉子に、晴人は顔を真っ赤にして反論した。

「フツーの髪型だよ。明日見せてやるよ。俺は平日は実に真面目なサラリーマンなんだからな」

 そう言いつつ、ワックスの塗られた髪を七三に分けて見せる晴人に、葉子は脚を大きく広げて手を叩きながら爆笑した。


 その日の夕飯は、晴人の歓迎会も兼ねて、いつもより少し豪華で、ワインまで開けた。

 酒に滅法弱い健人は「俺はもう寝る」と千鳥足で歯も磨かずシャワーも浴びずに部屋へと戻った。

 スミカは晴人に対して当たり障りのない質問をしたが、当たり障りのない答えが帰って来るのみで気分を害したのか「私もそろそろシャワー浴びるから、後片付けお願いできる?」と葉子の顔を見た。

 少し険しい顔だな、と葉子は感じたが、黙っていた。こういう事は、時々ある。

「勿論、やっとくよー」

 お酒が入って気持ちが良かった葉子は、あまり気に留めず、酷く陽気に答えた。

 着替えを取りに部屋に戻る途中のスミカの眉間には、またしてもシワが刻まれていた。



 葉子は低血圧故に、朝の起床に弱い。携帯のアラームを止めて二度寝、目覚まし時計を止めて三度寝、、最終手段はスピーカーからピストルズの「アナーキーインザUK」を爆音でかける。大体ここまでやって起床する。

 重たい体を垂直に折り曲げてロフトから下に降りるまでに数分かかり、その間にも音楽は鳴り続けている。

 スミカや健人はこの事に不満を漏らした事はない。

 それもその筈、スミカは既にキッチンに立ち、健人の部屋は離れているのだから。

 葉子の部屋のドアを乱暴に叩く、ドン、ドン、という音がした。

 スリッパをつっかけ、水色のドアまでスタスタと歩き、ノブを回す。

「何だよー」

 全身から気だるげなオーラを放ちながら声を発した先には、眠そうに目をしばたかせている晴人が立っていた。

「なんで朝からアナーキーインザUKを爆音でかけてんだよ」

 その瞬間にも音楽は部屋の中から恐るべき音圧で襲って来る。

「何でって、目覚まし?」

 さも当然の如く言う葉子に、晴人は額に手を付け目を瞑った。「あっそーなの」

 バタンと水色の扉が目の前で閉まり、葉子は自分が何か悪い事でもしたのかと頭を捻った。くるりと反転して、気怠げに音楽を消しに行った。


「葉子おはよ」

 キッチンでスミカが朝食の準備をしていた。お皿同士が触れ合う音が響く。

 目をこすりながら「おはよー」視点を合わせるのに精一杯だった。

 取り敢えず顔を洗って、パジャマのままダイニングテーブルについた。健人も同じく部屋着姿で気怠そうに二階から降りて来た。

「おはよ、健ちゃん」

「ん、おはよさん」

 彼も朝は苦手な方なのだろう。いつも焦点の定まらない目で朝ごはんをつつく。

 今日もいつも通り、パンとハムエッグ、ヨーグルトにコーヒーだ。

 最後に部屋を出て来たのは晴人だった。パジャマのまま朝食を食べる三人とは一線を画し、ぴっちりスーツを着ている。

「あれ、みんな着替えしないの?」

「別に急がないし、汚れても嫌だし、パジャマのまま」

 健人の声にうん、うん、と頷く二人。

「あぁ、そう――」唖然とする晴人だったが、空いている席につき、取り敢えず朝食を食べ始めた。

 昨日までパンク色の強かった晴人は、一転して普通のサラリーマンになっていた。

 葉子は「こういうギャプに女は惹かれるって雑誌の特集があったら上位に食い込む」と妄想を膨らませた。

 それとは別として、髪型をまともにすれば、健ちゃんにそっくりだな、とも思った。まだメガネをかけていない健人と見比べる。種違いとは思えない。

「健人は今日、バイトはないの?」

 スミカにそう問われると、いかにも眠そうな甘ったるい声で「無いから夕飯は家で食べる」と、食事当番のスミカに告げた。

 晴人は、母親と健人のやりとりを見ているようで、その光景が微笑ましく映った。


 晴人が幼い頃、両親が離婚し、親権は母が持った。母は別の男、つまり兄弟の現在の父との間にすぐ子供をもうけ、産まれたのが健人だ。

 異父兄弟だが、自分と健人は母親によく似ていたし、年齢も近く、晴人は健人を可愛がった。

 健人がやってる遺伝子のナントカから言えば、半分は同じ遺伝子でできている弟な訳で、可愛くない筈がない。


「ごちそうさま」

 一番に席を立ったのは健人で、食器を洗浄機に突っ込むとすぐに部屋へと戻って行った。

「健人、毎日大学行ってんの?」

 マグカップに入ったコーヒーに息を吹きかけながら晴人は二人に訊いた。

「行ったり行かなかったり?実験が進まない日とか、論文書いてる時は一日中家にいたりするみたいだよ。あとはバイト」

 ね、と葉子に促し、彼女も頷く。

「健ちゃんは頭いいよね。羨ましい」

 葉子はパンの最後の一切れを口にいれ、モグモグしながら言った。

「あれは親父に似たんだな。理学部の教授やってんだよ」

 二人は「凄いねえ」と顔を見合わせた。理学部の教授である父の遺伝子を持つ健人と、持たない晴人。でも見た目は似ている。

「そうやってスーツ着て普通の髪型してると、健ちゃんと晴人ってかなり似てるんだね」

 葉子は口の中身コーヒーで飲み下す。

「半分同じ遺伝子ですから」

 席を立ったスミカは「みんなと同じように食洗機に食器を入れてね」と健人に伝えた。


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