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本当のところ

 スミカがルーフバルコニーから眼下を流れる川を見てはしゃいだ。

「人がいっぱい来てるよ!」

 今晩は年に一度の、花火大会が行われる。

 バードハウスの二階、リビングの真上に当たる部分にルーフバルコニーがある。

 今日はここから花火を観る事になっている。

 クーラーボックスに缶ビールや缶チューハイを入れて(健人用にソフトドリンクも少々)、食べ物は宅配のオードブルを頼んだ。

「椅子が一個足りない」

 葉子が言うと、健人が「俺、探してくるわ」とバルコニーを出て行った。

「健人は酒無しかぁ。あいつが酒呑み続けるとどうなるんだろうな」

 ニヤニヤしながら兄とは思えない意地の悪い顔をする晴人の頭を、葉子がうちわの縁で叩いた。

「私の可愛い弟をいじめないで」

 スミカはクスクス笑っていた。

 椅子もそろった頃、夜空はもう濃い群青色に染まっていた。

 第一発目の大きな花火が、夜空に広がった。

「カンパーイ!」

 健人の一本目の飲み物は缶ビールだった。これは晴人が「社会人になったらな、一本目はビールって、決まってんだからな、慣れておけ」と言ったからだ。

「アルコールに強い弱いって、遺伝で決まってるとか言うよね」

 葉子がそう言うと、スミカもうんうんと頷いた。

「うちは母ちゃんも親父も呑めないから、俺も呑めないんだと思う」

 健人はそう言ったが、「じゃぁ俺は?」と晴人が疑問の声を上げた。

「そりゃ晴人の実のお父さんが呑める人だったんじゃない?」

 そうか、と深く頷いていた。

「とにかく小久保家で呑めるのは、兄ちゃんだけだな」

「実家帰っても、誰も呑まないからさぁ、退屈だよー、夜なんて」

 はい次はこれねーと、健人に缶チューハイを渡す兄。

「そろそろやばいよ、目ぇ回ってきたし」

 嫌々言いながらも、兄の言う事には抗えず、缶チューハイを開けた。

「酷い兄ちゃんを持ったねぇ、健ちゃん」

「健人、やばいと思ったら呑まなくていいからね」

 女性陣二人は健人を励ましつつ、誰もソフトドリンクを提供しなかったのは、酔いすぎた健人の姿を見てみたかった、という裏のいたずら心がある。


 四本目のチューハイを呑んだところで、健人に異変があった。もう、見た目も声も、ぐでんぐでんだった。

「葉子ぉー、隣座ってよー」

 手すりに寄り掛かって花火を観ていた葉子はびっくりして、椅子を持って健人の隣に座った。反対隣りにはスミカがいる。

「こうやって、葉子とぉ、花火見たかったんです俺はー」

 そう言って葉子に凭れ掛かり、腕に巻きついてきた。

「ほら健ちゃん、寄り掛かるのはこっちじゃなくて、スミカでしょ」

 スミカは笑ってはいるが、どこか引き攣っていた。それは鈍い葉子にだって分かった。

「ちーがーうーの。葉子なの。俺と一緒に花火見るのー」

 そう言って、かなりの強い力で葉子の腕を引き、ヨタヨタしながら手すりの所にたどり着くと、葉子の肩に健人の腕が回った。

 スミカはそれを後ろから見ていたが、さすがに耐え切れなくなり下を向いた。

「深層心理、ってやつ?」

 スミカの隣には、ビールを手にした晴人が座った。スミカはそれを無言で見遣った。

「アイツ、ここんとこ色々あり過ぎだったもんな。葉子に告白して振られて、スミカに告白されて受け入れて。波乱万丈だよ」

 スミカは面白くなかった。自分を受け入れてくれた健人が、酒が入っているにしても「葉子」「葉子」と彼女に縋っていく姿は認めたくなかった。

「まだ、葉子の事、好きなんだろうね」

 スミカがぽつりと言うと、晴人は顔を傾げた。

「それはどうかな。もうさすがに諦めてるだろ。なんつーか、毒出し?デトックス?この場で要らない物全て吐き出させてさ、終わりにしよう」

 スミカの目線の先にいる二人は、キスでもしそうな位の距離に顔と顔を近づけていた。無論、葉子は少し仰け反っていたが。

「だめだ、見てられない」

 スミカは立ち上がって彼らの方へ行き、健人を担ぐようにしてバルコニーを出て行った。

 葉子は大きくため息を吐きながら、椅子に座った。

「なんじゃ、君の弟は――」

「酷い酔っぱらいだったなぁ、面白かったなぁ」

 もうダメとばかりに顔をブンブン振って「面白くない」と言う葉子に、「スミカが気にしてた」と告げた。

「やっぱり。そうだよね。私もされるがままにならなきゃ良かったかな」

「葉子のせいじゃないよ」

 ビールをぐっと喉に押し込んだ。

「まだ好きなんだな、葉子の事」

 スミカには否定してみせたが、やはりこれが本当の所だろうと思い、葉子にはそう告げた。

「スミカと付き合ってるのに?」

「まぁ人間、そう単純には出来てないって事ですよ」

 一際大きな花火があがった。星屑の様に儚く散っていく。

「好きな人が好きな人と一緒になれたらいいのにね」

 酷く単純なその言葉に、晴人は感嘆させられた。

 それが当たり前の事なのに、保身の為に好きでもない人と付き合ってみたり、好きな人に辛く当たってみたり、奪い合ってみたりするのが人間だ。

 葉子の様にシンプルな考え方をする人間が増えたら、世の中はどれほどハッピーになるか、想像がつかなかった。

 そして葉子も晴人も、互いに思いあっている相手が隣に座っているのに、想いを告げられずにいる事が歯痒かった。


「健ちゃん、あのまま寝ちゃった」

 そう言いながらバルコニーにスミカが戻ってきた。

「大丈夫だった?」

 色々な意味を含めて葉子は訊ねた。

「うん、大丈夫。譫言みたいにスミカ、スミカー、ってめんどくさかったけどね」

 本当は違う。葉子、葉子、と健人は言っていた。スミカが隣に居るのに、葉子、葉子、と。

 葉子には嘘を吐いてみたものの、何となく晴人には嘘がばれている気がした。


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