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鈍感

 翌朝から変わった事がある。

 スミカと健人の間に会話が生まれた。

 晴人も葉子もほっと胸を撫で下ろした。


「スミカ、俺ジャム塗るからハムとチーズ乗っけないで」

 晴人は冷蔵庫からブルーベリージャムを取り出し、テーブルに置いた。

「朝はハムチーズトーストで決まりでしょうが」

「何でハムエッグとハムチーズトーストなんだよ、ハムが被ってんじゃんか」

 葉子と晴人は朝から騒がしい。

「そもそもハムの縁が噛みきれな、あぁぁぁ!」

 晴人のスーツにブルーベリージャムの紫色が飛び移った。

「あぁ、何やってんのー」

 手早くウエットティッシュとティッシュをとり、葉子は晴人のスーツについた紫色を拭った。

「スーツなんて着てカッコつけて朝飯食ってるからだよ」

「女が『あさめし』とか『食ってる』とか言うな」


 そんな騒がしいやり取りの横で、スミカと健人は静かに朝食を食べていた。

 まるで、老夫婦の様に、時々ぽつりと会話し、見つめ合い、微笑み合っている。


 葉子とスミカ、晴人の三人で駅まで歩く途中に問いただした。

「スミカちゃん、一体あなたと健ちゃんの間に何があったの?」

 晴人も歩きながらにして身を乗り出している。

「実は、健人と付き合う事になったんだ」

 えぇぇぇぇぇ!!と示しを合わせたように叫んだ二人に、スミカはクスっと笑った。

「何?何ゆえにそうなった?」

 答えを急く葉子を、諌めるように「そんながっつかなくても」とスミカは微笑む。

「色々相談を聞いてるうちにね、何となくそういう関係になったんだ」

「でも健人は葉子の事――」

 葉子は息を呑んで晴人を見た。

「何でそれ、知ってんの?!」

 晴人は口を滑らせた事を後悔し、スミカは余裕綽々の笑顔で言った。

「皆知ってるって。お蔭で健人と結ばれたようなもんだから、感謝しないと」

 葉子にはよく意味が分からなかった。

「もー何でみんなそうやって、くっついたり離れたり、簡単にできちゃうのかなぁ」

 少し悔しくもあったし、不可解でもあった。

 葉子は好きだと思った人間以外からのアプローチは絶対に受けないし、惚れた人が何人もいるなんていう状況にもなりえない。

 健人みたいに、好きだと言った傍から別の人間と付き合うなんて、有り得ない。

 ただ健人の事だから、色々と考えあぐねてこういう結論に達したんだろうと思うと、彼を責める気にもならない。

「こうなったら結婚まで貞操を守ってやる」

「何言ってんのこの人」

 晴人とスミカは顔を合わせて笑った。



「葉子ー」

 最近、晴人はドアからではなく、ベランダから部屋を訪問する事が多くなった。

「何でそっちからくんの」

 網戸をガラガラと開けると、「失礼」と言いながら晴人が部屋に入ってきた。

「なぁ、もうこのチケット取った?」

 目の前にぶら下がっているのは、丁度今からネットで買おうと思っていたチケットだった。

「今から買う所だけど」

 パソコンを指差したその画面は、まさに「購入」ボタンをクリックする寸前だった。

「待て、早まるな、俺と一緒に行け。チケット二枚あるから。な」

「誰かと一緒に行くんで二枚買ったんじゃないの?」

 この鈍チンがっ!と叫びたいのをぐっと抑えて「違う」と答える。

「葉子がきっと行きたがるだろうなーと思って、仕事中にささっと二枚取ったんだよ」

「マジでか」

「おう」

 驚いた顔から、花開いた笑顔に変わり、晴人は少し照れくさくなった。

「俺さ、彼女と別れてから、一緒にライブ行く奴もいなくなったし、これからは葉子の事誘っても、いいか?」

 晴人にとっては殆ど告白に近い言葉だったが、勿論鈍い葉子には届いていない。

「うん、いいよ。お金は請求してね」

 あぁ、と苦笑し、自室へ戻った。

 葉子は晴人が部屋から出て行った途端、ブラウザを閉じて、毛足の長いラグに突っ伏した。

 突っ伏したまま、脚をバタバタとさせて悶えた。

 葉子の事、誘ってもいいか?だって。もう、どうにでもしてー!


 四人でテーブルを囲み、夕飯を食べていた。

「スミカのから揚げ、美味いなぁ」

 晴人はパクパクと自分の皿に乗ったから揚げを口に入れていく。

 そこに、葉子は自分のから揚げを一つ、のせた。

「チケットのお礼だお」

「お、って何だよ、気持ち悪い」

 その遣り取りを健人は黒縁眼鏡の奥から静かに見守った。


 邪魔者二人がいなくなった今、葉子と兄は交際に発展しないんだろうか、健人はそんな事を考えていた。

 夜遅くに喉が渇いてキッチンへ降りて来た時、ベランダから二人の話声が聞こえた事があった。

 時々そうやって、ベランダで語らっているんだろうなと思い、その時は嫉妬した。

 今でもそういう風にして、お互いの距離を縮めているんだろうか。

 健人は時折、スミカの部屋とを行き来して、二人の時間を作っている。

 それが何だか、葉子に申し訳ないような気がしてならない。

 葉子の事が好きだ、と言ったその言葉に嘘はないのに、そのすぐ後にスミカと付き合う事によって、それを反故にしているようで、いい気分ではなかった。

 純粋な葉子にとって、俺は悪魔の様な存在でしかない。

 そんな事もあって、彼らがうまく行くといいのに、と思う。


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