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第三話

 挿絵(By みてみん)


 頭が痛い。やけに胸も熱い。まるで全力疾走の後みたいだ。けれど起きなくては。それでも起きなくては。学校が始まってしまう。


 けれど、どうして自分は学校にいかなくてはならないのだろう。友達もいない。味方もいない。いるのは敵と、味方でも敵でもないその他大勢だけである。


 勉強も好きではない。昔から取り立てて得意なこともなかった。運動も学業も中途半端。数式の並んだ教科書のページには意味を見いだせないし、自分の国の歴史などどうでもよかった。


 勉強する事は苦痛でしかない。ならばどうして、人は勉強しなくてはならないのだろう。どうして学生はそんなものを強要させられるのだろう。


「それはな、いいか。人間が人間らしく生きるために勉強するんだ。勉強しない人間なんか人間じゃない。人ってのはこの世界に、知恵っていう神様の授かり物を貰って生まれてんだ。それを無駄にするなんて、罰あたりにも程があるだろうが」


 誰かの声が聞こえる。誰の声だろう。知らない声のような気がするが、知っているような気もする。けれどなぜか、安心する声。心の奥から力が湧いてくるような、そんな不思議な声だった。


 僕はゆっくりと重いまぶたを開けた。そこは薄暗く、今が夜なのか朝なのか分からない。


「お目覚めかい」


「お前は……」


 すると横からすっと手が伸びてきて、思いっきり額を弾かれた。痛さに目がくらむ。


「年上に向かってお前はないだろう。せめてお姉さんにしとけ」


 頭を押さえて痛みに耐えていると、そんな風に言われた。未だに状況がつかめない。


「……どうゆうことだ。ここはどこ、なんだ」


 僕の問いに彼女は少し含みをきかせて、にやにやと上品に笑いながら答えた。


「ここかい? ここは私の見つけた隠れ家さ。何せ日の光がでている間は身を隠さなきゃならないからねえ。おっと、これは秘密だったね……まあ深い意味はないさ」


「お姉さんは、誰なんですか」


 取り敢えず口調を正して、目の前の椅子に見事な脚を組んで座っている彼女にそう聞いた。


「あなたは、いったい誰なんでしょう。……僕には全く心辺りがないのですけれど」


 すると満足そうに、彼女は返した。


「そうだ。それでいい。私か? 私はなんてことはない。ただの通りすがりの女だよ」


 そう彼女は言った。どこからどう見ても、ただの女性には見えない。昨日着ていたコートマフラーは、部屋の壁にハンガーを通してかけてあった。


 そこは自分のアパートの部屋程の広さの、薄暗い空間だった。取り立てて特別なものは何もない。あるのは彼女が腰掛けている木製の黒く塗られた椅子と、同じような色合いの机くらいだった。


 僕は、何か箱のようなものの中に寝かされていた。そこから起きあがろうとする。中は冷たく、鉄でできているようだ。よく見るとそれは……


「っっっ……!」


 それが何か認識して、一瞬で血の気が引く。それは真っ黒な棺桶だった。縦長の五角形の箱である。テレビや本でしか見たことのない、真っ黒な棺桶だった。


「私のベッドの寝心地はどうだい? ぐっすり眠れただろう?」


「……趣味が悪いですね。こんなものが、寝床なんて……」


 気味が悪くてすぐに立ち上がってそれから出た。自分は今までずっとそこに寝かされていたのか。


「というか、僕はどうしてこんなところにいるんですか?」


 当然の疑問である。僕はここにくる前、どこで何をしていたのだったか。あまり良く思い出せない。


「ああ、それは私がお前を救ってやることに決めたからさ」


 彼女はそんな風に、特になんと言うこともなく言い切った。


 救う……だと。


「僕は、あなたに救って貰う道理なんてない。そもそもなんで見ず知らずのあなたが、他人の僕なんかに構うんですか。おかしいでしょう」


 そういいながらも、何だか変な気分になってきた。こんな風に他の人と話すのは久しぶりだった。


「私は別に救う相手が他人かどうかなんて気にしないよ。それとも君たちは、見ず知らずの他人がそこら辺で死にかけていたら、それを放っておくのか」


 それとこれとは、話が違うような気がするが。彼女の言葉にはなぜか説得力があった。有無を言わさず議論に打ち勝つような、心に切り込むような語りだ。


「とにかく、わたしは君を救ってやることに決めたんだ。なに、ちょっとした寄り道さ。それがすんだらすぐに消えるよ。私は通りすがりのただの女だからな」


「救うって、何からですか」


「君……名前はなんという?」


 質問を質問で返された。しかし言い返す気にもなれず。嘘をつくわけにも行かない。


[……(かなえ)(のぞみ)]


「カナエ、ノゾミね。良い名前じゃないか。親に感謝するんだな」


「……」


 とてもそんな気にはなれなかった。あの二人を同じ性を持つということは、自分にとって足枷以外の何でもなかった。けれど、自分の名前を褒められたのは初めてだった。


「では望。これからどうするかだが……」


「その前に、あんたの名前を……あんたの名前を教えてくれよ」


「……ふむ、そうか。それもそうだな。望が名乗ったのだから、私も名乗るのが道理というものか。しかし私には名前という名前は……とりあえず」


 彼女はしばらく目を瞑った後、思いついたようにそう言った。


「ラミアと呼んでくれ。今はそれが一番わかりやすい」


「……ラミア」


 そうではないかと思っていたが、やはり彼女は外国人なのだろうか。それならずいぶん流暢な日本語だ。それとも外国の血が混じっているとか。十分にあり得る。


「ところでいいか、望。一つ確認したいことがあるんだが」


「なん。ですか?」


 彼女は指をこめかみに当て、言った。


「君は恐らくこの国でいう学生だと思うのだが、この時間は学校とやらに行かなくてもいいのか?」


「……?」


 言われて思い出した。今は何時だ?音楽プレーヤーを探す。しかし近くには見当たらなかった。しまった携帯電話は確か持ってきていない。時間がわかるものは何一つ持っていなかった。


「ほれ。今はもう昼だが」


 彼女は自分の懐から銀の鎖がついた懐中時計を取り出し、文字盤の方を僕に向けて見せてくれた。


「……あ」


 とりあえず、今日は学校は無断欠席になることが決定したのだった。




 しばらくして思いついたように、僕は彼女にそう聞いた。

「とりあえずなんだけど……帰っていいか」


「ん……。どうしたんだ。もう学校に行く気はないのだろう? だったらもう今日はいいではないか。望の今後について、話しあわなければならないし」


「……いや…何か腹減ってるし、そう言えば何も食べてないんだ。何か胃袋に入れたい。このままじゃ死にそうだ」


「そうかそうか。それは仕方ないな。それじゃあどうする? 何か食料を調達してくるのか」


「とりあえず財布はポケットに入っていたから、ここから出られれば何か買えるよ。身体中べたべたでシャワーも浴びたいし。話はまた今度ってことにしてくれないか?」


「そうかわかった。それならこちらは待つにやぶさかではない。私は気が長いからな、待つのは基本的に嫌いではないから、のんびり休んでくると言い。出口はその扉を開ければ後は一本道さ。外に出ればあとはフィーリングで分かるだろう」


「そうか、ありがとう」


 すたすたと歩いて、その扉を開けて廊下に出た。そこは前がよく見えない程の暗闇だった。しかし少し目を凝らせば、遠くの方に少し明かりがもれているのに気付く。あそこが出口か。


 さっさと逃げよう。なぜかさっきは名前など答えてしまったが、よく考えたらあれは迂闊だった。なんであんあことをしたのだろう。途中から思い出したが、自分は昨日彼女に何か良く分からないことをされて倒れていたのではないか。はっきりと思い出した。


 途中から意味の分からないことを色々いっていた気がするが、やはりあの人は何かおかしい。気が狂っているのかもしれない。目を奪われるくらいの美人だったが、外見が良いからって中身がそれに伴うとは限らない。それに……。


 そんなに簡単に人が信じられるものか。人は自分の得にならないことで誰かを助けたりしない。学校のクラスの皆がそうじゃないか。誰も僕のことを助けてくれない。僕がそちら側なら、やはり助けないだろう。当たり前だ。人間はそういう生き物だ。どうしようもなく、人は現実主義な生き物なのだ。


 自分は、いつから誰も信じられなくなったのだろう。眩い光を頼りに、出口から出た。正確には出ようとした。


「まあそう急がなくても、人生はまだまだ先は長いぞ。お前はまだまだ餓鬼だな。考え方から行動原理まで何から何まで餓鬼臭い」


「っ?」


「そう簡単に逃がすか。家に帰られたら面倒だ。もうここでやってしまおう。覚悟しろ望」


 そう後ろから聞こえたと思ったら、もの凄い力で首根っこそ掴まれ、床に叩きつけられた。今度は額を腕で掴まれる。頭が急に熱くなる。昨日と同じようか感覚。分かっていても抵抗すらできない。


「なっ……? がはっっ……」


「望。もう一度お前の中に入る。覚悟しろ」

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