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She is a vampire【挿絵あり】  作者: 如月しあの(Xではべなお)
◆Ⅱ The journey of a trial
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第一話

 第二章の投稿が大分遅れてしまって申し訳ありません。約束通り新しい登場人物の話しです。


 舞台は一昔前のこの国です。世界観は一章と同じくしています。大体の形はできていたのですが、実際に文章に起こそうとすると大変で時間がかかってしまいました。


 もしも更新を待っていてくださった読者様がいたとしたら、精一杯の感謝を。それでは本文へどうぞ。

 挿絵(By みてみん)

 私にはどうすることもできなかった。


 私には彼女を助けることはできなかった。


 人間は我々と違って脆い。簡単に、砂でできた城のようにすぐ壊れてしまう。儚くか弱い生き物だ。


 しかし彼女は、自らの運命を呪うこともせず、まるで今までの人生で最も幸福であるような笑顔で私にこう言った。


「残念ながら私はもうすぐ死んでしまうけれど、あなたは死んではいけないわ。あなたは生きなければならないわ。あなたが今までやってきたことに罪を感じているというのなら、尚更生きなければならないわ。私のぶんまで、きっと生きてくださいね。約束よ」


 彼女は最後に私の手をとり、笑顔のまま瞳をとじた。私がその一言にどれだけ救われたか。


 暗闇に閉ざされていた私の心がどれだけ救われたか。


 それだけで私はどんな苦しみにも痛みにも耐え、孤独を感じずに生きることができた。


 自らの心の奥底に潜む鬼を押さえ込み、生き続けることができた。


 私はこれからも生き続けなければならない。こんな私を救済してくれた彼女のためにも。若くして無念の死を遂げた彼女のためにも。


 彼女の分まで生きなければならないのだ。


 それが彼女の願いであり、私の願いでもある。そう私は信じている。


 そしていつの日か……必ずや、私は……………………。









「あああぁぁっっっ、なぜわたしが? どうしてこんなところに縛り付けられて、こんな退屈な目に遭わなければならないのっっ?」


 戦後しばらくして、人々の心の傷が時間によってかき消されようとしていた時代。高度経済成長期が始まっていたが、人々がまだ古来の生活の面影を残していた時代。ある由緒正しき家の住む山中の古びた屋敷にて、鬼頭朱音(きとうあやね)は不満の声を上げていた。


 彼女はたった今まで延々と、彼女にしてみれば地獄の様な退屈な授業を受けて来たばかりである。普通の学生であれば、彼女の年齢を考えれば学校に通っていることだろう。ところが彼女の生家たる鬼頭家では、代々子供は鬼桐の家にて専属の教師による教育が行われていた。


 教師の前では何とか抑え込んでいた不満を口に出して発散しながら、彼女は屋敷の廊下を自分の部屋に向かって歩いていた。


 肩まで伸ばした黒く艶ある髪の毛は真っすぐに切りそろえられ、まさしく古風のお嬢様というような容姿。しかしその幼さの残る桜色の唇から出てくるのは、それを覆すような不平不満である。


「もう、今日の先生は明らかに私を催眠にかけるつもりで授業していたに違いないわ。その癖に居眠りでもすればぶ厚い本の角でぶたれるんですもの。私に何の怨みがあるのかしら」


 その手にはぶ厚い教科書とノート、筆入れを抱えていた。今日は教師に明日までの課題を出されてしまった。この本を読んで内容をまとめなければならない。そんなの一晩限りでどうやればいいのだろうか。朱音は眉間にしわを寄せて考えたが、良い考えは思い浮かばなかった。適当にごまかすしかないだろう。


 季節は真夏。窓から外を眺めれば生い茂る木々が目に入り、騒々しく鳴く蝉の音がする。首筋にかいた汗を手でぬぐい、まだ落ちようとしない陽を呪うかのようの睨んだ。最近は馬鹿のように暑い。太陽が何かに腹を立てて機嫌を悪くしてでもいるのだろうか。もしそうならどうかやめてほしい。最近は夜も蒸し暑く、寝苦しい夜が続いている。


「町の子達は、こんな日にはどこかへ遊びにいったりするのかしら。そう例えば……海とか」


 朱音はこの屋敷で生まれ、それからずっとこの場所で育った。後学のために町に連れて行ってもらったりしたことはあるが、外の世界のことは家の教師から聞いたり、本で読んだ知識だけである。町の子供は普通学校で皆で勉強をするのだという。自分と同年代の子供は屋敷にはおらず、年の離れた兄がいるだけである。


 兄は厳正さを絵に描いたような人物で、年の離れた朱音に対しても甘やかすようなことは決してなかった。既に成人している兄は、仕事で普段は顔を合せることはない。しかしたまに屋敷に帰ってくると、自分の不真面目な態度をねちねちと注意する。朱音は兄のことがあまり好きではなかった。


 父には、勝手に外に出るようなことは禁止されていた。同年代の子供と遊んだりしたことはなかった。どうして駄目なのかと父に聞いたら、おまえは鬼桐の娘なのだから他の人間達を相手にしなくていい、と言われた。そのときはその意味がよく分からなかったし、今も納得はいかない。朱音は外の世界に興味があった。


 ここを出て更に東に行けば、この国の中心にもっと大きく栄えた街があるという。そこにはスーパーマーケットというものがあり、色々なものをお金で買うことができるらしい。そして街の人々の家にはテレビという様々な景色を映し出す機械があったり、東京タワーという山ほど高い建造物があるのだ。


 それだけではない。この国は島国であり、地球という巨大な星と比較すればほんの小さな陸地でしかない。この星はそのほとんどが海で囲まれているという。海には別の大陸があり、この国とは全く異なる文化を持った人々が存在しているのだ。


 朱音はいつかそれらをこの目で見てみたいと思った。自分の足で、世界を見て回るのだ。それが朱音の夢だった。今年で十五になる少女の、純粋で好奇心旺盛な憧れである。


 そのためなら、今自分が強いられている苦難も、窮屈さも少しは我慢できた。そう、私はきっとこの窮屈な家から抜け出すのだ。必ず叶えてやる。誰に何と言われようが、自分はこんな所で一生を終えるつもりはない。


 木の板張りの床を踏みしめて廊下の突き当たりを曲がり、階段を上ろうとした時に見なれた忌々しい姿が視界に飛び込んできた。


「……っ、お父様……」


 鬼頭家の現当主である朱音の父親。折り目正しい黒のスーツを身に纏い、まるで仏像のような無表情を顔面に張り付けている。実の娘である朱音でさえも易々と話しかけることは許されず、この屋敷では絶対的な支配者。この男だけには朱音は、生まれてから一度も逆らったことが無い。


 他の人間とは明らかに異なる雰囲気を漂わせ、鬼頭総司は朱音を見下ろしていた。この男はいつも睨むように人を見据える。それだけで金縛りのように身動きが取れなくなる。それは自分の心に刻まれている恐怖心ゆえか。


「………………貴様か。廊下で馬鹿のような言葉を垂れ流していたのは」


 全て聞こえていたらしい。朱音は恥ずかしさで顔を朱に染め、うつむいて頭を上げられなくなった。


「貴様は鬼頭の人間であるということが、どういうことか未だに理解していないようだな。もう十五になったのなら、貴様もいい加減に自覚しろ。鬼頭に生まれた以上、貴様の人生は貴様の物ではない。当たり前の自由など求める事態間違っている。有り得ぬ夢はさっさと捨てることだ」


 朱音は悔しさで瞳を潤ませた。しかし総司の纏う威圧感に頭が上がらない、何も言い返せない。この男は朱音の心に抱く気持ちを知っていた。知っていてなお、それを決して許さない。


「……………………」


「貴様は一生ここで鬼頭にその身を捧げろ。それは我らが一族の代々伝わる掟だ。男は戦い、女はそれに仕える。それは絶対だ。決して逃がさぬ。決して許さぬ。怨むのなら貴様をこの世に産み落とした母親を怨むのだな」


 朱音は怒りの言葉が喉まで出かかったが、それが口に出ることはなかった。この男はよりにもよって、母親のことを……。自らの妻のことを……。しかし自分に最後に残った自制心がそれを抑え、辛うじて自らの父親を力なく睨み返す。


「何か文句があるのなら口に出してみよ。できないだろうが。まだ自分の面倒も見ることのできない餓鬼が、生意気にそんな目を私に向けるな」


総司は冷やかなな視線で朱音を一瞥し、そこに何もないかのように通り過ぎていった。朱音はその場に立ち尽くし、自らの無力さを呪った。あの男の言う通り。私には父親に反逆する権利すらないのだと。


 男尊女卑の時代。女性の価値は男性よりも低く見られ、いかなる時も女性は男性の奴隷。私は父にも兄にも逆らうことは許されず、その上下関係を嫌というほどこの身と心に教えられてきた。


 自分が女に生まれたことを後悔したこともある。しかも男は、あの月に一度の苦痛がないのだ。どう考えても不公平だろう。もし神様がいるのなら、そうとうなひねくれ者に違いない。


 朱音は自分の部屋に飛び込み、床に崩れ落ちた。父親の前では辛うじて保っていた強気をかなぐり捨て、声を押し殺して泣いた。こみ上げてくる感情をそのままに、歯を食いしばって涙を流した。想ったのは母親のこと。朱音の母親であり、あの父親の妻である女性は既にこの世に存在していなかった。


 朱音が物心つく前に彼女は流行り病で亡くなっていた。朱音は悲しむことも知らない歳だった。その時の記憶は曖昧でよく覚えていない。


 しかし母だけは、私にとても優しくしてくれた。母親にだけは心を許せた。今でも母親を想って泣くことがある。しかしその度に、もう二度と会えないのだということを思い知らされて辛くなる。朱音はまだ幼い少女だった。まだ自分の感情を完全に制御できない。時折このように、感情の起伏を発散させてなんとか自分を維持していた。


 母は若いころ、鬼頭の家に嫁にきたらしい。その時父は、母のことを愛していたのだろうか。それともあの男はただ鬼頭の世継ぎを生み出す器として、母をこの家に迎え入れたのか。そして母はどんな気持ちでこの家に来たのだろう。朱音にはそれがずっと疑問だった。


 気がつけば外は陽が落ち始めていた。窓の外は鮮やかな橙色に包まれている。いつの間にか涙は止まり、感情も落ち着いていた。これで明日もいつも通り振る舞うことができる。朱音はここでは独りだった。心を許せる相手は誰もいない。しかし自分は大丈夫だ。大丈夫だと自分に言い聞かせる。


「お母様……」


 どれだけ想っても母親は戻ってこないことは分かっている。しかしそれでも募らせてしまうのだ。母親への未練を。この年の少女にとって、母親がいないことは非情な運命であった。


 このまま生きていけば、いつか報われるのだろうか?


 少女は誰にともなくそう呟いた。






 その日はやけに山が騒がしい朝だった。いつも通りの時間に起床し、着替えを済ませて顔を洗って給仕の出す朝食を一人でとった。後片付けを任せ、食堂を後にすると窓の外から獣か何かの鳴き声が聞こえて来る。


 この屋敷の位置する山は人里から離れており、山の動物が多く生息している。勝手に一人で出歩くことが禁止されているのは、そういう理由もあった。しかし今日はいつもとは様子が違う。今朝からずっと、鳥達が鳴きながら飛び立つ気配や、獣の雄叫びのような音が間断的に続いているのだ。心の中に一抹の不安が募る。


 一体どうしたのだろうか。


そんな心配はしても、すぐに朝の授業の時間が迫っていた。自分の部屋に戻って準備しなければならない。朱音は足早に、今日までの課題ができていない言い訳を考えながら歩き始めた。

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