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第十一話

また暫く間が開いてしまい申し訳ありません。次話投稿です。


後書きでこの話についての重要なお知らせがありますので、ぜひそちらもご覧ください。


少しでもこの作品の雰囲気を気に入って下さったなら、読者の皆様の感想が何よりの幸せとなります。本文へどうぞ

 挿絵(By みてみん)

「どうしてこんな所に吸血鬼狩りがいたんだ、ラミア?」


「さあな……私にもわからん。あの隠れ家の周囲の空間は、私の支配下にあったのだから、奴らに察知されることはないはずなんだが……。さてどうしてだろうな」


「どうしてだろうって……そのせいで僕は死にかけたんだぞ」


「まあもういいじゃないか。間に合ったんだし」


 ラミアは男の死体を棺桶に入れ、蓋をしながら言った。そして彼女が空中で右腕を振ると、棺桶は次の瞬間には跡形もなく消えていた。彼女が言うには、彼の遺体は誰にも脅かされないどこかの土中に埋葬したらしい。敵とは言え、死後にも気を配るのは彼女なりの配慮だろうか。


「あいつとはどういう仲だったんだ?」


「……昨日言っただろう? 奴は例の戦争のときの向こう側の生き残りさ。奴一人にどれだけの吸血鬼が封印されたか。……無論、私もそれ以上の吸血鬼狩りを殺したがね」


 彼女は何の悪びれもせず、むしろ自慢でもするかのように言った。


「……そうか。それだけにしては仲良さそうだったから、他にも何かあるのかと思ったよ」


「そうか? そう見えていたか。まあなんだ、……お互いに全てを賭けて、全力の勝負をした相手を邪険にすることなどできんよ。それが例え相容れない者同士だとしてもな」


 彼女は、不思議そうにすこし首を傾げながら言った。


「そういうものか」


「そういうものだ」


 いつの間にか、時間は真夜中になっていた。望は帰り道も、ラミアの手に引かれていくことになった。しかし今度は彼女の後ろではなく隣りで歩く。ただ後ろから付いていくのではなく、一緒に歩く。


 その間、しばらくお互いに無言になった。さっき勢いで言ってしまったことを、どう切り出せばよいか迷う。あれは自分の意識に植え付けられた彼女の精神の一部とのやり取りであって、実際に彼女と交わした約束ではないのだが……。


「望……」


「なんだ?」


「なぜ、奴に私のことを告げ口しなかったのだ?」


「…………それは」


 自分でもよく分からない。あのときは不測の事態だったこともあり、正常な判断ができなかった。ただラミアのことをあの男に話したら、なぜか良くないことになるような気がしたのだ。


「ふむ、それは嬉しいな。目先の危険よりも、私の安全を優先してくれたということではないか」


「……勝手に人の心を読み取るな」


 プライバシーも何もあったものではない。彼女には隠し事はできないということ。


 望の手を握る彼女の指が強くなる。そして更には指を絡ませられ、まるで恋人繋ぎのようにされてしまった。あまりに強い力で握られ、振りほどくことができない。


「……ラミアっ」


「もう離れないようにな。さっきみたいなことがないように、何者にも阻まれないように。それとも望は嫌だろうか?」


 彼女の手が緩む。


「いや……別にそんなんじゃ……」


「なら良かった」


 再び強く握られる。彼女の低い体温が手を通して伝わってくる。自分の汗ばんだ掌が、彼女に嫌がられないか気になった。こんな心配も杞憂も全て彼女には筒抜けなのだろうけれど。


 星の瞬く空の下を、二人で歩いた。山を下りても、住宅街を通る時もずっと手を繋いでいた。街灯の明かりで前は見えるようになってからも、お互いに手を離そうとはしなかった。というか彼女が離してくれなかった。しかし自分もそれが嫌ではなかった。


 隠れ家についてようやく手を離した。彼女はやけに満足そうな顔をして、こちらを見ていた。なんだか恥ずかしくなる。望は顔を背けた。


 暫くの間沈黙が続いた。その後に彼女は唐突に語りだした。


「正直に言おう。私は最初は君で食事するつもりだった」


 とんでもないことを打ち明けられた。


「………………は?」


「あえて隠し事はすまい。私は他でもない君のことを、食料として見ていたのだ。小腹が空いたところに丁度よく君が現れたのでな。美味い血液を持ってそうだったから、適当にだましてちょっと吸ってしまおうかと思った。最初はそのつもりで近づいて、タイミングを窺っていたのだが……」


 彼女はまるで悪戯を打ち明ける子供のようにおどけてみせた。不意打ちなその純粋な笑顔に、心臓の鼓動が高まる。あまりにも重いことなのに、許してしまいそうになる。


「君と話すのが少し楽しくてな。機を逃してしまったのだ。私としたことが、人間ごときと共に過ごす時間を心地よいと思ってしまったらしい。なんでだろうな、こんな気分は久しぶりだ。本当に……久しぶりだ」


「僕なんかと話すのが……そんなに楽しかったのか? 僕よりもずっと魅力的な人間はもっと他にいるだろ。こんなつまらない人間じゃなくてもさ」


 自分に自信が持てない。叶望の悪癖。


「楽しかった……というか、これはなんだ……そういうのと違うかな。そうだ君は私と似ているのだ。昔の私とな。そのせいで変に感情移入してしまったようだ」


「…………昔の、ラミア……」


 一体どんな少女時代を過ごしていたのだろうか。もしかしたら吸血鬼になる前のことかもしれない。何となく気になったが、それは聞いてはいけないことの様な気がした。


「あんまり進んで話したいことではないが、私にもそういう時期があったのだ。自分一人ではどうしようもなくて、それでも誰にも助けを求められない。そんな気持ちを私も知っていたことを久しぶりに思い出したよ。それで柄にもなく手を貸してやりたくなってな。そのときは私は誰にも助けてもらえなかった。でもその頃の私は、確かに救いを求めていたのだ。だからこれは私の過去の清算といったところか」


 ラミアは瞳を閉じ、昔の記憶を思い起こすように語った。そして瞼を開け、優しく微笑んだ。


「しかし途中から、それだけではなくなったかな」


「…………」


 望はその眩しい笑顔にあてられ、耐えられなくなって身体ごと顔を背けた。顔が熱くなっているのが自分でもわかった。こんなにどうしようもなく熱い気持ちは初めてだった。


「君の様な男を知っているというのも、あれは嘘だ。本当は君の様な女がいたのさ。遠い昔の異国の地にな。いくらでも笑ってくれてかまわない。突っ込まれたら何にも言い返せない、私の暗黒時代だ。誰にも話したことのない私の弱みだ。これで私たちは弱みを握りあうことになったわけだ」


 ひょいと、回り込まれてこちらを覗かれる。にやにやと笑われている。完全に遊ばれている。


「これはもう責任をとってもらうしかないな」


「……ずるいよ」


 そんな風に自分の弱みさえも、利用してしまうなんて。


「考えようによっては弱さは強さに代わる。しかしこれは女限定だな。君の強さは君が自分で見つけるしかない。私がこれからみっちり鍛えてやる。覚悟しろ」


 後ろから抱きつかれる。強く抱きしめられる。こんなことを今まで誰にもされたことがなくて、どうすればいいか分からない。望はただ彼女にされるがままになっていた。彼女の低い体温と匂いを全身で感じた。くらくらと頭が酔いそうになる。


「ラミアはどうして、そんなに強く、なれたんだ?」


「……さあどうしてだろうな。苦しくて、辛くて、寂しくて、それでも死に物狂いで生きようとして……そのためには、強くなるしかなかった。強くなければ、生きられなかった。どうしても死ねなかったから、生きる為にはなんでもした。気がついたら今のようになっていた」


 ラミアの過去に何があったのかは分からない。それはきっと今は話してくれないのだろう。


 しかし彼女にも、今の自分のようなときがあった。完全無欠に見えた彼女の意外な過去。ならばこんな自分にもまだ希望はあるのかもしれない。そんな気がしてきた。


「孤独というのは、辛くて苦しいものだな。寂しさは吸血鬼をも殺す病だ。私はそれを知っている。だから私は、君の気持ちが分かってしまう。君に私の精神の一部を植え付けているのとは関係なく、私には君の気持ちが痛い程わかってしまう。ずるいのは君の方だ。私の心は今、まるで少女の頃に戻ったみたいに高鳴っている。私は君を支配するつもりだったのに、これでは逆ではないか」


 背中から彼女の胸の鼓動が伝わってきた。それにつられて自分の胸の鼓動が速くなる。全身が灼熱のように熱くなり、溶けてしまいそうだ。吸血鬼も心動かされ、身体がちゃんと反応するのだと思った。


「ラミ、ア……また僕のこと、からかってないか?」


「……望、それは今この場で絶対に言ってはいけないことだぞ。空気を読め。私を失望させるな。そんなことだから今まで女の一人もできなかったのだ」


「…………うるさいな」


「ふふ……でも望のそんなところが、私は嫌いではないよ」


「………………」


 何のとりえもない、こんな自分のことを嫌いではないと言ってくれる。彼女は自分のことを、こんな自分のことを嫌いではないと言ってくれている。望はずいぶん長い間、そんな風に言われたことが無かった。誰かに自分の存在を認められるということが、こんなにも嬉しい。こんなにも救われる。


「望は吸血鬼が怖くないか?」


 ラミアはそんなことを聞いてきた。


 それは怖くないと言えば嘘になる。今まで存在すら信じていなかったものが、実はこの世界に当たり前に存在していた。そして血生臭い歴史を人間と繰り広げていた。それを急に知って、全て受け入れろなんて無理だ。そんな器の大きさは自分にはない。しかし。


「……少なくとも、ラミアは怖くないよ。あんたは残酷で、妖艶で、孤高だけれど……どこかお人よしで、孤独で、なんだか憎めない。それは短い間だったけれど、あんたの精神の断片からなんとなく伝わってきた。あんたはああ言ったけれど、本当は僕の血を吸うつもりなんてなかったんじゃないのか? 僕にはそう思えるんだけれど」


 僕は彼女の方を向いてそう言った。ラミアは少し驚いたような顔をして、軽く微笑んだ。


「…………さあ、どうだろうな。それは秘密にしておこうか」


 赤い瞳を細め、無邪気に微笑む彼女はまるで幼い少女のようだ。彼女の色々な表情を見ていると、この吸血鬼は様々な顔をするのだなと思った。きっとその中にまだ自分の知らない、苦しみや悲しみ、絶望を抱えているのだろう。そんな彼女のことをもっと知ってみたいと思ったし、自分の抱えている悩みが本当に小さく見えてきた。


「ラミア……さっき僕があいつに殺されそうになったとき、僕に語りかけた言葉は確かにあんたの言葉なんだよな?」


「? そうだ。あのとき望に語りかけた言葉は、確かに私が望に伝えた意思だ」


「……その…………ありがとう。あれがなければ、僕は全てを諦めて何の抵抗もなしにあいつにやられていたかもしれない。それに、少し勇気も出た。僕はこれから、ちゃんと胸を張って生きていけるような気がする」


 彼女は僕の顔に息がかかるほど接近し、その赤い瞳で僕を見据えて言った。


「それはわたしじゃない。望が自分で決めたことだ。私はただ君の背中を押しただけだよ」


 その夜は彼女の隠れ家に泊った。話し疲れて眠ろうとしたとき、望が横になった棺桶に彼女が当然のように一緒に入っきてさすがにそれは断った。


「……ふん、つまらないな」


 彼女は明らかにそれを求めている。しかし今の自分にそれを受け入れることはできない。今まで誰ともしたことがない上に、相手が吸血鬼だなんてどうしたらいいかわからない。


 彼女は渋々新しい棺桶を出してそれに横になった。ラミアは自分から見ても綺麗な年上の女性である。それはもし人間だったなら、どこかの外国の令嬢のような容姿。しかし、ときおり見せる妖艶な表情はそれを真っ向から否定していた。


 本当に不思議な吸血鬼だ。望はラミアの姿を眺めてそう思った。どうして自分なんかに構うのだろう。昔の自分と似ているなんて理由で、ここまでするだろうか。それにはまだ別の理由があるのかもしれないが、自分にはいくら考えても分からない。


 しかしなぜだろう、そんなことはこの吸血鬼を前にするとどうでもよくなってくる。とてつもなく大きな人だ。人間ではないから、人とは言えないのかもしれないが。しかし吸血鬼はただの化け物とは違う。彼女を見ていて望はそう思った。




 次の日、望は隠れ家で気持ちよく目覚めた。望にとって朝を迎えることは、1日の始まりとともに嫌な気分にさせられる瞬間だ。しかしなぜか今日は気分が悪くなかった。入り口から漏れる光に目が眩む。


 棺桶から這い出ると真っ先に耳に聞こえてきたのは彼女の寝息。そういえば、吸血鬼は夜行性のはずである。昨日はもしかしたら、無理をしていたのかもしれない。今はゆっくり寝かせておくことにしよう。。


 今朝は食べるものが何もない。しかし自らの胃袋は正当な対価を要求していた。取り敢えず何か食べ物が欲しいが、ここには何もない。この時間なら、駅前のスーパーが開いているだろう。


 その後家に戻り、彼女の為にサンドイッチでもつくっていこうか。吸血鬼が喜んでくれるか分からないが、昨日の礼も込めて望はそうすることにした。


 誰かに感謝を伝えるというのは、あまり経験のないこと。どうしたらいいかよくわからないが、まずは形から入るのが無難だろう。


 その後で言葉にすればいい。


 叶望は無機質な扉を開け、光の満ちた世界へと歩みを進めた。

後書きまでご覧くださりありがとうございます。如月睦月です。


この話で『she is a vampire』は一区切りの予定です。しかしこの話が終わりというわけではありません。自分の中ではこの話はいくつかの章に分けた長編を想定しているので、もしこの作品を少しでも気に入ってくださったなら、これから先お付き合い頂ければと思います。


さて次の章ですが、(章分けは後で整理しておきます)ラミアと望の今後予定している話を書くか、同じ世界観で別のキャラの登場する話を書くか考え中です。


後者の方は最近思いついて構想をねり、書いてみたいということで位置的には『she is a vampire』の世界の中での話になると思います。つまり吸血鬼の世界の話です。


前者も後者もそれなりに構想はできていますが、細かいところを書いていくとなるとまた時間がかかるだろうことはご了承ください。


自分としてはこのままだとモチベ的に後者に手をつけようかなという感じです。しかしもし要望などありましたら、ぜひ取り入れたいと思います。


後者の話をまず書いた後で、前者の話も勿論やります。順番の問題ですね。いきなり違う登場人物の違う話をやったら読者の皆様を置いてけぼりにするかと思い、このように後書きに書かせていただきました。


勿論一章の感想もぜひお待ちしております。より一層これからの執筆に力が入ることでしょう。


読者の方にこの作品の設定、内容についてのご意見をいただきましたので、もしかしたら『she is a vampire』の世界設定についてのような話をさせていただくかもしれません。意見を下さった方はありがとうございます。近い内に返信したいと思ってます。まだできてなくてすみません。


最後に長文失礼しました。ここまで呼んでくださり、改めてありがとうございました。



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