お師匠さまとわたし
『――ねえ、お師匠さま。わたし、将来は絶対にすっごい花火師になる! だから、その時は見ててね。わたしが作った、すっごい綺麗な花火を!』
あれは、もう随分と以前のこと。
まだ幼かった頃、一人の男性へ言い放った言葉。わたしより一回りも歳上の、綺麗で優しいお師匠さまへと。
……もちろん、分かってた。お師匠さまにとって、わたしなんてちっちゃな子ども。まだ《《そういう対象》》になんてなれないことくらい、子どものわたしでもちゃんと分かってた。……そして、きっとまだ今も――
――それでも、いつかお師匠さまに認めてもらえるほどの立派な花火師になる。……そして、いつかこの想いを――
――あれから、歳月は経て。
「……ほんとに!? ほんとに、わたしが!?」
「うん。もちろん本当だよ。嘘を吐かない、とまでは言わないけど……それでも、これが吐いていい嘘じゃないことは流石に分かってるし」
「そ、そうだよねっ」
16歳の、五月の半ば頃。
お師匠さまの言葉に、思わず飛び跳ねるわたし。というのも、およそ三ヶ月後にこの町で花火大会があるんだけど……なんと、そのお祭りで花火師に任命されて。
ちなみに、花火師っていうのは、お祭りなどのイベントで製造から演出、打ち上げなど花火に関しての工程の全てに関わる専門職で。そして、そのイベントの規模により担当する花火師の人数も変わってくるんだけど、今回わたしが担当することになったお祭りは非常に小さな規模で、その担当人数は一人――つまりは、直接的にはわたし一人で夜空を彩るというものすごい大役を任せてもらったわけで。なので、
「……でも、ほんとにいいの? 大きい祭りじゃないけれど、それでも楽しみにしてるお客さんもいるのに、初めてのわたしが……」
「みんな、最初は初めてだよ。それに、知ってると思うけど僕は甘くない。まだ任せられないと思ったら、決して任せたりしない。実際、今まで任せたことはなかったよね? もちろん、君がずっと頑張ってきたことは知ってるけど」
「……うん、そうだよね」
歓喜も束の間、不安を口にする私に優しく微笑み答えてくれるお師匠さま。……うん、そうだよね。お師匠さまは、優しいけど甘くはない。実際、わたしがどれだけ頑張っても、褒めてくれたことは何度もあったけど……それでも、一度も花火師を任せてはくれなかった。だけど……だからこそ、今回の任命はとうとうわたしを認めてくれたということで。だから――
「ありがとう、お師匠さま! わたし、ほんとにすっごく頑張るから! だから……だから、見ててね。わたしの、ありったけの想いを込めた花火を」
「うん、もちろん。本当に楽しみにしているよ、月音」
力強くそう言うと、柔らかに微笑み答えてくれるお師匠さま。もちろん、そんな彼の言葉も笑顔も嬉しいし安心もするんだけど……でも、どうせ気付いてないんだろうなあ。
「…………ふぅ」
それから、およそ三ヶ月が経過した夜のこと。
お客さんから十分に離れた辺りで、ゆっくりと呼吸を整える。今日はとうとう、花火大会……そして、もうすぐその瞬間――燦々と輝くこの夜空を、満開の花で華やかに彩る瞬間を迎えるわけでして。
「…………ふぅ」
再度、呼吸を整える。……うん、ドキドキする。今にも、心臓が飛び出そうなくらいに。でも、それは当たり前。お師匠さまも、不安を抑える必要はないと言っていた。抑えようとすると、余計に不安が大きくなって苦しくなっちゃうからって。その代わりに、不安は正面から向き合いさえすれば、むしろ自分を後押ししてくれる大きな力に変えられることを教えてくれた。……うん、不安は味方。わたしを後押ししてくれる、かけがえのない大切な味方で。……でも、そうはいっても――
「……どうかな、月音」
「……お師匠さま。……うん、頑張ろうと思ってるんだけど……でも、やっぱり不安で。失敗しちゃったらどうしようって、やっぱり怖くて……」
わたしの心中を察してくれたのだろう、優しく問いかけてくれるお師匠さま。もちろん、不安は味方になってくれると信じてる。……でも、やっぱりそれだけで大丈夫だと思える責務じゃなくて。
「……大丈夫だよ、月音。僕がついてる」
「……お師匠さま」
すると、優しく頭を撫で話してくれるお師匠さま。その柔らかな手から、言葉から、笑顔から、包み込むようなお師匠さまの温かさが伝わって……うん、大丈夫。わたしには、お師匠さまがついてるから。
「…………ふぅ」
再度、呼吸を整える。チラと視線を移すと、優しく微笑み頷くお師匠さまが。近すぎず遠すぎず――過保護になるわけでもなく、それでもなにかあったらすぐに助けに来れるような伝わる絶妙な距離で。……うん、ありがとう。そして、見ててね。わたしが、ありったけの想いを込めた満開の花を。
――それから、一時間ほど経過して。
「――どうだった!? お師匠さま! わたしの花火!」
無事に全ての花火を打ち終えた後、すぐさまお師匠さまの下へ駆け寄り問いかける。ずっと集中しててお師匠さまの方を見る余裕が全然なかったけど、それでもきっと――
「……ごめん、月音。その……実は、途中から全然見てなくて……」
「なんで!?」
すると、目を逸らしつつふにゃふにゃした笑顔で告げるお師匠さま。いやなんで!? わたし、こんなに頑張ったのに!! もちろん、みんなに楽しんでもらうためもあるけど……それでも、一番にお師匠さまに見てほしくて頑張ったのに!!
「お師匠さま、ひどい!! わたし、ほんとにすっごく頑張ったのに……いったい、どこ見てたの!!」
不満を抑え切れず、続けざまに叫ぶわたし。でも、これは流石にお師匠さまが悪いと思う!! きちんと納得できるような理由を説明してくれないと、絶対に許さないんだから!!
すると、少し目を逸らしたままゆっくりと口を開くお師匠さま。そして、そこでふと気づく――今までに一度も見たことがない、恥ずかしそうに朱に染まったお師匠さまの頬に。
「……ごめんね、月音。それでも……どうしても、目が離せなかったんだ。……月音が、あまりにも綺麗だったから」




