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契約と代償

「あの、どちらへ…?」

 あのままあの場所では何だからとクラウスに連れ出され、手を掴まれておろおろとしながら促されるまま城の廊下を行く。

「とりあえず、私の執務室に。散らかってるけどお茶とお菓子くらいは用意できるよ」

 朗らかに笑いながらそう言われ、辿り着いたクラウスの執務室の扉をくぐる。

 途端に中にいた人が勢いよく振り返った。

「クラウス…ッ!いったいどこまで行って……その人は?」

 勢いよく説教を紡ごうとした声の荒さに、マリカはびくりと肩を竦めて思わずクラウスの背中に隠れようとする。

 そのマリカの肩を宥めるように軽く叩いて、クラウスは自分とマリカに厳しい視線を向ける男と向かい合った。

「シーリス、遅くなったのは謝るから、とりあえずお茶とお菓子の用意をお願いできないかな」

「ちゃんと事情を説明しろよ……その人外の者のことも」

 シーリスと呼ばれた赤茶の髪と翠の目をした青年は、変わらずにマリカに厳しい表情で向かい合いつつも、呼び出した侍女にお茶の用意をさせた。

 その間にクラウスに革張りのソファに腰を下ろすように促されたマリカは、戸惑いながらも指示に従う。

 そう待つこともなく出されたお茶とお菓子がテーブルの上に並ぶと、マリカと向かい合うようにして座ったクラウスが両手を組み合わせて膝の上に乗せ、にこりと微笑んで首を傾げた。

「さて、君の目的を聞かせてくれるかな」

 柔らかな笑顔と口調なのに、クラウスの傍らに立って射抜きそうな視線を寄越してくるシーリスよりも、よほど圧迫感を感じさせるのは気のせいだろうかとマリカは体を竦めながら考える。

「――始まりの話をご存知でしょうか……」

 迷いに迷ってからようやく口を開いたマリカがまず語ったのは、大陸中のどこでもこどもに語られている、ごく一般的な寝物語とされる世界の始まりの物語だった。

 

 ***

 

 とてもむかしのできごとです。

 ひかりたちはじぶんのいちぶをたねにかえてせかいにはなちました。

 たねはせかいにおちてめをだし、よっつのたいりくになりました。

 そのたいりくにひかりたちがまいおりると、それぞれのたいりくにたくさんのはながさきました……

 

 ***

 

「『花』は人間の王たちの協力を得て『光』たちを大陸に封じ込め、正しく大陸が存続するように調律した後に花天の座へと移り住みました。そして『光』が眠りに付いた時、花天の座に移り住んだ『花』は人間の王たちと盟約を交わしました」

 マリカは供されたお茶のカップを両手で持って、緊張に冷えた手を温めるようにしながら、意気消沈した面持ちでぽつりぽつりと話す。

「『花』は大陸と光の調和が乱れる時に、高位の『花』である四花(しか)八葉(はちよう)三十六枝(さんじゅうろくし)の中から1人を調律のために送り出すことを。『花』が舞い降りる際には神依りの一族は一族の中から最も気の容量が多い者を巫女に立て、巫女は『光』の力の依り代となり、当代の王は『光』の意思の依り代として身体を提供し、『花』がその両方を調律するとそれぞれがそれぞれに約束しました」

「――何もかも聞いたことがない。シーリスは知ってたか?」

「いえ、私も何も……」

 男2人の視線がさらにみるみると落ち込んでいくマリカの肩に向かい、クラウスは誤魔化すように笑いシーリスは重くため息をついた。

「まぁ、そう落ち込まないで。ちなみにその調律とやらが行われないとどうなるんだい?」

「大規模な天変地異が該当の大陸の全土に数十年単位の長さで発生します」

 落ち込んだ声ながら端的に返ってきた答えに男2人が絶句した。

「大陸が豊かに安定して存在しているのは、『光』が安定した眠りについていてその力が常に過不足なく大陸全土に染み渡っているからです。その状態が崩れるのですから地震や火山の噴火はもちろん、『光』の影響を受けている精霊たちも乱れますし、そうなれば土や水は枯れて風は荒れて山火事なども起こる可能性があります。そうなったら私たちの住む花天の座に及ぶ力も乱れて……」

 だんだんと高ぶってきた声に合わせてひぅっとマリカの喉が変な音を立てた。

 ぼたぼたと大粒の涙が淡い藤色の瞳からスカートの上へと零れ落ちる。

「私……私……せっかく、初めて、大役を、任された、のに……役立たずで……」

 マリカは嗚咽に声を途切れ途切れにさせながら両手で顔を覆う。

 告げられた内容の衝撃から立ち直ったクラウスは、立ち上がるとマリカの傍に近づいて床に膝を突き、そのほっそりとした両手をどけさせて頬を包むようにしながら、親指でマリカの両方の眦をそっと撫でて涙を拭った。

「泣かないで。唐突だし壮大な話だから君の話を全部を信じるとは言えないけど、出来るだけ協力はするよ。神依りの一族っていう人たちも、私が知らないだけでどこかにいるかもしれないし」

 優しく宥める口調に気持ちが少し落ち着いたのか、マリカがこっくりと大きく頷いた。

 まるで恋人同士のようなやり取りに、置いていきぼりになったシーリスが鼻の頭に薄く皺を寄せて鼻を鳴らす。

「すみません、取り乱して。あの、では王よ。望みを言ってください」

「私の望み?」

「はい。王は『光』の意思の依り代となりますが、そのほとんどが『光』の負荷に耐えられず眠り続けることになります。ですので、その代償として王の望みを1つだけ、四花八葉三十六枝の総力を挙げて叶えさせていただきます」

 己の頬に宛がわれたクラウスの手を外し、にこりと微笑みながらきゅっとそのまま両手がクラウスの手を握った。

原初のお話の詳細は、同投稿作品の天空の花冠を参照してください。

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