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国王と天使

 開かれた扉の下には階段が続いていた。

 足を踏み入れると意外に暗さはなく、ふわりと淡い燐光が周囲を照らし出す。

 よく見れば壁や天井に発光する苔などが貼り付けられていてそのせいだと知る。

 それでも階段はかなり長く続いているようで、下を見ても底が知れない。

 階段は螺旋を描くように作られており、入ってきた扉の直下に続いているようだった。

 階段の強度を確かめるために軽く踵で石造りのそれを叩いてから、足元に気をつけつつ下りていく。

 翠を帯びた淡い燐光が照らし出す階段はどこか幻想的な雰囲気を醸し出し、クラウスの好奇心を程よく煽ってくれる。

「またシーリスが渋い顔をするな」

 思い出した顔におかしそうに笑いながら、おおよそ建物4階分ほどの距離の階段を下りきった。

 そうして目の前に現れた白い石で作られた扉には、再び花の模様が描かれている。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 小さく呟きながら迷わずにクラウスはその扉を押し開けた。

 

 ***

 

 マリカは一瞬の浮遊感の後で足裏に軽い衝撃を感じ、そして無意識に閉じていた瞼を持ち上げると、真っ白な空間が広がっていた。

 転移陣を通ってからどこに出るかは説明を受けていたから、周囲に何もない空間には驚かなかった。

 だが周囲を見回しても誰の姿もないことに目を瞬かせて首を傾げた。

 長老たちの説明通りなら、そこには少なくとも2人の人間がいなくてはならなかった。

「もしかして……手違いで別の場所に出たとか……?」

 思い当たったことを呟いてみたが、すぐにマリカはそれはありえないと自分で否定した。

 この転移陣はまさにその万が一の可能性を排除するために、念入りに長老たち自らが整えていた。

 だから出た場所はあっているのだとマリカは自分に言い聞かせる。

「巫女よ……王よ……いずこに?」

 不安に押し潰されそうになりながら辺りを見回して呼びかける。

 マリカは自分ではここから出られないため、どこまでも続くような白い空間の中をうろうろと歩き回った。

 いったい何が悪かったのだろうと考える。

 何度考えてもこちらの手順に不備はなかったと、指を折って確認した。

「このまま迎えが来なかったらどうしましょう……」

 自分で言った言葉に軽い恐怖を覚えて、それを振り払うように左右に頭を振る。

 涙で揺らぎ始めた視界に気付いてきゅっと唇を噛み締めたところで、今まで無風だった空間で空気が動きふわりと風が頬を撫でるのを感じた。

 慌ててその空気の動きを追うように振り返り、視線を落ち着きなく左右に振る。

 そこに見つけた姿に安堵で座り込みそうになるが、咄嗟にこらえて背筋を伸ばした。

「君は……」

 薄い金糸のような髪とアイスブルーの瞳をした青年が、軽く見張ってマリカを見つめてくる。

「――貴方が王ですか?」

 この場に入ってこれたのだから王以外にはありえない。この空間へ到る扉には封印がかけられていて、誰も彼もが開けるわけではないのだから。

 それでも動揺が残っていたマリカは確認せずにいられなかった。

「ああ……私は確かに王だが……」

 クラウスがいぶかしげに眉を潜めながらも肯定すると、今度は多少むっとしたような顔をしてマリカはクラウスを睨みつけた。

 今になって放置された怒りが沸いてきたのだろう。

「では、出迎えが遅れた理由を。それと、巫女はどこですか?」

「巫女……?」

 お互いに周囲を見回してもその場にいるのはクラウスとマリカのみだった。

「ここには私と君だけみたいだけど?天使さん」

「巫女が、いない?まさか、そんな……」

 ありえない、と驚愕の表情でマリカが両手で口元を覆う。

 慌てて矢継ぎ早に質問を投げかけた。

神依(かみよ)りの一族は!?彼女らはいったい何をしているのです!」

「あいにくと神依りの一族という家系には聞き覚えがないな」

「王が、神依りの一族を知らない!?」

 マリカの声はもはや絶叫に近い。

 そのままぺたりと座り込んでしまったマリカに慌ててクラウスが駆け寄る。

 そして俯いたマリカの前に膝を着いて苦笑しながらその顔を覗き込んだ。

「とりあえず、私の質問にも答えて貰えるかな。君は誰?」

 マリカは衝撃に震える両手を僅かに口元から離し、顔を上げるとうっすらと涙に濡れた淡い藤色の瞳でクラウスを見上げる。

 そうして今にもそのまま泣き出しそうな顔をして、震える声でクラウスに告げた。

 

「――私は36()の1つ、マリカ。花天の座(かてんのざ)から『光』の調律のために来ました……」

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