第6話:デッドドロップ
「死ねッ!!」
ラナの愛剣が鋭い風切り音を立てた。 放たれたのは、回避を許さない完璧なまでの『剣なぎ』。逃げ場を奪うために計算し尽くされた水平の円弧が、祐二の首筋を刈り取るべく殺到する。
だが。
「すいません、許してください、何でもしますから!」
ラナの瞳に宿る殺気が膨れ上がった瞬間、祐二の口から飛び出したのは、9年間の社会人生活で染み付いた「無条件降伏」の言葉だった。 言い切るよりも早く、祐二は重力に身を任せるように地面へ崩れ落ちる。
それは、回避運動などではない。 ただひたすら相手の足元に額を擦り付けようとする、文字通りの土下座。
「……あ?」
ラナの腕に、手応えがなかった。 彼女が斬ったのは、祐二が直前まで「直立」していた空間。
あまりに速すぎる、そしてあまりに無様な祐二の沈み込み。 プロの剣士であるラナの脳内では、「相手は身構えるか、あるいは後退して逃げる」という予測が、戦闘アルゴリズムとして固定されていた。
しかし、祐二が選択したのはそのどちらでもない。 「垂直落下して額を地面に叩きつける」という、戦士の論理ではあり得ない完全な静止への移行。
音を置き去りにした一閃が、虚空に銀の爪痕を刻んで消えた。
銀光が通過する。 あまりの風圧に、祐二の髪の毛が数本、虚空に舞った。
「おい、ギフトさんよ……。謝罪の誠意に嘘はないが、結局この『土下座』こそが俺が取れる最善の選択なんだよな?」
『肯定します。正論を並べたところで、裸を見られた女性の屈辱は修正できません。弁明を捨て、感情に訴える『土下座』を選択したことで、免罪率は 80% まで向上しました。論理ではなく『哀れみ』を誘うことで、生存率を高めます。』
脳内の声は淡々と告げるが、祐二にそれを噛み締める余裕はない。
「…………ッ」
鼻先数センチ。 地面を這う祐二の視界に、ラナの濡れたままの白い足先が見える。 剣を振り抜いた反動で、彼女の姿勢がわずかに崩れ、その無防備な足元が祐二の土下座した頭のすぐ横で、ピタリと止まっていた。
「……アンタ、今、何をしたの?」
振り抜いた剣の重みに引かれながら、ラナが震える声で呟く。 彼女の視点からすれば、自分の必殺の一撃を、相手は「頭を下げて謝りながら、ノーモーションでかわした」ように見えたのだ。
恐怖と、屈辱。 そして、命乞いの言葉。
祐二の「何でもします」という言葉が、戦慄と共に河原に響き渡っていた。




