第30話:氷の処刑人、実力
「……数が多いわね。でも、烏合の衆よ」
エレンが冷静に告げ、その周囲に青白い魔力の環が幾重にも展開される。これまでの「見えない敵」への焦燥を叩きつけるかのように、彼女の魔導が牙を剥いた。
氷の檻と精密な処刑
エレンの真骨頂は、一点突破ではなくその圧倒的な同時処理能力にある。精密多重詠唱。
彼女が杖を軽く振るだけで、十数人の盗賊たちの足元から、狙い違わず鋭利な氷の槍が突き出した。
「ぎゃあああ! 足が、足が抜けない!」
殺すためではなく、確実に「逃がさない」ための拘束。一斉に放たれた氷槍は、盗賊たちの四肢を正確に貫き、地面へと縫い留めていく。魔法学院の優等生という枠を超えた、実戦的な処刑人の手際だった。
疾風の攪乱と獣の威圧
その混乱の渦中を、銀色の閃光が駆け抜ける。
ミーナの疾風脚だ。彼女は重力など存在しないかのように木々の幹を蹴り、空中から盗賊の眉間へと踵を叩き込んでいく。
「何なんだよ、この速さは! 捉えられな……」
言いかけた盗賊の言葉は、腹部への衝撃で断たれる。ミーナは着地すると同時に、肺腑を震わせるような咆哮を放った。
「下がれ……死にたくないならね!」
その咆哮は物理的な衝撃波となり、盗賊たちの生存本能を直接削り取る。統率を失った集団は、もはや獲物ではなく、ただ逃げ惑う家畜へと成り下がった。
圧倒的な頂点
だが、その二人を従えるラナの強さは、次元が違っていた。
彼女は魔法を使うでもなく、大声を出すでもない。ただ、抜いた剣を無造作に下げ、歩みを進めるだけだ。
「……遅いわね」
盗賊の首領格が放った必死の横薙ぎを、ラナは紙一重でかわすと、最短距離でその懐に潜り込む。
スキルを叫ぶことさえしない。ただ、物理法則を極限まで突き詰めたような、無駄のない一撃。
剣の柄で男の顎を砕き、反転した切っ先で背後の伏兵の喉元を寸止めで制す。
その一連の動作に、エレンのような華やかさも、ミーナのような荒々しさもない。
ただ「命を奪うこと」に特化し、それを日常の作業のようにこなす、底知れない実力の深淵。
「マスター、戦闘ログを分析。……ラナ氏の戦闘効率は、他二名を30%以上上回っています」
祐二の脳内で、AIが冷徹な数値を弾き出す。
「彼女の動きには、正規の騎士団流ではない、極めて実戦的……あるいは『不法な』戦闘技術が混入しています。Bランク冒険者という肩書きは、彼女にとっての『隠れ蓑』に過ぎない可能性があります」
ラナは、恐怖で腰を抜かした首領の首筋に剣を突き立て、冷たく言い放った。
「あんたたち、運が悪かったわね。私たちの機嫌、最悪なのよ」
返り血を一滴も浴びていない彼女の姿は、凍てつくエレンや荒ぶるミーナよりも、遥かに「死」に近い場所にいた。祐二は改めて、自分がとんでもない怪物たちに保護されていることを、その背中越しに痛感していた。




