第23話:ログは嘘をつかない
「……。……。……おい、まだ解いてくれないのか?」
大樹に縛り付けられたままの祐二は、引きつった声で尋ねた。三人はようやく着替えを終えていたが、空気は先ほどとは一変している。ミーナが「何か」を感じ取り、一瞬で戦闘モードに切り替わったからだ。
「黙りなさい。……来るわよ」
エレンが短く告げると、その周囲に膨大な魔力が収束する。彼女は杖を掲げ、常人には不可能な「精密多重詠唱」を開始した。
「四極展開、万象の瞳、虚空を穿ちて真実を映せ――広域高密度索敵!!」
エレンを中心に、目に見えるほどのマナの波動が同心円状に広がる。草木の一本一本、地中の虫の動きさえも網羅する、騎士団でも一握りの者しか使えない高等魔術。
しかし、数秒の静止のあと、エレンの眉が不自然に寄った。
「……反応なし。魔力の揺らぎ一つ、検知できないわ」
「嘘でしょ!? 私の鼻は、はっきり鉄の匂いを嗅ぎ取ってるのよ!」
ミーナが苛立ちを露わにする。魔力的な「眼」で見えないものが、野生の「鼻」には確かに存在する。この矛盾が、戦場に得体の知れない恐怖を蔓延させる。
その横で、ラナが「あんたが変なこと言うから!」と叫びながら、焦って乾いた服を被った。だが、あまりの動揺に前後を逆に着てしまい、襟元が詰まって苦しそうに顔を赤くしている。
「ちょっとラナ、服が逆よ!」
「うるさいわね! 今はそれどころじゃないでしょ!」
支離滅裂なやり取りが続く中、誰よりも「それ」を鮮明に捉えているのは、魔力を持たない祐二だった。
(……いや、いる。そこに、確実に「視線」が通ってる……!)
祐二の脳内では、AIが弾き出した「観測ログ」が警告音を鳴らし続けていた。彼は大学で学んだ「情報セキュリティマネジメント」の感覚を、無意識にこの世界の事象へと当てはめていく。
これは物理的な接近ではない。ネットワーク上の「不正アクセス」に近い挙動だ。
(ファイアウォールを叩くような、微かなノイズ。ポートスキャンをかけられているような、不快な舐め回し感。姿は見えないが、俺たちの「情報」が、外へと漏れ出している!)
「マスター、分析を更新します」
AIの無機質な声が、祐二の確信を補強する。
「対象の挙動は『攻撃』ではありません。プロトコルの解析、および個体データの収集……『検査』に近い挙動です。この隠蔽方式、極めて技術的です」
「検査……だと?」
「はい。魔法理論を根底から否定する、ATの痕跡です」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、正面の茂みが不自然に揺れた。
「そこね!」
ミーナがシャツのボタンも掛け違えたまま、鋭い爪を光らせて飛び出す。しかし、彼女の爪が空を切った瞬間、そこにあった気配は霧が晴れるように霧散した。
何もいない。ただ、そこには数秒前まで「誰か」が潜んでいたことを示す、押し潰された草花だけが残されていた。
姿を見せぬ敵。魔法を無効化する謎の技術。
そして、着替えを覗かれたという消えない屈辱と、ラナの逆さまの服。




